52話 『ベッドの位置と』
クレアリスと談笑していると、紅茶を用意しに行っていたノエルと一緒に、アイリスが姿を現した。
白いフリルの付いた紺色のキャミソールとキュロットには、黄色いパステルカラーの星柄が散りばめられている。
その服装は、トリシャの着ている就寝着と同じデザインの色違いだ。
手足だけでなく、肩や鎖骨まで露出した服は、こちらの方が来ている本人よりも羞恥心が生まれてしまいそうだ。
隣に腰を下ろすアイリスに、一々ドキドキしてしまうトリシャであった。
アイリスが気を利かせてくれたのだろう。トリシャの紅茶にだけミルクが入れられていた。
砂糖とミルクによって甘くなっている紅茶は、トリシャの好みが反映されたものだった。
「そう言えば、クラリスはいないの?」
天板が丸いローテーブルを囲う4人の中には、クラリーチェの姿は無い。
気になったトリシャは、クレアリスに聞いてみるのだ。
「今は城に残っている。誰も居ないのは不用心だから、今後も夜間は城の方にいてもらうつもりだ。」
「そんな何時でも自由に行き来できるの?」
飛行艇が氷の城の周辺を飛んでいるなら、わざわざ飛行艇での生活に戻る必要は無い。かといって、氷の城から離れ過ぎると、半日おきに行き来出来るとは思えない。
疑問を抱いたトリシャは聞かずにはいられないのである。
「何時でも城に戻れるぞ。その為に昨日、今日と準備したからな」
「でもどうやって?」
ここ2日、クレアリスは食堂に顔を出していない。それは引越しの準備があると、ルミエーラから聞かされていた。
しかし、遠く離れているであろう氷の城と、飛行艇を移動する手段が何なのか、推測する事は困難を極める。
「そうか、前は魔法の無い世界にいたと言っていたな。移動は転移魔法を使うんだ」
転移魔法という事は、移動に魔法を使うという事なのだろう。
しかし、肝心の移動方法が分からないトリシャだった。
「時間を作れるなら、明日にでも連れて行ってやる。まぁ、街に行く時は城から向かうから、その内分かるだろ」
クレアリスが用事のある街へ行くには、飛行艇から向かうより、氷の城から行った方が近いのだろう。
直ぐにでも移動手段を確かめたいトリシャだったが、夜も遅いので我慢する事にした。
そんな感じで話をしていると、再び睡魔に襲われる事となる。
眠気が急にやってきたトリシャは、そろそろ自室へ帰る事にした。
「起きているのも限界だから、そろそろ部屋に戻るよ」
「トリシャ」
立ち上がってスリッパを履こうとした瞬間、クレアリスに呼び止められる。
「部屋が変わって落ち着かないから、今日は一緒に寝て欲しい……」
再び照れ混じりの可愛らしい表情でお願いされては、断る事など出来るはずも無い。
「良いよ。でも、そのベッドに4人は流石に入らないんじゃない?」
クレアリスのベッドを見る限り、4人が寝られるとは思わない。詰めて寝たとしても、3人が関の山であろう。
「アイリスとノエルも数えるのか?」
「え?」
アイリスと毎日寝床を共にしているトリシャは、ここに居る全員で一緒に寝るものだと思っていた。
そのトリシャとは違い、どうやらクレアリスはノエルと一緒に寝ていないみたいだ。
「じゃあ、2人きりで?」
「まぁ、そうなるな」
「ダメです!」
クレアリスと2人きりで同じベッドに入ると決まりかけたその時、アイリスは切迫した声で抵抗を示す。
「私はトリシャの傍に居ないとダメなんです!」
そう強く主張するアイリスは、トリシャの腕を取り、腕を絡めて胸を押し付けてくる。
すると、素肌にアイリスが着ている服が直に触れてしまうのだ。薄い生地越しに彼女の胸部が触れ、だんだんと顔が熱くなっていく。
「わかった、わかったから」
彼女の柔肌から逃げようとするも、絡み付いた彼女の腕が、それを許さなかった。
「まぁ、3人なら身を寄せればベッドに収まるんじゃないか?」
「では、私は食器を片付けてきますね」
アイリスと違って寝床を共にすると言い出さないノエルは、淡々と食器の片付けを始める。
その表情に感情の一切は無く、彼女は自身の役割を全うしているだけの様に見えるのだ。
