19話 『涙目の少女のお願いと』
服を脱ぎ、それを綺麗にたたむと、丁寧に台の上に置いていく。下着姿になった少女の肌は美しく、アリアにも負けず劣らない美貌を持っているといえよう。
少女は下着に手をかけると身を包む衣類全てを脱ぎ去った。露になる柔肌は張りがあり小ぶりとは言い難く、体を流れる曲線は美術品の様な魅力を持っている。
一糸纏わぬ少女の体に釘付けになったトリシャは少女と目を合わせることも出来ずに――かといって注意する事も出来ずに、正解といえる行動が取れないでいた。
「トリシャ……今日だけは、今日だけはどうか、アイリスの身勝手な我儘をお許しください」
アイリスはトリシャの顔を覗き込むと涙目で訴える。その潤んだ瞳を見ると余計にどの様な行動を取ればいいのか分からなくなり、視線を外すことさえ叶わなくなるのだ。
トリシャの返答を待たないうちに、アイリスは下から包み込むように抱き着いてくる。
アイリスが体に触れると、彼女の体温が直に伝わって。腕を背中に回し、顔を首筋に寄せると、少女のふっくらとした唇の感触が鎖骨に当たり、触れた個所に熱を帯びる感覚がした。
少女の細い腕に引き寄せられると、触れ合った胸同士が行き場を無くして形を崩す。腕に込められた力は痛みを伴うほど強くは無かったが、体が――特に胸が圧迫されて苦しくなる。
「アイリス……」
何て声を掛けたらいいのか分からずに、トリシャは名前を呼ぶことしか出来ない。少女の涙が首筋を伝う感覚にくすぐったさを感じるも、決して動く事は無かった。
しばらくして、トリシャはようやくアイリスを抱きしめる事が出来た。
この行為が最善かどうかも分からないが、静かに涙を流す少女に対してトリシャがやれる事はこれくらいしか無い。
トリシャに抱きしめられると同時に、アイリスの体がビクッと一瞬跳ねる。
すると、腕に力が入り、彼女が耳元でお礼を言う声が聞こえた。微かに呟いたその音は、確かに感謝を表した言葉だった。
何もできずにモヤモヤを抱えていたトリシャは、その言葉の嬉しさから緊張感が解け頬を緩ませる。
「すみません、今日だけ特別にご一緒させて欲しいのですが……ダメですか?」
アイリスは落ち着きを取り戻したのか少しだけ距離を取る。腕は背中に回されたままだったが、胸を締め付ける圧迫感からは解放された。
「……しかたないなぁ、特別だよ」
目に涙を浮かべた少女の頼みごとを無下には出来ない。トリシャはアイリスのお願いを聞き入れ一緒に入浴する事を許可したのだ。
浴室に移ると、椅子に腰かけたトリシャの背中をアイリスが流す。共に言葉を発する事も無く、淡々と体を洗われていく。
泡を付けて全身を駆け巡るアイリスの手は、心なしかいつもより優しく触れられている気がした。
すると、体を洗っている最中に突然、アイリスが体を密着させる。背中越しに体温と彼女の膨らみが持つ柔らかさを感じ、鼓動が早まる。
いつもなら慌てふためき動きを制止していた事だろう。だけど、この時のトリシャは、アイリスの行動全てを受け入れるつもりでいたのだ。
逐一行動を抑止するつもりがあるのなら、そもそも一緒に入浴する事を許可しなかったはずだろう。
アイリスの手が前に回ると胸に触れてくる。手の動きに応じて変形する自身の胸を見て恥ずかしさを覚えるが、トリシャは彼女動きを制止しないと決めたばかりなので、なるべく意識しない様に努めることで羞恥心を耐えることにした。
胸を洗い終えた手が下半身へと移動する。トリシャは制止したい気持ちに駆られるが、それをすることは無かった。
上半身を洗っていた手が下腹部に触れられると緊張が走る。トリシャは無意識に体を屈めて、その手の動向を受け入れる準備をしていた。
しかし、その手はトリシャの内情を察したのか、それより先に触れることは無かった。
アイリスはトリシャの足元に移り跪くと、足を片方ずつ洗っていく。
