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ボードゥアン4世を救え!  作者: 登録情報がありません
11/20

#11<抗生物質>

その中でも異色なのが土壌微生物研究所だ。

土作りの化学や微生物の役割を研究する。


土壌は作物の生育に深く関わっている。

そして微生物はさらに作物に深く関わっている。


土壌研究室では「土の性質」について研究している。

土壌のph(ペーハー)が作物の生育に大きく関わっていた。


酸性に寄れば石灰(アルカリ)を足して調整する。

アルカリ性に寄ればピートモスで酸性に寄せる。


ここで登場するのが肥料と農薬だ。


肥料についてはおおよその見当は付いていた。

葉肥+実肥+根肥の三種類の肥料だ。

葉を広がらせ、実を太らせ、根を広げさせる。


葉肥(はごえ)はベスビオ火山の噴出物マスカグナイトが有名だ。

これは硫酸アンモニウムの堆積物で水溶性だ。


実肥(みごえ)はマダガスカルの燐灰石が有名だ。

リンは動物の骨にも含まれるため、骨粉として肥料にされた。


根肥(ねごえ)はベスビオ火山のカリ岩塩が有名だ。

塩化カリウム(KCl)として産出する。


農薬については古い歴史がある。

地中海原産の二種類の菊だ。


「Chrysanthemum roseum Adam」と「C. coronarium Linn」だ(日本語名無し)。

どちらも微量のピレトリンを含んでいる。

紀元前500年のペルシャにおいて使用されていた。


これを地中海沿岸原産のシロバナムシヨケギクで試してみた。


「こうかはばつぐんだ!」


これが「除虫菊」と言われる種類で、ピレトリンは豊富に含まれていた。

ピレトリンは神経毒で、昆虫はたちまち全身麻痺や運動不能に陥った。


人間や鳥に毒性は低く、光や空気酸化で、容易に分解し失効する。

水には不溶で、除虫菊の粉末が農薬として使用された。


地中海に面した丘には一面に除虫菊が植えられた。


微生物研究所では土壌に棲む微生物を研究している。


例えば根粒菌だ。

マメ科の植物根にはコブがある。

この中には根粒菌という微生物が棲んでいる。


マメ科の植物はこのバクテリアと共生生活を送っていた。

この菌がここで窒素からアンモニアをせっせと作っている。

根っこで肥料を作っているのだ。


クローバー、シロツメクサ、ウマゴヤシなどがそうだ。

これらは昔から「緑肥」といって畑にすき込んで肥料にしていた。

古代人が作用機序を理屈で理解していた訳ではない。

理屈より実用を取って使用していただけだった。


土壌と微生物の関わりを研究する学問が土壌化学になる。

こういった古代からの発見や発明が総て記載された書籍が所蔵されている。


研究所の書庫には知恵の館|(ダール・アル=イルム)以降の知識が総てあった。

古今東西ここになければ地上には存在しないと豪語して良い。


モーシェ「危なかった……」

宗教、思想、哲学の書物が続々と書庫から運び出されていく。


木製の茶箱に亜鉛鉄板を貼り、ハンダ付けで密閉した行李に入れられている。

前政権の書籍が打ち捨てられるのは思想を受け継がないため、仕方のない事である。


前政権ファーティマ朝がシーア派、現政権がスンナ派である。

だがサラディンはどうしても廃棄に同意できなかった。


サラディン「本に悪意はない」

「これらの知識が永遠に失われるのは忍びない」


彼はそれをアレクサンドリアからアッバース朝の首都バグダードに移送した。

これなら閲覧出来ないという意味で廃棄したと言える。


また十字軍から遠くキリスト教徒に蹂躙される心配は無い。

だがそのバグダードが後年モンゴル軍に徹底的に破壊されるのは歴史の皮肉である。


残されたのは思想に関係ない数学や工学、自然科学の書籍だけだ。

一部、科学哲学の書籍に閲覧制限が掛けられていた。


これら閲覧に制限はあったが、彼モーシェはサラディンの侍医である。

すべての蔵書に目を通す権限が与えられていた。


モーシェは錬金術史の植物史と土壌化学の項目を調べた。

モーシェ「腐葉土…、あったぞ!これだ」


土壌には腐葉土があり、肥料として使われる。

腐葉土とはその名の通り枯れ葉が腐って土になったものだ。


モーシェはさらに腐葉土:放線菌の項目を調べた。

ここに過去300年間に調査した抗生物質の目録がある筈だ。


腐葉土中には放線菌というバクテリアが棲んでいる。

その劣悪な環境の中で放線菌は腐らず、繁殖出来る。

それはなぜか?


ひょっとしたら劣悪な環境に対抗する物質を出して生き抜いているのではないか?

