36話 『沈黙の答えと』
魔女の怒りを買うとどうなるのか、目の前の光景を見れば明らかだった。計り知れない量の雷撃を束ね、部屋全体に轟音を響かせる。
ルミエーラが放とうとしている魔法を受ければ、いくら防御魔法を張った所で無傷で済むとは思えなかった。
アイリスが守ってはくれるものの、トリシャはこの時、死を覚悟していた。
「ルミエーラ、目的をお忘れなく」
今まで一言も喋らずに静観していたアリアが初めて口を開く。彼女は普段通り、食卓の側で変わりなく佇んでいたのだが、ルミエーラに対して意見を口にする。
「折角造ったモノを自らの手で壊すのですか?」
「ちっ」
ルミエーラが舌打ちをすると、彼女の手に集まっていた雷撃が、空中に飛散する。魔方陣も消え、彼女に攻撃の意思が無くなると空中に浮いていた体が地面へと降りていく。
その様子を見て、彼女の足が床に着地すると、ようやくアイリスの防御魔法も解かれるのだった。
「殺すのだけは止めておいてやる。ただし、アリスに会うのを以後禁止する」
怒りの収まらない彼女は、トリシャとクレアリスが会うのを禁ずる手段にでた。クレアリスと合わせない事で、従者を取られない様にしたのかもしれないし、単なる嫌がらせかもしれない。
どちらにせよ、怒りの矛先がトリシャに向いていることに変わりは無かった。
「それでもいいです。でも、僕の言葉を無視する限りは、あなたの命令にも従いません」
彼女に仲直りする意思がないのなら、トリシャは諦めて従う他ない。しかし、彼女からの答えを聞かない限り、彼女に従うつもりは無いのである。
一瞬でも死を覚悟したトリシャが、ここで弱気になったり引いたりはしない。
「ルミエ、あなたは人を傷つけてばかりですか? クレア様とも、トリシャとも、その様な関係を続けるつもりですか?」
クレアリスから話を聞いてないはずのアイリスは、この場の誰よりも状況を把握しているように見えた。そう思わせるほど、彼女の言葉には重みが感じられるのだ。
「わかったよ。向こうがしたいのなら仲直りしてやる」
不貞腐れたルミエーラは、腕を組み席に座り直す。視線は誰とも合わさせず、どことない空に視線を泳がしていた。
「クレアリスの事好き?」
「嫌いでは無い」
「そんなこと聞いてない。クレアリスの事は好きなの?」
「……」
ルミエーラはまたも無言になる。彼女は都合が悪くなると、黙秘する癖があるみたいだ。
「ちゃんと答えてよ」
「……」
それでもトリシャの追求の手は止まらなかった。この機会を逃すと、一生仲直り出来ないとさえ感じられたからだ。
「……きだ」
「聞こえません」
「あぁ、もうわかったよ。好きだよ。これで満足か?」
彼女は精一杯の照れ隠しをしたのだ。声を荒げ、視線を合わせずに投げやりに言葉を発する事で、自尊心を保とうとしたのだ。
悪態を付くほど仲の悪い相手に好意を伝える事は、例え第三者であっても恥ずかしい事に変わりは無い。だからこそ仲直りというものは些か面倒でしょうがない。
「よし、じゃあクレアリスを連れて来ないとね」
「はぁ? 会うのは禁止だといっただろ」
「何言ってるんですか? 僕が間に入って仲裁しないと仲直り出来ないじゃん」
アイリスの手を引くと食堂の外まで駆けていく。きょとんとした表情を向けるアイリスに構わず廊下まで走っていくトリシャであった。
「あ、おい」
ルミエーラの静止を振り切り廊下まで出ると、トリシャはアイリスの手を引いたままクレアリスの部屋を目指した。
「アイリス、守ってくれてありがとう」
トリシャは先程助けてくれたお礼を彼女に伝える。彼女がいなかったら、トリシャは殺されていても不思議ではない。それほどにまでルミエーラの怒りをかったのだ。
主に逆らってでも身を挺して守ってくれようとしたのだ。お礼を言うのは当然の事である。
「いえ、私はトリシャの護衛兼お世話係ですから」
それを聞いたアイリスは嬉しそうに、照れ混じりで微笑む。死ぬ思いをした後だからか、彼女の笑顔を失いたくない気持ちが強くなるトリシャであった。
氷で作られた廊下を走り、クレアリス部屋の前に辿り着くと扉をノックする。彼女が調理場にいる可能性もあるのだが、トリシャは昼食を取っている可能性があると思い彼女の部屋に訪れたのだ。
扉を叩く音を聞いて、中にいる人物が部屋の扉を内側から開く。すると、開かれた扉の隙間からクレアリスが顔を覗かせる。
「トリシャか、中に入れ」
彼女はそう言うと、扉を開けたまま部屋の奥へと戻っていく。トリシャとアイリスもその後に続いて部屋の中に入るのだった。
「トリシャもアイリスも私の従者になる決心がついたのか?」
クレアリスは天蓋付きベッドの縁に座ると、ロールケーキがデザインされたクッションを抱き抱えながら問いかけてきた。自信満々な口調で話す彼女は、トリシャが自身の従者になるためにアイリスを連れて戻ってきたように勘違いをしてしまう。
