10話『誕生日の贈り物と』
食堂の中央に設置されている机は、白い大きな布が被せられていた。この布は、氷の城で生活し始めた頃にクラリーチェの手によって被せられた物だ。
この日は、その食卓の上に普段の見られない物が置かれることとなる。
「ねぇ、何で蝋燭置いてるの?」
アイリスは手の平に小さな魔法陣を浮かべると、そっと息を吹きかける。息が触れた魔法陣が輝くと、そこから小さな火が蝋燭に灯りを灯した。
その光景を興味津々に横で見ていたクレアリスは、質問せずにはいられなかったのだ。
「誕生日のお祝いをする為ですよ」
「誕生日? 誰の?」
頭に疑問符を浮かべるクレアリスは、自身の誕生日だとは気づいていない様子だ。
「今日はクレア様のお誕生日です。ですから、朝食の前から夕食後の間、蝋燭に火を灯しておくのですよ」
そう言って用意された蝋燭は4本にもなる。直径3センチ弱、長さが30センチ近くある蝋燭は、取手の付いた燭台の上に真っ直ぐに立てられていた。
その全てに火を灯し終えると、アイリスは朝食の用意を始める。
長い楕円形のバゲットを薄くスライスすると、その上に果実を使ったジャムやクリームを乗せて頂くのだ。小麦粉の香ばしい匂いと、ジャムに使われた果実の甘い香りが食欲を刺激する。
砂糖を入れずに紅茶を啜るルミエーラと違って、クレアリスの紅茶の中には、角砂糖が3個と、牛乳が入っているのだった。
クリームを少ししか塗らないルミエーラに対し、クレアリスはジャムをタップリ乗せて食べる。
そんな対象的な2人を傍らで見守るようにアイリスとクラリーチェが佇んでいた。普段食事中は姿を消しているクラリーチェも、この日だけは朝食の席に同席するのである、
朝食を終えると、燭台に付いた取手を持って蝋燭を部屋まで運ぶ。
ルミエーラが1本とアイリスが2本、クラリーチェが1本。人数分用意された蝋燭は各自が部屋で管理するものなのだが、幼いクレアリスに火の付いた蝋燭を持たせるわけにもいかず、アイリスが代わりに持ち運ぶのであった。
蝋燭は食事の時は食堂へ運び、食事が終わると部屋まで運ばれる。その灯火は、夕食が終わる時まで消される事は無いのだ。
夕食の時間になると、再び氷の城に住まう住人4人が一堂に会する。普段より薄暗い食堂は、意図的に照明の数が減らされている所為だ。
クレアリスが席に付くと、4本の蝋燭の灯りが、テーブルの上を明るく照らした。
そこへ、アイリスとクラリーチェが料理を運んでくる。
ニョッキの様に短くて丸い麺を使ったクリームパスタに牛肉と人参、玉葱、パブリカ等の野菜を具材に、トマトを使ってじっくり煮込んだシチュー。蒸したジャガイモをすり潰して団子状にしたものを付け合わせる。
それら料理の中央を飾るのは、円形状の大きなハニーケーキだった。
「この丸いのは何?」
普段食卓に並ばないハニーケーキを見て、クレアリスは興味津々に見つめる。
「これはクレア様の誕生日を祝う為に、ルミエが作ったケーキです。食後に是非お召し上がりください」
食卓に甘い匂いを発するハニーケーキは、生地に蜂蜜と蜜柑の果汁が練り込まれている。蜜柑を入れる事によって甘過ぎず、程よい酸味がアクセントとなり、甘さに飽きること無く食べ進めることが出来るのだ。
クレアリスの皿に盛られた料理はいつもより少なくしている。何故なら、本命であるハニーケーキを前に満腹になられると困るからだ。
ハニーケーキを待ちきれないクレアリスは、かき込むようにシチューとパスタを平らげるのであった。
「そんなに慌てて食べなくてもケーキは食べられますよ」
「だって早く食べたいんだもん」
アイリスが心配する中、クレアリスは普段の半分の時間で料理を食べてしまうのだ。
クレアリスが料理を食べ終わると、アイリスがハニーケーキを6等分に切り分ける。その内の1切れを小さなお皿に乗せると、クレアリスの目の前に差し出されるのだ。
「ルミエが愛情込めて作りましたので、ゆっくり味わって食べてくださいね」
「愛情って……」
アイリスの言葉に不満があるのか何かを言いかけるルミエーラだったが、否定を口にすることは無かった。
クレアリスはハニーケーキにフォークを入れると、口いっぱいに頬張る。
「ほいひい」
「そんなに一遍に口に入れて喉に詰まらせないで下さいね」
頬をハムスターの様に膨らませるクレアリスは、甘く柔らかなハニーケーキに満足げな表情を浮かべるのだ。
「これ全部食べてもいいの?」
「良いけど、全部食べ切れるか? 残ったのは明日食べてもいいんだぞ」
夕食直後のクレアリスがハニーケーキ1ホールをすべて食べ切れるとは思わない。仮に夕食を食べていなくても、幼い彼女がハニーケーキを全て食べられるはずが無いのである。
「じゃあ明日も食べる。ルミエも1つなら食べても良いよ」