その物質を取り出せれば、人間の病気にも効くのではないか?

つまりは放線菌の代謝物を取り出せればいいのだ。


その放線菌から抗生物質を取り出す試みが行われていた。

過去300年間に渡り、中東のあらゆる場所から土壌が集められ分析されていた。


その結果、1万種類の放線菌が発見されていた。

松の木の林の根っこから下水道に生えるカビまで徹底的に調べ上げた結果だ。


学論はそこで終わっていた。

抗生物質は発見されていなかった。

いや、発見しても、単離する方法が当時はなかったのだ。

学論には古代錬金術師の悔しさがにじみ出ていた。


……

実験開始1000日目「薬効があるようだ、細菌の増殖が止まった」

実験開始1500日目「細菌が死んだ!溶菌効果を確認」

実験開始2000日目「分離出来ない、方法が分からない」

実験開始2500日目「煮沸すると失効する、単離不可能」

……


過去の錬金術師は解決法を未来に託したのだった。


モーシェ「だが今は違う」

膨大なスクリーニングが行われた。


大学の研究室が全力を挙げて、分析にかかった。

この時代プロドラッグはまだ知られていなかった。


プロドラッグは投与されると、生体内の代謝作用を受けて変化する。

不活性から活性代謝物となって、薬効を示す医薬品の総称だ。


試料としてペトリ皿の病原菌に投与しても何の薬効も示さない。

現在の薬で一般的に有名なのは内服用タミフルがプロドラッグだ。


こういった事が分かってくるのはもう少し先の話である。

ここではそのままで目的の薬理作用を示すモノのみをスクリーニングしている。


1万種類あった放射菌は、めぼしい効果のある100種類に的が絞られた。

まずその中から放線菌の一種ストレプトミセス・グリゼウスが有効と分かった。


分液ロートでストレプトマイシンと不純物を分離する。

残ったのがストレプトマイシンを含む培養液だ。


さっそく瀕死の患者に試す。

「うぐう」

患者は死んでしまった。


モーシェ「毒性が残っている」


もう最後はクロマトグラフィーという「移動相」分離法しかなかった。

これは錬金術で混合液を単離し、分別する分析法だ。

古代よりコランダムという宝石として産出している。

これが錬金術では珍重され、この分離法として使われている。

現在では酸化アルミニウムと呼ばれている。


アルミの電気精錬はないので、天然の結晶を使うしかなかった。

宝石をカチ割って、粉末にして実験に使うのだ。


恐る恐るモーシェはサラディンにお伺いをたてた。

サラディン「いいよ」


一言であった。


貴重な宝石がカチ割られ、バラバラにされた。

惜しげもなく、すり鉢で磨り潰された。

ゴーリゴリッ、ゴーリゴリッ。


これを特殊なガラス管にギュウギュウに詰め込んだ。

そして上から混合液を滴下する。


ガラス管内の固定相と移動相の間で、分配(連続抽出)が行われる。

要は紙にコーヒーを染みこませると水分とコーヒーに分かれるアレだ。

成分によって沈下速度が違うので、二層に分離する。


こうして純粋なストレプトマイシン溶液を分離した。


さっそく瀕死の患者に試す。

「ほへえ」

患者は蘇った。


複数の検体に効果が見られたが。結核に劇的に効果があった。

この溶液を粉末(結晶)にして、保存しやすいようにする。



それには分離した液体を低温沸騰(フリーズドライ)に掛け、水分を飛ばす。

フリーズドライは登山家が高山で発見した(エジプト最高峰カトリーナ山)。


登山家「山の上で、空気が薄くなると上手く御飯が炊き上がらない」

「100℃で沸騰するモノが80℃で沸騰してしまう」


この低温沸騰が発見されて以降、熱に弱い(分解しやすい)モノはコレで脱気している。

水分だけを抜いて残った結晶がストレプトマイシンだ。


中世に錬金術師が、ガラス瓶の空気を抜く脱気器械を作っている。

挿絵(By みてみん)

これで疑似真空状態(0.006hPa)を作り出し低温沸騰した。


脱気により、白色の結晶が残った。

ストレプトマイシンだ。


モーシェ「ここまでは分かった」

「だが、ストレプトマイシンは結核菌に効く抗生物質だ」

「求めるのはレプラに効く特効薬があるかどうかだ!」


同じように分離されたのがリファマイシンだ。

アミコラトプシス・リファマイシンという放線菌から分離された。


モーシェ「ここまでは分かった」

「リファマイシンは結核菌に効く抗生物質だ」


だがこの2番目の抗生物質こそ「当たり」だった。

肺結核のみならず、レプラにも効いたのだ。

これこそ特効薬リファンピシンだった。


同じように精製し、リファンピシンの結晶が得られた。

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