1話 『橙色の瞳と』
トリシャが異世界に転生される前の話となります。
ルミエーラとクレアリス、2人を中心に描いた番外編です。
雪が降りしきる中、雪に覆われた地に降り立つ1人の魔女の姿があった。背中まで伸びた金髪を携えた彼女の名前はルミエーラ。
人は彼女を魔女と呼ぶ。
「ここか」
彼女が訪れたのは、雪に覆われ外壁を白く染める巨大な城だった。飛行艇を城壁の中へ着陸させた事もあり、既に城の入り口にあたる扉の前まで近づいていた。
光を浴びると、輝きを放つ氷で作られた壁も、この日は雪の降りしきる生憎の空模様で、表面に付着した雪によって白い雪の城へと姿を変えていた。
扉を前にしたルミエーラは、中へ入ろうと扉にぶら下がっている輪の形をした取っ手を掴む。
しかし、彼女が直ぐに扉を開く事は無かった。
「封印式か、めんどくさいな。アイリス」
彼女が名を呼ぶと、腕輪が光ると同時に、1人の少女が姿を現した。灰桜の髪の毛を頭の両側に少し束ねた、ツーサイドアップに結っている。
整った顔立ちの中から澄んだ紺碧の瞳が覗く。少女は白いブラウスに、フリルのあしらわれた紺色のジャンパースカートを身に纏う。
可愛らしい顔立ちや服装をしているが、彼女はれっきとした魔女に従う魔人なのである。
「アイリス、この式を解いてくれ」
「承知いたしました」
少女は扉の前に立ち、手を翳すと瞳を閉じる。すると、扉に淡く発光する模様が浮かび上がって来たではないか。
アイリスと呼ばれた少女は、その浮かび上がった模様を、時間を掛けて少しずつ消していく。瞳を閉じているのは、彼女が集中している事を意味している。
全ての淡く光る模様を消し終わると、彼女はようやく瞳を開くのであった。
「時間は掛かりましたが封印を解く事に成功いたしました」
「助かったよ。私だと倍の時間を要する事になっていたかもしれないからな」
主からの賛辞を受け取ったアイリスは、嬉しそうにはにかむ。
ルミエーラは再び扉の取っ手に手を掛けると、中へ入る為に力を込める。そして、身長の3倍はあろう高さの扉を、顔色も変えず開いてみせるのだ。
築城以来、部外者の立ち入る事の無かった氷の城は、初めての侵入者の入城を許してしまう。
封印を解かれた扉は、2人の侵入者を妨げる事も出来ずに、音を立てながらゆっくりと閉じていく。
扉の外には、魔女の残した足跡のみが残るのであった。
ルミエーラは城の中に入ると、一通り城内を見て回る。どの部屋も使用された形跡は無く、人の気配さえ感じられなかった。
外壁や廊下、玄関口にある階段に至るまで氷を材質に作られていたが、部屋の内部はそうでもない。白い壁に赤い絨毯が敷かれた部屋が多く、その造りは王族や貴族が喜びそうな華美な装飾が多かった。
「怪しいのはあの部屋しか無いな。アイリス行くぞ」
一通り内部を見て回った結果、ルミエーラは結論を出す。彼女は回りながら目星を付けていたみたいで、アイリスと呼ばれた少女を引き連れて、とある部屋へと向かうのだ。
目的の部屋へと辿り着くとルミエーラは早速、部屋の内部へと侵入する。白い壁と赤い絨毯が敷かれていた部屋は、唯一家具が揃えられた部屋だった。
しかし、棚に置かれている本は埃を被っており、他の部屋と同じで使われた形跡など無い。それでも、書斎以外で唯一、書籍が置かれている部屋は、違和感を持つには十分な要素になる。
「アイリス、何か異変があれば報告しろ」
「かしこまりました」
アイリスは主からの指示を受けると、部屋の中を物色し始める。
そんな彼女に指示を出したルミエーラはというと、本棚に置かれている本の埃を手で払い、本の内容を確認し始めていた。
その本は当然、この世界の言葉で綴られている。内容はというと、教本のように基本に忠実な魔法書ばかりだった。
魔女を生業としているルミエーラには、実に面白味に欠ける内容だ。
それでも尚、ルミエーラは手掛かりを探し求め本を開くのであった。この城へやってきた目的を達成するために――
入口付近に佇む角の立ったローテーブル。その周りを囲むように置かれた、クッション性の高い長椅子が1脚と、1人がけの椅子2脚。
大きな三面鏡が付いた化粧台には、引き出しが5つもついてある。