ノエルが退出した後、3人はベッドの方に移る。家具や壁と同じ純白の天蓋付きベッドは、トリシャの部屋にある物より、一回り大きい。
前にアリアとアイリスと3人で寝てしまった事があるが、あの時はベッドを横に使って寝ていた。
あの時より大きなベッドとはいえ、3人で寝るとなると、体を密着せざるを得ないだろう。
「じゃあ、トリシャが真ん中だな」
「え、クレアリスじゃないの?」
クレアリスがベッドの中央で寝るものだと思っていたトリシャは驚かずにはいられない。
それもその筈だろう。部屋の主はクレアリスなのだ。彼女が中央で寝る方が妥当だと言える。
「アイリスはトリシャの隣がいいだろう?」
「もちろんです」
アイリスがトリシャの隣で寝るのが必須条件だと仮定すると、必然的にクレアリスが中央で寝る事は無くなる。
つまり、トリシャかアイリスのどちらかが中央で寝るしかない。
「アイリスが真ん中ってのは……」
「ダメです!」
「ダメだ!」
トリシャはダメ元で提案してみるも、語尾まで言い切る前に否定されてしまう。
「私はトリシャに一緒に寝て欲しいと言ったんだ。トリシャが隣にいないのはおかしいだろ」
「従者の身である私がクレア様やトリシャを差し置いて中央で寝る事なんて出来る筈がありません」
クレアリスとアイリスは口々に独自の主張を漏らす。
アイリスの理屈で言えば、トリシャも従者の身になる。その理屈だとやはり、クレアリスが中央の方が良い様な気がする。
「僕も一応、従者なんだけど……」
「私もトリシャもルミエの従者である事は共通していますが、私が今お慕いしておりますのはトリシャでございます。そのトリシャを差し置いて中央で寝る事は憚られるという事です。
ですから、トリシャが気兼ねする必要はありません」
何とも釈然としないが、これ以上抵抗するだけ無駄であろう。
2人ともトリシャの隣が良いと主張する限り、ベッドの中央で寝るのはトリシャしかいないのだ。
「トリシャが真ん中で決まりだな」
クレアリスの一言で確定してしまった。そんな彼女は、楽しげにベッドに入っていく。
じっと立ったままでいると、アイリスの視線を感じる。その視線を受けたトリシャは、意を決してベッドの方へ足先を向ける。
「あ、そうだ。これ取らないと」
急に何かを思い出したトリシャは、ベッドに片足をかけた所で動きを止める。
「どうかしたのか?」
「えっと、下着を付けたままだと寝心地が悪くて」
トリシャは手を後ろに回すと、服の隙間からブラジャーのホックを外す。
普段から着替えをアイリスに手伝ってもらっているといっても、全てでは無い。今みたいにブラジャーを外すくらいの事は、自分自身で済ませてしまうのだ。
「ふーん、そんなものなのか」
「ふーんって、クレアは付けてないの?ブラジャー」
他人事のように言う彼女に疑問を感じたトリシャは質問を返す。
「私はつける必要がないからな」
クレアリスの胸に視線を落とすと、お世辞にも胸が膨らんでいるとは言えない。彼女の背格好は幼く、身長は150センチを下回っている様に見受ける。
まだ、第二次性徴期を迎えていないであろう身体には必要のないものかもしれない。
「でも、クレアっていくつ?」
外見的に12歳くらいに見える彼女だが、早ければブラジャーを付け始めてもおかしくは無い。
一見、小学生に見える彼女も、外見が幼く見えるだけで、見た目以上に年齢を重ねている可能性もある。
気になったトリシャは、ここで初めてクレアリスの年齢を聞くのだった。
「16歳になるかな」
「え?」
4年ほど予想を上回ってきたこともあり、トリシャは驚いてしまう。
16歳と言えば、それこそアイリスやアリア、クラリーチェといった従者たちの方が適齢に見える。
トリシャの見立てでは、彼女は見ても16歳には見えなかった。
「驚くのも無理はないが、事実だからな。体の成長が止まってるからな」
どうやら、彼女は第二次性徴期に忘れ去られてしまった様だ。
身体的特徴を揶揄するのは好ましくない。トリシャはこれ以上掘り下げるのを辞めて、ブラジャーを服の隙間から取る方に注意力を向ける事にした。
「これ部屋に戻しに行った方が良いかな?」
