42話 『撮影会と夏の思い出と』
この世界のカメラという物は不思議なもので、インクを使わずにその場でフィルムに現像することが出来るそうだ。
まるでインスタントカメラの様に、その場で現像できる仕様は、カメラに疎いトリシャにとっては有り難い仕組みだった。
10枚撮影する毎に、新しいフィルムを補充しなくてはならないが、その場で現像できる利点を考慮すれば欠点とは言い難い。
あれから1週間。前回貰った報酬でカメラを購入したトリシャは、買い物から帰ってくると早速、クレアリスの部屋で撮影会を始めるのであった。
「はい、笑ってー」
「こ、こうか?」
ブルーラベンダーに染められた服を身に纏うクレアリスに向かって、トリシャは何枚もシャッターを切る。
恥じらいつつも笑顔を作ろうとするクレアリスが可愛い事は確かな事だったが、その表情に納得しないトリシャは撮影を止めようとはしなかった。
「うーん、何かぎこちないなー。もっと自然体で」
「難しい注文を付けるでない」
「また、しかめっ面になってる」
笑顔を作るのが苦手なのか、クレアリスの表情は固くなる。それでも彼女が可愛い事に違いは無いのだが、せっかく写真として記録に残すのなら、笑顔の彼女を撮りたいと思うトリシャであった。
しかし、今まで笑顔で人と接する機会の無かった彼女にとっては、魔人を造る事よりも難題に感じたのかもしれない。カメラを向けても一向にトリシャの満足する表情を見せえてくれないのである。
「またフィルムが無くなっちゃった」
「では、補充しますね」
アイリスにカメラを渡すと、現像された写真に目を通す。基本的に可愛く取れている物の、満面の笑みとは程遠く、トリシャの納得いく仕上がりとはいかなかった。
「もっと可愛く撮れると思うんだけどなー」
「そんなに言うならトリシャが笑ってみろ」
「こう?」
クレアリスとは違い、日頃から表情豊かなトリシャは、完璧な作り笑顔を浮かべて見せる。文句を言うつもりだったクレアリスは、その表情に言葉が詰まってしまう。
パシャッ。
急なシャッター音に振り向くと、アイリスがカメラのレンズをこちらに向けていた。彼女は。フィルムの補修の為に渡していたカメラを使って不意に撮影したのだ。
「素晴らしい笑顔だったのでつい……」
反射的にシャッターを切ってしまったアイリスは、申し訳なさそうに言い訳をする。
「どれどれ、良く撮れているではないか」
現像された写真を真っ先に受け取ったクレアリスが写真を見ると、その出来栄えを褒める。トリシャも自身の写真写りを確認するが、手ぶれも少なくピンともズレていない写真は、自分が撮った写真よりも出来栄えが良くみえる。
「アイリスにカメラを預けるからトリシャを撮ってやれ」
仕返しとばかり、クレアリスは悪戯心溢れる表情でアイリスに指示するのだった。
「良いんですか?」
「良いけど、1人じゃ恥ずかしいからクレアリスも一緒に取ろうよ」
「私は1人で撮られていたぞ」
「良いから、良いから」
単独で被写体になると、羞恥心が生まれてしまう。クレアリスが笑顔を上手く作れない原因が理解できたところで、単体で写真を撮ってもらう事はしなかった。
抗議するクレアリスに構わず、トリシャは彼女と一緒に撮影してもらうのだ。
カメラを持つのは初めてというアイリスは、それが嘘かの様に綺麗に撮影してくれる。何をやらせても要領よくこなして見せる彼女は、生き生きとした表情でシャッターボタンを押しているように見えた。
「うんうん、上手く撮れてるね。クレアリスの表情以外は完璧だね」
「しょうがないだろ。自然にしか笑えないんだ」
クレアリスは不服そうな表情で訴える。そんな表情をしていても可愛いと感じてしまうあたり、彼女が魅力的である証拠なのだ。
だからこそ、彼女の最高の笑顔を記録として残したいと思うのは至極当然の事だと言えよう。
トリシャは彼女の笑顔をフィルムに収める事に拘っていたのだ。
「じゃあ、普段はアイリスにカメラ渡しとくから、クレアリスが笑顔になった時にでも撮ってよ。ついでに僕も撮っていいから」
「良いんでしょうか?」
「私は許可してないぞ」
トリシャが思い付きを口にするが、クレアリスは納得しない様子だった。四六時中とは言わないものの、いつ撮影されるか分からないので嫌だと感じでもしかたが無い。
特に無防備で油断しているところを撮られでもしたら、写真の出来栄えに関係なく赤面物だろう。
「良い笑顔の写真を見せたら、ルミエーラも喜ぶかもしれないよ」
