ターン1 主人と下僕と……
ターン1
三月三十一日、秋葉原にある小さなカードゲームショップは、いつものように老若男女で賑わっていた。が……
「あ、あの……」
「いやこいつ雑魚過ぎるでしょwてかこんなカード速攻環境の今じゃ誰も使わないしw」
態度が、ムカつく。言葉が、ムカつく。そして何より私の相棒をバカにされたのが、ムカつく。そんな感情を覚えた女子高生に対し、向かいに座るその男と取り巻きが続ける
「てか何でこんな古いカードばっか使ってるんですかーwまあ、一応貰っとこうかなw」
「ウワッお前ひでーなw散々バカにした相手から切り札奪うとかwてか必要かそんな雑魚カードw」
男は女子高生のカードの中でも、一際輝いているカードを雑に奪った。
「スリーブ使わない雑魚より、俺に使って貰った方がこいつも喜ぶだろうよw」
男が手に取ったカードには、『白狼の騎士』とかかれていた。返して、そんな言葉もでない位、彼女は萎縮していた。
「まあ、このカード返して欲しけりゃ、それ相応の誠意を見せてもらおうか?w」
「おいお前それwてか折角なら体で払ってもらえばw」
「お前にしちゃあ冴えてんじゃんwま、そーゆーことだからw」
なに勝手に話進めてんのよ、キモい、一人で来るんじゃなかった。あの『白狼の騎士』は私にとって掛け替えのないたった一枚の切り札、相棒。アイツに貰った。それを奪われ、バカにされた。それだけでいっぱいだったのに。
その時、男の汚らしい手に握られている相棒がいつもと違った輝きをした気がする。なんてことはない、ただ日の角度が変わっただけだ。だが、彼女が革命を起こすのには、十分過ぎる輝きだった。
「「返せよ」」
彼女の声ともう一人の声。集中し過ぎて背後に人がいることに気づかなかった。その低く、しかし優しく聞き覚えのある声は続けた。
「女の子からカード巻き上げるとか決闘者のグズだなお前。今すぐそのカードを彼女に返しな」
あれ?この人の声、知ってる。私は知ってる。
「そうくん……? 」
ゆっくり振り向くとそこには、幼なじみ、似た者同士、そして中学校に上がる時に転校をしたと主人公属性メガ盛りな、愛すべきアホウが、アホ面下げて私を見下ろしていた。
「アキノ!? お前アキノか!! 久しぶりだな!! そのカードがアキノのなら、余計返して貰わなきゃな! それは元々俺のなんだよ」
私と気づいてくしゃっとした笑顔を見せたそうくんこと赤堀相馬は、そのまま男に向かい一言、
「おい、デュエルしろよ」
十分後、『白狼の騎士』はアキノの手の中にあった。
「お前あのときイカサマされてたぞ」
「え、マジで。全然気づかなかった。てかその時に言ってよ。あーあ、だから負けたのか」
「イヤイヤ、イカサマされなくても負けてましたよアキノさんなら多分」
一段落着いたところで、二人は以前のような砕けた会話を取り戻していた。
「お前それ私と相棒に喧嘩売ってんのかそうだよな? そうだよね? よしデュエルだ! 」
正直に言うと、さっきっからこの私を見下して来るアホウを絞めてやりたかった。と同時に、いつもみたいに楽しくゲームがしたかった。
「俺に百戦九十九敗してるくせに」
うるせえ、今に見てろよと思い、顔を上げると、今か今かとワクワクしたアホ面があった。多分考えてることは同じ。双子とか兄妹とかにも負けず劣らず、考えてることは同じ、というかカードのことしかお互い頭にない。このせいで何度クラスの女子から引かれ、ハブられたか。お蔭でカードに時間が割けたから結果オーライだったが。
「んじゃあちゃっちゃとやりますか。そこのベンチでいい? 」
これも懐かしい。青空決闘。といっても、空は真っ赤に染まっていたが。
「上等」
デュエルの最中に色々話した。中学卒業してこっちに帰って来たとか、偶然高校が同じだとか、中学のクラスにカードゲームできる奴が居なくて不登校になりかけたとか。
そんな話をしているうちに、場に相馬の切り札『赤壁龍』が顔を出した。こいつともかなり久しい。早いとこ私の『白狼の騎士』と再会させてやりたい。だが、それまで私が持つだろうか?
