49話 『魔法の習得と』
エレメントコンパスに埋め込まれている魔石の内、光を放った色は6つ。
その中でも一際輝きが強かったのは白色の魔石で、一番光が弱かったのが黒色の魔石になる。
「トリシャの適性属性は、全部だな」
ルミエーラから告げられたものは、トリシャの予想を遥かに上回る回答であった。
全部という事は、全ての属性に適性があるという事になる。つまり、雷属性も適性があるという事になってしまう。
「じゃあ、ルミエーラみたいな雷魔法の適性もあるんですね」
「いんや、雷属性に適性とかある訳ないだろ」
「え?」
全部の属性に適性があるにもかかわらず、雷属性の適性が無いと言われたトリシャの頭は混乱する。
「でも、全部って……」
「いいか、雷属性は上位属性になる。今調べた中に雷属性の魔石とか無いから、全部の中に入らないんだよ」
雷属性がどういう立ち位置の属性になるのかトリシャが知っているはずも無く、全部と一括りにされては、自身の適性属性を把握出来るはずもないのである。
「じゃあ、雷魔法は教えて貰えないという事ですか?」
「上位属性といったろ。下位属性の魔法も使えないのに教えても使える訳ないからな」
雷属性の魔法を教えて貰えないと知り、トリシャは愕然とする。期待していた分、その落胆は大きくなるのだった。
「じゃあ、僕の適性魔法って何なんですか?」
「はぁ、この本読んでみろ」
ため息を付きながら手渡されたのは1冊の本だった。紺色の表紙をした本のタイトルは、字が掠れていて読めそうに無い。
ページを捲っていくと少し黄ばんだ紙には、この世界の文字で魔法についての解説が書かれていた。
「この本がどうしたんですか?」
「その本の31ページを開いてみろ」
ルミエーラに促されるままに、指定されたページを開く。そこには、マナの持つ属性について書かれていた。
マナには何にも分類されない元となる無属性と、6つの世界を統べる界神の影響を受けた6つの属性に分類される、と書かれている。
全ての言葉を理解できた訳では無いが、この世界に6つの属性があるという事だけは理解する事が出来た。
「つまり、その6つの属性が僕の適性属性って事ですか?」
「そういう事だ」
あの面倒くさがり屋なルミエーラが、わざわざ本を用意してまで教える事に違和感を覚える。
何故なら、口頭で言った方が手っ取り早いからだ。
彼女の意図を理解した訳では無いが、恐らく自らで学べということなのだろう。そう解釈したトリシャは、本の続きを読み進める事にした。
天神の加護を受けた光のマナ。魔神の加護を受けたのが闇のマナ。その他にも、界神の影響を受けたマナは4つもあるみたいだ。
それは風、水、土、火の属性となり、光と闇を合わせて計6つの属性が属性魔法の基礎となると本には書かれている。
「そのページが読めたら256ページを開いてみろ」
指定されたページをちょうど読み終える頃に、ルミエーラが追加でページを指定してきた。
本の後ろの方のページを開くと、そこは魔石について書かれているページだった。そのページを読み進めると、マナが結晶化された鉱物を魔石と言うと書いてある。
つまり、エレメントコンパスに埋め込まれた魔石がこれに該当する。
更に続きを読み進めると、属性を含んだマナが結晶化された時には、その属性に応じた色に変色すると記されているのだ。
白く輝く魔石は光の属性を、黒く輝く魔石は、闇の属性に該当する。他にも、緑色の魔石は風属性、青色の魔石は水属性、黄色の魔石は土属性、赤色の魔石は火属性になると記されていた。
「という事は、光、闇、風、水、土、火の6つの属性が僕の適性属性って事になるんですか?」
本を読み進めて内容の理解に務めたトリシャは、ルミエーラに結論の是非を問う。
「何だ。勉強をサボってた割には、ちゃんと本を読む事が出来るじゃないか」
本を読んでいる間、静かに待っていたルミエーラは、トリシャが本の内容を理解している事に素直に驚く。
「で、答え合わせはどうなんですか?」
返答を貰っていないトリシャは、解答を求める。
「今言った内容で合っているよ。補足をすれば、適性が高いのが光属性で、一番低いのが闇属性ってことになるな」
