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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
三章 常緑の復讐者と花の妖精と
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75話 『冷気の霧と小さな果実と』

 その者は音も無くトリシャたちの元へ近づくと声を掛けるのだ。


「このままだとクレア様の魔法に巻き込まれてしまいます」


「わぁ、ビックリした!」


 突然の横からの声に、トリシャは大きな声を上げてしまう。そして、声のした方向と反対側によろめくと、そのままアイリスに寄りかかる。


「すみません。驚かせるつもりは無かったのですが……」


 そう謝る声の主はノエルだ。

 魔獣レノウタランドゥスとの戦闘が始まってから姿が見えなくなっていたのだが、どこか別の場所に移動していた分けでは無かったみたいだ。


「何をしようとしているのですか?」


 アイリスは両手でトリシャの体を支えながら質問をする。

 突如、左から現れた彼女の声に驚いたトリシャは、危うく尻もちを付きかけていた。それをアイリスに受け止めてもらう形で倒れずに済んだのだが……。

 その際に彼女の体に触れてしまうのは当然の結果である。

 トリシャの頭は、アイリスの胸によって受け止められていた。それはまるで、クッションの様に柔らかく、衝撃を吸収していた。

 接触している右耳から彼女の鼓動が聞こえてくれば、変に意識してしまうのは仕方のない事だろう。


「新しい魔法を試行してみようとしているのですが、その、範囲の広い魔法でして。

 この場所だと巻き込まれる危険性がありますので、退避をお願いしに来た次第です」


 ノエルは淡々と説明する。

 彼女が言うには、クレアリスは何やら大規模な魔法を使おうとしているみたいだ。この周囲に立ち込める冷気は、それの下準備なのだろう。


「言われた通り移動しましょうか。付き添いで来た私たちが、クレア様の邪魔をするわけにもいきませんし」


「そうだね」


 トリシャは一度、アイリスの顔を見上げてから返事をする。

 それに対し、覗き込むように顔を見てくるアイリスと目が合い、少し照れ笑いを浮かべてしまう。そして、彼女に支えながら体を起こすと、その場に立ち上がる。

 着いて来ただけで何をするでも無い自分たちが、クレアリスに迷惑をかける事があってはならないのだ。

 ノエルに先導されながらトリシャたちは、その場から離れて行く。



 次にトリシャが振り返ったのは、森の奥で大きな音が鳴り響いた時だった。

 バリバリと高い音が鳴り響いたかと思うと、次の瞬間には冷気を伴った白く色ずいた空気が流れ込んできた。

 距離を取った所為もあり、クレアリスの姿は見えない。それどころか、辺りを覆う様に白い霧状の冷気が森の一帯を包み込んでいたのだ。

 その冷気は、足元を這うように広がっていく。

 先ほどまで居た場所に至っては、霧状の冷気に覆われてしまっていた。


「何これ?」


「どうやらクレア様が魔法を使われたみたいですね」


 目を丸くするトリシャと違って、アイリスの口調は冷静だ。


「他にも魔法を試したりするのでしょうか?」


「いえ、これで終わりだと思われます」


「では、様子を見に行きましょうか」


 ノエルにクレアリスの動向を確認すると、アイリスは手の平を前方に翳す。

 すると、魔法陣を描き魔法を発動するのだ。

 前方を吹き抜ける風は白い霧状の冷気をかき分けて行く。一部分だが、空気が通り抜ける事で遮っていた視野が広がる。


「さあ、行きましょうか」


 アイリスはトリシャの手を引くと前へ歩き始める。

 流れに身を任せる様に、トリシャは引っ張られていく。


「あ、私が案内します」


 一歩前に出ると、ノエルは魔法を使って霧を払っていく、

 アイリスが使った魔法はウィンドショットであり、真っ直ぐ前方に空気の弾を放つ風魔法だ。それに対しノエルは霧を扇状に薙ぎ払う。

 緑色に光る魔法陣からして風魔法である事は間違いない。