本来はルミエーラとクレアリス2人で分けて食べる予定だったが、その旨を理解していないクレアリスは1人で全て食べるつもりでいたみたいだ。
ルミエーラが手作りしたハニーケーキに夢中になるクレアリスを作った本人である彼女は、嬉しそうに眺めていた。
「あ、そうだ。忘れない内に渡しておくよ」
そう言ってルミエーラが取り出したのは、リボンで飾り付けのされた赤い大きな袋だった。
「何それ?」
「誕生日プレゼントだ。この中じゃ私しかお前に渡せる者がいないんでな」
魔女と契約した従者は主以外の者に贈り物をする事は無い。それは契約で決められたものでは無かったが、主に忠誠を誓う彼女らが、主の金銭を使用して贈り物をする筈が無いのである。
「もらっていいの?」
「ああ」
ハニーケーキを食べる手を休め、クレアリスは受け取った袋の中身を取り出す。袋の中には、大きめのウサギのぬいぐるみと、1冊の絵本が入っていた。
「これってウサギ? 可愛い」
クレアリスは頬擦りをする様にウサギのぬいぐるみに抱きつく。
白いモコモコの毛に覆われたウサギのぬいぐるみの首元には、大きなピンク色のリボンが付けられていた。
そのリボンの裏には、クレアリスの名前と誕生日の日付が刺繍されているのである。
「最近の流行りみたいだからな。気に入ってくれたか?」
クレアリスは腕一杯の大きさになるウサギのぬいぐるみを抱きしめ、笑を浮かべながら頷く。
結局、ルミエーラは買い物に出かけるまで、クレアリスのプレゼントを思いつく事は無かった。
そこで、雑貨屋の店員に聞き込み、今巷で流行りと言われたぬいぐるみを購入したのだった。
その店員がいうには、子供の誕生日に名前と誕生日の刺繍が入ったリボン付きのぬいぐるみを贈る事が定番になりつつとの事だ。
「この本もプレゼント?」
赤い大きな袋の中にはウサギのぬいぐるみの他に1冊の絵本が入れられていた。
「ああ、まだ字が読めないかもしれないが、アイリスに読んでもらえば良いだろう」
クレアリスは絵本のページを捲るが案の定、字が読めるはずが無かった。
「ルミエが読んでよ」
「私がか? アイリスで良いだろ」
「ルミエから貰ったんだから、ルミエが良い」
クレアリスは絵本をルミエーラに向かって差し出す。
それに対し、ルミエーラは絵本を受け取るのを躊躇してしまう。
「せっかく渡したプレゼントが読まれないのは寂しい事ですよ? まだ文字の読めないクレア様の誕生日に絵本を選んだからには読み聞かせくらいしてあげては如何ですか?」
踏ん切りのつかないルミエーラの背中を押すようにアイリスが問いかける。普段は自分の事を最優先に行動するルミエーラは、メリットもなく他人のお願いを聞く事は無い。
しかし、気の許した相手に対しては例外的に、それを受け入れてしまうのだ。
「分かったよ。気が向いた時にだけ読んでやるよ」
「やったー、ルミエありがとう」
ルミエーラが絵本を受け取ると同時にクレアリスは喜びを露わにする。
「じゃあ早速、今から読んで」
「今からか? たっく、しょうが無いな」
絵本の中身の気になるクレアリスは、催促するように言い放つ。それに対しルミエーラは、渋々絵本の読み聞かせを承諾するのだ。
「あ、部屋に行く前に蝋燭の火を消さないといけませんよ」
席を立とうとするクレアリスを静止させると、アイリスは蝋燭を1箇所に集めた。4本の蝋燭は朝と比べて半分以下の長さしかない。
一日中火の灯された蝋燭は、燭台と共にクレアリスの席の前に集められるのだ。
「火を消す事で次の誕生日までの1年の無病息災を祈願するのです。さあ、クレア様、蝋燭の火を吹き消して下さい」
アイリスに促されクレアリスは息を吐く。しかし、蝋燭の火は揺らめきを強くするばかりで消える気配が無かった。
「息を大きく吸ってみてください。その後に一気に息を吹きかけるのです」
「わかった。やってみる」
クレアリスは頬を膨らませながら大きく息を吸う。そして、勢いを付けて蝋燭の火に向かって行きを吐くのである。
「アイリス消えたよ」
「よく出来ましたね。残りの蝋燭も同じ様に吹き消して下さい」
クレアリスは蝋燭の火を1本消す事が出来て喜ぶ。
しかし、幼い彼女の肺活量では、4本全てを1度に消す事は出来ない。それを後3回繰り返す事によって、ようやく灯火の全てを吹き消す事に成功するのだ。
手元の蝋燭の火が消えたことによって部屋の中の暗がりが濃くなる。それでも、誕生日という特別な雰囲気が、クレアリスの顔に笑顔を灯すのだった。
「ルミエ早く絵本読んで」
「私はクラリスと一緒に後片付けをするので先に部屋に戻っていてください」
ルミエーラは返事をすると、クレアリスを連れて食堂から退出する。
その手に握られた本のタイトルは『雪人形と雪の花』という。