多分このドローで相棒を引かなきゃ、勝利どころか再会もままならない。験を担いでアニメで主人公が切り札を引く時の真似でもしてみた。
「そう、このドローはハゲしく思い、だが、私は引く、例えこの指がペッキリ折れようとなぁー」
大声を出したせいで井戸端会議中のマダムに白い目で見られた。だけどいつものこと。気にすることはない。それに目の前のアホウもテンションが上がってるし。私たちが楽しければそれでいい。私達の気分は最高潮を越え、ドローしたカードは、光輝いていた。
結果として、私の敗北記録がめでたく三桁に達した。再会は果たせた。だが勝ちたかった。だからまた喧嘩を売ろう。そう考えていると、散々煽ってきたアホウが、
「高校入ったら決闘部作ろうぜ」
とかよくわかんないことを言ってきた。私は次はどう打ち負かそうか脳内で『白狼の騎士』と会議していたので
「ああ。うん」とかしか言ってなかった。暗くなってきたのでその日はお開きとなった。家に帰り、湯船に浸かっているときにふと、
「高校入ったら決闘部作ろうぜ」
の言葉が脳内で再生された。誰だ勝手にリピートかけた奴。とか思い、少し冷静になり、
「は? 」
思わず湯船から上がった。
「なにその魅力的な提案!! 」
適当に否定しなくて良かったと、さっきの自分を自分で誉めたい。
翌日、学校じゃなく老人ホームにいる方が似合っている校長の話を、慣れない体育館で聞かされ、その後にクラス分けが発表になった。相馬のアホウとは同じクラスになった。その方が色々都合がいいし、素直に喜んでおこう。向こうからアホウがアホ面下げて、アホみたいに歩いて来てるなんて私は知らない。するとそのアホウが、
「一緒だったな」
「最悪だよ」
思ってもないことを口にしてみた後で、相馬が出した手に、勢いよく自分の手をぶつけた。
「アキノっち、そっちのイケメン誰? 」
中学校からある程度仲の良い三浦カナが声を掛けてきた。カナとも同じクラスのようだ。
「イケメン? こいつが?? カナ男の趣味悪いよ。こんなカードより重い物持てない奴」
なんかよくわからないが、相馬のことをカナに低く紹介しないと気がすまなかった。
「ねえアキノさんそれ僕に言っている?だったらひどいなあ。どうもカナさん俺こいつの友達? 親友? 保護者? アキノさん俺アキノさんとどういう関係? 」
「主人と下僕でしょうが」
「自ら下僕を名乗り出るとは、アキノも成長したな」
「いつから自分が主人だと錯覚していたんだ貴様は」
いつもの如く息ぴったりのやり取りに怯えるカナを横目に、
「「どっちが本物の主人か、決闘で決着着けてやる! 」」
後にクラスメイトから「自然な流れ」とか、「痴話決闘」とか笑われる恒例行事が始まった。
その日の放課後、他の入学生が連絡先やらを交換しているあいだに、二人は職員室で説教を喰らっていた。何でも決闘が白熱し過ぎて、周囲に迷惑を掛けたらしい。
「君たちねえ、」
担任を名乗った若い女教師が呆れていた。相馬の方を見ると、少し顔が緩んでいたいた。そんなに女教師がいいのか。ムカついたので、くるぶしに横蹴りを二、三発入れておいた。相馬の表情が濁る。ざまぁ。
「いい年して、いつまでカードゲームなんかやっているの? 」
他の説教は右から左だが、この言葉だけは聞き逃さなかった。
「「「いや年齢関係ないでしょ! 」」」
いつもながら息ぴったりのハモり。ん? 一人多いような?
「安西先生少しいいですか? 」
緑のジャージに身を包んだ、いかにも体育教師のような筋肉質の男性が割って入った。
「カードはね、浪漫なんですよ。夢なんですよ。……」
とんでもなく長い演説の始まりだった。終盤、男の動きがどこかの国の大統領のようになってきて、相馬に至っては、大統領の一挙一動にワーとかフゥーとか安い合いの手を入れている。
「つまり、彼らは、学生としてあるべき姿を、カードゲームを通して表現しているのです」
イヤ、そんなことはない。ただ楽しいからやっているだけだ。ただ相馬は、「キング牧師に匹敵するいい演説だッ! 」とかなんとか言って泣いている。やめようかな、こいつとつるむの。
「先生、イヤ、大統領閣下、俺たち、決闘部作りたいんです。顧問になってください」
「いいのか。是非ともやらせてもらおうか」
「最悪だ、私は今日という日を一生後悔するだろう」
アキノが呟く。
次の日の放課後、相馬と二人で空き教室でいつものようにデュエルをしていた。何でも顧問を買って出た体育教師室岡は、陸上部の顧問もしているため、あまり顔を出せないそうだ。一応部員募集のポスターも張ったが、結果が出るかどうかは未だわからない。
「そういえばポスターってどんなの書いたの? 」
言い出しっぺはあんたなんだからと厄介事を相馬に押し付けたアキノが思い出したように聞く。
