14話 『決別の選択と』
銀髪の少女の目の前に置かれた燭台には、直径3センチ弱、長さが30センチ近くにもなる蝋燭が立てられていた。
そこへ火を灯すのは、アイリスでは無く魔法を扱える様になったクレアリスになる。
初めはアイリスが灯していた蝋燭の火も、魔法の練習の一環としてクレアリスが灯すようになっていた。
毎年、決まってこの日は、食卓に4本の蝋燭が並ぶのが恒例なのだ。
しかし、クレアリスの13回目の誕生日を迎える今日、蝋燭に灯る明かりは3本しか見受けられない。
いつになく静かな食堂には、クレアリス、アイリス、そしてクラリーチェの姿しか無い。
「すみません。何度お呼びしてもルミエをお連れする事が出来ませんでした」
アイリスは静かに食事を口に運ぶクレアリスに向かって謝罪を口にする。その言葉を聞いても尚、クレアリスは食事の手を止めずに静観を貫いた。
ルミエーラとクレアリスが喧嘩をしてから3日、依然として自体の修繕は付かないままだった。クレアリスから元気は無くなり、ルミエーラが研究施設から出てくる事も少なくなっていた。
アイリスは2人の仲を取り持とうと奮闘するが、頑固なルミエーラはアイリスの言葉に耳を貸さずに、クレアリスに至っては何があったのか話そうとはしない。
事の全容を知らないアイリスは、仲裁する事が出来ず、とうとうクレアリスの誕生日を迎えてしまっていた。
結局その日は、ルミエーラが食堂に現れる事は無かった。
誕生日ケーキに当たるハニーケーキはアイリスが作り、クレアリスに贈られるプレゼントは何一つ存在しない。
就寝時に静かに涙を流すクレアリスを見たアイリスは、ルミエーラの元を訪れる。
しかし、まるでアイリスが来る事を見越していたかの様に、ルミエーラは研究施設を含む氷の城の中から姿を消していたのであった。
2人が喧嘩をしてから1ヶ月。その間、2人が話す事はおろか、顔を合わせる事すら無かった。
笑顔を見せなくなったクレアリスは、毎日欠かさず行っていた魔法の練習も、就寝前に研究施設へと訪れる事もやめてしまった。
そんなクレアリスを前にアイリスは何も出来ない自分に落ち込むのだった。
城の中全体に負の感情がひしめく中、その日は唐突にやって来る。
「ルミエ、クレア様と仲直りは出来ませんか?」
毎日の様に繰り返す文言に、ルミエーラは嫌気がさしていた。
悪いのはクレアリスで、自身に責任は無いと感じているルミエーラが、アイリスの呼びかけに応じる筈が無い。
「その事だが、明日からここを離れようと思う」
「え?」
唐突な話の転換に、アイリスは固まってしまう。
「だから、明日からは飛行艇での生活に戻ると言っているんだ」
「え、どうして急に?」
動揺するアイリスを他所に、ルミエーラは左手を前に翳すのである。その指には、アイリスが見た事の無い指輪がはめられているのであった。
白と青味を中心に、赤、黄、緑、紫と七色に輝く宝石は、銀色の指輪に支えられながら、神秘的に煌めく。
「そのジュエリーは……」
「長らくクレアリスに付いてもらっていたからな。代わりに新しく造ったんだ」
「ですが、レジーナがいるって……」
アイリスの代わりに、ルミエーラの身の回りはレジーナが担当している筈だった。
アイリスは、城の管理をクラリーチェ、クレアリスの世話を自身が担当する事で上手く回っていると思い込んでいた。
「アイツは戦闘以外使い物にならなくてな。何年か前に新しく造ったんだ」
「……聞いていません。一言くらいあっても良かったのでは?」
アイリスにあるのは怒りという感情では無く、ここ数年の変化に気がつけない自身の不甲斐なさと、報告が今まで無かったルミエーラとの信頼関係の歪みを含んだ負の感情である。
「今報告したろ。それよりも、明日には城を離れるんだ。どちらか選択しろよ?」
「選択?」
アイリスが不信感を募らせる中、ルミエーラは今一度左手を前方に翳すのだ。