足の裏に触れられた時は、くすぐったさに思わず身を捩る。と同時に上ずった声が出てしまった時は、アイリスと目が合い恥ずかしさが倍増される。
トリシャが苦笑いで誤魔化そうとすると、アイリスは優しく微笑み返してくれる。そんなアイリスがいじらしくも可憐にみえるのだ。
トリシャはこうして入浴を一緒に出来るほどには、アイリスに気を許していると言えよう。それはここ数日間の献身さと時折見せる儚さが、彼女を側に置いていたいと思わせる要因を形成していたのかもしれない。
髪を洗い終え全身の泡を洗い流すと、トリシャは浴槽へと身を浸す。お湯の温度は体温より高いが熱すぎることは無く、体に溜まった疲れを癒す様に取り除いていく。
ふと視線を感じ振り返ると、いつもなら先に脱衣所へ向かっているアイリスがこちらを向いて佇んでいた。
「あれ? 今日は先に出ないんだね」
「今は片時も離れたく無いので……迷惑なら出ていきます」
アイリスの体を直視しない様に視線を逸らすが、彼女の声に不安の色が見える。
今日の出来事で彼女の心情にどのような変化があったかは分からないが、その表情から笑顔が消えるのであれば、トリシャにとっては息苦しさを感じてしまう要因になってしまう。
「そこに居たら体が冷えるよ? 着替えに行かないのなら、こっちに来て一緒に温まろうよ」
アイリスが裸で居続けることに抵抗が無いわけではないが、彼女の心情や体調への心配の方が勝る。
濡れたまま浴室に居続けられるくらいなら、羞恥心を抑えてでも一緒に入浴した方が比較的良い事だろうと、トリシャは考えるのであった。
「そう仰って貰えるのは有り難い事ですが、世話役として同じ浴槽に入ることはできません」
それは彼女なりのポリシーなのだろうか?
お世話係の定義を完全に把握できてないトリシャにとっては、入浴を共にしても問題が無い様に感じられる。
「僕はアイリスの主じゃないし、気にしなくても良いよ。
それより、そこで待たれると気が休まらないから、先に出て着替えて待っているか一緒に入るかの、どっちかにして欲しいかな」
「……では、お言葉に甘えて……失礼します」
少し考えた後、アイリスは遠慮がちに浴槽へと身を浸す。2人が浴槽に浸かっても、浴槽は余裕があり、足を伸ばしてもゆったり寛ぐことが出来る。
横目でアイリスの様子を確認すると、真っ直ぐこちらを見つめていた。トリシャには一糸まとわぬ姿の少女を直視する事は出来ずに、いつもの様に目を逸らすことしか出来ないでいた。
「トリシャ……抱き着いたら怒りますか?」
少女の悲しげな声を聞くと当然、トリシャに断る事はできなくなる。
「怒らないけど、理由だけ聞いても良いかな?」
あのクロエと名乗る黒髪の少女と会ってから、アイリスはずっと調子を崩したままだった。何が彼女を不安にさせるのか、気にならない方がおかしいと言えよう
出来る事なら、その不安を取り除いてあげたいと思わざるを得ない。
「また、私の目の前で大切な人が失われると思うと……。今、トリシャが目の前にいてくれるのが夢の様で、どうしても温もりを感じていたいんです」
途中、声を震わせながらも、アイリスは自身の内情を教えてくれた。それがあの少女とどのような関係があるかまでは分からない。
しかし、自身が一緒にいることで不安が和らぐのであれば、トリシャがそれに協力しないわけが無いのである。
「いいよ、おいで」
トリシャは浴槽に入ってから初めてアイリスの顔を見る。そして、両手を広げて彼女の行動を誘導するのだ。
その姿を見たアイリスの目から涙が溢れると同時に、トリシャの胸に飛び込むのであった。
水音を立て、胸に飛び込んできた少女を抱きしめる。腕の中で声を出して泣く少女をなだめる様に、トリシャは彼女の頭を優しく撫でていく。
少女の涙は時間にして僅かだったのかもしれない。それでも少女が温もりを感じるには十分な時間だったのだ。
