31話 『湯気の中の少女の姿と』
夕食を終え、しばらく時が経つと、トリシャは入浴する事にする。一応外には出たわけだし、床に座って僅かながら服も汚れていると判断したからだ。
ベッドに2度ほど座ったりもしたが、腰掛けるのと布団の中に入るのとでは行為自体が変わってくる。布団の中へ入るとなれば、汚れを少しは気にする必要がでてくるだろう。
そのため、部屋着に着替えるついでに入浴をしようと、トリシャはアイリスと共に浴室へと向かう。入浴時、アイリスが付いてくるのは、もう習慣となってしまっている。彼女は着替えを手伝う為にトリシャに同行するのだった。
流石に裸になると羞恥心は現れるのだが、浴室の中にはアイリスが入ってくる事は無い。トリシャは少しの間、裸をみられるくらいなら羞恥心に耐えられるようになっていた。
もう何度も裸を見られているわけだが、それでも羞恥心が突如消えたりはしない。しかし、アイリスから役割を奪う事は、トリシャには出来ないのである。
アイリスの行為を拒めないトリシャは着替えを手伝ってもらった。身に着けている衣類を全て脱ぎ終えと、トリシャだけが浴室へと向かう。浴室の扉を開けると、浴室には普段の何倍も大きな空間が広がっていたのだ。
白を基調とした室内は複数の大きな柱が存在し、柱1本1本に神殿の様に縦に線が入り上の方に彫刻が施されていた。天井は手の届かないほど高く、学校のプールの様に巨大な浴槽が中央に鎮座している。
奥には水瓶を肩に抱えた女性の石像が佇んでいる。半裸の女性は美術品の様に美しい体をしており、手に持つ水瓶から、絶え間なくお湯を浴槽に注いでいた。
中には湯気が立ち込めており、ここが氷を素材に作られている城だという事を忘れるくらい室内は暖かかった。
そんな華美な浴室でこれから入浴しようとしているトリシャはその豪華な作りに、圧倒されるのだった。
まずは洗い場で体を洗っていく。椅子に腰掛け、体を洗っていくのだか、目の前にある大きな鏡の存在が気になってしまう。
自身の体を洗うことには慣れてきたのだが、目の前に自身の姿を映し出されると照れが生じてしまうのだ。時折鏡を見る度に、自身が美少女に生まれ変わっているのを、改めて実感させられるのだ。
いくら現在の自身の姿といえ、目の前に裸の美少女が鏡越しに見えると、やはり緊張してしまう。
自身の姿に照れながら、体と頭を洗い終えると、巨大な浴槽に体を浸すのだった。遠慮がちに浴槽の端の方に浸かると、天井を見上げる。
大部分を壁と同じ白い色に染めた天井も、浴槽の上部に位置する場所だけ青色に窪んでいた。色の境目は強い青色に発光しているが、円の中心に向かって光は弱まっていた。
天を仰ぎながらトリシャが体を温めていると、突然浴室の扉が開く音がした。トリシャは慌てて振り返る。
アイリスかルミエーラが浴室に侵入してきたかと思われたが、予想外の人物に開いた口が塞がらなくなってしまうのだった。
浴室の壁と比較しても負けないくらい肌が白く、アリアやアイリスと比べると、一際白い事が伺える。小ぶりな胸部に色素の薄い肌と髪が、湯気によって境界を曖昧にさせ、まるで幻想の中にいる人物の様に現実味のない存在に見えた。
肩にかかる銀髪を携えた少女の名はクレアリスと聞いたことが強く思い出される。この城の主であり、巨大なこの城にたった1人で住んでいる彼女は、初めて会った時の険しい表情ではなく、妖精と比喩したくなるくらいに穏やかな表情をしていた。
背の低く顔の幼い少女は、トリシャの存在に気が付かないのか、その幼い体を隠すことなく堂々と浴室へと入ってくる。
彼女の幼くも美しい姿に見とれてしまっていたトリシャは、ようやく我に返る。広い浴槽の端に座っている所為で、幸か不幸か少女に気が付かれていないようだ。
この後、どのような行動をとるのが正解か答えの出せないトリシャは、気配を消しながら少女の動向を様子見する事に決める。
少女は耳に手を当てると、手に触れた個所が光始める。すると、少女の目の前に、服を着た新たな少女が姿を現す。
その少女は、縹色のプリーツのワンピースの上に白い短めのポンチョを羽織る服装をしていた。彼女の身長はクレアリスよりも高く、並んでみるとクレアリスが幼く見える。
