3話 『猫耳の少女と朝食と』
何時間経過しただろうか。どうやら、いつの間にか寝てしまったらしい。
気が付いたら、うつ伏せの状態でベッドの上に倒れ込むように寝ていた。その日起きたことを振り返り情報を整理している内に意識がなくなってしまったのだろう。
ベッドの上で体を起こすと、少しだけだが気持ちがスッキリした様な気がする。
改めて部屋を見渡すと、家具や部屋の至る所が古い西洋の屋敷のように細部の装飾に凝った作りが見受けられた。
徐にベッドから起き上がると、部屋の中を探索してみる事にした。寝る前のグチャグチャになっていた頭では微塵も過らなかったが、落ち着いた今なら部屋に少しばかりだが興味を持てたのだ。
クローゼットの中やタンスの引き出しを開けてみるが中には何も入っていない。この事から、今まで誰も使ってなかった事が伺える。
部屋の中にはこれといって変わった点も無く、一通り見て回ったら再びベッドに倒れこむ。
特に面白いものがあるわけでもなく、暇つぶしができる代物もない。時間が無限にあった所でベッドに突っ伏す事しか出来ないのである。
ふと、自分の髪の毛を触ってみる。何度見ても撫子色の長い髪に慣れることはない。
化学繊維で造られたみたいな色をした髪の毛は、滑らで触り心地が良く、無意識のうちに何度も指を通していた。
その時だった。部屋の扉が外側からノックされると、聞き覚えのある少女の声が聞こえてくるのだ。
「朝食の準備が整いました。食堂へお越しください」
前日と同じような文言を聞き、自身のお腹が空いてきているのを実感する。
体を超すと同時に、重力によって髪の毛が指をすり抜け落下する。ワンピースからはみ出した素肌に髪の毛が触れると、肌に張り巡らされた神経を伝い、脳がこそばゆさを感じた。
食堂の扉を開けると、隙間から顔を覗かせ中の様子を伺う。そこにルミエーラの姿は無く、それが確認する事が出来ると、ようやく警戒心を緩めることが出来る。
扉の中へ入ると、先ほど扉越しに声を発していたと思われる少女の姿しか見られない。
「おはようございます」
昨夜、アリアと言われていた少女は、こちらの存在に気が付くと挨拶と共に一礼する。
「おはよう。あの人は?」
「ルミエーラお事でしたら、まだ就寝中のようです。一度起こしはましたが、もう少し寝かせてとおっしゃっていたので、しばらくは来ないと思われます」
もう少し寝ると言うと、しばらくは来ないのか。まるで二度寝して遅刻しそうになる学生の様だと内心で突っ込みを入れる。
思わずクスリと笑うと、アリアが不思議そうな目でこちらを見みつめてきた。
昨日座っていた場所に食事が出されていたので、自然と同じ席に座ることとなる。アリアと呼ばれる少女は昨日と同様、食卓の隣に静かに佇んでいた。
「こっち来て一緒に食べない?」
昨日は気にならなかったが静寂の中、人に見られながら食事するのは気まずく感じてしまう。特に現在の状況みたいに1対1だと余計に意識してしまうのだ。
「いえ、私は食事をする必要がありませんし、余分に料理を用意しておりませんので……」
「いいから、いいから。僕の分を一緒に食べようよ。一人じゃ寂しいし……ねっ」
隣の椅子を引いて手招きすると、アリアは恐る恐る近づいてくる。
赤紫色の瞳と視線が重なると、少女は屈託のない笑顔をみせるのだ。少女は遠慮がちに隣の椅子に腰かけるのであった。
「あ、フォークとスプーンを持って来るのを忘れてしまいました」
少女は席についてから思い出したみたいで、再び立ち上がろうとする。
「僕のを使えばいいよ。あ、でも他人が使ったのは嫌かな?」
