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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
三章 常緑の復讐者と花の妖精と
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57話 『魔女の呼び名と』

 辺りを見渡すと、雄々しく多い茂る木々たちが周囲を取り囲んでいた。

 奥には、赤い屋根の大きな家が佇んでいる。その家は2階建ての木造で作られており、上の階には白い柵の付いたベランダが備え付けられている。

 家の手前には、白い天板が円形をしている机が堂々と鎮座していた。


 周囲を見渡して分かった事は、森の中へ移動したという事だ。

 おそらく、奥に望む赤い屋根の大きな家が、常緑と呼ばれるピーチハルトの主が住まう家に違いないのだろう。

 後ろを振り返ると、先程通ってきた灰色の靄のかかった様な空間が存在していた。

 トリシャがそちらに視線を移した直後に、その空間からピーチハルトが姿を現す。


「主を呼んできますので、椅子に腰掛けてお待ちください」


 そう言うと、ピーチハルトは家屋の中へ入っていった。

 小さな体で入口の扉をどう開けるか気になって眺めていると、彼女がドアノブに触れただけで自動的に扉の方が開いた。

 一瞬、目の錯覚だと思い込もうとしたが、彼女が建物の中に入ると、扉に触れること無く閉まっていく。

 それを見た後では、気の所為で済ます事は出来なくなってしまう。


「では、座って待っていましょうか」


 アイリスに促された事もあり、トリシャは疑問を抱えたまま円卓の周りを囲む椅子に腰掛けるのであった。

 アンティーク調の白い椅子は、細部まで美しい曲線が行き届いている作りだ。

 椅子と同じ色合いの円卓は、外に置かれているにも関わらず、目立った汚れは全くと言っていいほど無かった。

 じんわりと汗ばむ暑さの中、木々の間から吹き抜ける清涼な風が、高い気温を忘れさせてくれる。

 空を見上げると、所々に雲が流れていた。丁度太陽に雲が覆いかぶさっていたこともあり、より風の涼しさを感じるのだ。


「2人は常緑の魔女がどういう人か知っているの?」


 この場所へ移動してくる前の会話から、常緑の魔女について少なくともアイリスは知っていると見受けられた。

 常緑や金色、そして漆黒という言葉が魔女の特徴を表しているのなら、金色の魔女というのはルミエーラに違いない。

 それがこの世界で当たり前の事だとしても、トリシャにとっては知らないことの方が多いのだ。

 何より、魔女の従者として、魔女について理解を深めようと務めるのは至極当然だと言えよう。だからこそ、確かめずにはいられないのである。


「そうですね。何度かお会いしたことがあります」


「私たちが一緒の主に仕えていた頃ね」


 アイリスは椅子に腰掛けている時も姿勢が良く、背筋を真っ直ぐ伸ばし、両手を膝の上で重ねている。

 膝から爪先まで綺麗に揃える姿を見ていると、自然と自身の姿勢を正したくなってしまう。

 クラリーチェはというと、腰を曲げ、机に肘をつき、頬を手の平に乗せている。行儀が悪いと言いたい訳では無いが、寛ぎすぎているとは言えるだろう。

 トリシャはアイリスを見習って、背筋を真っ直ぐ伸ばす事から始めるのである。


「何度かお会いしたといっても、彼女は人と関わる事は少ないので、知っていると言うほど彼女の事は知りえませんね」


「魔女は大抵、人と関わる事が少ないわ」


 クラリーチェはアイリスが喋った後、補足をする様に言葉を付け足す。


「金色っていうのはルミエーラの事を指しているんだよね?」


 トリシャはここで、今一番気になっている質問をする。これから会う人物が常緑の魔女だと言うのなら、金色というのはルミエーラで違いない。

 それが確認取れれば、漆黒と呼ばれた黒い衣装に身を包む黒髪の少女が、魔女だという推測が成り立つ。

 普段は頼りになるアイリスが、あれほど心を乱すのだ。その原因となる少女が魔女だと言うのなら、あの時の彼女の言動にも理解を示せる。


「そうですね。金色の魔女とはルミエーラの事で間違いないです」


「じゃあ、クレアにも何か通り名的なものはあるの?」


 クレアリスも己の事を魔女だと言っている。魔女に通り名が備わっているのなら、彼女にあっても不思議ではない。

 そう思ったトリシャは、立て続けに質問するのである。


「残念ながら無いわね」


 トリシャの予想に反した答えがクラリーチェの口から返ってくる。


「魔女の名は社会に影響がないと付かないものなのよ。お菓子を売りに行く以外、あの城から出なかったんだもの。

 あの子が魔女として名が通っているわけ無いじゃない」


 名がつくという事は、それなりに知名度が必要という事なのだろう。

 確かに、そう考えるとクレアリスに通り名が無いのも納得がいく。