何よりも特徴的に見えたのは、紅藤色の短い髪の上にある、うさぎの耳の様に大きなリボンを付けたカチューシャだった。そのリボンの高さもあってか、より一層クレアリスの幼さが際立つのだ。
クレアリスが近くにある椅子に腰掛けると、少女が彼女の体を洗い始める。その光景は、まるでアイリスと自分の関係に似ていた。
アイリスに体を洗ってもらう時は、今まで羞恥心に耐えるのに必死だった。傍から見るとこの様に映るのかと、トリシャは赤面してしまう。
彼女たちは終始無言で、慣れたように体を洗らっていく。お互いの間に会話など不要なのだろう。トリシャの場合は恥ずかしくてまともに会話が出来ないだけだが、クレアリスたちは信頼関係がしっかりしている様に見える。
「私は浴槽に使ってから出る。それまでアイリスとでも戯れていればいい」
「了解しました」
トリシャは今頃気がついたが、脱衣場にはアイリスが待機しているはずだ。銀髪の少女が服を脱ぐ間、気が付かないわけが無いのだ。
ということは、クレアリスが浴室に入ってくるのを黙って見ていた事になる。何が目的で初対面の幼い少女と一緒に入浴する様に仕向けられたのかわからないが、城主に挨拶の一つもしていないので、トリシャはこの場から逃げ出す事が出来なかった。
おそらくクレアリスもトリシャが入浴している事を知っているはずだ。でないと、アイリスが脱衣場にいる事が彼女にとって日常に無い不自然な事なのだから。
服を着た少女が脱衣場に行くと、浴室にはトリシャとクレアリスの2人だけになる。半裸の石像が肩に抱える水瓶から流れるお湯の音だけが浴室の中に響くのだった。
銀髪の少女は浴槽の淵まで歩くと、片足ずつ湯に足を入れていく。細く雪の様に白く滑らかな肌をした少女は、そのまま胸の辺りまで湯に浸かるのだった。
トリシャはその姿を少し離れた位置から、彼女の動向を伺うように見つめるのだった。
「さてと、そろそろ挨拶でも交わすとするか」
少女は徐に立ち上がると、トリシャの方まで湯をかき分けながら近づくのだ。足の付け根辺りまで湯に使っているが、大事な部分が見えそうになり、トリシャは咄嗟に視線を逸らす。
幸い湯気で直視する事は無かったが、余計に彼女と顔を合わせづらい心境になる。
「私の名前はクレアリス。貴様の名前を聞かせよ」
少女はトリシャの目の前に座ると、名前を名乗ったと同時に名を聞いてくる。
「トリシャと言います」
恥ずかしさで少女の顔を直視できないトリシャは、伏し目がちに答えるのだった。幼い見た目に似つかわしくない少女の口調に思わず敬語になってしまう。
「畏まらなくて良い。トリシャは金色の何だ?」
金色というのはおそらくルミエーラの事だろう。最初に彼女を見かけた時に、ルミエーラに対してそう言っていたから間違いは無いだろう。
「一応、従者ってことになってるかな」
出来れば自身がルミエーラの従者である事は言いたくないのだが、嘘を付いたところですぐバレるだけである。トリシャは語尾に向かって声が小さくなっていた。
「そうか、従者か……トリシャは魔人には見えないのだが、普通の人間で間違いないか?」
クレアリスは従者と聞いて驚くことは無い。ルミエーラやアイリスを知っている時点で魔女や従者の存在を知っているのだろうと推測できる。
彼女の口から魔人という言葉が出てきたことによって、それは確信に変わった。
「ルミエーラは生体人形って言ってたかな」
「あいつめ、知らぬ間にそんな研究をしていたのか」
トリシャが質問に答えると彼女は悩ましげな表情をする。少しだけ何かを考えると、クレアリスはトリシャの方を見やるのだ。
「生体人形は他にいるのか? あいつは魂の創造に成功したという事か?」
「詳しくはわかんないけど生体人形は僕だけだと思う」
捲し立てるように質問を投げかけられ、トリシャはかろうじて返答をする。彼女の質問に対する回答は及第点かもしれないが、ルミエーラの研究について何も知らないトリシャには応えることが出来ないのである。
「そうか、トリシャは詳しく知らないのだな」
少し残念がる少女は少しだけ視線を落とす。その瞬間右耳に付けているイヤリングが揺れたのだった。雪の結晶の様な形をしたアクセサリーが耳からぶら下がっており、その中心にある薄紫色をした宝石が揺れた瞬間に一瞬だけ輝いてみせるのだ。