「ん? 違うよ」
「なんだと! 私の従者より、金色の従者の方がいいと言うのか」
今にも泣きそうな声を発する彼女は、手に持っていたクッションを自身の太股に何回か叩きつける。
「どちらかと言うとクレアリスの方がいいけど……」
「じゃあ何故、私の誘いを断る」
トリシャが言い切る前にクレアリスは自身の疑問をぶつける。彼女が執拗にトリシャを従者に誘うのか気になるところだが、今はそれよりも優先すべきことがトリシャにはある。
「主を選べるならクレアリスの方を選びたいよ。でもね、アイリスとも、アリアともお別れするのは嫌なんだ」
「だったら私とはいられなくともいいってことか?」
クレアリスは目に涙を浮かべながら立ち上がる。彼女は自身の従者しか、魔人しかいないこの城で寂しい思いをしていたのかもしれない。
ルミエーラに捨てられたと勘違いし、せっかく仲良くなったトリシャも、夏が終わるとルミエーラと共にいなくなってしまう。
トリシャとの関係を繋ぎとめるために、彼女は執拗に従者に誘ってくるのだと、彼女の涙は主張しているように感じられた。
「クレアリスとも一緒にいる為の方法を考えたんだ。争わなくても済む方法を」
トリシャはクレアリスに歩み寄ると、彼女の手を握った。
クレアリスが顔を上げると、視線が重なる。彼女の瞳は、溜まった涙によってキラキラと光を反射し、より一層綺麗に見える。
その瞳に引き込まれそうになるが、トリシャは話を続ける事にした。
「ルミエーラと仲直りをしよう。ルミエーラはクレアリスを捨ててないって言ってたよ」
「嘘だ。アイツは私がダメな子だから捨てたに決まってる。魔女になっても、魔人を造っても私を認めてはくれないアイツが……」
クレアリスは堪えきれずに涙を流す。彼女が魔女になったのも、魔人を従者として従えているのも、ルミエーラに認めて欲しかったからなのだろう。
なんなら、トリシャを従者にしたいのも、そういった側面もあったのかもわからない。
何にせよ、彼女は無理と決めつけてはいるものの、仲直り事態を否定する事は無かったのだ。
「ルミエーラの事嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「じゃあ好き?」
「……」
ルミエーラと同じで、彼女もここで口篭る。お互い反発してきた分、好意を口にするのに抵抗が生じるのだろう。
「仲直りしたくない?」
「……」
無言だが、彼女は首を振って意思表示をする。
「ルミエーラの事が嫌いなら諦めるよ。でも、好きなら、好きって言ってくれるなら、僕が仲直りのお手伝いしてあげる」
トリシャはクレアリスの手を強く握ると彼女の言葉を引き出す為に、顔を覗き込む。
「……す……き……」
クレアリスは小さな声で意思表示をすると、トリシャに抱きつくのだった。
「でも、仲直りの仕方などわからないし、ルミエーラは私の事嫌っている」
トリシャの耳元で呟く彼女は、不安を口にする。
「大丈夫。ルミエーラもクレアリスと同じ気持ちだから」
クレアリスの頭をそっと撫でる。彼女の髪の毛に浮かぶ天使の輪は、手で触れる度に波打つ様に形を歪ませる。
手に馴染むように肌触りの良い髪質は、この時ばかりは楽しむことが出来なかった。
「でも……」
「早速、仲直りしに行こっか」
いつまでも踏ん切りの着かないクレアリスに、トリシャは喧嘩相手の元へ向かおうと提案する。
「今からか?」
「うん」
善は急げと言う。トリシャは本人たちが仲直りする意思の確認を取れた今、決着を急ごうとする。
笑顔で答えるトリシャとは対照的に、涙で顔を濡らすクレアリスの表情は笑顔とは程遠いものだった。
「今は無理だ」
「とうして?」
彼女はトリシャの手を解くと、ベッドの中へと逃げ込む。
「心の準備が出来てない。とにかく今は無理なんだ」
布団に包まるクレアリスにトリシャは近づく。彼女の顔を確認しようにも、完全に布団に包まっているので確認のしようがない。
「こういうのって勢いも大事だと思うんだけどなー」
日を改めると、仲直りしたくないと言い出す危険性もある。彼女の気が変わらない内に、トリシャは仲直りさせたいと考えていたのだ。
「無理なものは無理だ。クラリス!」
クレアリスが聞きなれない言葉を口にすると、彼女とトリシャの間に見知らぬ少女の姿が現れる。
青藤色の髪の毛を首元で2つに束ね、青色のリボンから腰の方まで靡かせる。白と紺を基調とした服装は、袖口とスカートの裾が広がっており、各所にあるフリルやリボンと相まって可愛らしさを強調している。
しかし、肩や首元を露出した服装は、少女を見た目以上に大人っぽく演出するのである。スカートから伸びる素足は細く、白い肌と相まって華奢な体つきに見えてしまう。