「じゃあ、光属性の魔法を教えてくれるんですか?」
光属性のイメージと言えば、魔物や悪魔に対して強いイメージだ。
偏った考え方かも知れないが、光によって邪悪なモノを浄化するイメージを持ってしまう。
魔法を覚えたからって、何かと戦うつもりも予定も無いトリシャだったが、光属性に適性があるって事は、光魔法が教わる事が出来るのだと期待を胸に抱くのだ。
「それは無理だ」
期待を抱いた直後、無残にも否定をされる事となる。
「何でですか?」
「私は光属性を扱えないんでな。同じ理由で闇属性も無理だ。希望があるなら他の属性にしてくれ」
今の今までトリシャの頭には無かったが、ルミエーラにも適性魔法というのがあるのだ。
トリシャに適性があったとしても、教鞭を取るルミエーラに適性が無ければ教えようが無いのも頷ける。
「じゃあ、残りは4つの属性か。具体的にどんな違いがあるんですか?」
「トリシャが初めに覚えた魔法が風属性。そのまま風、大気を操る魔法だ。残りも似たようなもんだ。火、水、土を操ると思ってくれていい。ほら、好きな属性を選べ」
好きなのを選べと簡単に言うが、どれも魅力的に見え、どの属性を教えて貰うか選べそうに無い。
「いっその事、全部って選択肢は有りですか?」
「無しだ。まだろくに魔法を使えないお前が、複数同時に覚えられる訳ないだろう」
ルミエーラの主張は正に正論で、初心者のトリシャが1度に複数の魔法を覚えられるとは思えない。
「ちなみにルミエーラたちの適性って何ですか?」
「私とアリアは風属性になる。アイリスは光属性が適性かな」
「じゃあ、風属性でいいや」
自分じゃ決めきれないトリシャは、ルミエーラの得意な魔法を教えてもらう事にした。
そうすれば、何時かは彼女が得意としている雷魔法を教えて貰えるかもしれないからだ。
「そんな決め方で良いのか?」
「もちろん。僕なりに最善の決め方だと思います」
ルミエーラが不得意な魔法を教わるよりも、彼女の得意魔法を教わる方が理にかなっている。そう考えるトリシャに、この選択の後悔がある筈も無い。
「それじゃあ、今からこれを覚えてもらう」
ルミエーラはそう言うと同時に、手の平に魔法陣を描いていく。そして、魔法陣を描いた右手を振りかざすと、その手を振り下ろして空を切る動作をする。
すると、ルミエーラの前方を風が吹き抜けていくのだ。
「今のは?」
トリシャが見る限り、周囲に強い風が吹いた事以外、特に変化が無い様に見えた。
ルミエーラが魔法陣を描いたのは確かなので魔法を使ったのだろうが、何の魔法を使ったか気づく事が出来ないのである。
「今のは風魔法……何だっけ?」
「ウィンドエッジと言います」
またもや名前を記憶していないルミエーラに代わってアリアが魔法の名称を告げる。
「そうそう、それそれ」
「で、どんな魔法なんですか?」
「見てわからなかったのか?」
彼女が何か魔法を使った事は理解したが、彼女が何の魔法を使ったのか見ても分からない。
そろそろ、説明を省く癖と、いきなり魔法を使って見せる癖は直していただきたい、と思うトリシャであった。
「んーと。あっ、あれが丁度いいな。今度はちゃんと見とけよ」
ルミエーラは周囲を見渡したと、再び魔法陣を描くと同時に右手を振り上げる。そして、もう1度右手を振り下ろす行動をとるのだ。
再び周囲に強い風が吹くと、彼女が魔法を使った事が伺える。
しかし、肝心の魔法を視認する事が出来ないのであった。
「見てもわから……」
ドサッ。
トリシャが言いかけた矢先に、何かが倒れる音がした。
言いかけた途中のまま音のする方向に振り向くと、先程まで直立していたであろう木が1本倒れているのだ。
「何あれ?」
「ウィンドエッジって言ったかな。今使った魔法で切り倒したんだよ」
数10メートル先に倒れている木の断面を、目を凝らして見てみると、刃物で切断したように真っ直ぐな断面をしている。
直径30センチはあろう木が、無残にも真っ二つになっているではないか。
つまり、目に見えなかった風魔法ウィンドエッジにより、遠く離れた木が切断されたという事になる。
「え? そんな危ない魔法を覚えさせようとしているんですか?」
