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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
二章 白銀の幼女と母親の愛情と
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38話 『心情の伝え方と仲直りと』

 トリシャ、アイリス、それと可愛い不思議のアリス風の衣装で身を包んだクレアリスの3人は、ルミエーラの部屋を目指して歩いていく。

 氷のブロックを使って作られた廊下には、窓から日光が入り美しく光り輝いていた。光を吸収せずに反射する氷のブロックは、それ単体でも絵になるくらい綺麗に見える。


 その美しい氷に見とれながら歩いていると、気が付いた時には目的の地までたどり着いていた。しかし、ルミエーラの部屋を目の前にしたトリシャは、ふと思い止まったように立ち止まる。


「あ、そういえば、クレアリスを連れてくる時は一言声かける必要があるんだっけ?」


 ルミエーラの言葉を唐突に思い出す。あの時は命の危険を感じていたこともあり、トリシャはその事を記憶からこぼれ落としていた。


「どうされますか?」


「先に中に入ってルミエーラに伝えてくるから、クレアリスはここで待っててくれる?」


「わかった」


 トリシャはアイリスとクレアリスを部屋の前に残して、1人部屋の内側へ入る。部屋の中は、これまでのどの部屋とも違い落ち着いた雰囲気があった。

 白い壁と赤い絨毯が床に敷き詰められており、奥には校長室に置かれてある様な大きめの机が置かれてある。広い室内には以外にも物は少なく、天蓋の無いベッドと本の入った棚くらいしか見当たらなかった。

 まるで生活感の無い部屋の中を見渡すがルミエーラの姿は無く、トリシャは途方に暮れてしまう。


「何しに来た?」


 突然の声にトリシャは驚く。声のする方に振り向くと、そこには下着の様に布面積の少ない服を着たルミエーラの姿があった。

 彼女が露出度の多い服装を着ているのは見慣れた姿なのだが、いきなり背後に現れた事に寿命が一瞬縮まった感覚に陥るトリシャであった。


「ど、どこから現れたんですか?」


「そんな事より何しに部屋に来た」


 疑問を解消されないまま、彼女は質問を繰り返す。先に質問をしたのはルミエーラの方なので、こちらが答えてから質問する方が筋の通る話だ。


「クレアリスが来るからそれを伝えようと思って」


「いつ来るんだ?」


「今からというか、もう連れて来てます。部屋の前に」


「直前過ぎるだろ。せめて朝食の席で連れてくる旨を話して欲しいところだな」


 急過ぎるのは致し方ない。なぜなら、事前に連絡する必要がある事が頭から抜け落ちていた所為なのだから。


「ところで、どこから現れたんですか?」


「そこまで呼んでいるなら、もういいから連れてこい」


「はーい」


 質問に答えてもらえることなくルミエーラに催促される。トリシャは仕方なくクレアリスを迎えに一端、部屋の外へ足を運ぶのだった。


「入っていいって」


「あ、ああ」


 緊張気味のクレアリスは、扉の陰から中の様子を伺うようにして部屋へ入る。トリシャ、クレアリスに続きアイリスも部屋の中へ入ると、ルミエーラのいる部屋の中央まで歩を進めるのだった。


「連れてきたよ」


 トリシャが氷の城に訪れなければ2人が平時に対面する事は無かっただろう。今までも、この前見た通り喧嘩腰の挨拶をしていたに違いないからである。


「ああ」


 ルミエーラはいつものように腕を組んで入るものの、落ち着きのない様子に見えた。その証拠に、人差し指を何回も自身の腕に弾ませているのである。


「じゃあ、まずはお互い謝って」


 連れてくるだけがトリシャの役割では無い。当人たちに任せておけば、事態は進展などしないのは明白なのだから。それどころか、より関係を悪化させかねない。

 仲裁すると言ったからには、それなりの役割を担う必要がある。事が上手く運ぶ為にも、トリシャが手綱をしっかり握って望む結末に誘導していかなければならないだろう。


「何を謝らなければならない」


 腕を組んだまま、ルミエーラは不服そうな声を上げる。彼女にしてみれば、自分が喧嘩の原因を作ったとは微塵も思っていないのだ。

 まずはその認識から崩していかなければない。


「クレアリス1人残して出ていった事を謝ってください」


「それは、アリスが……」


「いいから、謝ってください!」


「……」


 トリシャには彼女の意見を聞く意思が無かった。と言うよりも、彼女の言い分は既に聞いているのだ。

 今ここで口論する必要も、つもりも無いトリシャは、有無を言わさぬ様に彼女の言葉を遮るのだ。


「アリスを捨てたつもりは無い。寂しい思いをさせたなら、それは済まない……」


 ルミエーラはいつに無く張りのない声で謝罪の言葉を口にする。トリシャが促しただけでは、彼女は謝ったりはしないだろう。それなのに謝罪の言葉を口にするのは、彼女に仲直りする意思がある証拠なのだ。

