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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
一章 金色の魔女と従者の契約と
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2話 『理不尽の理由と』

 藍色にも似た色の素っ気ない造りの廊下を進んでいく。装飾品は無く実にシンプルな造りの壁である。照明は薄暗く全体を見通すことは叶わない。

 アイリスという名前の少女は時折、後ろを振り返りながら奥へと進んでいく。髪の毛を左右に揺らしながら歩く彼女の後姿に、少しばかりの警戒心を抱きながら後を付いていく事となる


 廊下の突き当りまで歩いて行くと、2畳ほども無い空間へと通される。床には円形の凝った模様があり、殺風景な廊下と比べると相応しくないと感じてしまう。

 狭い個室へ入る瞬間は、警戒をより強める。そんな心配など知らない少女は目が合うと短く微笑むのである。


 中へ入ると扉が閉まり、振動と共に小さく音を立てる。再び扉が開くと、先ほどとは違う焦げ茶色の壁が連なる廊下が目の前に広がる。

 どうやら今入っていた小さな個室はエレベーターのようだ。ということは、先程までいた場所とは別の階へ移動したという事になる。

 そんな事を考えていると、アイリスは再び歩き始めた。後ろを確認する彼女の視線に気づき、廊下へと出る。

 そして、廊下を移動すると順次に各部屋を案内される事となるのだ。


 まず初めに案内されたのは食堂である。中央に木製のテーブルが置かれており、左右対に3脚ずつの椅子が置かれていた。

 廊下の様な殺風景な造りとは違い趣のある内装だった。白い壁に家具は茶色で統一されており、食卓の下には暖色で纏められた絨毯が敷かれている。


 続いて、浴室とトイレを案内される。浴室の手前には脱衣所があり、洗面台の上にある大きな鏡がひと際目立っていた。

 その鏡に映る自身の姿が目に入ると、少女の姿に変わり果てている現実を思い知らされる。ルミエーラが言った様に整った顔立ちの少女が映り込んでいるが、それを気に留める余裕が無いほどに、自身が傷ついているのがわかる。


 しかし、気を取りなす暇もなく部屋の案内は続くのだ。浴室は一人で入るには広く感じられるくらいの大きさがあり、白と青のタイルが清潔感を漂わせていた。

 トイレも全体的に白い色合いに統一されており、記憶の片隅にある見慣れた形の器に内心ほっとした。


 最後にベッドの置かれた部屋に案内される。2人は優に超えるスペースがあるベッドは、厚みのある敷布団を含んでおり、快適な睡眠生活を保障してくれるものだと感じられる。

 家具は最小限に抑えられており、クローゼットとして使えそうな家具と机と鏡台が置かれていただけだった。


「簡単な案内は以上になります。この部屋は好きに使ってください。これからは貴方の部屋になるのですから」


 一通り各部屋の案内は終わった様だ。アイリスは一礼をすると、部屋を退出する為に後ろを向いて部屋を出ようとしていた。


「待って! 僕はこれからどうなるの? 君もあの人に攫われたの?」


 流れに身を任せて部屋の案内に付いてきていたが、1人部屋に残されても何をしていいかわからない。不安からか気が付いたら、アイリスを呼び止め疑問をぶつけていた。


「いえ、私は魔女によって造り出された命であり、ルミエーラの従者となります。あなたも形は違うかもしれませんが、従者であることは共通していると言えるでしょう」


 淡々と述べられる彼女の言葉を受け衝撃が走る。

 造られた? 造られたってことは、この体が人造人間とでも言いたいのだろうか? 僕も造られた命だから記憶を消失しているという事なのだろうか?

 現状を受け入れられないトリシャは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 気が付けばアイリスは部屋から退出していた。不安に押しつぶされそうになったトリシャは、おもむろに側にあったベッドへと倒れこむ。

 考えても、考えても状況を整理できることはなく、誰もいない空間で無駄に時間を消費するしかできなかった。

 そのままの状態で、体感だが2時間以上の時を浪費していた。考えも纏まらず何をするでもなく、ベッドにうつ伏せになり、ぐちゃぐちゃになった思考では何も出来なかったのである。


