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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
二章 白銀の幼女と母親の愛情と
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46話 『暗がりの中の恩人と』

 砂浜の熱は来た時よりも遥かに温度が低下していた。何故ならば、日差しは傾き始めており、外気も低く日差しも弱くなっているからである。

 本来ならば、今頃帰りの準備を行っている所だろう。しかし、猫耳を付けた少女に手を引かれているトリシャには、それを行うことは出来ない。


「ねぇアリア、どこまで行くの?」


 トリシャは突然、歩みを緩める。後ろを振り返ると、先程まで作っていた砂の城を視認するのは難しくなり、ルミエーラたちのいるテントも何処へ行ったのか見えなくなっている。


「ルミエーラたちの戦いに巻き込まれない場所まで行く必要があります」


「何と戦っているの?」


 戦いと聞いて真っ先に思い付く相手は魔物だ。浜辺にやって来る前に、アイリスから聞いた言葉だった。

 トリシャは急な魔物の出現により、その場を離れているのだと考えたのだ。


「詳しい事は分かりかねますが、おそらく魔人でしょう」


「魔人?」


 この世界では、野生の魔人というのが存在するのだろうか?

 トリシャの頭の中では、上手く現状を把握出来ないでいる。


「早く離れましょう。安全なば……」


「ば?」


 アリアは何かを感じ取ったのか、言葉の途中で固まってしまう。その視線は海へと向けられており、トリシャもそちらへ視線を向けるのであった。

 すると、浜辺に押し寄せる高波が視界へと入ってくる。縦横に広がる高波は、こちらまで差し迫る勢いがある様に伺えた。


「トリシャ、しゃがんで下さい!」


 一瞬固まっていたアリアは、強く言葉を放つ。その声を聞いたトリシャは、彼女の気迫に押されてか、言われるままにその場にしゃがみ込む。

 すると、アリアはトリシャを包む様に覆い被さってきではないか。緊張感のある場面だというのに、トリシャは右腕に押し付けられる彼女の乳房に赤面してしまう。


 そう思うのも束の間、高波は唸りを上げながら砂浜を飲み込んでいく。

 一時は、アリアの張った防御魔法で事なきを得たが、それは一瞬にして決壊してしまうのであった。


「ん!」


 海水に押させた身体は、海中へと引きずり込まれてしまう。咄嗟にアリアと手を結ぶが、水流によって引き裂かれてしまった。


 海の中は冷たさを感じ、自分が現在上を向いているのか下を向いているのか分からなくなる。まるで無重力空間の様に地球からの引力を見失ったトリシャは、水の流れに逆らう事は出来なかった。

 海中に引きずり込まれる前に、深く息など吸っていないトリシャは、だんだん息が苦しくなってくる。

 体の自由を奪われ、呼吸も遮られてしまった。暗い、暗い海中の中に沈み込む身体は、確実に死へと向かっていく事だけが分かる。

 だんだん意識が朦朧としてくると、このまま朽ちていくのを待つしかないのだと、消極的な考えが頭を過ぎる。


 意識が途切れる直前に伸ばした右腕は、確認出来ない光源ではない。僅かばかりの既視感を感じながらも、その手は一緒に海中へ引きずり込まれたであろうアリアへ向けられたものだった。

 その伸ばした右腕は、彼女に助けを求める為の手ではない。それは、死を予見したトリシャが無意識の内に彼女自身を求めていたのである。

 別々に死にゆくくらいなら、最後の時くらい共にしたいという気持ちの現れであろう。


 微かな希望を求めて伸ばした右腕に何かが触れる。海水の様に冷たいそれは、確かに人の手だった。

 しかし、その手が誰の手か確認することも出来ずに、トリシャは意識を失ってしまうのであった。





ピチャン、ピチャン。


 どこからか水の音が聞こえる。その音は雨音とは呼び難いくらいに不規則なものだった。


ピチョン。


 頬に1滴の雫が弾ける事で、意識が深い眠りから覚まされる。


 トリシャは目を覚ますと、真っ先に自分が何処へいるのか考える事となる。しかし、上体を起こして周囲を見渡すと、暗がりに覆われている所為で、何処にいるかの検討がつかなかった。