 そんなルミエーラの謝罪の言葉を、クレアリスは目線を合わせずに、返答もすることなく直立したまま聞いていた。


「今度はクレアリス。ルミエーラの薬を勝手に飲んだ事を謝って」


 トリシャはクレアリスの方に向き直ると、彼女が謝罪の言葉を口にするよう誘発する。


「……」


 しかし、彼女はワンピースの裾を両手で強く握りしめまま、口を開こうとはしなかった。今まで反発してきた分、ルミエーラに対して素直になれないのだろう。

 クレアリスは視線を落としたまま、黙ってしまうのだった。


「ルミエーラは捨てたつもりは無かったって言ったよ。クレアリスもちゃんと言葉にしないと伝わらないよ?」


 押し黙った彼女に近づくと、トリシャは優しい口調で話しかける。


「……」


 それでも、彼女の唇が動く事は無かった。

 このままでは事態が進まないので、トリシャは次の手に打って出ることにした。


「ルミエーラはクレアリスの格好見て何か言うことはありませんか?」


 トリシャは重たい空気を変えるために、話題の転換をする。せっかくクレアリスが可愛い服装に身を包んだというのに、彼女と視線を合わそうとしないルミエーラは服装の変化に気が付いてくれない。


「服装がどうした……」


 ルミエーラはようやくクレアリスの方に視線を向ける。ここで初めて彼女の視界に、普段とは違う姿のクレアリスが映るのであった。


「どう? ルミエーラの為に可愛い服選んでみたんだけど」


「……似合ってるんじゃないか」


「それで、それで」


「可愛いと思うぞ……」


 トリシャはルミエーラの感想を引き出すために言葉を連ねる。照れるように褒める彼女は、クレアリスの姿を凝視し続けるのであった。


「ルミエーラが可愛いって」


 トリシャはクレアリスの肩に手を置くと、彼女にルミエーラの言葉をそのまま伝える。彼女は嬉しさと照れが混じり、服の裾を掴んだまま体を捩らせるのだった。


「褒められたんだからお礼を言わないと」


「う……あ、ありがと……」


 クレアリスは上目遣いでルミエーラを見上げながら、お礼の言葉を口にする。ようやくルミエーラの前で彼女が口を開いたわけだが、トリシャがこれで終わらすわけが無かった。


「何の為に、おめかししてまでルミエーラに会いに来たの? 仲直りしたいなら言葉にしないと伝わらないよ。仲直りしたくないの?」


「したい……」


「じゃあ、ルミエーラに気持ちを伝えよう」


 トリシャはクレアリスの肩に手を置いたまま、側で彼女の心を動かす為の言葉を投げかける。

 仲直りする為には、トリシャが間接的に気持ちを代弁するだけでは不充分だ。それだけは本人の口から相手に伝えないと、本当の意味で伝わる事が無いのだから。


「る、ルミエは私の事嫌いか?」


 勇気を出して、自身の気持ちを言葉にしていく。初めてルミエーラの名前を呼んだ彼女の手には力が込められており、服の裾に手形が付きそうな勢いだ。


「嫌いじゃない」


「ルミエーラ!」


 ここはまず、年上の彼女に気持ちを素直に表現してもらわないと仲直り出来ないと感じたのだ。

好意を口にしようとはしないルミエーラに、トリシャは強めの口調で名前を呼ぶ。


「……」


 ルミエーラの沈黙は、クレアリスの心を不安にさせたに違いない。手の力が抜けない彼女は、返答を待ち望むように視線を向ける。


「……嫌いなわけがないだろう。この私が、娘の様に幼い頃から面倒を見てきたんだ。アリスを嫌えるわけがないだろう」


 ルミエーラは語尾を強めて思いを爆発させる。今まで溜まっていた不満も相まったのか、最後の方は怒号にも似た声量で言葉を発していた。


「ルミエーラ」


 再び沈黙しようとする彼女に向かって、トリシャは視線で訴えかける。

 その訴えが何か気がついた彼女は一度口を紡ぐが、先ほどの発言で吹っ切れたのか閉じかけた口を開いて見せた。


「好きに決まっている……」


 羞恥心が邪魔をするのか、ルミエーラがこれ以上心情を露わにすることは無かった。

 それでも、彼女の言葉には大きな意味がある。顔を合わせば口論になっていた彼女たちの関係を1歩前進させたのだから。

 腕を組み、視線を外した彼女の表情は、心做しか顔を赤く染めている様に見えた。


