第一話 馴れ初め
「お前バカ、くっつくなって!」
べたべたとうっとおしい。素直にそう思った。がっしりと腕を組んで離さないのは便宜上僕の恋人ということになる。というよりも一方的に僕の恋人になった女と言うべきか。
彼女の名前は霧島 江夏。同じ組のクラスメイトで、まともに話すようになったのはほんのここ一か月の話だ。容姿端麗、かわいい系というよりはどっちかというと美人系いう方がしっくりくるような外見だ。整った顔立ちに、きりっとした目、髪の長さは首ぐらいまでの女子にしてはショートヘアーの部類にあたる。
「どうしてこうなるかなぁ。」
家に帰る途中、夜空に視線を向けた僕は気づいたらそうつぶやいていた。
時をさかのぼること、1ヶ月前。僕は高校に進学した。
もともと第一希望だった高校は残念なことに受からず、滑り止めで受けていた私立高校に通うことになった。実家からは少し遠く、中学までの友達ともほぼほぼ進路は分かれる結果となった。母親からはもっとしっかり勉強しておかないから・・・・・・と軽い文句を言われたものの、まぁあんただし、通えるところがあるだけよかったわね、とよくわからないフォローが入ったのち、特に第一志望に落ちたことに関して言及されることはなかった。
僕としては地元の知り合いのほとんどいない高校に行けたのは好都合だった。中学校ではあの一件以来話かけてくれる人は激減した。誰も僕に近づこうとする物好きな人はいなかった。それが他人に発覚して以来、噂が別の噂を呼び、ついたあだ名は死神だった。あいつに近づいたら、不幸になる。関わるな。陰でそう言われていることは薄々気づいていた。そのせいで友達らしい人は中学卒業までできるはずもなかった。そのため高校生活では平凡な生活を送りたいという思いは強かった。
平凡な高校生活を送ろう。そう決めた。普通に勉強して、普通に友達と話して、普通に部活をして。あわよくば彼女とかできたりして。青春送ってるな、誰が見ても模範的な高校生だと思われるような、そんな3年間。それでいい。そう思っていた。
最初の分岐点は4月15日の放課後、帰り道。高校までは通学バスが出ているため、バス停までたどり着けば自動的に実家の近くまで連れてってくれる。そろそろいつもの帰り道と呼んでもいいくらいには馴染んできた道を通り、バス停までもう少しのところまで来た。
(まだ15分か・・・。バスが来るまでもうちょっと時間があるな・・・。)
もちろんバス停に着いたところで携帯を開いて、音楽を聴くなり、ゲームをするなり、時間を潰すという選択肢はあった。がその時の自分はバス停で時間を潰そうという選択肢を取らなかった。
(ちょっとコンビニで時間潰すか。)
バス停からほんの歩いて2、3分ぐらいの位置にコンビニがある。雑誌でも読んで時間を潰そう。そう思って立ち寄った。
駐車場にはいかにもガラの悪そうな風貌の3人組がたむろっていた。周辺にはその連中が落としていったであろうゴミが散乱していた。菓子のゴミ、ペットボトルやアイスのビニール等、連中が井戸端会議をしている間に消費されたであろうゴミがそこらへんに散らばっていた。まぁ別に今時めずらしい光景というわけではない。(店員にとってはすこぶる迷惑なのかもしれないが。)内容まではわからなかったが、ことあるごとに下品な笑い声が聞こえてくるぐらいで、特にコンビニに入っていく人も気に留めている様子はなかった。かくいう僕もその一人でちらっと横目で見はしたものの、そのままコンビニの雑誌コーナーに向かって店内に入っていった。
(今週号はまだ入ってないか。)
たいていコンビニで時間を潰すときはマガジンを読むことが多いのだが、まだ今週号は入っていない。かわりになるようなものがないかなと雑誌の並んだコーナーに視線を落としていた最中、ふと先ほどのたむろっていた連中の方向に目がいった。ちょうど位置的にはガラス越しで彼らが視界に入るような位置にいた。3人の他にもう一人。僕が店内に入る前にはいなかった人が見えた。
(なんの話をしているのだろうか?)