「さっきまで雷魔法を覚えたそうにしてたじゃないか。それに比べたら安全な部類だろ」
トリシャは認識の差に言葉を失う。
仮に雷魔法の方が、ウィンドエッジという風魔法より危険度が高いとしても、木をいとも簡単に切断する風魔法だって十分危険だと言える。
「式はこれだ。暗記しろ」
ルミエーラは先程同様、魔法陣を空中に描いて見せる。
しかし、魔法陣に書かれた魔法式を見せる為に、彼女はトリシャの正面に向き直るのだった。
つまり、トリシャに向かって魔法陣を描いた右手を翳している事になる。
「ちょ、ちょっと、こっち向けないでください。間違いでも魔法を使われたら僕死んじゃいますよ?」
トリシャにとって今の状況は、銃口を向けられ、引き金に手を置かれているのと同じ状況である。もし、万が一にでも魔法が発動されれば、あの木みたいに真っ二つにされてしまうだろう。
ルミエーラが自身に向けた魔法陣を使用した魔法を危険視するトリシャにとって、その行為は命の危険を感じてしまう。
「私がそんなミスをする訳ないだろ。いいから式を暗記しろ」
トリシャは真正面をなるべく避けるようにして、魔法陣に書かれた魔法式を覚えていく。
「こんな感じですか?」
トリシャは覚えたての魔法陣を、その場で描いて見せる。
ルミエーラが描いたものよりも一回り小さいが、それはトリシャが魔方陣を描く為に使ったマナが彼女よりも少ないからだ。
「まぁ、そんなもんだろ。早速、使ってみろ」
「じゃあ、魔法のイメージを教えてください」
風魔法は視認しにくい分、どの様な魔法なのか想像しにくい。ウィンドエッジと言う魔法名だけだと、想像が膨らまないのである。
「イメージかぁ……アリア、何かいい表現無いか?」
ルミエーラは考えるのを放棄して、2人のやり取りを静かに見ていたアリアへと丸投げする。
「私の場合は、爪をイメージして使います。ですから、式を変化させて3つほど同時に扱えるようにしてますね」
「え、あの魔法を3つも同時に?」
「そうですね。ですが、一つ一つの威力は分散されるので、ルミエーラが使ったものより劣ってしまいます」
アリア曰く、式を変化させて魔法を使っていると言う。要するに、自分が使いやすい様にアレンジして使用しているみたいだ。
初心者のトリシャにその様な器用な事ができるはずもなく、彼女の意見は参考程度にしかならないのである。
「爪でも刃でも何でもいいから空気で弧を描いて飛ばすんだよ」
なかなか魔法を使おうとはしないトリシャに痺れを切らしたのか、ルミエーラの声からは苛立ちが見え隠れしていた。
頭に何となくイメージが湧いたところで、トリシャは魔法を実際に使って見る事にする。
ルミエーラの様に魔方陣を描いた右手を振り翳す。その後、空を切るイメージで手を勢いよく振り下ろすのだ。
微かにだが、大気を切り裂いて進む一陣の風がトリシャの目にも捉えることが出来た。
しかし、魔法が上手く発動しなかったのか、10数メートル進むと、途中で空中に散在してしまうのだ。
「一応、発動はしているな。だが、成功したとはとてもじゃないが言えないな」
「でも何となくイメージは掴めた気がする」
魔法を教えて貰ったからといって、1発で成功するとは思っていない。
1度使ってみた事でコツが掴めそうな気がしてきたトリシャは、魔法の習得に意欲を燃やすのであった。
「じゃあ、私たちは向こうにいるから何かあったら読んでくれ」
「ん、何かするの?」
この場を立ち去ろうとするルミエーラとアリアに、当然ながら疑問を浮かべる。
「アリアの特訓だな。この前浜辺で波に呑まれただろ? だから防御魔法を鍛えてやるんだ」
「そうなんだ」
あの時、アリアは身を挺して高波から守ろうとしてくれた。結果として海の中に飲み込まれてしまうことになる。
その事をアリアは、きっと後悔しているに違いない。それは直後の彼女の言動にも現れていた。
自身に魔法を教えてくれるのは次いでで、本命はこちらなのかもしれない。
ルミエーラは歩き始めると、数10メートル離れた場所まで移動する。その後ろを、トリシャに一礼したアリアがついて行く事となる。
1人取り残されたトリシャは、先程の感触が消えない内に魔法の練習に興じて行くのであった。




