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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
三章 常緑の復讐者と花の妖精と
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69話 『魔女への依頼と』

 朝、目が覚めると最初に向かう場所は浴室だ。

 外出した日には、帰ってきた際に必ず入浴をするのだが、外に出なかった日は朝に入浴を済ませることが多い。

 脱衣所で服を脱いだトリシャは浴室へと移動する。

 日中も飛行艇内に居る事が多いので、目立つ汚れは無いに等しい。それでも、入浴を済ませた後は心も体もさっぱりとする。


 いつもの様に一人で入浴を終えたトリシャは、脱衣所に出ると濡れた身体を真っ白なタオルで拭いていく。

 すぐ側には、アイリスが着替えの用意を済ませて立っているのだが、トリシャは気にする素振りを見せない。

 慣れというものは怖いもので、いつの間にかアイリスに裸を見られても動じなくなっていた。

 入浴後、毎回アイリスに髪の毛を結ってもらっている。そのついでと言わんばかりに、入浴後の濡れた髪の毛も乾かしてもらっているのだ。

 外で待ってもらって服を着てから呼びに行くより、初めから脱衣所で待機してもらった方が、呼びに行く手間が省ける。

 未だに彼女と一緒に入浴する事も、彼女の裸を見る事も抵抗がある。しかし、トリシャは信頼を寄せているアイリスに、裸を見られる事に関しては抵抗を感じなくなっていたのだ。


 アイリスに髪を結ってもらったトリシャが次に向かうのは食堂だ。

 食堂では、アリアが毎日決まった時間に朝食を用意してくれている。そんな彼女と顔を合わせる為にも、寝過ごさない様に気を付けている。

 四六時中側を離れないアイリスと違って、ルミエーラの側に居る事が多いアリアと一緒に過ごせる場所は必然と食堂に限られていく。

 食堂での彼女は、ルミエーラが側に居ると給仕に専念しているのか一言も話さない事が多い。

 主が居ない場で尚且つトリシャが誘わないと一緒に食卓を囲むことは無いのだ。

 しかし、それも当然と言えよう。何故なら、彼女たち魔人は本来なら食事の必要が無いからである。

 時々であるが、アイリスと役割を交代して側に居てくれることはあるが、それでもアイリスと比べると一緒に過ごす頻度は下がってしまう。


 トリシャが食堂へ入ると、珍しく先客がいる。

 朝に弱いルミエーラは朝食を抜く事が多い。というよりも、朝から食堂に来る事はまずないと言えよう。

 毎朝決まった時間に食堂に顔を出すのはトリシャくらいなのだ。そんな中、食卓に座るのは、鍔の広い三角帽子を被った小柄な人物だ。


「今日は早いね。どうしたの?」


「ん? トリシャか。

今日は用事があってな。いつもより早く行動を始めているんだ」


 トリシャの声に気が付くと振り返る。

 朝から魔女装束に身を包むのはクレアリスだった。

 彼女が食堂で朝食を食べること自体は珍しくない。しかし、トリシャより早く食卓に着く事は、今までは無かったといえる。

 何故なら、お菓子を主食とする彼女は、アリアの作る朝ご飯を食べずにお菓子で朝食を済ませる事も多く見受けられた。食堂でアリアの作った朝食を食べる時も、今まではトリシャと一緒に入って来る事しか無かったからだ。

