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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
三章 常緑の復讐者と花の妖精と
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71話 『魔獣の影と』

 フラーグムの後ろにフレッサ、その後ろにクレアリスとノエル、そして最後尾にトリシャとアイリスという並びで森の中を進んで行く。

 地面にはごつごつとした石も転がっており、足場が良いとは決して言えない。それに比べて常緑の魔女がいた迷いの森は、大きな石も無く平坦で比較的歩きやすいと言える。

 しかし、この森は石だけでなく傾斜もあり、歩くだけでも体力を多く消耗してしまう。

 

「おわっと」


 安定感に欠ける足場に、トリシャの足はぐらついてしまう。


「大丈夫ですか?」


 アイリスはサッと腕を伸ばし、トリシャの体を支える。


「なるべく安全な場所を通るが、足元には気を付けてくれ」


 フラーグムは比較的通りやすい足場のある箇所を選んで進んでいるみたいだが、トリシャはどうしてもふらついてしまう。

 これまでにも幾度か人の往来があったのか、足元の緑は周囲より極端に少ない。


 「どうしても歩きにくいなら宙を移動したらどうだ?」


 トリシャを心配してか、クレアリスは振り返る。

 確かに空中を移動すれば石につまずく事も無いだろう。

 しかし、森には木々が生えており、枝も横に広がりを見せる。その様な障害物を避けながら空中を移動できる自信がトリシャにはまだ無い。

 それに、森の中は傾斜がある。だからこそ、皆で道なき道を歩いて進んでいるのだ。


「でも、上手く飛べる自身無いし」


「それなら、トリシャは浮くだけでアイリスにでも手を引いて貰えばいい」


 体を浮かせるだけなら、今のトリシャでも十分に行えるだろう。それに、街に出かける時の様にスピードを出す必要も無い。


「お願いできる?」


「もちろんです」


 アイリスに協力を仰ぐと、彼女は快く引き受けてくれる。

 フライングケープを着たままだったトリシャは、それを使って体を宙に浮かす。

 左手でアイリスの手をしっかり握ると、体の舵を彼女に委ねる。


「あまり目立ち過ぎると魔獣が寄ってくるかもしれませんよ?」


 空中を移動するという事は、浮いた分だけの高さがどうしても出てしまう。それは魔獣を発見しても咄嗟にかがんで身を隠せない事を意味する。

 目立つ行為をすれば、それだけ魔獣に見つかりやすい。フラーグムはその辺を心配するのであった。


「これから魔獣を倒しに行くんだろ? 向こうから寄って来てくれるのなら、探す手間が省けるではないか。

 心配しなくとも魔獣相手に遅れを取ったりはしないさ」


 クレアリスは得意げに言ってのける

 その発言を信頼しているのか、フラーグムはそれ以上何も言ってこなかった。


 しばらく森の中を進んでいると、地面の傾斜が緩やかになって来る。

 トリシャは辺りを見渡しつつ、空中を漂いながら進んで行く。 


「依頼された魔獣って強いの?」


 手を引かれながら宙を浮いていると、風船の様な気分になってくる。

 緊張感が緩んだトリシャは、質問を投げかけるのであった。


「タランドゥスは気候の寒い地域に生息する種ですね。

 単体では驚異的であるとは言えないかと」


「今までも討伐依頼された事はあったが、弱かったぞ」


 質問に対し、アイリスとクレアリスがそれぞれ答える。

 討伐依頼を躊躇なく引き受けるくらいなのだ。アイリスはともかく、クレアリスが強いと答える筈は無い。


「頼もしいですね。村の男たちなら1頭でも苦戦する相手だというのに」


 話を聞いていたフラーグムは苦笑いする。

 何故なら、村の男たち全員が魔獣と戦えるわけでは無い。その中でも腕の立つ者がやっと倒せる魔獣を、クレアリスは弱いと言い切ってしまうからだ。


「でも、お兄ちゃんなら2頭同時でも戦えるんでしょ?」


「2頭同時に戦えると言っても、1頭を仕留めるのがやっとで。もう1頭は追い返すのが精一杯だよ」


