12話 『魔法の適性と』
クレアリスが魔法の練習を始めて11日間。ようやく、自身の納得のいくレベルにまで、水魔法を使いこなせる様になったのだった。
アイリスのアドバイスを受け、日に日に上達していった彼女は意を決して、ルミエーラの前で練習の成果を見せるのであった。
「どう? 凄いでしょ」
クレアリスは魔法陣から水を生み出すと、前方に流れる様に放水するのだ。
初心者用の魔法なので、水を生み出し流すことしか出来ない。それでも、持続的に一定の量の水を出し続けるのは、この魔法を使いこなせたと言うに値するのだ。
「いやー、水魔法の適性があるとは思っていたが、ここまで上達するとはなー」
ルミエーラは、クレアリスの上達ぶりに感心する。何故ならば、クレアリスがここまで魔法を使いこなせる様になるのに、まだまだ時間がかかると思っていたからだ。
「適性って何?」
教えられるままに初心者用の水魔法を覚えたクレアリスだったが、適性という言葉に疑問を抱く。
「属性魔法には適性があるんだ。そうだなー、私は風、アイリスは光といったところか。平たく言えば、人によって得意不得意があるって事かな」
「じゃあ、私は水属性が得意って事?」
今までの話を聞く限り、クレアリスが得意な属性魔法は水属性という事になる。
「早めにこれを用意しといて良かったよ」
そう言ってルミエーラが鞄から取り出したのは、七つの魔石が埋め込まれた円盤だった。
「これは何?」
「これはエレメントコンパスと言って、本来は魔鉱石の探索やマナの力場を探すのに使うものだが、属性魔法の適性を見る事も可能なんだ」
エレメントコンパスと呼ばれた円盤の上には、中央に灰色の魔石が埋め込まれていた。その周りを白、緑、赤、黄、黒、青と、異なる色の魔石が6つ、時計回りに埋め込まれている。
その他にも、盤面の上に施された文字や模様は、魔法陣みたいに複雑な形をしているのであった。
「どうやって適性っていうのが分かるの?」
クレアリスは自身の属性魔法の適性が、何の属性になるか気になって仕方のない様子だ。それは、エレメントコンパスを目と鼻の先で捉えるほど間近で見やる姿勢にも表れている。
「まぁ、そう急かすな。それぞれの魔石にマナを注いでみろ。マナの波長の合う属性なら魔石が光るから、その光った魔石の種類で属性魔法の適性が分かる」
ルミエーラの説明を聞くと、クレアリスは早速、盤面に埋め込まれた魔石に手を翳す。マナを手の平に集め、魔石の反応を心待ちにしながら、中央の灰色の魔石に手を触れるのである。
「ねぇ、光らないよ?」
数秒間、中央の灰色の魔石に触れてみるが、光が灯る事は無かった。それを見たクレアリスは、その結果に当然ながら不服な様子を見せる。
「その魔石は属性と関係無いからな。光らなくて当然だ。それよりも、青い魔石を試してみろ」
気を取り直して、言われた通りに青色をした魔石に触れてみる。すると、先程とは違い魔石から青く眩い光が手の平を中心に照らすのだ。
「ルミエ、光った。光ったよ」
クレアリスは嬉しそうに結果を報告する。最初の魔石が光らなかった分、彼女の喜びは大きくなっていたのだ。
「残りも順番にやってみるといい。適正があったら強く輝き、無ければ微かに輝くか全く輝かないだけだ」
青色の魔石が光ったに気を良くしたクレアリスは、7色の魔石全てにマナを注いでいく。
緑色の魔石は光ったものの、青色の魔石に比べて輝きは小さかった。赤色と黄色の魔石は微かに光ったものの、黒色に至っては、全くといいほど輝きを見せる事は無いのである。
しかし、残る白色の魔石は、青色の魔石より強く周囲を輝きで包み込んだ。その光は激しく、手を翳した円盤全てを、白い光一色で覆っているようにも見えるのだ。
「今の何? 凄く眩しかったんだけど」
あまりの輝きの強さにクレアリスは、一瞬で手を離してしまう。すると、手が離れると同時に、白色の魔石から放たれていた光は消えるのだ。
その様子を見ていたルミエーラは、1人静かに笑みを零していた。
「何で笑っているの?」
「え、笑っていたか?」
「うん、笑ってたよ」
突然のルミエーラの笑顔をクレアリスは不思議に思っていた。何故なら、普段クレアリスの前で笑う事が少ない彼女が、何に対して笑っていたのか掴めないからである。
「いや、お前の母親も光属性の魔法を使っていた事を思い出してな。お前が娘だという事を再認識したよ」
「光属性って今のやつ? パティと一緒って事?」
母親との類似点にクレアリスはご満悦な様子を見せる。