 トリシャはクレアリスの隣の椅子を後ろに引くと、彼女の方を見ながら席に着く。


「ふーん。朝早くから準備が必要な用事って何?」


「昨日、村人から久々に依頼が来てな。だから朝から魔女服を着ているんだ」


 トリシャの視線をものともしないクレアリスは、ヨーグルトとグラノーラを混ぜた食べ物を匙ですくいながら食べていた。

 これは、お菓子ばかり食べ、野菜を好んで食べようとしない彼女に、栄養のある物を食べさせようとアリアが考案したメニューだ。

 いくら身体的に成長がしないと言っても、偏った食事を続けると良くないと思ったトリシャが、アリアに頼んで用意してもらったものになる。

 当の本人も、ルミエーラも食(主に栄養面)に気を使わない性格なのだ。

 特にクレアリスは、一人で暮らしていた時はお菓子しか食べていなかったという。

 彼女の健康を危惧したトリシャは、せめて一緒に食事を取る時にでも、とこのメニューを用意する事にしたのだ。


「朝から外出するの?」


「ああ、早いに越したことないからな」


 クレアリスと会話をしている間に、食卓にトリシャの分の朝食が用意されていた。会話を邪魔しない様にと、アリアが静かに準備を行ってくれていたのだ。

 アリアは朝食の準備を終えると、小さな声でその旨をトリシャに伝える。

 食卓に並べられた朝食は、クレアリスと同じくヨーグルトとグラノーラだ。それに加え、トリシャにはカットされたフルーツを入れた皿も置かれていた。

 グラノーラをヨーグルトに浸すと、横に添えられていた蜂蜜をかける。

 元々は甘党のクレアリスが食べやすい様にと、蜂蜜を添える事にしていた。だが、掛けてみると案外おいしく、トリシャも蜂蜜をかけて食べるようになったのだ。


「ねぇ、僕も付いて行っていい?」


 トリシャは蜂蜜をかけ終わると突然、思いついた事を口にする。


「付いてくるのは良いけど、ちゃんとルミエには話しておくように」


「うん、分かってるよ」


 常緑の魔女との一件が尾を引いているのか、外出は基本的に許可されていない。というのも、以前みたいに買い出しに付いていけていないのだ。

 クレアリスに付いて行き、街に出る事は成功したのだが、基本的に外出が許可されているわけでは無かった。


「アイリス~。今回もお願い」


 トリシャは食卓の横に佇むアイリスの方に体を向けると、両手を合わせて頼み込む。


「しょうがないですね。朝食が終わったら出発前に頼んでみます」


 クレアリスに付いて氷の城に行けたのも、街へ買い物に行けたのも、アイリスがルミエーラに交渉してくれたお陰だ。

 トリシャはと言うと、何度も過去に危険に巻き込まれている手前、直接交渉するのを躊躇ってしまっていた。

 そこで、アイリスに頼み込む形でルミエーラに交渉してもらっていたのだ。

 ルミエーラの反応はというと、案外あっさりしたもので週一回の外出は許容される事になる。


「ルミエーラには私から伝えておきましょうか?」


 配膳を終えたアリアは、食卓のアイリスとは反対側に佇んでいた。

 アイリスは反対側に回ると、アリアの側まで移動する。


「貴方が交渉してくれるの?」


「今回はあの島から出ないのでしょう?