 フラーグムはフレッサの問いに控えめに答える。

 それも無理はない。見た目が幼いクレアリスが弱いと言い切る魔獣相手に命がけで戦って1頭倒すのが関の山なのだ。


「ほう、フラーグムは村でも腕の立つ方なのか?」


「村一番の実力です」


 フレッサはまるで自分の事の様に誇らしげに言う。

 フラーグムが村一の強者と言うのが本当なら、危険な魔獣の元への案内役を任されるのも頷ける。


「兄は村で数少ない冒険者なんです。

 私も将来兄みたいな村を守る冒険者になるのが夢なんです」


「冒険者?」


 トリシャはアイリスに向けて小声で質問をする。

 冒険者と聞いて思い浮かぶのは、未開の地や世界中を探検、旅する者。もしくはゲームや物語の中で登場する職業である。

 魔獣と戦ったりするという話から想像するに後者の方だろう、と予想するトリシャであった。


「魔獣の討伐や薬草等の採取を含む様々な依頼を請け負う人たち、と説明すればいいでしょうか?

 国家に属さず民間で活動する者という認識で良いと思われます」


 アイリスの話から、職業としての認識で間違いなさそうだ。

 依頼を受けて魔物を討伐するとなると、今回のクレアリスも該当する事となる。


「じゃあ、魔獣の討伐依頼を受けるクレアリスは冒険者みたいな感じになるのかな?」


「私は冒険者ではないぞ。ギルドにも属して無いし、依頼を受けているのはこの村だけだ」


「そうなの?」


「あくまで魔女として個人的に依頼を受けているだけだからな。それを生業としていない」


 つまり、依頼を請け負う事で生計を立てている者が冒険者の定義であると言える。

 クレアリスはお菓子を作って売る事で生計を立てていると言えるだろう。だとしたら、冒険者のお定義には該当しない。

 という事は、クレアはパティシエ? と心の中で思うトリシャであった。


「クレアは何で村からの依頼を受けてるの?」


 お菓子作りは一旦置いておくとして、魔女を生業とするのなら村からの依頼を受ける必要が感じられない。

 クレアリスが何故、村からの依頼を受けているのか、純粋に気になったのである。


「それは当然、魔女として受けているに決まっているだろう。

 私の魔女歴はまだまだ浅いからな。実戦で魔法を試せるし下積みとして適当なんだ。

 それに、作り過ぎたお菓子を買って貰えるんだ。廃棄するのはお菓子好きとしては避けたいじゃないか」


 おそらく、どちらの理由も本当なのだろう。

 ルミエーラも仕事があると言って、外出する事が多々ある。その時に何をしているのか聞いても答えてくれないのだが――

 クレアリスはルミエーラを手本に魔女を行っているのだとすれば、こうして外で依頼を受け魔法を使う事に意味があるのだろう。

 お菓子を作って売っているだけでは、到底魔女とは呼べなさそうだ。

 そして、お菓子を主食とするまで好きな彼女が、作り過ぎたお菓子を破棄したくない気持ちも本当だと言えよう。



「この辺りがタランドゥスをよく見かける場所となります」


 フラーグムは立ち止まると、後方に向けてそう伝える。

 それを聞いたトリシャたちは、これまでの和気藹々とした会話を止めて一か所に集まるのだ。


「案内ご苦労。ここからは2人とも下がっておれ

 ノエル、感知を頼む」


「かしこまりました」


 クレアリスが指示を出すと、ノエルは瞳を閉じて神経を研ぎ澄ませる。


「左前方に3頭、その奥に2頭が確認できます」


「お、聞いていた通りの数だな。早速向かうか」


 そう言うと、クレアリスはノエルを連れて先頭を進む。


「ねぇ、あれって何をしてたの?」


 トリシャはノエルが何をしていたのか気になり、歩き始めると同時にアイリスへ質問する。


「今のは魔力を感知して、魔獣の位置、数を調べていたんですよ」


「へー、そんなことできるんだ」


「私だと位置や数は割り出せても、魔獣の種類までは特定できませんね」


 魔法を覚えたといったからって、トリシャには魔力を感知する術を知らない。

 アイリスは当然の様に魔力を感知する事が出来るようだが、ノエルより劣ると言う。魔力を感知する能力にも個人差があるというのだろうか?