「アリア」
ルミエーラの声に反応した指輪から光が発せられると、1人の少女が姿を表した。
首元まで伸びた白藤色の髪の毛、空色を基調とした服装には、ピンク色のリボンと白いフリルによって彩られていた。
何よりも特徴的なのは、髪色と同じ色をした猫の様な特徴の耳と、毛に覆われた尻尾だった。
「名前はアリア。何時だったかな? 仕事をしている時に瀕死になっていた所を見かけたから拾ってきたんだ」
「アリア・アクシィームと申します。不束者ですが、どうかよろしくお願い致します」
アリアと名乗る少女は、両手を前で合わせると、そのまま深くお辞儀をする。
その様子を静観していたアイリスは、我に変えると少女に向けていた視線をルミエーラへと戻すのであった。
「この子の事は一先ず置いときます。それよりも選択とは何の事ですか?」
ルミエーラはどちらを選ぶのかと尋ねたが、選択肢が無ければ選びようが無い。アイリスはクレアリスとの仲直りの説得を諦め、一先ず彼女の話を聞く事にした。
「ああ、それはアイリスがこの城に残ってクレアリスの世話を続けるのか、私と一緒に元の生活に戻るかだ」
「私はルミエの従者です。ルミエの判断に任せます」
ルミエーラから突きつけられた選択肢に目もくれず、アイリスは即答で返事する。その返事にアイリスの主観など備わっておらず、従者として主に従うと一貫した主張だ。
「私は選んでいいと言っているんだ。アリスはまだ幼いとはいえ魔女の素質はある。将来的にアリスの従者になるか、私の従者であり続けるか、選択肢は二つに一つだ」
ルミエーラから提示された選択肢は従者根幹に関わるものだった。従者の身であるアイリスに主の存在は欠かせない。
それなのに、将来的な話だとしても、主の変更を示唆する選択肢は、アイリスの今後の生き方を大きく左右するものだった。
「私は……」
言葉を詰まらせるアイリスだったが、その答えはとっくに決まっていた。
「私、アイリス・マーヴェルは――」
アイリスの選択に迷いがあったのか、無かったのか、誰にも知り得ない内情である。
しかし、アイリスがその選択を後悔する日が来る事は永遠に無いと言えよう。
翌朝、氷の城の外で、アイリスは別れを告げるのだ。
それは、城主のクレアリスにでは無く、現在の主であるルミエーラに。
「すみません。本当は付いて行きたいところですが、クレア様を放っては置けません」
「いや、謝る事無いさ。アリスをよろしく頼むよ」
昨夜、アイリスが出した答えは、ルミエーラの従者を続けるという選択肢だった。
しかし、傷心中のクレアリスを放っておける筈も無く、アイリスは一時的に主の元を離れ、クラリーチェと共にクレアリスの傍に居る事を願い出たのだ。
クレアリスの事を気にかけているルミエーラが、この申し出を断る事も無く、アイリスが城に残る事を特別に許可したのだった。
「クレア様が自立した暁には、ルミエの元に戻りますね」
「ああ、こっちは心配ないから、アリスを支えてやってくれ。それに、定期的に様子を見に来るつもりだ」
一時の別れを前にお互いを心配し合うルミエーラとアイリスを、クラリーチェは静かに見守っていた。
クラリーチェはアイリスとは違って、クレアリスの従者になると決めたのだ。
それは、クレアリスが自身の主に相応しいと、認めている証拠なのだ。
「アトラス」
ルミエーラが声を発すると、氷の城の中庭に飛行艇が出現する。雪の降りしきる中現れた飛行艇は、ルミエーラとアリアを乗せて雪の降る空へと旅立つ。
氷の城へと残ったアイリスは、クラリーチェと共に、未だ寝室の布団の中で眠りにつくクレアリスの元へ赴くのであった。
外伝「白銀の世話と」一先ず完結になります。
もう少し描きたい内容は有りましたが、脱線する恐れがあった為、今回はこの様にまとめました。
来週からは三章に入ると思いますので、これからもよろしくお願いします