「うっ」
手段を選ばないトリシャはルミエーラの名前を出す。彼女がルミエーラに認められようと努力していたのは、仲直りする為であったが、根幹にはルミエーラに対する好意が存在するとみた。
なので、ルミエーラが喜ぶと言えば、彼女は承諾すると踏んだのだった。
「それとも今撮った写真でも見せる?」
「それだけは嫌だ。トリシャが完璧だと思う写真が撮れるまでは見せるわけにはいかない」
「だったら写真いいよね?」
「うう、仕方ない」
強引にクレアリスを納得させたトリシャは、撮影した写真をフォトブックの中へ整理していく。
カメラと一緒に購入したフォトブックは、1ページに付き2枚。合計200枚の写真を収納する事が出来た。
「あ、写真立てやコルクボート買っとけば良かった」
フォトブックは購入したものの、部屋に飾る事を一切考えていなかったトリシャは、それらの類を購入する事を忘れていた。
「では、買い物は1週間後になりますので、忘れない様に覚えておきますね」
「あと、フィルムも半分近く使っちゃったから買い足さないとね」
「無駄に私ばっかり撮るから消費するんだ」
60枚入りを5セット購入したのにも関わらず、早くも2セット分消費してしまっていた。クレアリスの言う様に、動作確認と彼女を単体で撮っていた分だけで、1セットを消費してしまっていた。
後先考えずに、撮影に夢中になっていた所為でもあるのだ。
「そんな事言わないでよー。無駄な写真何てないんだから」
トリシャは失敗作と言われた物までフォトブックに収納していった。失敗も含めて思い出だと考えていたトリシャにとっては、失敗作を失敗扱いはしないのである。
こんな調子で撮影を重ねていたので、買い物に行く前日には、フィルムを全て使い切ってしまうのであった。
翌週も街へ買い物をしに出掛けた。今回の目的はカメラのフィルムと写真立てだ。買い物は順調に行われ、この1週間で一番で気の良い写真を部屋に飾るトリシャであった。
その写真は、チョコレートをメインに据えたパフェを頬張るトリシャとクレアリスで、食事中の2人をアイリスが撮影したものだった。
写真を飾り終えたトリシャは、急に物思いにふける。
街に出ると、袖の短い服を着ている人や、汗だくになっている人を多く見かける。それなのに自身やアイリスが長袖を着ている事に違和感を覚えたのだ。
アイリスの使う気温の影響を受けない魔法は、暑さにも対応しているみたいで、街に買い物に出ても汗をかくことも、暑さを感じる事のない。だからなのか、トリシャは現在の季節が夏という事実を忘れて生活していたのだ。
「夏っぽい事、何もしてないなー」
「夏らしい事ですか?」
氷の城での日々の生活に、すっかり慣れてしまったトリシャは、無自覚にも新しい刺激を求めていた。だからといって、今の生活に不満があるわけでは無い。
週1回の買い物と研究と称したお菓子作りは楽しく、この城に来た頃には想像も出来ないほど充実した生活に思えた。
しかし、仲直りしても互いの生活リズムを崩さないルミエーラとクレアリスが、朝食以外で顔を合わせる事が無さすぎるのだ。それは、死ぬ覚悟までして仲裁を取り持ったトリシャにとっては、不満以外の何物でもない。
「何かないかなー。みんなで夏を楽しむイベントとか」
「お力添えできなくてすみません」
一見、常識的なアイリスも、人間社会の文化には疎いようだった。それも、閉鎖的な生活を好む魔女たちの所為かもしれない。
トリシャが案を求めるも、アイリスが望む返答を用意する事は出来ないのである。
「夏と言えば花火大会とかお祭りだけど――」
前述通り、アイリスが花火大会やお祭りの日程や開催情報を知るはずもなく、ルミエーラやクレアリスに至っては論外だ。
もちもん、トリシャ自身にも分かる筈など無いので、諦めるほか無かった。
「後は海水浴かな。海水浴場や砂浜とかって無いかな?」
「探せばあるとは思いますが、魔物の出ない安全な場所を探すとなると限られてきそうですね」
安全対策など全く考えていないトリシャは、魔物という単語を聞いて、異世界である事を思い出す。実際に魔物に遭遇したことのないトリシャは、その危険度をよく理解していないのである。
「ルミエーラにも相談しないとね」
「ルミエと一緒に行くおつもりなのですか?」
「うん。せっかくクレアリスと仲直りしたのに何も無いとかもったいないじゃん」
仲直りしても必要最低限の接点しか持たない彼女たちを良く思わないトリシャは、彼女たちの距離を縮めようと計画する。そればかりか、自身の刺激欲求も満たせて一石二鳥なのだった。
