73話 『大型の魔物と小さき魔女と』
「お、来たか」
クレアリスの声に振り返ると、フラーグムとフレッサがそこには居た。
どうやら、先に倒していたタランドゥスの後処理を終えたらしい。だが、その手にタランドゥスの姿は無い。
しかし、フラーグムが身に着けている年季の入った手袋は、赤い血液が滲んでいる様にも見える。
あの質量を何処へやったかは分からないが、その様子から解体は済んだとみて間違いはなさそうだ。
「お待たせしました。これで依頼は終わりですね」
「いや、確か大型種を見かけたと言っていたな。ノエル、感知できるか?」
「少しお待ちください」
クレアリスの指示を聞くと、ノエルは瞳を閉じて全神経を魔獣の魔力を感知する為に注ぎ始める。
「タランドゥスを5頭仕留めて頂いただけでも十分です。これ以上深追いする必要はありません」
村長の話ではタランドゥス5頭の討伐を依頼された事となる。そして大型のレノウタランドゥスは見かけたら討伐して欲しいとも依頼された。
あくまで見かけたらの話なので、フラーグムの言う通りわざわざ探してまで相手をする必要は無い。
「見かけた者がいるんだろう?
ほっておけば仕返しに村を襲うかもしれないではないか。ついでに討伐しといてやるから気にするな」
「我々にとっては有り難い話なのですが、十分な報酬が用意できるとかは分かりませんよ?」
大型種まで討伐してくれると言うのなら、村にとってこれ以上にあり難いことは無い。
しかし、フラーグムが心配するのは、依頼に対する報酬の事だった。
もし、大金を用意できるのならば、見た目が幼く魔女と名乗るクレアリスに、わざわざ魔獣の討伐を頼んだりしないだろう。
おそらくだが、島にある小さな村が他から傭兵や冒険者を雇うだけの資金を用意できないのかもしれない。
「報酬は誠意をもって支払えるだけでいい。作り過ぎたお菓子を食べてもらうことが出来ればそれでいいんだ。
それに、討伐するとしてもノエルが感知可能な範囲にいればの話だ」
クレアリスはお金にあまり執着していないらしい。
その為、報酬金額に対し拘りが無く、金額よりも消費しきれないお菓子の受け入れ先を求めている様だ。
「どうだ?」
ノエルはゆっくり瞳を開く。魔力感知を終えると、すぐさま結果の報告をするのだ。
「ここよりももっと奥、北の方角に大型の魔物の反応があります。レノウ級で間違いないかと」
村長が予め言っていたレノウタランドゥスを見かけたという情報は間違いじゃなかったらしい。
という事は、これからタランドゥスよりも大型の魔物を討伐しに行く方向へ話が進んで行く事となる。
「よし、私は討伐に向かうがお前たちはここで解体でもして待っていてくれ」
大型種の反応があると知るや否や、クレアリスは早々に討伐に向かおうとする。
「待ってください。私も向かいます」
フラーグムは横たわった2頭のタランドゥスそっちのけで同行を志願する。
「付いてきたければ勝手にすればいい。だが、私に守ってもらえると思うなよ。
それに、そいつらの始末はどうするんだ?」
クレアリスが指すのは、地面に放置されたままの2頭のタランドゥスの事だ。
先ほどまでの話を聞くかぎり、今は意識を無くしているが、そのまま放置していればいずれ目を覚ますだろう。
足に氷の枷をはめられてはいるものの、とどめを刺さなければ暴れだす事は間違いない。
「解体は直ぐ終わらせますので……」
「待てんな。私は夕暮れまでには帰りたいんだ」
フラーグムの言葉を遮るように言う。
「私の仕事の邪魔をしない様に、大人しく自分の仕事をしておく事だな」
「……わかりました」
少し考えた後、フラーグムはこれ以上時間を取らせない様に自身の主張をやめる。
冒険者として、村人として、大型種の討伐を目の当たりにする事で、後に生かそうと考えた。
しかし、それは彼女の仕事を邪魔していると言われてしまったのだ。
村を代表する案内役としては、魔女に迷惑をかける行為は控えた方が良いに決まっている。
だからこそ、自身の役割に該当する、タランドゥスの解体作業に専念する方が最善の選択だと言えよう。
「トリシャはどうする?」
「もちろん付いて行くよ」
トリシャはクレアリスの問いに即答する。