もちろん店内まで声が聞こえるわけもなく、表情やしぐさからしか判断することはできなかったが、少なくともたむろっていた3人組ともう一人は友達という様子には見えなかった。もう一人は女性だった。連中の背丈が大きいこともあり、ここから見ると大人と子供ぐらいには身長に差があるように感じられた。きりっとした目に、ショートヘアーが印象的な、それでいて背丈とは反比例して態度は連中にひるんでいるようには見えなかった。ぱっと見で何か言い争っているといった様子だ。
おおかたもう一人が3人組を見て、駐車場でゴミをばらまいてたむろってるなんて店の人に迷惑じゃないか!なんて正義感を振りかざして注意でもしたのだろう。やめとけばいいものを。そんなことをしたところで余計に面倒なことになるだけで、状況が改善されることにはならない。火に油を注ぐ。触らぬ神に祟り無し。とはよく言ったものだ。店員だってありがた迷惑もいいところだろう。
そうこうしている間にバスの到着時間が迫ってきていた。もう少し店内の安全地帯で事の成り行きを見ていたかった気もしたが、僕自身には一切関係のないことだ。ぼちぼち出よう。そう思い、店内から一歩足を踏み出した瞬間だった。
「ほら!あの人もずっと迷惑そうな顔してあんたらのこと見てたでしょ!」
さっきまで彼女の方を見ていた連中は一斉に僕の方に視線を向けた。僕も3人組の中で一番リーダー格くさいやつと目が合う。即座にそらした。が時すでに遅し。
「はぁ?そこのお前ちょっとこっちこいや!」
「え?いや、別に僕はその・・・。」
「いいからこっち来て話しようや、にいちゃん」
最悪だった。注意するのはたいそう結構なことだが、他人を巻き込むな。勝手にしろ。バカ。脳内では連中に対する嫌悪感と同じくらいこの女にも怒りの感情を覚えていた。しぶしぶ連中の前に向かう。
(とっとと隙を見て立ち去ろう。面倒はごめんだ)
近くで見ると男の僕ですら見上げるぐらいにリーダー格のやつは身長がある。180以上はあるだろうな。
その男はすごい睨みつけながら手招きしていた。
「・・・・・・なんでしょう」
「なぁ、にいちゃん。俺らただ駐車場で話してるだけなのに、この女がいちゃもんつけてくるんよ。にいちゃんも俺らのこと迷惑だとか思ってるわけ?」
(まぁ迷惑は迷惑なんだろうけども・・・。)個人的にはどっちでもいい。連中のしたことにより、コンビニの店員の仕事が一つ増えようが、連中の様子を見た小心者のサラリーマンが引き返して別のコンビニに寄ろうが、知ったことではなかった。そう、連中が僕に関わらなければ、連中は僕に迷惑をかけることにはならなかった。・・・・・・が残念なことにこのバカ女のせいで連中は僕に関わってしまった。そのせいで連中は僕に迷惑をかけてしまった。
(さて、どうしたものか)見たところ連中は体格はがっしりしているが、足が速そうには見えない体型をしていた。あくまで僕の見立てにすぎないが、おそらくここで連中をやり過ごして逃げるのは僕一人なら容易いことだ。だがその場合、その場に残された彼女はただでは済まないだろう。別にこんな面倒をもってきた女のことなど知ったことではないのだが、のちのち暴行事件とかでニュースにでも上がったら、それはそれで目覚めが悪い。
「あんたらが悪いんでしょ!こんなところでゴミまき散らして!ゴミはゴミ箱に捨てましょうって学校で習わなかった?あ、そうか学校なんて行ってないわよね、ごめんなさい気がつかなくて。」
これ以上余計なことを言うな。バカ。煽ってどうする。
「んだと!?調子に乗ってんじゃねぇぞ。」
完全に煽り耐性のない彼らはその言葉で逆上してしまった。今度は彼女に向かって手を上げようと振りかぶっていた。しょうがないので逃げることにした。とっさに彼女の手を引っ張り連中のスイングを回避した後、店内に走りこんだ。こういう時外に逃げるのはかえって危険だった。店内なら人目もある、店員だってさすがに店内まで厄介ごとが入ってきたら介入せざるを得ないだろう。一目散にトイレの個室に向かう。幸い、空いていた。二人して駆け込み、すぐにドアのカギをかけた。
汗だくだった。たいして走ったわけではないが、どういう状況でも追われるというのは体に悪い。立てこもり、ひとまずその場が収まるのを待つことにした。一枚のドアを隔たって、連中の怒鳴り声が聞こえた。
「てめぇら、なめてんじゃねぇぞ」、「出てこいや」、「チキン野郎が!」
などなどおのおのが声を荒げているせいで何を言ってるのか聞き取るのも難しかった。しばらくして店員が警察に連絡してくれたのだろう。連中のやべ、逃げるぞ。と声が聞こえた後、ぴたりと連中の気配は消えてしまった。ほどなく解放されたが、到着した警察にそれまでの経緯を根ほり葉ほり、何を言っただのいつどうしただの説明する羽目になった。すべてが終わり、解放される頃にはバスの終電はとっくに過ぎている時刻になっていた。
そう、今思えば、はじめの出会いなんてこんなもんである。霧島 江夏との馴れ初めはかなり強引な形での幕開けになった。そしてこの時今後も彼女との関係が続くことになるとは思ってもいなかった。