 唯一確認できたのは、自身が倒れていた場所が、冷たい砂が敷き詰められた場所だということだ。


 暫くして目が暗闇に慣れてくると、周辺の事が少しずつ判明してくるのだ。

 最初に気がついたのは、周囲を岩肌に囲まれた場所だという事だ。暗く、寒気のするその場所は、この場所が地獄だと言っている様に見える。

 ひょっとしたら、波に飲まれた後に絶命し、死後の世界に連れてこられてしまったのかもしれない。

 そうなれば、最後に掴んだ冷たい手は、死神のものだと結びつける事が出来る。


「ひゃっ!」


 肌に冷たい何かが触れる。それは、目覚めた時にも体験した水滴だった。

 暫く様子を見ると時折、頭上から水滴が落ちてくる事が判明したその水滴は、身体目掛けて落ちてくるものだから、咄嗟に変な声を上げてしまう。

 頻繁では無いとはいえ、心臓に悪い。トリシャは頭上を見上げながら、奇襲を仕掛けてくる雫に備えるのであった。


 近くに水の溜まり場があるのか、離れた所で雫が落ちると、不規則に涼しげな音を奏でる。注意深く見ていると、水滴が降ってくる場所を突き止めるのだった。

 真後ろに1つと、真上に1つの計2つを確認する。真後ろの1つは、きっと最初に頬に触れたものに違いない。それは、体を起こした現在、注意を割く必要の無いものだ。

 警戒しなければならないのは、真上から降ってくる雫のみである。トリシャは水滴に被弾しないように、体を横へ移動しようとした。


ふにっ。


 水滴を回避する為に右へ避ける途中、体を支えようと地面に置こうとした右手に何か柔らかなものが触れる。

 恐る恐る振り返ると、女性の下半身が目に映る。右手が触れてしまったものは、どうやら彼女の太股の裏らしい。

 暗がりで誰かまで確認出来なかったので、トリシャは彼女の顔を覗き込むように近寄る。そして、彼女の体を上体が跨ぐようにして近づく事で、ようやく全体を確認する事が出来た。


 トリシャの横で横たわる人物は、波に飲まれる直前に一緒にいたアリアだった。

 この場所が死後の世界なら、一緒に命を落とした事になる。しかし、もしも彼女が助けてくれたとするならば、あの手は死神のものではなく、命の恩人とも呼べるアリアの手だったのかもしれない。


 トリシャがアリアの姿を確認していると、把握していない場所から、新たな水滴が零れ落ちる。

 それはトリシャの背中に命中してしまう。当然ながら、驚きと共に変な声を発してしまうのである。

 それだけならまだしも、中途半端な体勢を取っていた事もあり、体勢を崩すとアリアに密着する様に覆い被さってしまう。


 咄嗟に抱き着く形になってしまい赤面するトリシャだったが、その羞恥心は直ぐに消えていった。

 何故ならば、横たえる彼女の体は冷えきっており、特に水滴が当たっていたと思われる腰の辺りは冷たかった。


 トリシャは羞恥心を捨てて、アリアを後ろから抱きしめる。そして、左手で彼女の腰を擦り、体温を上げようと試みるのだった。

 アリアの体は、思ったよりも体温が上がらない。といっても、トリシャが触れている背中や腰は、人肌と呼べる程度には温める事が出来た。

 しかし、それでも体の芯は冷えきっており、体に触れる空気や砂が熱を奪っていく。それはアリアの体だけでは無く、からも熱を奪ってしまうのだ。

 アリアを温めようと密着したトリシャだったが、自身の体温が低下し、寒気に体を震わせてしまう。


 水滴の音を聞きながら寒さに耐えていたトリシャは、上体を起こし、地面によって冷えた右半身を手で擦る。

 その間も未だ目覚めないアリアを見ていると、トリシャに良からぬ考えが頭を過ぎってしまう。

 それは、アリアの水着の間から外へ伸びる尻尾に関した事だ。


 日中、彼女は尻尾の付け根を見られる事が恥ずかしいと言っていた。それは、尻尾の付け根は誰も見せ無い事を意味する。

 つまり、トリシャの頭に過ぎった良からぬ事とは、彼女の尻尾が、どの様に生えているのか気になってしまったという事だ。


 起きている時に見る事は当然不可能だろう。しかし、彼女は現在気を失っている。

 呼吸をしている事は確かなので生きている事は確実だ。

 彼女がこんなに無防備な姿を見せたのは、アイリスと同じ布団で寝るのが習慣となる前に、彼女を押し倒すように寝てしまったあの時以来だろう。


 トリシャは又と無い境遇と好奇心に押され、アリアの水着を捲って見る事にした。

 上着に手を掛けると、彼女の体の左側は乾いているものの、地面に近い右側は少し湿気ている事が分かる。

 水着からはみ出る尻尾の両側の生地を掴むと、トリシャは慎重に捲って行く。

 罪悪感が無いわけではない。それでも欲求とも取れる好奇心が勝ったのだった。


バシャーン。


 突然、大きな水飛沫の音が聞こえる。上着を捲るのに全神経を研ぎ澄ませていたトリシャは、驚きの余り捲る途中で手を離してしまう。

 バシャバシャという水面を掻き分ける音は、どんどん大きくなっていく。

 それは、何者かが近づいてきている事を暗示させる。


 現時点で意識の無いアリアを頼る事は出来ない。もし、何者かに襲われたりすれば、身を守る事は困難だろう。

 ルミエーラに教わった魔法は、自身の身を守る防御魔法と、牽制用の風魔法しかない。この状況では、牽制用の魔法など役に立たず、意識の無いアリアを抱えて逃げる事も出来ない。