「聞きたいことがあるのだけど良いかな?」
今は肩までお湯に使っているので、彼女の裸体を直視せずに話をすることが出来る。お湯や湯気で隠れているとはいえ、あからさまに下を見ることは出来ず、トリシャは視界の端で少女の姿を捉えていた。
「何だ、行ってみろ?」
「城の中を見て回りたいのだけど、奥の部屋には入っちゃダメかな?」
トリシャは意を決して質問をする。この機会を逃せば最悪、この先話す機会も無くなるかもしれないからだ。
「私の部屋に来たいと言うことか?」
「部屋というか、お城の中全部というか」
何とも歯切れの悪い言い方だか、トリシャはせっかく氷の城という珍しい場所に来ているのだから、可能な限り見て回りたいと思っている。
「トリシャ1人でか?」
「出来ればアイリスも一緒に見て回りたいのだけど……」
トリシャの側にはアイリスが必ずついている。なので、許可を取るならアイリスと一緒じゃなければならないのだ。
「特別に許可してやろう。金色と猫の魔人さえ来なければ問題無い」
そういうと、クレアリスは急に立ち上がる。何の前触れも無く立ち上がるので、トリシャは思わず顔を上げてしまう。
直ぐに視線を外すも、華奢な体が脳裏に焼き付く。小ぶりな胸から下腹部に掛けてくびれがあり、外見は幼く見えても体つきは少女から女性へと変化している途中なのだろう。
「私は先に上がるぞ。部屋に来るつもりなら明日ならいつでも来てもよい。ただし、金色と猫の魔人を連れ込むなよ」
そう言うと、クレアリスは浴槽から上がり、室外へと出て行ってしまった。一瞬だったが、彼女の体を直視してしまったトリシャは、いくら幼く見える少女とはいえ、恥ずかしさで顔を上げる事が出来なかった。
お湯の温度と恥ずかしさでトリシャの体は熱くなり、直ぐにでも浴室から出たかったが、今出るとクレアリスと鉢合わせてしまう。これ以上少女の体を瞳に映すと気がおかしくなってしまいそうなトリシャは、そのまま浴槽へ浸かったままやり過ごそうとするのだった。
あまりにもトリシャの入浴時間が長いので、アイリスは浴室へ様子を見にやって来る。湯気の立ち込める浴室をトリシャの姿を探しながら中へ入ると、上体を浴槽の縁にうつ伏せるトリシャの姿が確認される。
「トリシャ、大丈夫ですか?」
アイリスは駆け寄るとトリシャの体を浴槽の外へと引き上げる。トリシャの体は浴槽のお湯並みに熱くなっており、まるで風邪を引いた時の様に高熱を発している。
「アイリス? 何か上せちゃったみたい」
クレアリスと時間をずらして出るつもりが、出るタイミングを見失い、気が付けば上せてしまっていた。浴槽の縁で立ち上がると、立ち眩みを起こしてそのまま縁に倒れ込んだのだった。
「外まで連れて行きますね」
最初は動揺したアイリスも、トリシャの意識がある事が確認できると冷静さを取り戻し、トリシャの濡れた体を脱衣所まで運び出す。自身の服が濡れてしまう事を気にする事も無く、トリシャの体を抱えて脱衣所にあるベンチに横たえるのだった。
トリシャの肌は赤く染まり、体温が高くなっている事が一目で伺える。上気したトリシャの体を、タオルを使って拭っていく。生地を当てただけで体を濡らす水分が拭われていくという事は、肌に艶と張りがある事証拠だった。
トリシャは意識を失い、眠る様にベンチに横たわる。呼吸をする音が聞こえてくるので、体の熱を冷ますことで容態は安定するだろう。
アイリスは魔法を使いトリシャの熱を冷ますと、髪の毛を乾かしていく。起こさない様に慎重かつ丁寧な手つきで髪を乾かし終わると、タオルで細部まで体の水気を拭う。
トリシャが起きていたら赤面してしまうような個所まで拭き終えると、アイリスはそのまま服を着せるのであった。意識のない人間に服を着せるという行為も難なくこなしてしまう。
魔法によりトリシャの体を浮かせると、いつものように下着を足に通していくのである。体温が少し下がった体は、赤みが薄くなり、いつもの透き通る肌に戻っていた。
重力によって横に広がる胸を中央に寄せると、アイリスの手によって残りの下着を身に着けていく。薄いピンク色をした下着は、白いレースと濃いピンクのリボンで装飾されていた。
可愛らしい下着に身を包むトリシャの意識は、まだ目覚める気配が無い。