「クレアリスも気持ちを言葉にしてごらん」


 トリシャは最後の後押しをする。

 ルミエーラがここまで舞台を整えてくれたのだ。この機会を逃すと、彼女がルミエーラに気持ちを伝える機会は二度と来ないだろう。


「……」


「ほら、自分の口で伝えないと」


「……す、き」


 クレアリスは近くにいるトリシャがかろうじて聞き取れる音量で喋る。

 これではルミエーラに聞こえないと思ったトリシャは、彼女の背中を軽く押してみる。文字通り背中を押された彼女は、震える口で自身の心を表現していくのだ。


「私も、ルミエの事が好きだ。私が良い子にしていなかったから捨てられたと、置いていかれたと思っていた……」


 幼い顔が雫で濡れる。クレアリスは涙を堪えることが出来ず、思いを発すると同時に目尻から雫を落ちていた。

 感情の高ぶりと涙で言葉が詰まってしまう。しかし、この先はトリシャが助力してあげる事は出来ない。

 唯一出来る事といえば、震える彼女の手を、側で握り締めることだけだった。


「私は捨てたつもりなんて無いからな。ただ、顔を合わしたら喧嘩する日々が続いたので、頭を冷やすためにも一旦距離を置いただけだ」


「でも、私が良い子にしてなかったから……」


「喧嘩したくらいで嫌いになったりするわけないだろ」


「……」


 ルミエーラの言葉に、クレアリスは喋れなくなるほどの涙で顔を濡らした。この瞬間まで、ルミエーラに嫌われたとばかり思っていた彼女にとって、何事よりも嬉しい言葉だったに違いない。

 嫌われていなかったという事実が、彼女の心の枷を外していく。


「ルミエの大事な薬を勝手に飲んで……ごめんなさい。嫌な事まかり言って、ごめんなさい」


 クレアリスは繋いでいた手を解き、ルミエーラに駆け寄って行く。すると。彼女の胸に泣き顔を埋めるように飛び込んだのだった。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


 繰り返される言葉は長い間、彼女が伝える事の出来なかった言葉だ。積もり積もった分を吐き出す様に、何度も震える声で口にする。

 声を出して泣いている彼女の姿は、母親に泣きつく娘の様に見える。ルミエーラが頭を撫でる事によって、2人の間にあった楔は外れたと断言していいだろう。


 仲直りに成功したと感じたトリシャは、アイリスに笑顔を向けた。アイリスはその視線に気がつくと、彼女もトリシャに笑顔を返すのであった。


「その服似合ってるぞ。外出する時以外は、そういった服を着ていると私は嬉しいんだがな」


 クレアリスをそっと抱きしめる彼女の表情は、今までに見たこともないくらい穏やかだった。

 トリシャとアイリスがその光景を微笑ましく眺めていると、視線に気がついたルミエーラは、頭を撫でていた手を引っ込める。


「せっかく仲直りできたんだし、昼食は一緒に食べようよ」


 クレアリスの泣き声が止むのを見計らって、トリシャは話を切り出す。仲裁というひと仕事を終えので、満足気な表情で2人に歩み寄っていく。


「私は構わんが、アリスは野菜が苦手だから食べないかもしれないぞ」


「食べる……一緒に食べる」


 クレアリスは涙を拭いながら主張する。仲直りを果たした今、ルミエーラの側に身を置きたいのかもしれない。

 彼女が普段お菓子しか食べない事を思い出したトリシャだったが、本人が食べると言っている今、彼女だけを除け者にするつもりは当然無い。


「では、アリアに3人分の食事か必要だと伝えてきますね」


 アイリスはそういうと、アリアの元へ赴く為に部屋を出る。

 彼女が迷いもなくアリアの元に一直線に向かうのを不思議に思うトリシャだったが、達成感に見舞われた現在、深く気に留めることは無かった。


 色々あったが、ルミエーラとクレアリスの長い喧嘩に終止符を打つことが出来た。

 これでトリシャの当初の目的である、クレアリス、アリア、アイリス、誰1人欠けることなく同じ時を共有できる事となる。目的を達成することが出来た今、死ぬ思いをしただけの価値があったのだと言える。

 自身の行いを労ってやりたいと思うトリシャであった。


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