思い立ったら吉日。トリシャはその日の内に、ルミエーラの元へ相談しに赴くのであった。
「嫌だ」
話を聞いたルミエーラは、開口一番に拒否感を示すのである。
「何故ですか? 楽しいと思うのに」
「私は暑いのも人混みも嫌いなんだ。なのに、どうして自ら暑苦しく人の多い所に行こうと思う」
夏の間、涼しい氷の城に引きこもり続けるルミエーラの首は、簡単に縦には動かない。トリシャはどの様な方法で彼女を攻略しようか考えるのであった。
「人混みの少ないビーチで海に入れば涼しいし、解決しませんか?」
「解決しない。そもそも、塩でべたつく海にわざわざ入ろうという発想が理解出来ん」
頑なに拒否をし続ける彼女を説得する事は難しい。普通に誘い続けても、海に入ること自体を否定する彼女を説得できる訳が無かった。
ここで、トリシャは奥の手を使う事にする。彼女の首を縦に振らせる為の最終手段だ。
「じゃあ、クレアリスの水着姿は見たくないんだ」
「アリスの?」
普段は態度には示さないが、ルミエーラがクレアリスを好きな事は明白だ。自身の従者に可愛い服を着せたり、クレアリスが可愛い服を着て喜んだりする彼女が、クレアリスの水着姿に興味を示すと踏んだのだ。
「興味ない? クレアリスの水着姿」
「興味ない事は無いが、海に行く必要があるか?」
「海に行かないのに水着なんて着ませんよ。第一、水着なんて持ってないし」
「それもそうか」
あっさりと納得してしまったルミエーラは、口に手を当てて考える仕草をする。予想通り水着という単語に食いついた彼女を攻略するのは時間の問題だ。
「という事は、トリシャも当然、水着になるんだよな?」
「そりゃあ、まぁ」
海に行けば泳ぐ事になるのだから、トリシャが水着を着用するのも当然といえる。女性物を身に付ければならない事に抵抗はあったが、言い出しっぺの自分が着ないわけにもいかない。
羞恥心を捨ててでも海へ行きたいと思っていたトリシャは、水着の着用は仕方ないと諦めていたのである。
「なら行ってやってもいいぞ。ただし、海には入らないからな」
「良いよ、それでも」
奥の手を使って、ルミエーラの説得に成功したトリシャは、喜びの色に表情を変える。説得の終えたトリシャの頭には、海に行った時に何をして遊ぶのか、そんな事ばかりを考えていたのである。
「場所はこちらで探しておくから。日時が決まったら連絡する」
「わかりました。それではよろしくお願いします」
自分で場所を探す事の出来ないトリシャは、ルミエーラの提案を快諾する。アイリスが魔物のいない場所を探す必要があると言っていたので、彼女もそれを危惧しているのかもしれない。
どちらにせよ海に行くのを躊躇っていたルミエーラが探してくれるという事は、彼女も乗り気になってきたという証なのだ。
「海に?」
海に行くことを、クレアリスに伝えていなかった事を思い出したトリシャは、彼女の部屋にお邪魔した時に一連の流れを伝える。
生活の殆どを、この氷の城で行ってきた彼女が、海で遊んだ事は当然無い。事後報告を聞いた彼女は、海で遊ぶとはどういう事なのか想像がついてない様子だった。
「それは面白いのか?」
「うん。楽しいと思うよ」
「トリシャが言うなら行ってやってもいいかな」
ルミエーラと違い、あっさりとクレアリスから承諾を取る事が出来た。何をするのか把握していないにも関わらず、彼女は何処か嬉しそうに見えた。
「ルミエーラも行くけど良いよね?」
「構わない。私が拒否する理由も無いからな」
その口ぶりからは、彼女がルミエーラに関心があるのか分からなかった。しかし、写真をルミエーラに見せると言った時は、表情が豊かになったのだ。
顔には出さないだけで、きっと内心喜んでいるはずだとトリシャは感じていた。
「水着も買わなくちゃいけないけど当日で良いよね?」
「いつ行くかは知らないが、問題ないと思うぞ」
そう答える彼女は、あれから気に入って毎日飲んでいるクリームソーダに手を付けるのであった。
「クレアリスは楽しみじゃない?」
「ちょっとだけ楽しみにしてる」
照れながらも答えるクレアリスは、唇の端を白いアイスクリームで染めるのだ。今まで1人で氷の城で暮らしていた彼女は表情に出さないが、トリシャの感じている以上に喜んでいたのだ。
喜んでいたのは彼女だけではない。ルミエーラから場所と日時の連絡を待ちわびるトリシャであった。