そして、奥には左右に棚の付いた長机と、革を使った大きめの椅子が置かれていた。机の上には、手元を照らす照明器具と、数本の万年筆にインクが置かれているだけのシンプルな佇まいだ。
机の中も調べたが、魔術に関する記述がされた紙と、本しか無かった。その内容も主に報告する程の物は書かれていない。
アイリスはルミエーラが本を開いている間に、部屋の中を見て回っていた。
続いて、窓際にある天蓋付きのベッドに目を向けるが、ベッドの下まで目を通しても、特別に変わった事など無い。
白い厚手の生地で作られたカーテンの隙間から、外の光が差し込んでいる。そのお陰か、部屋の中は明るく照らされており、何かを探すには打って付けの環境だった。
そうやって一通り部屋の中を捜索したアイリスだったが、主が求める異変を探す事は出来なかった。
他に捜索していないのは、1箇所のみとなる。それは、ベッドと窓の間の壁際にある、深い緑色のカーテンで区切られた場所だ。
カーテンを捲り中へ入ると、そこには幾重にも連なった服が保管された場所だった。その殆どが、白を基調とした色合いをしており、清潔な印象を強く受ける。
「この匂いは……」
アイリスは懐かしい匂いに触れてしまう。この空間に漂う匂いではなく、服に付いた匂いは、彼女が愛してやまない人物の香りに包まれていた。
数ある服の中から、白のワンピースを手に取ると、アイリスは抱きしめる様に握り締めるのだ。
主からの指示を忘れ、ひと時の間、自分の世界へ入ってしまう。
「アイリス、何かあったのか?」
遠くに聞こえるルミエーラの声に、アイリスは我に返る。
部屋の中から姿を消したアイリスの様子を確認するように、ルミエーラは問いかけたのだ。
「いえ、特に変わったものはありません」
アイリスは返事をすると、急いで部屋の中へと戻ろうとする。
すると、勢いよく捲ったカーテンの端が、入口の横に置いてあった台に触れてしまう。そして、台ごと上に乗せてある梟の形をした置物を倒してしまうのであった。
「あっ」
気づいた時には手遅れで、大きな物音を立てながら、梟の置物を乗せた台は床に転がり落ちてしまった。
腰の高さまである台は、丸い天板から1本の細長い脚が伸びている。床との接地面は枝の様に3方向に広がる棒によって支えられていた。
しかし、この時ばかりは、その支えはバランスを崩してしまったのだ。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい、怪我はありません。直ぐに元に戻します」
ルミエーラは手を止めて振り返る。アイリスの無事が確認できると、再び本に目を通し始めるのだった。
アイリスはカーテンをゆっくりとした動作で閉めると、床に倒れた台に手を掛ける。そして、台を元の位置へ戻すのだった。
それは丁度、部屋の角に位置し、今までアイリスの視界に入っていなかったみたいだ。
台を元の位置に戻すと、少し離れた場所まで転がった梟の形をした置物を手に取る。そして、手の中で360度回して傷が入っていないか確認し始めるのだった。
幸い、床に置かれた絨毯のお陰で、亀裂や破損の類は見受けられない。安心したアイリスは、ホッと胸を撫で下ろすのであった。
梟の置物は、石材で作られているようだが、着色のされたそれは、本物と見間違うくらい精巧に作られている。
アイリスは見た目以上に重量のある梟の置物を、元の台の上へと置いた。そして、位置を微調整するのである。
よく見ると、目だけは宝石で作られているのか、光源を受けると、綺麗に輝いて見せた。吸い込まれそうなくらい美しい瞳は、梟の置物をより本物へと近づける。
橙色に輝く瞳を見ていると、アイリスはある事に気がつく。
「ルミエ、この置物に魔石が使われています」
置物として機能させるなら、わざわざ魔石を使う事は無い。
何故なら、高価な魔石を使うより、比較的値が低い宝石を使えば済む話だからだ。
「こいつは間違いなく魔石だ。しかも、術式が組み込まれている」
ルミエーラは傍まで寄ってくると、梟の形をした置物の瞳を覗き込んだ。
「アイリス、右に風、左に光のマナを注いでくれ」
「承知しました」
ルミエーラの指示に従い、アイリスは梟の顔に手を触れてマナを注いでいく。すると、梟の置物の瞳から橙色の光が発せられる。
