プロローグ
チリンチリンッチリンチリンッ、とやかましく、部屋に取り付けられたベルがなる。
優しい微睡みから無理やり引き揚げられ、最悪な気分で起き上がる。
ギリギリベッドとクローゼット、小さい丸椅子が置ける程度しかない部屋は着替えるスペースもない。
なるべく手短に身支度を整え、立て付けの悪い扉をこじ開けて、まだ薄青い暗さを持つ廊下に踏みだす。
何故正真正銘日本人の自分が、こんなところで使用人をしているかの説明をするには、少し時間がかかる。
*************************************************
ここに来て初めて見た光景は、汚い路地裏だった。さすがに驚いて路地裏から顔を出すようにして周りを伺った時に、初めてここが見たことのない場所だと分かった。
やけに太った野良犬が彷徨き、飲んだくれた人が道端で寝ている。道は狭くてゴミだらけ。異様に目がギラギラした子どもが飢えた様子でこちらを見て、すぐに反らした。そんな状況を見れば、流石に日本では無いことに気が付く。
そのまま途方に暮れ、一日を過ごした。2日目までは、気を張りすぎて空腹に気付かずにいたが、疲労は溜まりに溜まり、4日には動けなくなっていた。
5日目にはすでにあきらめと後悔にまみれ、こんな所で死にたくないと汚い路地裏で思っていた。
異変があったのはその日の夕方。ふっ、と、自分の体に影がさした。見上げる気力もなくそのままいると、腕を捕まれ、あれよあれよとの間にぼろぼろの馬車のようなものに押し込まれ、体感で何十分か揺られた所が、今の職場、というわけである。現実は小説より奇なりというが、奇なりすぎだろう流石にツッコミを入れた。
そんなこんなで、なんとかかんとか生きている。