「取り乱してすみません」
アイリスは顔を上げると濡れた手で涙を拭う。泣いたことで少しスッキリしたみたいで、涙を拭うと少女は照れくさそうな笑顔を向ける。
「つらい時は無理しなくていいよ。今日は一緒にいてあげるから」
目の前で揺れる乳房に目を奪われそうになるのだが、アイリスの悲しそうな表情を見ていると、とてもじゃないが邪な気持ちにはなれない。
「ではお言葉に甘えて。本日も寝床を共にしてよろしいでしょうか?」
アイリスは涙を拭うと、トリシャの優しさに漬け込むように更なる要求を提示ずる。
自分から言った手前、トリシャがそれを断れるはずもなく、この要求をのまざるを得ない。
「良いよ。それでアイリスの気が休まるのなら」
その言葉を聞き、少女は再び抱擁を交わす。トリシャがその予想外の行動に驚きを隠せないのも無理はない。
慌てて少女を抱きしめると、今更ながら肌と肌の触れ合いに緊張してしまうトリシャであった。
「アイリスは貴方の側に居られて嬉しく思います」
耳元で囁く彼女の声を聞くと、恥ずかしさよりも感謝の言葉を素直に喜ぶ感情の方が強くなる。
ただ側に居るだけで感謝の気持ちを述べてくれる人物がいるのだ。この事実だけでこの世界で生きる意味が生まれる様な気がしてしまうトリシャであった。
2人きりの浴室で、少女と再び裸のまま、しばらく抱き合う形となる。肌と肌が触れ、耳元にかかる息にくすぐったさを感じると共に体温が上昇していく。
密着する彼女の体の感触に心臓の鼓動を早めながら、トリシャは彼女が離れるのをしばらくの間待つ事となるのだ。
湯の温度か、密着したことによって体温が上昇した所為なのかは分からないが、体の急激な温度の変化に、トリシャは上せそうになっていた。
それを察してなのかは分からないが、アイリスは何かに気が付いたように急に立ち上がる。
それに対してトリシャは、彼女の下腹部が目の前に来て目のやり場に困るのだが、上せ気味の頭と湯気とが視界を遮り、これ以上体温を上昇させる要因にはならなかった。
「先に出て着替えて待てますね」
アイリスはそう言い残すと、颯爽と浴室を後にする。
上せ気味のトリシャは直ぐに浴室を出たい気持ちに駆られるが、直ぐに出たらアイリスと同じ空間で着替えなくてはならない。
トリシャに少女の裸を見る度胸もなく、大人しく浴室で待つ事にするのだ。
と言っても、このまま浴槽に浸かり続けていても上せるだけなので、浴槽の縁に腰かけて体温を少し下げることにした。
しばらく待つと、着替えが済ませたアイリスが様子を見に浴室を覗く。その姿を見たトリシャは徐に腰を上げ、彼女の待つ脱衣所へと足を運ぶのであった。
浴室を出て脱衣所に移ると、アイリスに着替えを手伝ってもらう。体温を下げることには成功したが、まだ頭がぼんやりとしている。
トリシャは自ら着替えをすることもなく、何時にも増してアイリスに全てを任せるのであった。
意識が戻ってくる頃には、着替えがいつの間にか終わっており、キュロットを始めとする部屋着に身を包まれていたのである。
「この後、食事との事ですが髪の毛は如何なさいましょう?」
トリシャとしては、寝るとき以外は髪の毛を結っていた方が過ごしやすかった。なので、結ってもらえるという事なら、こちらからでもお願いする所存だ。
「結んでくれると助かるかな」
「かしこまりました」
トリシャのお願いを快く引き受けたアイリスは、櫛を手に彼女の髪の毛を整えていく。
先ほどまでの表情とは打って変わって、鏡越しに見るアイリスの表情は晴れやかだった。彼女の笑顔が戻ったことに一安心したトリシャも自然と笑みが零れる。
鏡越しにアイリスが髪を結ぶ様子を見ると、まるで鼻歌でも聞こえて来るぐらい楽しそうに髪に櫛を通している。
その姿にトリシャは、普段通りのアイリスに戻った事を喜ばしく思うと同時に少女の笑顔を失いたくないと強く思うのであった。