 だが、その魔法はトリシャが知る魔法とは少しの差異が見受けられたのだ。


「では、お願いします」


「はい」


 アイリスが声を掛けるとノエルは返事をし前を歩き始める。

 魔法により霧を払いのけて行くと、視野が少しずつ開けていくのだ。

 奥へ進むにつれ、地面は霜に覆われると同時に、段々と冷気が強まっていく。

 先ほど、アイリスに魔法を掛けてもらったお陰で、寒さを感じる事は無いが、口から吐く息が白づいて来る。


 足元に気を付け、樹木を避けながら進むと、霧の掃けた空間へと行きつく。

 一見、視界が広がるかと思われたが、そこには巨大な氷の塊が鎮座していた。

 見上げると森の木々たちに負けぬ程高くそびえ、一軒の小さな家くらいの幅を持つ氷の塊は、視界を覆う程の存在感を放つ。

 ドライアイスの様に大量に冷気を放つ氷塊が森に充満する白い霧の発生源で間違いはないだろう。


「何これ?」


「どうやらクレア様の魔法の様ですね」


 氷塊の表面はまるで磨かれているかの様に光を反射していた。それに近寄ると、トリシャは手でそっと触れてみるのだ。

 手の平から冷気が伝わってくる。

 当然といえば当然なのだが、いくら気温の変化を感じない魔法を掛けてもらっていると言え、触れた物の温度を感じないわけでは無い。


「クレア様」


 トリシャが氷塊に夢中になっていると、ノエルがクレアリスの姿を捉える。

 杖の先端を肩に乗せ、宙を漂う。一仕事終えたクレアリスは、トリシャたちを見つけると近づいて来るのだ。


「おお、トリシャたちも来たんだな。魔法に巻き込まれなかったか?」


「うん、大丈夫」


 ノエルが声を掛けなかったら巻き込まれていたに違いない。

 それを心配していたクレアリスが、彼女に伝言を頼んだのだろう。


「それよりも、クレアは怪我とかしなかったの?」


「ん? 私は大丈夫だが。それを見ればわかるだろう?」


 杖の先端を氷塊に向ける。

 トリシャは振り返り再び氷塊を見るが、彼女が何を指しているのか汲み取れない。


「あのレノウタランドゥスを丸ごと氷漬けにするとは、以前より腕を上げられましたね」


 アイリスに褒められ、クレアリスは堂々と胸を張る。

 そこで、トリシャは彼女が意図していた事を理解するのだ。この氷の塊がレノウタランドゥスに向けて放たれた魔法である事を。

 よく見ると、氷塊の中にレノウタランドゥスの姿が見える。

 アイリスが側に居る安心感からか、白い冷気の霧で視界が遮られていた所為か、トリシャの頭からは大型の魔獣と戦っていた事がすっぽりと抜けていた。

 その魔獣、レノウタランドゥスはクレアリスの魔法によって氷塊の中に閉じ込められていたのだ。


「え、ちょっと待って、え?」


 理解の追い付かないトリシャは、軽くパニック状態になる。


「魔法の使い心地はどうでしたか?」


「うーん。威力は申し分ないが、準備に時間がかかりすぎるな。

 特に今回は初めからこれを使うつもりで動いてたから尚更な」


「実践向きではないと?」


「いや、そんなことは無いな。他の魔法を使っている際に戦いが長引けば有効に使える場面はあるだろう」


 そんなトリシャを放置したまま、クレアリスとノエルは魔法の評価を行う。

 瞬間的に標的を氷漬けにする魔法は、冷気の満ちた空間でしか使えない。それは今回の様に相手の体格が大きくなればなるほど必要な冷気は多くなってしまう。

 しかし、クレアリスの様に氷魔法を主として扱う魔女にとっては、そのデメリットも少ないと言える。

 最初から扱えないという制限は変わらないが、戦いが長引けば長引くほど冷気は自然と満ちてくるのだから。

 これを自分のテリトリーでもある氷の城の付近で扱うとなると、その制限は無いに等しいと言えよう。


「そうだ。ノエル、2人を呼んできてくれ」


「かしこまりました」


 そう声を掛けられると、ノエルは再び霧の満ちる森の中へ入って行く。

 先ほどより霧の高さは下がっており、浮遊しながら移動すれば一々霧を払わなくても森の中を進めるだろう。


「これって大丈夫なの?」