「ノエルは感知能力に優れるからな。こういう時は頼りになるんだ」


 会話を聞いていたクレアリスが話に入る。


「ふーん、そうなんだ」


 ノエルはクレアリスの身の回りの世話をしていると聞く。

 しかし、アイリスやアリアとは違い、常に姿を現しているわけでは無い。

 入浴時や着替えの時に姿を現す事が多いみたいだが、トリシャが彼女の姿を目撃する機会は少ないと言える。


「話に夢中になっているとタランドゥスの接近に後れを取るのではないでしょうか?」


 再び会話を始めたトリシャたちにフラーグムは注意を促す。

 これから魔獣に接近するというのに緊張感が感じられないからだ。

 クレアリスやアイリスと一緒にいるからか、安心しきっているトリシャはついつい話を始めてしまうのであった。


「すみません。気を付けます」


 トリシャは後方へ会釈をすると、口を紡ぐことにした。

 気軽な感じで付いて来たトリシャとは違い、フラーグムたち村人にとって魔獣の影響は死活問題なのだろう。

 依頼とは関係ない部外者が茶々を入れるのは望ましくない。



 会話をしないまましばらく進むと、クレアリスとノエルは立ち止まる。


「この先にいますね。目視で確認できる距離です」


「確かに3頭いるな」


「どこどこ?」


 トリシャは身を乗りだすと、茂みの影から顔を出して覗き見る。目を凝らすと、数百メートル先に2頭の魔獣が確認できた。

 その魔獣は、鹿の様に枝分かれした2本の大きな角を初めとし、背中にも無数の突起物を生やしている

 しかし、首は鹿より短く水平に突き出ていた。頭も良く見ると目つきは鋭く口元からも牙が覗いて見える。

 太く長い尻尾のある姿を見るに、角は生えているが鹿よりも狼の方が近いかもしれない。

 生い茂る草木で足元までは見えないが、明らかに記憶にはない生物だと認識する。


「顔を出し過ぎると気づかれるぞ」


 クレアリスは注意を促すと、腰に下げたポーチから短い杖を出す。

 1メートルにも満たない杖の先端には、六角柱状の大きな宝石が付けられていた。


「2頭しか見えないよ?」


「3頭目は左側の少し後方に居ます」


 トリシャの問いに答えたのはノエルだ。

 教えてもらった方向を凝視すると、木々の隙間に残りの1頭を見つけられた。


「あ、ほんとだ」


「トリシャたちはこの場所に居てくれ。私とノエルで済ませてくる。」


 フラーグムは頷くと、フレッサの頭を押さえながらかがみ込む。


「あっ!」


 ここで、ずっと魔獣を眺めていたトリシャが控えめな声を上げる。


「どうした?」


「目が合った。気づかれたかも」


 茂みの影から覗いていたものの、奥に隠れた1頭をみようと身を乗りだし過ぎたみたいだ。

 その所為で、手前にいた2頭に気づかれてしまった。


「こちらに向かって来ていますね」


 魔力感知をしているのか、ノエルは目視せずに状況を伝える。


「ど、どうしよう……」


「どの道討伐するんだ。気にするな。

 アイリス、トリシャたちを頼んだぞ」


「はい」


 そう言うと、クレアリスは体を浮かせ、森の中を飛びながら魔獣の元へと向かう。ノエルもそれに続き木々を避けながら空中を進んで行く。

 残されたトリシャは、アイリスたちと茂みの間から様子を見守る事にした。


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