席を立とうとする少女を静止させ、まだ使用していないフォークを差し出す。
「いえ、ではお借りしますね」
アリアは立ち上がろうと上げた腰をそのまま椅子に下ろす。フォークを受け取った少女は遠慮がちに食卓の上にある料理を口にする。
肩を内側に折りたたみ、腰を丸めた彼女は、子猫の様に小さく見えるのだ。
「今更かもしれないけど食べて平気なの?」
食事の必要が無いと言っていた事を思い返したトリシャは、食事自体が大丈夫なのか聞いてみる。
「はい、生命活動に必要ないだけで料理の味見はしていますし、行為自体は問題ありません」
食事自体はできるけど生命活動に関係ないないから、わざわざ食べる必要がないということなのだろうか。
見た目は人間の少女にしか見えないのに、目の前の少女が魔人というのだから不思議に思う。
トリシャが安易に想像しうる魔人は、邪悪で凶悪な悪魔や化け物に近く、その方がしっくりときてしまうのだ。
「昨夜はよく寝られましたか?」
「うん。いつの間にか寝ちゃってて、気が付いた時には朝になってたみたい」
時計を見ていないので朝昼晩の区別はつかないが、今朝食をとっているのだから朝まで寝ていたと考えるのが妥当だろう。
目覚めてからアリアが部屋に呼びに来るまで、体内時計では小一時間も経過していないのだから朝目覚めた事は揺るがないだろう。
「それは良かったです。昨日はずっと険しい表情をされていたので心配しました。」
「ごめんね。いろいろな事があり過ぎて混乱してたみたい」
社交辞令でも心配の言葉を掛けられると嬉しい気持ちになる。ルミエーラと違って警戒する必要はなさそうだし、目の前の少女が天使の様に見えてくる。
「昨夜は声をかけたのですが、もう就寝されていたみたいなので伝えられませんでしたが、入浴は何時なさいますか? 食後に入るという事でしたら準備を行いますが、どうされますか?」
「そうだね。食後にでもお願いしようかな」
一度寝たことで気持ちのリセットをすることが出来た。お風呂に入ったら気分転換にもなるだろうし、体の方もスッキリ出来る。
なので、アリアの申し出を快く受ける事にした。
「ではこの後お湯を沸かしますね。準備が終わりましたら部屋に伺いますので待っていてください」
「うん」
料理も出来てお風呂の用意までしてくれる。同じ従者なら自身もいずれしなくてはならないのだろう
しかし、用意をしてくれるというのなら、今だけでもその行為に甘えておくとしよう。
アリアと交互に料理を食べながら楽しく談笑する。昨日の様子から無口な子かと思っていたが、そうではないみたいだ。
ただ単に初対面の相手だから距離感が有っただけの話だ。どこかの誰かさんが常識を逸脱しているだけであって、これが正常な反応なのだと心の中で思うのだった。
「その尻尾って動いているように見えるけど、どうなってるの?」
先ほどから視界の端で左右に揺れる尻尾が気がかりだった。
最初は服と一体になっている付属品とばかり思っていたが、注視すると動いているようにも見える。
位置的にはっきりと見えたわけではないが、尻尾が動いたように見えたのだ。
「どうとは、どういうことでしょう?」
質問の意図わからないといわんばかりに首を傾ける。いちいち仕草が可愛く見えるのは、頭についている猫耳のせいなのだろうか?
「どういう仕組みで動いているのかなと思って」
「何と勘違いされているかはわかりませんが、仕組みとかではなく体の一部なので、手や足と同じように動きますよ?」
一瞬自分の耳を疑った。体の一部という事は、尻尾も猫の様な耳も自前という事になるのだろうか?