 トリシャが指すのは、もちろんレノウタランドゥスの事だ。

 いくら氷漬けになっていると言えど、躍動感のあるその姿に今にでも動き出しそうに見えてしまうのだ。


「大丈夫だ。私の氷に捕まって動けるはずが無いだろう」


 己の魔法に絶対の自身があるのだろう。

 トリシャと違って、クレアリスは気にも留めない様子だった。


 暫くすると、ノエルが帰ってくる。

 その頃には霧も殆ど晴れ、氷塊を中心に足首を隠すほどの高さしか無かった。


「お待たせしました」


 またもや、フラーグムの手元にタランドゥスの姿は無かった。

 しかし、先程にも増して服に付いた血が濃く染みていたのだ。


「レノウタランドゥスはどうされましたか?」


「そこにいるだろ?」


 トリシャと同じく、彼もまた気が付いていないようだ。

 それに気が付くや否や、彼の目は大きく開かれる事になる。


「どどど、どうされたんですか、これは?」


 彼が驚くのも無理はない、村人が何人束になっても敵わない大型の魔物が氷漬けにされているのだから。

 今までもクレアリスに魔物討伐の依頼はしてきた。

 だが、大型の魔物を仕留めてもらったのは今回が初めてだったのだ。


「あ、どうしようか。これじゃあ解体は出来んな」


 魔法の事しか気にかけていなかったクレアリスは、今頃になって気が付く。レノウタランドゥスを仕留めたはいいが、氷漬けにした今、解体が困難になっている事に。

 氷を解く事は簡単に出来る。魔法を発動した本人が任意で解けば済むからだ。

 しかし、それではレノウタランドゥスが絶命して無い場合、再び動き始める危険性がある。

 この場にはトリシャやフラーグム、フレッサもいるのだ。簡単に魔法を解くわけにはいかない状況にあると言えよう。


「いえ、このままで構いません。村人が持ち回りで様子を見に訪れ、氷が溶けだす頃に解体すれば良いでしょう」


 冷気を放つ氷に覆われていれば肉体が腐敗する事も無い。それに氷が溶ける頃になれば、レノウタランドゥスといえど絶命していると踏んだのだ。


「まぁ、それでいいならこのままにしておくよ。後始末はお前たち村の者に任せているからな」


「それでは、村へ戻りましょうか」


 フラーグムを先頭に、来た時と同じ隊列を組んで歩いて行く。

 霜で覆われ、霧の纏った地面を歩くのは難しい。フレッサは何度も転びそうになっていた。

 トリシャはというと、宙に体を浮かせながらアイリスに手を引いてもらっている。でなければ、何度も転倒を繰り返していただろう。


 村に戻る途中、トリシャは有るモノに視線の先を向ける。それは、緑色の多い森の中で一際目立つ色をしていた。

 生い茂る草の中に赤い小さな果実が無数に散りばめられている。その真っ赤に色づく小さな実はトリシャの好奇心の的になってしまうのだ。


「あの小さな実みたいのって何?」


「これは、リンゴンベリーではないでしょうか」


 問いを受けアイリスは、その実を一つ手に取る。

 小指の先よりも小さな実は、サクランボやトマトの様に真っ赤で艶のある表面をしていた。


「ちょっと食べてもいい?」


「構いませんが酸っぱいですよ?」


 アイリスからリンゴンベリーの実を手渡しされると、一粒口に入れてみる。

 小さな粒を一噛みすると、甘みの少ない強い酸味が口の中に広がっていく。


「酸っぱいね」


 直前に聞いていた通りの強い酸味を受けて、トリシャは眉にしわをよせる。

 昼食の時間を過ぎており、少しお腹が空き始めていたトリシャは、実が美味しければおやつ代わりになるかと考えていた。

 しかし、酸味が強すぎて食べれそうにない。


「おーい。何してるんだ? 置いてくぞ」


 少しばかり足を止めていた事もあり、先を歩いていたクレアリスの声が遠くから聞こえる。


「ごめん、すぐ行く」


 大きな声で応じると、トリシャはアイリスに目配せをする。その意図を汲み取った彼女は、再び宙に浮くトリシャの手を引き始める。

 そして、クレアリスたちも元へ追い付くと、村へと歩を進めていくのだ。


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