トリシャは綺麗に抜き取ったブラジャーを手に、それの処遇をどうするか悩んでいる。
「そこの机にでも置いといたらどうだ」
クレアリスが指すのは、先程までお茶会をしていた天板が円形のローテーブルだ。
机の上に下着を置いておくのも如何なものかと考えるトリシャを他所に、アイリスはその手からブラジャーをそっと抜き取る。
そして、丁寧にそれを畳むと、机の上に置いたのだ。
まぁいいかと、気にし過ぎる事を辞めたトリシャは、その身をベッドの上へ移す事にした。
ベッドの中央で仰向けに寝転ぶと、いつもの様にアイリスが傍まで寄ってくる。腕を取り、手と手を合わせ、指と指を絡めてくるのも、いつも通りの事だった。
そんな彼女はトリシャの方に視線を向け、横向きでくっついて来る。
反対側のクレアリスは、仰向けにベッドに入っているのだが、視線だけはトリシャに向けていた。
3人横になっても案外、余裕があるもので。これなら、両脇の2人が就寝中にベッドから落ちる心配も無い。
しかし、幼いとはいえ美少女と呼べるほど美しいクレアリスと、間違いなく美少女と言えるほど美しいアイリスに挟まれて、緊張しない訳がなかった。
アイリスと寝床を共にするのは慣れたとはいえ、クレアリスと寝床を共にするのは初めてなのだ。
トリシャは先程まであった眠気も薄れ、2人の美少女にドキドキしてしまう。
「こうしてアイリスと一緒に寝るのも久しぶりだな」
クレアリスは体を捻ると、アイリスと同じ様に横向きに体制を変える。
それによって彼女との距離が縮まったトリシャは、余計に緊張してしまうのだ。
腕に彼女の小さな手が触れ、太腿の辺りに彼女の膝が当たる。肌と肌が直接触れ合うと、どうしても意識せずにはいられないのだ。
「そうですね。もう何年ぶりでしょうか。クレア様と過ごしていた日々が懐かしく感じられます」
トリシャを挟んで会話を始めた2人は、緊張などしていない様子だ。
「またこうして一緒に過ごす事が出来るとはな。これもトリシャのお陰かな」
右を向くと、クレアリスが上目遣いで見てくる。
その表情からは笑みが零れており、心做しか彼女が感謝の意を述べている様に感じられるのだ。
喧嘩の仲裁役を率先して行ったが、ルミエーラは疎か、クレアリスにも感謝をされた覚えは無い。自分の意志で喧嘩の仲裁を執り行ったので、見返りを要求するつもりは皆無だ。
しかし、彼女がこうして笑顔を向けてくれるという事は、自身の行なった行為が正しかった事を意味する。
そう感じたトリシャは、ジワジワと嬉しさがこみ上げてくるのであった。
そうした中で、トリシャの緊張も和らいできた時、食器を片付けに行っていたノエルが部屋に戻ってくる。
主の傍まで戻ってきた彼女は、ベッドの横に屈む。クレアリスが上体を起こし、彼女に触れると、淡い光と共にその場から姿を消すのだ。
クレアリスは、いつの間にか付けていたイヤリングを外すと、それを枕元に備え付けられている引き出しにしまう。
その一連の流れが終わる頃には、トリシャの瞼は閉じきってしまっていた。
「トリシャ……」
「もう、眠られたみたいですね」
小さな寝息をたてるトリシャを見て、アイリスは小声になる。
「こうして見ると、パティに似ている気がするな」
「そうですね」
クレアリスは布団を整えると、トリシャの寝顔を覗き込む形で見つめる。指先で頬に触れると、餅のように柔らかい肌に少しだけ沈み込む。
そして、その指を離すと、プルんと小刻みに揺れるのだ。
その様子をアイリスは、トリシャと手を繋いだまま微笑ましく見守っていた。
「ですが、顔立ちは幼く、性格も随分可愛らしく見えます」
「そうだな。トリシャは母親というより姉みたいな感じだからな」
クレアリスはそう言うと、トリシャに寄り添う形で眠る体制に入る。
今まで1人で生活してきた彼女にとって、誰かの温もりを感じながら眠れるのは、大好きなお菓子を食べる時よりも幸せを感じているに違いない。
狭くなったベッドの上で幸せそうに眠る2人の姿を確認すると、アイリスはようやく眠りにつくのだ。
彼女の幸せもまた、このベッドの上に詰まっていると言えよう。