大型の魔物と聞くと、どうしても不安や恐怖は生まれてしまう。
しかし、先程までのクレアリスの圧倒的な戦いぶりを見た後だと、不安よりも安心感が勝ってしまうのだ。
それに、隣には常にアイリスが居てくれるのだ。となれば、トリシャが不安を覚える事は無いに等しいと言えよう。
「じゃあ、向かうか」
そう言うと、クレアリスは体を宙に浮かせる。
今までの道のりを徒歩で移動して来ていたのでトリシャは純粋に驚く。
「飛んで移動するんだ」
「アイリスもトリシャも飛べるだろ? こっちの方が早いではないか」
冒険者と言えど、フラーグムに宙を移動する手段は持ち合わせていない。それに氷の城まで歩いてきたというフレッサもいる。
だからこそ、今の今まで森の中を徒歩で移動してきていたのだった。
「不安があるようなら、私が手を引かせていただきますね」
トリシャの反応を移動に対する不安だとアイリスは捉える。
そっと手を取ると、アイリスは自身の体を浮かせていく。それに釣られる様に、トリシャは自ずと地面から足を離す。
「ノエル、案内頼むぞ」
「かしこまりました」
クレアリスの言葉を皮切りに、森の中の木々をかき分けながら奥へ奥へと進んで行く。
障害物を避けながら移動している所為か、普段街へ行く際や、この村へ来た時ほどの速度は出ていない。
しかし、アイリスに手を引かれているとはいえ、余所見が出来る余裕はない。
何故なら、速度は遅くとも高く真っ直ぐ自生している樹木や、地形による凹凸が存在するのだ。
障害物を避けながら上下左右に揺られる状況で平然とよそ見できるほどの度胸はトリシャに備わっているはずもない。
森の中を移動する事、時間にして十数分。
クレアリスは移動を止め、地に足を下ろす。それに合わせ、トリシャたちも地面へと降り立つ。
かなり森の奥深くへ入り込んできているのか、肌寒さを感じてくる。心なしか、道端の雑草の数も減ってきている様に見える。
今日は先日購入した生地が厚めの長袖を着用している。街中でこれを着ると、まだ暑さを感じてじんわりと汗をかいてしまうだろう。
それなのに肌寒さを感じるという事は、氷の城の辺りとまではいかないものの、それなりに標高が高い場所まで登ってきたという事となる。
「少し様子を見よう。ノエルが言うには向こうの方から近づいてきているみたいだ」
「え、何で?」
「タランドゥスは鼻が利くからな。魔力感知が得意なタイプではないから、こっちに向かって来ているとは考えづらいんだが……」
クレアリスは右ひじを左手に乗せ、右手の人差し指の第二間接を唇に触れる仕草を取る。
「推測にはなりますが、仲間の血の匂いを嗅ぎつけて接近しているのかもしれませんね」
落ち着いた面持ちでノエルは言う。
鼻が利くと言うのなら、その可能性も大いにありうる。それ以外にも、群れの仲間が長時間帰って来ないから様子を見に来ているとも考える事は出来そうだ。
何にせよ、大型の魔物が接近しているという事実は変わらない。
「仕方ない。この付近で迎え撃つとするか。トリシャたちは隠れていてくれ」
そう言うと、クレアリスは腰に下げたポーチから短い杖を取り出す。
よく見ると、ポーチから取り出していたのは10分の1の大きさに縮小された短杖だった。それが取り出される際に現在の1メートル近くある大きさに変化していたのだ。
トリシャはその原理を聞きたい気持ちで山々だったが、そんな悠長なことをしている場合ではない。
今現在、大型の魔物が接近しているとなると、そちらに注意を払わないといけないのは当然の事だろう。
「ノエル、行くぞ」
「はい」
トリシャとアイリスを残して、クレアリスたちはこの場を離れてしまう。
暫し静寂に包まれるが、トリシャはアイリスの方を向くと口を開く。
「クレアたちが見える場所まで行っちゃいけないかな?」
事が終わるまで何もせずに、その場で待機しておく事が最善の選択なのかもしれない。
しかし、せっかくこの場まで着いて来たのだから、ただ待っているだけではもったいないと感じてしまう。
そして、クレアリスが魔法を扱う姿に魅入られたトリシャは、もっと近くで見ていたいと思ってしまったのだ。
「クレア様の側に行くという事は、魔獣の側まで近づく事になりますよ?
