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それは、本当のことだ。パーフェクトには程遠くても、宵闇の「もう一回」に限界まで食らいついた結果は出てる。
「宵闇もそれはわかってる。多分、テイクごとに上がってくから、欲が出ちまったんだと思うよ」
これも、嘘じゃないはずだ。綺悧に対するイケる、という期待と信頼が宵闇を欲張らせたに違いない。
「そっか…じゃあ」
「ああ、お前はほんとよく頑張ってる」
頭をぐりぐりと撫でてやると、声を出して笑った。いいじゃねぇか。そう来ないとな。
のど飴の袋を取って、中から一粒取り出して綺悧の口に押し込む。
「便所行ってくる。もうちょいゆっくりしてろよ」
「うん」
素直に頷く綺悧はなかなか可愛い。ベルノワールの中で一番可愛げがあるな。こいつは俺が可愛がってやろう。いい所を定期的に言ってやらないとダメなタイプだ。
立ち上がって、スタジオに戻る。
「おいこら宵闇」
中では、宵闇が動物園の熊かってくらいうろうろ歩き回ってた。俺の声を聞いて足を止める。
「夕、綺悧はどうだった?」
「だいぶテンション持ち直した」
「そうか、ありが」
「お前ちょっと来い!」
胸ぐらをつかんで、もう一回ヴォーカルブースに引っ張り込む。カーテンはさっき閉めたままになってる。これほんと便利だな。音も向こうに聞こえないし。
「宵闇、奥歯食いしばれ」
「えっ?」
「食いしばれ、ボケ」
きょとんとする宵闇の顔を、少し下から睨みつける。悔しいことに、宵闇の方が俺より少し背が高い。
「あ、ああ」
食いしばったらしい宵闇の胸ぐらをもう一度つかむ。そして、右の拳を引いて、全力でヤツの頬をぶん殴る。
「…っ!? いっ…て…。えっ? 何だよ夕」
殴られた宵闇は、狼狽える。だよな。何で殴られてんのかわかんねぇよな。俺の気が済まねぇからだよ。
あと、そのおろおろしてる宵闇はいらねぇからだ。
「いいか、よく聞け。こっから、ヴォーカル録りは出来る限り俺が立ち会う」
綺悧には、それが必要だ。宵闇に憧れ過ぎる余りに、プレッシャーを実際より大きく感じてしまうから、それを和らげる人間が必要だ。
そして、ミュージシャンとしての綺悧の根底には、絶対的に宵闇の存在がある。その偶像を壊しちゃなんねぇ。
「お前は、完璧な綺悧の神でいろ。そこから降りて来るんじゃねぇ」
「綺悧の、神?」
「そうだ。綺悧が一生憧れていられるくらいに神でい続けろ。それがお前の義務だ」
きょとんとしていた宵闇は、意味が飲み込めて来たのだろう。少し表情を引き締めて頷く。
「わかったな? お前が腑抜けでいていいのは、俺の前だけだ」
せっかく引き締めた表情が、途端にふわっとした微笑みに変わる。だから、今はそれはいらないっつの。