この尻尾が仮に本物だとするならば、この頭についている猫耳も本物ということになってしまう。
「え? 本物?」
「もちろんです」
ルミエーラならともかく、目の前にいる可憐な少女が嘘をついているようには思えない。
そういえば昨日、この子は魔人だと言っていた事を思い出す。そう考えると猫耳と尻尾を生やした女の子の存在も不思議ではないということになる。
ルミエーラも造ったと言っていた事を思い返すと、少女の言っている事を疑う必要性を感じられなくなってきた。
真実の確認を含め好奇心に駆られると、自然と少女の頭から突き出している片方の耳に手が伸びていた。
「ひゃあ!」
片方の耳に手の平が触れると、アリアはビックっと上下に体を動かす。その動作と共に少女は甲高い声を発する。
彼女はみるみる頬を桃色に染めると、恥じらいに満ちた赤紫色の瞳で見上げてくるのだ。
「い、いきなり触るのは反則です。ビックリして変な声が出ちゃったじゃないですか!」
戒める少女は口調とは裏腹に、とっさに出た自身の声に対しての恥じらいの方が勝っている様子だ。
「ご、ごめん」
「触るときは前もって言ってください」
少女は視線を逸らすと、気恥ずかしさからか体をモジモジとさせ落ち着きが無くなる。
「え? 触っていいの?」
「えっと……少しだけなら……」
恥じらいを隠そうとする少女とは違い、再び好奇心に火が付いたトリシャは反射的に身を乗り出していた。
せっかく少女から許しが出たのだ。本物かどうか確かめたいという気持ちと、触ってみたいという好奇心で頭がいっぱいになる。
「じゃあ、少しだけ――」
「ど、どうぞ……」
アリアの許可を得ると、再び少女の猫耳に手が伸びる。
軽く触れてみるとほんのり温かく、艶のある毛並みの肌触りは何時までも触れていたくなるほど心地が良かった。
恥ずかしさに耐える様に下を向く少女の事はお構いなく、猫耳の感触を確かめる様に何度も何度も手の平で触れるのである。
「ほぅ、いつの間に仲良くなったんだ? 私も是非混ぜて欲しいところだなぁ」
突然の声に驚きと共に振り返る。声のする方向に視線を向けると、食堂の入り口に佇むルミエーラの姿があった。
二度寝をしていただろう誰かさんは、背伸びをしながら部屋の中を歩くと昨日と同じ席に腰かける。
「すぐに食事の用意をします」
直前まで恥ずかしそうに耳を撫でられていた少女は慌てて席を立つ。座っていた椅子を元の位置に戻すと、入口とは別の扉の向こうへ消えていった。
その様子を見やると、ほとんど朝食を食べ終わっていたトリシャは、最後の一口をもって食事を終えようとしていた。
「ああ、食器は置いておけばいい。片付けはアリアがやってくれる」
食事を終え食器を片付けようと立ち上がると、ルミエーラによってその行動は静止されるのだ。
そうこうしているうちに朝食を携えたアリアが食堂に戻ってくる。ルミエーラの前まで朝食を運ぶと食卓に食器を並べ始めた。
「まぁいいから座りなよ。今後のことも含めて話さないといけないことがあるからな」
本当は早くこの場を立ち去りたかった。しかし、今逃げたところで問題を先送りにしているほかない。
逃げたところで部屋まで押しかけられては逃げる場所など無くなってしまうのだから。
ここはおとなしくルミエーラの話を聞く方が良いのだろうと、結論を出すと再び着席するのであった。
「妬いちゃうなー。私にはしかめっ面しか見せてくれないのに、アリアとは楽しそうに話すんだもんなぁ」
「それは、あなたがいきなりキスしてくるからでしょう。自業自得です」
この人は本当に話をするつもりがあるのかと疑念ばかりが頭に浮かぶ。
その間に朝食を用意し終えたアリアは、テーブルの反対に回ると、目の前の食器を片付け始める。
「話ってなんですか?」
「そう急かすなよ。食事時にはゆっくり話をするものだ」
すぐにでも話を終わらせたいトリシャは、ルミエーラに話をするよう促すが軽くあしらわれる。
ルミエーラが食事に手を付け始めると、彼女が話し始めるまで待つことしかできなかった。
「そうそう。この後、街へ行くからそのつもりでいてくれ。人数が増えると食料が必要みたいでな、早速買い出しに行こうと思う」
「わかりました。話はそれだけですか?」
話を聞いていないわけではなかったが、内容の事を深く考えなかった。アリアの片付けが終わると、話を早急に終わらせようと計らう。
片付けの終わったアリアは昨日と同様食卓の側で静かに2人の様子を眺めていた。
「まぁ、そんなに邪険にするな。多少なら好きなものも買ってやる。部屋もそのままだと寂しいだろ?」
「もうキスをしたりしないって約束してくれるなら譲歩してあげないこともないです」
「わかった約束する」
軽い口約束をすると、ルミエーラの食事が終わる前に席を立つ。彼女が約束を守るかどうかは信用できないところだが、言質を取っておくに越したことはないだろう。
食堂を出る前に振り替えると猫耳の少女が一礼するのが見える。少女が顔を上げるまで立ち止まって見ていると視線が重なる。
トリシャは照れくさそうにはにかむと反転し、食堂の扉に手をかける。廊下に出て入口の扉を閉めると、その足で自室へと向かうのであった。