アイリスは、自らを照らす光を遮らないように、置物から手を離す。しかし、彼女が手を離しても光が消えることは無く、少し離れた床を照らしていた。
「これは……」
梟の瞳から発せられた光は、部屋の中央付近を照らしている。その橙色の光の先には、絨毯の上に浮かぶ、巨大な魔法陣が形成されていた。
絨毯の下、床に直接描かれた魔法陣は、梟の置物の瞳から発せられる光に呼応して、浮かび上がる仕組みになっていたのだった。
「アイリス良くやった。これで――の残した施設に辿り着ける」
ルミエーラに褒められたアイリスは嬉しそうな表情をする。自身のミスから生まれた功名になるのだが、それでも嬉しい事には代わりがなかった。
「こんな面倒な仕掛けを用意して、――のやりそうな手口だ」
ルミエーラは悪態を付きながら、魔法陣の上まで移動する。
魔方陣を見渡すと丁度、魔方陣の外周に干渉しない様、家具は配置されているみたいだ。
「アイリス、これは転移魔法の陣なんだから、早くこっちに来い」
「あ、すみません」
喜びを噛み締めていたアイリスは、慌てて魔法陣上まで駆け寄った。
転移魔法を起動する際、魔法陣の上にあるものは、全て転移の対象となってしまう。ルミエーラが家具の配置を気にしているのは、転移する際に一緒に運ばない為である。
「ティネータ ツェーネ」
ルミエーラがある呪文を呟くと、足元に広がる魔法陣が輝き始める。魔法陣は、その外周から円柱の形に発光する。
数秒間、魔方陣の上が光に包まれると、魔法陣上にいたルミエーラとアイリスの姿は無くなる。
誰も居なくなった部屋では、暫く時間が経過すると魔法陣は消え、部屋の中央には赤い絨毯だけが残される。
そして、いつの間にか瞳にある魔石から光を発しなくなった梟の置物は、部屋の中央に視線を向けたまま静かに佇んでいるのであった。
青味の強い床は、室内の僅かな光源を受け、トルコ石の様な色味を作り、鈍く光を反射していた。
ルミエーラとアイリスが転移した先は、薄暗い自然光の遮断された空間だ。室内を照らすのは、天井まで伸びる円柱形の水槽から発せられる青白い光だけだった。
近くの机を見ると、魔術書と何かの研究を纏めた資料が置かれていた。氷の城に入ってから初めて、使用された痕跡のある物を発見する事が出来た。
ルミエーラは他に手掛かりになる物を探し求めて室内を探索する。
人がすっぽり入ってしまいそうな円柱の水槽には透明な液体が半分程入っていた。
下から照らされる光によって、淡い青色に色付けされるが、この水槽からは求めるものに辿り着けそうに無い。
水槽の光を頼りに、ルミエーラは室内を歩き回る。あるのは研究を纏めた資料と、数点の用途の分からない薬品だけだった。
「ルミエ、壁に封印式が隠されています」
アイリスが見つけたのは、水槽の裏手にある壁に隠された封印式だった。
普通の者が見れば、何の変哲もない壁にしか見えない。しかし、アイリスからすれば、その封印式を見つけるのは造作もない事だった。
「あー、これも面倒なもの仕込みやがって。アイリス、後は任せた」
「かしこまりました」
ルミエーラは封印式を解く事を早々に投げ出すと、アイリスに全てを任せる。
そして、近くにある机に腰掛けると、その上に置かれた資料に目を通しながら、アイリスが封印式を解くのを待つのであった。
アイリスが手を翳すと、城の入口にあった封印式と類似の模様が浮かび上がる。しかし、目の前に浮かび上がった封印式は、前述した封印式と異なるものだった。
彼女はルミエーラよりも早く封印式を解く事が出来るだろう。そのアイリスを持ってしても、城の入り口に施された封印式を解く倍の時間がかかってしまうのだ。
「ルミエ、時間が掛かりましたが、式を解く事に成功しました」
アイリスが封印式を解き終わると同時に、壁がゆっくりと左右に割れ始める。
そこに現れた狭い空間は、室内を照らす淡い光よりも強い光を発していた。天井も壁も床でさえも、白い光を発している。
その光は目に刺さるほど強烈なものでは無かったが、暗闇に慣れ始めた目には眩しく感じられなかった。
「中に入るぞ」
ルミエーラは言葉通り白い空間へ入る。続いてアイリスも中へ入ると、再び壁は閉じられる。
そして、簡易的な転移魔法が起動する事によって、2人は更に別の空間へと移動させられるのだった。




