17-2
「続行で」
手を伸ばして、マイクの入力を戻して声をかける。
「綺悧、さっきのハイトーン良かったぜ。次も頼むな」
「はい!」
ん、いい返事だ。大丈夫だな。宵闇の顔を見ると、微かに笑みを浮かべた。
「綺悧、Cメロから行く。一回音を出す」
「はい」
ざっくりとここまで録った音をまとめた音が流れ出す。まだきちんとミックスしてないから荒いけど、それでも今までのベルノワールを大幅に上回る出来なのがわかる。現時点で出来る最高の音だ。ここにまだギターを重ねて、シンセを入れることを計算に入れると、相当ヤバい。どこのバンドだ、ってレベルだ。
俺は、これからこれ以上のプレイが出来るバンドにして行くつもりだし、胸を張って海外へ進出させたいって考えてる。「あいつらが海外だって」なんて誰にも言わせない。ヨーロッパから「来てくれ」って頼まれるようになってやる。
軽く口ずさみながら曲を再確認した綺悧は、宵闇をまっすぐ見て頷く。
「じゃあ、録るぞ」
「お願いします」
もう一度音が流れ出し、合わせて指先でカウントを取った綺悧が歌い始める。5日間苦しんだとは思えない、クリアな声だ。喉だけで声出してんのに、これは逆に驚異的だ。だからこそ、ちゃんとした発声法を身に付けて欲しいんだよな。今のままだと、ヴォーカル生命が短くなっちまうかもしれない。それは惜しいから、長く歌っていく為にも、体の正しい使い方は覚えて損はない。
俺自身、専門学校で勉強して今があるから、本当にそう思う。自分の体を使うドラムとヴォーカルは、特にそこを大事にした方がいいと思う。せっかく好きなことをするんだ。長く楽しみたいだろ。
大きなミスはなく、1テイク目は終わる。
「いいじゃん、綺悧。えーっと…I sorrowed forのとこからの英語、もうちょっと泣きそうな感じとかどうよ?」
アドバイスは直球で要求するんじゃなくて、綺悧に提案する感じで。昨日一日で、俺はこのコツをつかんだ。綺悧のテンションを気遣うだけじゃなくて、綺悧がこれをきっかけに自分で考える癖がつけば、更に表現力も上がるだろう。
「泣きそうって」
綺悧は笑って、それから腕を組んで目を泳がせる。
「うーんと…泣きそうっていうか、嘆くって感じ?」
「そんな感じかな。どう?」
「えーっと…I sorrowed for your icy eyes」
綺悧が歌い直して提示した表現は、なかなかだ。ちょっと苦しそうで、辛そうで。やれば出来るんだよな、こいつ。
こういうアドバイスが、宵闇には出来ない。昨日の帰り道も、俺の車の中でめちゃめちゃ感心してた。マジで今まで何やってきたんだって叱ったけど。
「ああ、すげーいい! なあ、宵闇?」
宵闇は大仰に頷く。そうだ、お前の仕事はそれだ。
「綺悧、それでもう一回行こう」
「はいっ」
綺悧は大きく深呼吸をする。
「お願いします!」
2テイク目が始まる。