 トリシャは息を殺して、何者かが過ぎ去るのを待とうとした。しかし、その願いは叶うことは無い。


「目が覚めたのね」


 優しい口調で話しかけてくる声の主は女性だと伺える。暗がりで姿を確認する事が出来ない為、警戒を解く事は出来ない。


「あ、貴方は?」


「私? 私は貴方たちが海で溺れかけていたから拾って来たの」


 女性はトリシャたちの傍まで近づいて来ると、その場に腰を下ろした。

 暗い中、辛うじて確認できた彼女の姿は、長い髪を携えた綺麗な女性だった。


「僕たちを助けてくれたんですか?」


「まぁ、そういう事になるわね」


 あの時、水中で手を掴んでくれたのは、死神では無く目の前にいる人物だったのだ。


「助けてくれてありがとうございます」


 トリシャはようやく警戒を解き、彼女に向かって一礼しながら感謝の気持ちを口にする。


「でも、どうしてあの場所に?」


「たまたま海岸近くを通っていたら不自然な潮の流れがあったから見に行ったの。そしたら、溺れかけていた貴方たちがいたから、陸地まで運んであげたってわけ」


 トリシャは話の流れについていく事ができなかった。


「えっと、つまりどういう事ですか?」


「んー。貴方になら教えてもいいかな」


「え?」


「私の正体」


 彼女は含みを持たせた言い方をする。正体を明かすという事は、彼女もアリアと同じ様に魔人とでも言うのか?

 僅かな間が少しばかりの緊張感を生む。

 トリシャは彼女からめを話すことが出来なかった。何故なら、返答次第では警戒をしなければならないからだ。


「私、人魚なの」


「……」


 予想外の答えに言葉に詰まる。


「あれ? 思い切って打ち明けたのに無反応は、悲しいかな」


「えっと、人魚って海を泳ぐ下半身が魚になってる?」


「そうだよ。何だ、知ってるじゃん」


 まだ、状況の飲み込めないトリシャは彼女の足元を確認する。

 しかし、彼女の下半身は、どう見ても人間の足で、とても人魚には見えない。


「人魚って人を食べたりしませんよね?」


「当たり前じゃん。一応人魚も人種なんだよ?」


「すみません」


 若干の混乱を見せるトリシャは、人魚に対して、勝手な先入観を持っている様子だった。


「心配しなくても、貴方たちを助けたのに深い意味は無いわ。たまたま近くを通っていただけだから。強いて言うなら序でね。海底に死体が転がってたら気味が悪いもの」


 トリシャの不安や動揺を察してか、彼女は自身の行為に理由付けをする。その様子を見たトリシャは、彼女の好意を受け入れる事にした。

 何故ならば、命の恩人にこれ以上失礼があってはならないと考えたからだ。


「ん、んん」


 トリシャたちが話していると、ようやくアリアが目を覚ます。

 上着の裾は少しだけ捲れていたが、尻尾の付け根に到達はしていなかったので、そのままやり過ごす事にした。


「トリシャ、ここは?」


「僕もよく分かってないんだけど、彼女が助けてくれたみたい」


 アリアは体を起こすと、真っ先に現状の把握をしようとする。


「そういえば、まだだったわね。自己紹介」


 丁度、アリアも目覚めた所なので、この機に簡単な自己紹介を済ませる。


「私はテトラ。貴方がトリシャで、そちらの子猫さんは?」


「私は金色の従者アリアと申します。この度は助けていただきありがとうございました。


 アリアは丁寧な口調でお礼をいう。トリシャと違って、テトラと名乗る女性に警戒心を抱いてない様子だ。


「いえいえ、生きていて良かったわ。食べ物とか何も用意出来ないけど、日が昇ったら街の方まで案内して上げるわ」


「そこまでして頂かなくとも、待っていれば迎えが来るかと思われます」


「あら、そうなの?」


 アリアは確信を持っているのか深く頷く。


「じゃあ、私は1度帰るわね」


「帰るって、何処へ――ですか?」


「変な事聞くのね。家に決まっているわ。」


 トリシャは先程、彼女が人魚も人種だと言っていた事を思い出す。

 彼女にも帰る家があるのだ。それが陸地なのか海の中にあるのかは定かでは無いのだが――


「あの、助けてくれてありがとうございました」


「ふふ、さっきも聞いたわ。そんなに何度もお礼を言われるなんて、助けた甲斐があったってものね」


 立ち上がったテトラに向けてトリシャはお礼を言った。それを聞いた彼女は短く笑うのだが、その表情までは暗がりに消えて確認出来なかった。


「明日の朝、また様子を見に来るわ。迎え、来るといいわね」


 そう言い残すと、テトラは再び水飛沫を上げて海中へと帰っていく。

 その水飛沫の音が止むまで、トリシャとアリアは一言も交わさずに、ただ、彼女が離れていくのを静かに見守った。

 水飛沫が消えると同時に静寂に包まれる。トリシャはアリアと目を合わせることなく、テトラが消えていった暗闇に視線を向けていた。


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