「じゃあ、ルミエーラとか常緑の魔女は何で通り名が付いたの?」


 先程の話だと、魔女は人と関わる事が少ないと聞いた。

 しかし、社会に影響がないと名が付かないとも言う。人と関わらないのに社会に影響があるという矛盾が疑問となって頭の中で違和感を作るのである。


「ルミエは主に仕事を通して派手に魔法を使うので、自然と金色と呼ばれる様になりましたね」


 長い金髪から金色と付いたと思われたが、彼女の扱う見た目に派手な雷魔法から付いた名なのかもしれない。

 雷音とともに走る閃光は、彼女の名の通り、金色の輝きを放っていた。それが彼女の代名詞になっているのかもしれない。


「常緑がどんな人かは分からないけど、噂話なら聞くわ。ここら辺の森は迷いの森と言って一度入ったら出られないそうよ」


「え、それって僕らも出られないんじゃ……」


 クラリーチェは他人事みたいに言うが、もしその話が本当ならば、森に入ってしまった今、危機感を持った方が良い。


「大丈夫よ。その為に魔法陣を残してきたんじゃない」


 この場所に移動する前、クラリーチェは地面と布に魔法陣を描いていた。

 それが帰る時用の転移魔法陣なのだろう。それを聞き、トリシャは一安心をする。


「彼女は人と関わる事は少ないですが、森一帯を侵入禁止の危険区域とたらしめる原因を作っているので、常緑と呼ばれる様になったと思われます」


 彼女たちが大丈夫だと言うのなら心配は要らないのだろうが、急に辺りの森が不気味に見えてきてしまう。

 それもこれも、この森が遭難者を生み出す危険な地だと聞いてしまった所為である。


「早めに帰った方が良いのかな?」


「あら、今の話で怖気付いてしまったの?」


 森一帯を危険な場所へと変えている原因を作っている人物にこれから会おうと言うのだ。トリシャが畏怖してしまうのも仕方のないと言えよう。


「案外可愛い所もあるのね」


「トリシャは何時だって可愛いですよ」


 今の状況で可愛いと褒められても、嬉しさを感じる気にはなれない。

 それよりも、これから会う魔女に粗相のない様に努めようと、心の中でそう意識するトリシャであった。


「これから会う、常緑の魔女って危険な人じゃないよね?」


 こうして、既に魔女の住まう森まで来といて何だが、彼女がどんな人物か確かめずにはいられない。

 ここらの森一帯が迷いの森だと聞いてしまっては、自身の身を案ずるのは自然な流れである。


「危険じゃない魔女が存在するのなら知りたいところだわ」


「もし何かあっても、私とクラリスが守るので安心してください」


 アイリスは身を乗り出すと、トリシャの手を握る。それはトリシャが不安げな表彰をしていたから取った行動だろう。

 手の平に伝わる温もりに、少しだけ安心感を覚えるトリシャであった。


「まぁ、万が一常緑に襲われても、私とアイリスが居れば何とかなるわ。迷いの森ではぐれでもしたら厄介な事になるのだけど、大丈夫でしょ」


「厄介って?」


「そりゃあ、迷いの森ですもの。迷子になられると探すのが大変だわ」


 クラリーチェの話だと、迷子になるのはトリシャ前提となってしまう。

 しかし、一度迷子になって無法者の集団に連れ去られた事がある手前、トリシャに反論できる筈も無い。


「大丈夫ですよ。襲われたらの話ですから」


 アイリスはトリシャの手を固く握った。少しでもトリシャの不安要素を取り除きたいと思っているのだろう。

 彼女の手の温もりから、そう伝わってくる様に感じ取る。


「心配しなくとも、襲わないわよ」


 その時、クラリーチェでもアイリスでもない人物の声が聞こえる。後方から聞こえる声に振り向くと、建物の入口に佇む、1人の女性の姿があった。

 萌葱色のドレスに身を包む女性は、栗色の毛先がカールした長い髪を風に靡かせていたのだ。

 黒いフリルに装飾された暗い色合いの服装とは対照的に、柔らかみのある優しげな表情が濃く印象に残る。

 迷いの森の魔女という話をした後だからこそ、想像とは違った彼女の雰囲気に面を食らってしまうトリシャであった。


「当人が居ないからって、好き放題言ってはいけないのよ」


 常緑の魔女と思われる常緑は、入口の前にある段差を降りてくると、その足で円卓の近くに歩いてくる。

 まるで子供に注意を促すような物腰で言葉を発している様だ。


「悪く言うつもりは無かったのですが、気を悪くなされたなら謝ります」


 アイリスはその場に立ち上がると、お辞儀と共に謝罪を口にした。


「まあいいわ。それよりも、お茶会にしましょう」


 彼女は両手を胸の前で合わせると、晴れやかな笑顔を見せる。その笑顔を見て、トリシャは警戒を解いていく。

 こんな優しげな笑顔を作れる人物が危険な人物とは思えないからだ。

 聞いていた印象と違った彼女の姿に、トリシャは安心していくのであった。


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