目覚めてから2年経過した今でこそ母親に会えぬ寂しさから泣く事は無くなった。しかし、クレアリスが母親の事を忘れた事は今日に至るまで、一日たりとも無いのである。
「じゃあ、光属性の魔法を覚えないと。ルミエーラ、早く教えて」
「それは無理だ」
魔法の習得に意欲を見せるクレアリスに対し、ルミエーラはバッサリと言い切る形で釘を刺す。
「何でー? 光属性がクレアの適性じゃないの?」
ルミエーラによって意欲が削られたクレアリスは、不満を口にする。
「お前の適性は確かに光属性だが、私が光属性を扱えん。そもそも、使えない魔法を教えられる訳無いだろ」
「何で使えないの? 前に大体の魔法は使えるって言ってたじゃん」
クレアリスが魔法に興味を持ち始めた頃、日常会話の中で聞いた事だ。その事をルミエーラは覚えていなかったが、質問したクレアリスは、しっかり覚えていたのである。
「あのなぁ、光属性は生まれ持った素質が無いと扱えないんだ。お前は母親からの遺伝で適性があるかもしれんが、私には全くと言っていいほど無い」
若干の苛立ちを見せながら、ルミエーラは光属性の魔法を教えられない理由を説明する。
「それと、闇属性の魔石も光らなかったろ。それも素質が無いと扱えん。僅かにでも光るなら扱える可能性があるかもしれんが、全く光らないものは使えないから、その2つは諦めろ」
「嫌だ。光属性は適性あるって言ったじゃん。パティと同じなら使える様になりたい」
ルミエーラが大きな声を出した為、クレアリスは大人しくなっていた。
それでも、母親との繋がりを失いたくない彼女は、伏し目がちに抗って見せる。
「無理なものは無理だ。大人しく水魔法でも覚えているんだな。どうしても覚えたいって言うなら、水魔法を覚えた後にでも、アイリスに教えてもらえ」
「え、アイリス?」
クレアリスは名前を言いながらアイリスの方を見る。それに対しアイリスは、にっこりと微笑みかけるのだ。
ルミエーラが一度、アイリスの適性は光属性だと言っていたのだが、自身の適性魔法の事で頭が一杯になっていたクレアリスが覚えている筈が無い。
「そうだ。アイリスなら光魔法も使えるからな。教えられるのはアイリスくらいしかいないだろう」
「今からじゃダメなの?」
母親と同じ魔法をいち早く覚えたいクレアリスは、今すぐにでも、光属性の魔法を覚えたい気持ちで一杯になっていた。
「いくら適性があっても光魔法は難しいと聞くからな。適性があるのに一生使えない者もいるって話だ。水魔法で基礎を学んだ後、好きなだけアイリスに教えてもらうといい」
「わかった。水属性の魔法頑張って練習するから、ちゃんと覚えられたら光属性の魔法教えてね」
クレアリスはアイリスに向き直ると、水魔法の習得に意欲を見せながら光魔法の教示を頼むのだ。
それを聞いたアイリスは当然、快く返事をする。
「そうそう、お前は初心者なんだから、素直に言う事を聞いておけば良いんだよ」
ルミエーラは腕を組みながら頷く動作をする。クレアリスが一旦、光魔法の習得を保留にしたことで、彼女の怒りは収まったみたいだ。
「ねぇ」
「何だ?」
「前から言おうと思ってたんだけど、お前って言うのやめて欲しい」
クレアリスがこの城で目覚めたばかりの頃は、ルミエーラはクレアリスの事を名前で読んでいた。
しかし、いつの間にか名前で呼ぶ機会は少なくなり、気がつけばお前としか呼ばれなくなっていたのだ。
「じゃあ何て読んだらいいんだ?」
「クレアって名前で読んでよ!」
意図を全く汲み取ってくれないルミエーラに、クレアリスは大声を上げて不満を口にする。
「その呼び方は好かん。クレアリスも長いし呼びにくいんだよ」
「じゃあ、どうしたら名前で読んでくれるの?」
日頃から溜まっていたのか、一時的に魔法の事を忘れて不満を漏らす。
「こういうのはどうだ? 名前のクレアリスからアリスを取るんだ」
「えー、クレアの方が良い」
ルミエーラが提案した呼び名が気に入らないのか、クレアリスの機嫌は改善されないままだ。
「嫌なら名前で読んでやらないからな」
「それは嫌! ……仕方ないからアリスでいいよ」
泣く泣くアリスと言う呼び方を受け入れる。そうでもしなければ、今後もお前と呼ばれてしまうからだ。
不服な事に変わりはないが、名前で呼ばれないより幾分マシだと言い聞かせ、クレアリスはその呼び名を受け入れる。
その日から、ルミエーラはクレアリスの事をアリスと呼ぶようになる。それは、クレアリスの年齢が7つの時であった。