危険が伴うかもしれませんが、それでもよろしいでしょうか?」
「危ない事は嫌だけど、何もせずに待っているのは退屈じゃん?
それに、アイリスがいてくれれば大丈夫だよね?」
いつもアイリスはトリシャの身を案じる。
だが、彼女に絶対の信頼を寄せるトリシャは、その思いを知りながらもついつい甘えてしまうのだ。
「わかりました。近くまで行ってみましょう。
ですが、遠目で見ているだけですよ?」
「わかってるって」
前もって注意を促すアイリスだが、最終的な判断はトリシャに任せ、その決断に逆らったりしない。
今回の件に関して言えば、大型の魔物に自ら近づく行為は、普通ならば危険とみるのが妥当であろう。
しかし、魔女の従者であり魔人であるアイリスや、自ら魔女を名乗るクレアリスにとっては、さほど危惧すべき状況ではないのだ。
何故なら、万が一魔物に襲われたとしても、トリシャを守り切る自信があるからだ。
再び体を宙に浮かせると、アイリスに手を引かれながら移動を始める。
意気揚々とした様子で、トリシャはクレアリスの元へ向かうのであった。
森の中を付き進んで行くと、クレアリスの姿を捉える。
周囲に存在する木々の間隔は広く、雑草は生えているものの、茂みの様な背の高い草は生えていなかった。
トリシャたちは彼女の仕事の邪魔をしない様に、木の陰に身を潜めながら様子を見る事にする。
「魔獣は後どれくらいでやって来る?」
クレアリスは宙に浮いたまま、短杖を持った右手の手首をくるくると大きく回している。
「もう少しですね。さっきクレア様が感知できる範囲に入ったばかりです。
それよりも、トリシャ様が近くまで来ていますが、いいのでしょうか?」
クレアリスから魔物の魔力感知を頼まれているノエルは、常に魔力感知を行っていた。
索敵をする際は、瞳を閉じて視覚情報を遮断し、集中力を上げる事で感知力の制度を上げている。
一度、対象を認識できると、わざわざ瞳を閉じなくても位置を把握しておく事は出来るのだ。
それは魔物だけでなく、頭の片隅でだがトリシャやアイリスだけでなく、フラーグムやフレッサの位置も概ね把握していた。
そして、求められた問いに返答すると共に、トリシャたちが近づいて来ている事を主に報告するのである。
「なんだ、付いて来ていたのか。
まぁ、アイリスもいるんだ。心配することは無いだろう」
クレアリスは特に気にする事も無く、魔物がこの場所を通過するのを待つ。
そして、程なくして目的の魔物が目の前に姿を現す。
頭部から勇ましく伸びた大きな角は高々と天を向く。2本の角は横に広がりを見せつつ、先端に向かって枝分かれしている。
その大きな2本の角の他にも、短い角が首から背中、尾に至るまで無数に体から突き出していた。
大きく鋭利な爪で地面を捉え、木々の間を駆け抜ける。
魔物の接近を察知したクレアリスは、杖を構えながら接近していく。魔法陣を描き、先程タランドゥスを仕留めた時と同様に、標的の目前に氷の柱を形成するのだ。
魔物はクレアリスの存在に気付かなかったのか、突如出現した氷の柱に激突してしまう。
しかし、ぶつかる瞬間に突き出した巨大な角によって、氷の柱の上半分は砕かれてしまうのだ。
ガラガラと激しい音を立て砕かれた氷は、下半分を残して残りは地面へと散らばる。
衝突の勢いで失速した魔物は足を止め、己を攻撃してきた者の方を向く。