「ああ、プロットがそこで紙飛行機にトランスフォームしてるから見てみて」
そこには、器用におられた戦闘機の形をした紙飛行機があった。
「ナニコレ」 零戦、と即答する相馬。どうやって折ったのこれ? 飛ぶのか? そんな疑問を抱きながら慎重に紙を開く。そこには見るに絶えない文字と、『白狼の騎士』と『赤壁龍』もどきが描かれていた。
「ふざけてんなら東京湾に沈めるよ」
昨日TVで聞いた台詞がこんなにもすんなり使えるとは。
「タンマタンマ、張ったのはもっと丁寧に書いてあるから」
次からこいつに任せっきりはやめよう。そんなことをしているうちに、またアキノの敗色が濃厚になってきた。そんな時、教室のドアが開く音がした。
「失礼、体育の室岡先生に聞いて来たのだけども」
スレンダーで身長の高い、ポニーテールの女が入ってきた。
「ほら相馬、相手したげて。私片しとくから」
「や、やあいらっしゃい」
靴のデザインから、二年生の先輩だとわかると、急に小物になる相馬。
「ここは、決闘部でいいのかしら? 」
「は、はい。け、決闘部でございますです」日本語どうしたお前。
「私、弓道部所属二年の狩野弓衣。この部って兼部は可能かしら」
この学校に認可されている部活での兼部の可不可は、各部の部長によって決められる。
「弓道のほうは私が部長だから大丈夫だけども」
「ハイ全然大丈夫です。okです」
即答する相馬。いつから部長になったんだお前は。まあ、厄介事が無くなるので異論はないが。
「挨拶ついでに手合わせを願いたいのだけども」
弓衣先輩が、デッキを用意し始めると、
「アキノさん、出番ですよ」
と、身を引く相馬。
「え、あんたがやるんじゃないの? 」
「大将は座して待つのみ」
と偉そうに椅子にふんぞり返っている。やっぱ帰りに東京湾に沈めよう。
「あ、えっと一年の秋野原秋乃です。宜しくお願いします」
「宜しく」
別に嫌な対応ではない。だが、弓衣先輩のようなクールな相手は、苦手な部類に入る。緊張しながら、デュエルはゆっくりと動き出す。
「私のターンね。このターンで仕留めるわ」
弓衣先輩のデッキは、狩人族のカードを多様したデッキだ。戦法としては、カードのシナジーを上手く利用した、いわば≪技≫で勝負を仕掛けてくる。パワーでゴリ押しをしてくる相馬とは正反対のため、手も足もでない。
「これが私の切り札よ、刮目しなさい」
先輩のキャラが少し高圧的になった気がしないでもないが、場には切り札『魔導狩人 ソフィア』が召喚された。対してアキノの場はすっからかん。前のターンに狩られたのだ。このゲームのルール上、召喚されたカードは、次の自分のターンにならないと行動させられないことになっている。
「不味いですよアキノさん。次のターンに留め刺されちゃいますよ」
「わかってるから三日間位黙ってて」
「あんまりだよそれ。でも、今ならアイツが活きてくるんじゃあないですか? 」
そういえばそうだ。私の『白狼の騎士』はピンチになると強力な力が発揮される、守りのスペシャリストだ。幸い手札に来ている。
「『白狼の騎士』を召喚、ターンエンドです」
もし先輩の『魔導狩人 ソフィア』で留めを刺しに来ても、今の『白狼の騎士』のパワーなら返り討ちに出来る。さあ、どう出る。
「私のターン。『ソフィア』でプレイヤーに攻撃。その時に『ソフィア』の能力を使用するわ。」
しまった。『ソフィア』には攻撃時に手札から[魔法]カードが使える能力があった。
「ねーねーアキノさん、[魔法]カードって使いづらくない?俺あれの利点がよく分からないんだけど」
[魔法]カードは使うと能力を発動し、墓地に置かれる使い捨てカードだ。パワーの高い相馬のデッキにはあまり必要のないものだ。ただ、単体火力に欠ける先輩のカードにとって[魔法]でのサポートは必須となる。と、同時に強力な武器になる。
「[魔法]鳴門の大渦を手札から唱えるわ。これであなたの『白狼の騎士』は行動不能に。よって私の『ソフィア』の攻撃で止めよ」
プレイヤーにライフはない。一度でも直接攻撃をもらえば負けになる。
「あ、ありがとう、ございました」
「ええ、ありがとうございました」
クールな先輩が微笑んだ、この人も私達と同じ匂いがする。多分とてつもなくカードが好きなんだ。決闘してて伝わってきた。
「あなた、いい闘い方をするのね。『白狼の騎士』への思いがしっかり伝わってきたわ」
なんだかこっぱずかしい。
「部長君、明日入部届けを持ってくるわ。その時にあなたとも手合わせ願うわ」
そう言って狩人は去っていった。
「残念でしたねー、あと少しだったねー」
煽りがウザイ。少しは先輩を見習って欲しいものだ。だがこのアホウは気づいていない。自分が勝ちかけていた決闘がうやむやにされたことに。今日も空が真っ赤に燃えていた。