異世界転生未遂事件
『目覚めよ……』
「…………んっ……」
『目覚めるのです――――』
「んん……? なんだ? どこだここ……あんた誰?」
『あなたは死んでしまいました。よって――』
「え!? 俺死んじゃったの!? まじで!!」
『ええ。しかし私の力で転生し、新たなる勇者として“ ディベルシス・ムーンディ ”を脅かす魔王を倒してもらいます。よろしいですね?』
「何? 転生? ディベ……なんて?」
『ディベルシス・ムーンディ……あなたの世界から見れば“ 異世界 ”……と言ったところです』
「そうなんだ。でもさぁ、なんで俺がそんなことしなきゃならないの? っていうか死んだって実感無いんだけど。だってどう見ても生きてるよね俺」
『ですから、私の力で転生したのです』
「そうなんだ。えーでもさ、無償で生き返らせてくれるって何か怪しくない? 普通はなんか裏があるんじゃないかって思っちゃいますよねぇ?」
『……ですから、あなたを生き返らせる代わりに、ディベルシス・ムーンディの平和を脅かす魔王を倒してもらうということです』
「倒す? 倒すってどういうこと? 張り倒せばいいの? それとも殺すってこと?」
『まあはっきり言ってしまえば、殺すということです』
「そうなんだ。あんたは俺に人殺しをさせようとしてるってことね?」
『いいえ、人ではありません。ディベルシス・ムーンディの平和を脅かす魔王なのです』
「人じゃないからって殺して良いってことはないよね? 何かを殺すってのはそう簡単な気持ちでやって良いことじゃあないよね?」
『……仰ることはよくわかります。ですが相手は――』
「わかるよね? でもあんたはそれをわかった上で、淡々と俺に押し付けようとしたよね? しかも死んだ俺を勝手に蘇らせてさ? それに魔王ってめちゃくちゃ強いイメージあるよね? そんな奴相手にケンカも格闘技もしたことない一般人をぶつけるってどうなの?」
『そこは安心してください。あなたには特別なスキルを付与して――』
「そんなことが出来るんだったら、あんたが魔王を倒せばいいんじゃない? どうしてわざわざ一度死んだ俺を蘇らせてまでさせようとするの? なんで?」
『それは……私は忙しいというか………』
「忙しいって、今こうして話してる間も時間を消費してるんだよ? こんなまどろっこしいことしてないで自分でやればいいじゃん?」
『いやその……私は立場上、人間に肩入れすることは出来ないので――』
「今あんたがやってることも充分肩入れだと思わない? わざわざ魔王を殺させる為に人間を蘇らせて、そんで特別な力をくれるってんだろ? これが肩入れじゃなきゃなんだってんだ?」
『それは、えと……その………』
「そもそもなんで俺なの? 先にも言ったが俺はケンカも格闘技も出来ないし、頭だって良くない。なんなら根性なんてもんも持ち合わせてないからさ、きっとすぐ逃げ出しちまうぜ? なにより俺と同時刻に死んだハイスペックな人間だって、探せば他に居ただろ? その上で改めて聞くけどさ、なんで俺なの?」
『そ、それは………神の啓示というか……なんというか……』
「急に神様を持ち出しちゃうとさ、怪しい勧誘か何かだって思われてもおかしくないよね? 古い知人に誘われて再会してみりゃそういうことでした……なんて経験、あるでしょ?」
『まぁ、はい……』
「ってなってくるとさ、当然『予め目をつけられていて、故意に殺されたのではないか?』なんて思われたって、しょうがないよね?」
『そっ、そんなことはありません!』
「でもそれって証明できないよね? だって俺には死んだ時の記憶が な ぜ か 無いんだから」
『神に誓って!! そのようなことは決して――』
「あーあ、また言っちゃった。そのワードを疑心暗鬼になってる相手に言っちゃうことがどういうことだか理解してる? わかるよね?」
『ぐっ……し、しかしですね!!』
「わかるよ、これって所謂“ 悪魔の証明 ”ってやつだもん。あんたに無理難題を吹っかけてるってことは自覚してる」
『でしたら……』
「でも、だからこそなんだよ。俺はそれほどまでに、自分が置かれたこの状況に強い不安を抱いているんだ。突然目が覚めたと思えば知らない場所、知らない顔。混乱した頭に『お前は死んだ。生き返らせてやるから代わりに魔王を殺せ』なんて言われた人間の気持ち、ちょっとは想像つくよね?」
『それは、その……』
「あんたはそんなつもりなんて無いのかもしれない。でも客観的にね? この状況を冷静に見たら、そう判断されたっておかしくないよね? 俺、何か間違ったこと言ってるかな?」
『………………』
「ちょっと一歩引いて、現状を観察してみてくれない? どう? 俺が言ってること、わかるよね?」
『…………うっ……グスッ……』
「泣いたってしょうがないよね? どうなの? わかんない? まだ説明が要るかな?」
『……ひっぐ……ぐす……………わかり、ます……』
「だよね? 『これは詐欺なんじゃないか? もしかしたら、俺の死までその全てが仕組まれたことなんじゃないか?』……そう思われてもしょうがないことをしてるって、わかるよね?」
『………………はい……』
「だったら、あんたはこれからどうすべきなのか。もう、言わなくてもわかるよね?」
『………はい……』
「よし、それがわかってくれたら良いんだ。ごめんね? 酷いことを言っちゃって。でもどちらが悪いとかそういうことじゃあないって、わかるよね?」
『……はい…………あの』
「ん? どうしたの?」
『その……本当に、ごめんなさい………』
「うん、ありがとうね。俺はその一言が聞けただけでもう充分だよ。それじゃあ、元の世界に戻してくれる?」
『はい、すぐにも。…………あの、なんだかその……色々とありがとうございました』
「ああ! 元気でな!!」
『……はいっ!――――』
こうして一人の尊い命が救われたのである。
めでたしめでたし。
もし私がそうなったら多分こうなるだろうなぁ
そんな気持ちで書いた
後悔は無いっていうか何も無い