 クレアリス様の行動範囲は危険が少ない土地と聞いてますし、許可は得られると思います」


「そう、なら貴方に頼もうかしら」


 話は付いた様で、どうやらアリアが代わりにルミエーラに伝えてくれるようだ。


「頼んだよ、アリア」


 トリシャは拳を作った両手を胸の前で小刻みに揺らす。

 自身は直接交渉しないのだから、せめてエールだけは送っておこうという気持ちを表現したのだ。それにアリアは笑顔で応える。


「さてと、私は先に城に帰っているから準備が出来たら私の部屋まで来てくれ」


 朝食を終えたクレアリスは、机に手を付いて立ち上がる。


「わかった」


 トリシャは返事をすると半分も食べていない食事のペースを上げる。

 クレアリスが退出すると、アリアが食器の片付けを行う。


「ご馳走様でした」


 食卓に出された物をものの数分で食べ終える。

 朝食を終えたトリシャは、急ぎ足で食堂を後にして、アイリスと共に身支度を始めるのだ。



 外着に着替えたトリシャは早速、クレアリスの待つ氷の城へ向かう。

 アイリスと共に飛行艇内にあるクレアリスの部屋から魔法陣を使って移動するのだ。

 目的の場所に辿り着いたトリシャは、部屋の扉をノックしてから中に入る。


「おお、早かったな」


「その子は?」


 トリシャが指摘するのは、フード付きのマントを被った子供の事だ。この部屋にクレアリス以外が居るのを初めて見たのだ、疑問を持たずにはいられない。

 身長はクレアリスよりは高いが、外観はどう見ても子供に見える。

 その子はキャップ型のキャスケットを被り、フードの下には所々色があせたカーキ色のオーバーオールを着ていた。


「ああ、こいつは依頼を持ってきた村人だ」


「あ、フレッサです。

 魔女様、この人たちは?」


 フレッサと名乗る子は、トリシャたちに自己紹介を済ませると、クレアリスに質問をする。


「トリシャは私の友人でアイリスは付き人みたいなもんだ」


 クレアリスは何故か誇らしげに紹介する。

 フレッサの反応を見る限り、クレアリスからは何も聞かされていないようだ。


「あ、トリシャと言います」


「私は金色の従者アイリスと申します」


 トリシャたちは軽く自己紹介を済ませる。


「従者と言う事は、この方も魔女ですか?」


「ち、違うよ。僕は魔女じゃないよ」


 状況からトリシャの事を魔女と勘違いしてしまったようだ。

 トリシャは慌てて訂正をする。


「すみません。魔女様の友人だと聞いて勘違いをしてしまいました」


 フレッサは深々とお辞儀をする。


「今回はトリシャたちも同行するがいいか?」


「もちろん、魔女様の友人というならば大歓迎です」


 どうやらトリシャたちの同行は快く受け入れられたようだ。


「じゃあ早速、村まで移動するか」


 クレアリスはそう言うと中庭へと向かう。トリシャたちも後を付いて移動を開始する。



 中庭へ辿り着くと、フライングケープを取り出し着用する。その様子を一人だけ何もせずに眺める人物がいる。


「おい、お前は村からどうやってここまで来たんだ?」


「え、あ、歩いてきました」


 クレアリスが質問すると、フレッサはそれに答える。

 魔女でもない、一人の村人に過ぎないフレッサに、空を飛んで移動するという手段が取れるはずもない。

 フライングケープのような魔法道具を持っているはずも無く、それを渡したところで使いこなせないだろう。


「仕方ない、ノエル」


 クレアリスがそう言うと、右耳に付けている雪の結晶の形をしたイヤリングが光る。

 すると、その場に兎の耳の様に大きなリボンを付けた少女が姿を現すのだ。

 縹色のプリーツのワンピースの上に、真っ白なポンチョを羽織っている。その少女の名前はノエルと言い、クレアリスの従者である事をトリシャは記憶していた。


「こいつを運んでやってくれ」


「かしこまりました」


 ノエルはフレッサを後ろから抱きかかると、その場に浮遊するのだ。


「わわ!」


 フレッサは急に体が宙に浮いた事で驚きを口にする。

 いきなり体が宙に浮いたのだ。驚くのも無理はない。

 

「それじゃあ、出発するか。トリシャたちは付いて来てくれ」


 クレアリスはそういうと、空高く体を宙に浮かす。

 その後に続く様に、トリシャたちも体を宙に浮かし高度を上げていく。


「た、高くないですか?」


 フレッサは初めての体験に声が震えている。

 もし落ちてしまったら無事では済まないのだから、恐怖を覚えるのは当然だろう。


「男なら泣き言を言うんじゃない」


「え、女の子じゃないの?」


「ん?」


 フレッサの髪は短く肩に付かないどころか耳が露出している。見た目も幼くオーバーオールを着ている事もあり、体型では性別の判断が付きにくい。


「いったん降りるぞ」


 そう言うと、クレアリスは高度を下げ中庭へと戻ってしまう。

 トリシャたちも彼女を追い、再び中庭へと足を着ける事となる。


「服を脱げ」


「え?」


 フレッサが疑問符を浮かべたのも束の間。クレアリスが服を脱がしにかかる。


「え、ちょ、ちょっと待ってください」


 抵抗も虚しくフレッサはあっという間に服を脱がされてしまう。

 ノエルも参加して2人がかりなのだ。下着まで剥ぎ取られてしまったフレッサは文字通り一糸纏わぬ姿にされてしまう。


「ちょっと、いきなり脱がさないでよ」


 トリシャは咄嗟に顔を背けていた。

フレッサの事を女の子と思っていたのだ。その行動は当然と言えよう。


「本当だ。女だったのか」


 何かを確認したクレアリスは驚くように言う。


「お、女ですから。も、もう服を着ても良いですか?」


 服を脱がされた羞恥心からなのか、外で裸にされて寒いからなのか、フレッサは涙目で体を震わせていた。


「悪い、悪い。もう服を着ていいぞ」


 その言葉とは裏腹に、悪気の無い態度はルミエーラとそっくりだとトリシャは思う。

 フレッサは半べそをかきながら急いで服を着る。

 服を脱がさなくても本人に聞けば澄んだ話ではないだろうか。そう思わずにはいられないトリシャであった。


「クレア、女の子の服をいきなり脱がしたらいけないんだよ」


「そ、そうなのか。次から気を付ける」


 注意されたクレアリスは分かりやすく落ち込む。


「だ、大丈夫ですから。村に向けて出発しましょう」


 立ち直りが早いのか、フレッサは落ち込むクレアリスをフォローする。


「そうだな。気を取り直して出発しようか」


 立ち直りが早い人物はもう一人いたようで、落ち込んでいたのが嘘みたいに村に向けての移動を再開する。

 トリシャはアイリスと見つめ合い、やれやれといった表情をしてから体を宙に浮かし後を追うのであった。


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