「夕食の準備が整いました。食堂へお越しください」


 部屋の扉が軽くノックされる。扉の向こうから先ほど部屋を案内してくれたアイリスとも、その主人のルミエーラとも違う少女の声がする。

 こんな精神状態の時でもお腹は空くもので、気持ちとは裏腹に足は食堂へと向かおうとしていた。


 扉を開けると誰の姿もなく、呼びに来たはずの人物は先に食堂へと向かってしまったみたいだ。その内、顔を合わせることになるだろうと、気に留める事も無く食堂へ歩を進めるのであった。



 食堂へ着くと、ルミエーラと見知らぬ少女の姿があった。白い髪色をした少女は、今しがた部屋に呼びに来た人物とみる。

 空気中にはこれから頂くと思われる食事の匂いが広がっており、空腹のお腹には実に食欲をそそられる香りだった。


「立ち尽くしていないで座ったらどうだ」


 ルミエーラは入口の反対にある真ん中の席に座っていた。立ち尽くしていても仕方ないので、席へ座る事にしたのだが、自ずと彼女の対面を避けるように入口に一番近い端の席に腰を下ろす。


「なんだ、なんだ。隣に座ってくれてもいいのに」


「遠慮させていただきます」


「冷たいなー。まぁいいや。それでは料理を食べるとしようか」


 手を胸の前で組むと数秒の間だけ目を閉じた。食事の前の所作なのか、それが終わるとルミエーラは食器を手に取り料理を口に運ぶ。

 一連の行動を見届けると胸の前で両の掌を合わせ一言呟く。


「いただきます」


 そうだ、僕の記憶にある限り食事前の所作はこの方法である。

 目の前にある白いスープを飲むと牛乳のような優しい味わいに懐かしさを感じる。細部は違えど、この味に覚えがあった。

 もし、造られた存在なのならば、このような感覚があるわけがない。そう自身に言い聞かせる。

信じられるのは自分自身だけしかいないのだから。生前の記憶に近いこの感覚を大切にしようと決めたのだった。


 食卓は思いのほか静かで、誰も一言も発しなかった。もしかしたら食事を用意されていないと考えていたが、そんなことはなく、ルミエーラと同じ料理を食すことになる。

 しかし、食事をするのは2人だけだった。アイリスと呼ばれた少女はこの場に存在せず、白髪の少女も側で佇んでいるだけなのだ。


「料理は美味しいか?」


 食事を半分ほど終えたところで、ルミエーラが静寂を破って話しかけてくる。


「美味しいです……」


「そうか、そうか。よかったな、アリア。口に合ったみたいだぞ」


 食卓に着かず机の側で佇んでいる少女に視線を移すと嬉しそうにはにかんでいた。

 アリアと呼ばれた少女は先ほど部屋を案内してくれた少女同様、可愛らしい容姿をした女の子だ。

肩に少しばかり届かない長さの髪の毛は、白藤色の綺麗な質感をしていた。頭上には猫の様な耳が付いていて、空色を基調としたフリルやリボンのあしらわれた服装と相まって、メイドのコスプレでもしているように見える。

 きっとこの子も、僕と同じ従者なのだろう。造られた存在ならば本物か偽物か分からないが、猫耳を付けた少女がいても違和感がないように思える。


「あの子や部屋を案内してくれた子は食べないんですか?」


 他に聞きたいことは山ほどあるが、会話の切り出しとして僅かにだけ気になった些細な問いを投げかける。


「あぁ、こいつらは魔人だからなー。食べる必要がないんだよ」


 予想の斜め上の返答だった。魔人だから、人間ではないから食事を取る必要が無いと言いたいのだろうか?

 という事は、アイリスが言っていた造られた命というのは真で、彼女たちが人形やロボットの様な存在だと言いたいのだろうか?

 目の前にいる等身大の少女が造られた存在だというが、にわかには信じ難い。疑問は疑念へと変わっていく。


「なら何で僕は食事をしているんですか?」


「それは君が生体人形だからだよ」


「生体人形?」


 またもや新しいワードが飛び出してくる。魔人ではなく生体人形。人形の方が食事しないだろ、と内心思ったが口にはしなかった。


「そういえば、まだ説明してなかったか。君の体は私が造り出した生体人形だ。造ったといっても体の構造は、私みたいな人間と何ら変わらんよ。」


「魔人とは何が違うんですか?」


 散々はぐらかされてきたのだ。素直に答えてくれるとは思わなかった。だが、どういうつもりか説明してくれる気になったみたいだ。

 これはチャンスだと感じ、その際すべての疑問を可能な限りぶつけてみようと決心する。


「まったく違うよ。魔人は人の形を模しているだけ。場合によっては人の形を取らなくていいのだから。生体人形は人形といっているが、一応生物なのでな。食事を取る必要があるのだよ」