少女は現れるや否や、マリンブルーに光る瞳でトリシャとアイリスを見つめるのであった。
「クラリス、そこの2人を部屋から追い出してくれ」
クレアリスが少女に命令を下すと、クラリスと呼ばれた少女の視線は冷たいものへと変わっていく。
「アイリス、主の機嫌が悪くなる前に引いてもらってもいいかしら? 出来ればあなたとはやり合いたくないの」
「わかったわ。私もクラリスと戦いたくないのは同じだから」
トリシャにとっては初対面でも、アイリスは目の前の少女と面識があるみたいだ。2人は身構える事も無く、話し合いでその場を収めるつもりらしい。
「トリシャ、行きましょうか。争い事が嫌いなのでしょ?」
アイリスに腕を引かれ、トリシャはそのまま部屋を後にする。状況についていけないトリシャは、もどかしい気持ちを抱えながら退出する事になるのだった。
部屋を出た所でようやくアイリスは立ち止まる。扉が閉まると、氷で作られた廊下には、トリシャとアイリス2人だけの姿が存在した。
「あの子も魔人なの?」
「クラリスの事ですか?」
今日中に仲直りが出来なさそうな状況になり、トリシャの意識はクラリスと呼ばれた少女へと向かう。
「そう、さっき現れた子」
「クラリスも私たちと同じ魔人です。現在はクレア様の従者となっております」
クレアリスが呼び出す姿を見れば、あの少女が魔人だという事は誰にでも想像がつく事だ。
「現在はって事は、前は別の人の従者だったりするの?」
「そうですね。私と同じく創造主に使えていました」
道理で2人の間柄からは親しげな雰囲気が感じられたはずだ。ということは、今現在の主が絶賛喧嘩中だから2人は離れて過ごしているという事になる。
もしも、トリシャがクレアリスの従者になっていたら、クラリスとアイリスは再び同じ主人に使える事になるのだが、アリアとは離れて暮らさないといけない事は察しがついた。
「だから、仲良さそうに見えたんだ」
「そう見えましたか?」
「うん、見えたよ」
クレアリスが部屋から追い出せと命令したにも関わらず、乱暴な事にはならなかった。彼女に争う意志は感じられず、もちろんアイリスにも争う意志は無かったのだから。
「創造主が同じって事は、今まではアリアと姉妹に見えていたけど、クラリスって子と姉妹になるのかな」
「私たちは魔人ですから姉妹という関係性とは違うような気がいたしますが」
「良いじゃん。魔人だろうと同じ人から生み出されたら姉妹みたいなものだよ」
「それだと、私が妹になってしまいますね」
アリアとアイリスならアイリスの方が姉のように見えていたのだが、クラリスとの関係になるとアイリスの方が妹になってしまうみたいだ。トリシャの中でのイメージが妹を心配する姉から、しっかり者の妹へと変わった瞬間になった。
「アリアってルミエーラが造ったんだよね?」
「はい、そうですが」
「なら、アリアは僕の姉って事になるのかな?」
同じ創造主という事なら、アリアとトリシャの関係も姉妹もしくは姉弟に該当する。
「アリアは魔人で、トリシャは生態人形なので少し違う気もしますが」
「細かい事は良いじゃん。そういうのは曖昧で良いんだよ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
アリアと姉妹だからといって何かが変わるわけでもないが、トリシャは何故だか嬉しそうだった。
「そろそろ自室へ帰りましょうか。待ったところで進展はしなさそうですし」
「そうだね」
あの様子だと、今日中にルミエーラと仲直りさせるのは諦めた方が良い。トリシャは大人しく、アイリスと共に自室へ戻ることにした。
あれから数日が経過するが、クレアリスは部屋に引き篭もったままだった。何度か様子を見に行ったのだが、顔を合わせることもなく、クラリスやノエルと呼ばれた彼女の従者に追い払われるのだった。
「アリスの様子はどうだ?」
初めてルミエーラからクレアリスの話題に触れる。仲直りさせると大口を叩いたにも関わらず、何の進展も見せないトリシャに彼女も気になってきたのだろう。
「部屋に引き篭もって出なくなった」
「何かしたのか?」
「ルミエーラと仲直りする心の準備が出来てないんだって」
トリシャは食堂で昼食を取りながら項垂れるように現在の状況を説明する。
「アリスを呼ぶ時は、来る前に一声かけろよ」
「はーい」
彼女もまた心の準備が必要なタイプみたいだ。トリシャは適当に返事をしながら、どうやって2人の仲を取り持とうか思考を巡らせていた。
「ルミエーラの方が部屋に行くってのは有り?」
「無しだ」
クレアリスが出てこないなら、ルミエーラに行かせようと考えるが速攻否定される。無理やりルミエーラを連れていったところで、クレアリスの反感を買うだけなので、この案は実行できない。
トリシャは大人しく、クレアリスの決心を待つしか無かったのだ。