 魔人は食事がいらない理屈がわかったし、自分は食事が必要な理由もわかった。しかし、そんなことは正直どうでもいい。

 これを機に核心に迫る質問をしていこうと、トリシャは考えるのだ。


「だったら僕は何故この場所にいて、こんな体になっているんですか?」


 警戒すべき人間とわざわざ会話をしているのは、この質問がしたかったからだ。魔人の話でも生体人形の話でもない。僕が聞きたかった質問は自身に降りかかった理不尽この上ない境遇そのものなのだから。


「最初に言っただろ。君は一度死んでいるって。私はただ、どこかで死んだ君の魂を、私が造った体に定着させた。それだけだ」


 そう何度も何度も死んだと繰り返されては気が滅入ってしまう。事実かどうかもわからないまま受け止められるはずもなく、一先ずこの件について考えることは先延ばしにする。

 つまりこの人は自分の従者にすべく僕の魂を呼び寄せたということ言いたいのか?

 どういった技術があって人間と同じ体を造り出したか知らないが、そう純粋に信じられる内容ではなかった。


「魂の召喚、定着は死者の魂じゃないと不可能だからな。」


「何故僕なんですか?」


 続けて説明するルミエーラの言葉を聞きながら何故自分がこんな目に合わないといけないのか考えていた。当然答えが出る筈もなく、自然と張本人に聞きていたのだ。


「単純だよ。私の実験とタイミングが合っただけ。それだけだ。」


 理不尽極まりない。ただ単にタイミングが合っただけだと言うのか? 僕の死んだタイミングとルミエーラが魂を召喚したというタイミングが重なっただけ。それだけ……


「誰でもよかったんですか?」


 怒りが沸々と込み上げてくるのがわかる。


「それは違うな。私はきちんと若い女性を指定して召喚した。つまり私が君を選んだと言ってもいい」


 僕は選ばれてしまったわけか、このルミエーラと言う変態に。何が原因で若くして死んだのかわからないが、選ばれてしまったわけだ。


「女性を指定したのなら、何故僕がいるんですか?」


「それは私にもわからないなー。君の記憶が間違いで、本当は女の子って可能性しか……」


「あなたが召喚に失敗したんではないんですか!」


 思わず立ち上がってしまう。唯一信じることのできる自身の記憶ともとれる感覚を否定されたからだ。

 記憶は定かではない。定かではないことは確かだが、生前の僕は確かに男だと強く確信した。

 根拠は何かと問われれば、返答に困ってしまうわけだが。しかし、心は男性として生まれてきたのだと、そう叫んでいるように聞こえた。


「失礼な。私が失敗なんてするわけないだろう。まぁ、原因がわからないにせよ、その体を受け入れることだな。それは既に私の手を離れてしまっている」


 無責任な発言が頭にくる。上った血の気を下げる為、冷静さを取り戻す為に椅子に座り直して心を落ち着かせる。


 その後は会話もなく、ルミエーラは皿に残った料理を黙々と食べていた。

 トリシャはというと、あまり衝撃の事が続きすぎて、食事が喉を通るはずがない。出された料理も半分近く残してしまった。

 それ以上食事を続ける事は不可能で、席を立つと食堂を後にし、その足で部屋に戻るのであった。


 部屋に戻ると再びベッドの上に倒れこむ。空腹感はなくなったが、現状を受け止めきれずに虚無感に襲われる。

 現状を整理すると魔女と呼ばれるルミエーラに死んだ僕の魂を召喚され、この体を与えられる。その後、契約という名の口付けを交わされトリシャ・ロゥリィスポットと言う名前を授けられる。

 信じ難い出来事だが、無理やりにでも納得しないと、本来の体ではないと感じるこの感覚の説明がつかない。

 これからの身の振り方を考えなければならないが、冷静に物事を考えるだけの気力が残っていなかった。

 今まで起きた事を思い出すと、うつ伏せの状態で項垂れる。全身の力を抜くと意識がだんだんと薄れていくのであった。


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