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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
一章 金色の魔女と従者の契約と
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1話 『従者の契約と』

 抵抗する間もなく奪われた唇は、それだけに留まらずに口内の侵入まで許してしまう。考えることも儘ならず、口内を蹂躙する刺激によって体の自由を奪われる。

全ての感覚がその一点に集約されるのを感じながら、呼吸する事も忘れる程に思考が停止していくのだった。


「んんー!」


「おっと、ついついやりすぎてしまった。ひとまずは契約完了だ」


 息の苦しさを感じ、考えるよりも先に音を発していた。

ルミエーラと名乗る女性から、終了を告げる声を聞いて我に返る。意識がはっきりしてくると、一部始終の事態を思い出し、気恥ずかしさに顔が熱くなる。

その熱は顔だけに留まらず、体全体に熱を帯び、その熱気に当てられて上せてしまいそうな感覚を持つのだった。


「な、な、な、何をするんですか!」


思わず大声を上げてしまう。奥行きのある室内全体に響くような声は、自身の予想に反して甲高い音を発する。

もし、マイクを通していたとするならば、音割れを起こしていたに違いない。そう思う程、高く大きな声を出していた。


それにしても、初対面の人間にいきなり口づけをするなんて、どこの世界にその様な人がいるのだろう。非常識な人だと感じずにはいられない。

見た目は美しいかもしれないが、彼女の行動は常識を逸脱している。美女の口づけと聞くと聞こえは良いが、いきなり他人にディープキスをする神経は、どうも理解できそうにない。

 

「いやー悪い、悪い。余りにも美味しくて夢中になってしまったよ」


 形式的に謝罪を口にしたが、目の前の美女に悪びれる様子は微塵もない。右手を頭に乗せ、如何にも反省しているとでもいいたげな仕草を行うが、彼女からその意志は感じられない。

 よく見ると白衣みたいな上着こそ羽織ってはいるものの、短いスカートに水着のように布面積の小さい生地の服装をしているではないか。

人前に出るには露出度は高過ぎるくらいで、彼女の言動と相まってお世辞にも常識があるとは言い難い。


「ここはどこですか? あなたは誰ですか?」


 停止していた思考をフル動員して、真っ先に思い浮かんだ疑問を投げかける。十分に働かない頭にしては、置かれている状況を確認するのに適した言葉だろう。


「先ほど、ルミエーラと名乗ったはずなのだが――まぁいい。ここは私の住居で、お前は現時点を持って私の従者となった」


「え?」


「従者だ、従者」


ジュウシャ、従者? 従う者と書いて従者と彼女は言ったのだろうか? 働き始めた思考が再び停止へと追い込まれる。

 つまりは、目の前の痴女に拉致され奴隷にされたということなのか? 先程、彼女の口から契約という言葉を聞いたのは、従者としての契約をしたという事なのだろう。

度重なる現実離れした出来事に頭が付いていかない。軽いパニックに陥ったせいなのか、上手く状況を整理することが不可能になってしまう。


「生前の記憶はあるか?」


現状を理解できていないところに更に追い打ちを掛けられる。生前? 生前という事は、もしかして一度死んだという事なのか?

この状況に陥る直前の記憶を思い出そうとしても、なかなか思い出すことができない。頭を抱え必死で思い出そうとするが一片の記憶も蘇ることはなかった。


「生前の記憶はないのか――まぁいい。服を用意してやる、そこで待っていろ」


 過去の記憶を呼び出せないどころか、彼女の言葉で衣服すら身に着けていない事に、今更ながら気が付く。意識してみると肌に衣服との接点は感じられず、直接空気に触れる肌を実感する事で、羞恥の念が込み上げてくる。


「ん――!」


 言葉にならない声を発し、必死に恥部を隠そうとする。視界の端でルミエーラが部屋から出ていくのを捕えながら、ある事に違和感を覚えた。

 無いのだ。有るべきものが本来存在しうるものが無かったのだ。恐る恐る股間の方に目をやると砂漠のように木どころか草さえも生えてはいないことが確認できた。

そのまま胸部に視線を移すと有るはずのない膨らみが存在し身体に起きた異変を知る事となる。

 何度確認しても女性の体つきになっている現実が突きつけられる。生前の記憶はない。記憶はないが違和感ともとれるこの感覚は、僕が男性として生まれていた記憶によるものだという証ではないだろうか。

 視線を下げて体の変化を確認したことで気が付いた。腰まで伸びる撫子色の髪が視界に入ってくる。

コスプレでもしているような髪色に驚き、掴んで地毛であるか確認してみると、地肌に痛みが生じる。髪の毛がウィッグやカツラの類でないことが確認できると、夢ではなく現実だということを思い知らされる。


「またせたな。とりあえずこの服にでも着替えてくれ」


 まだ状況が呑み込めないところだが、全裸という羞恥心が無くならなければ耐えがたい状況から脱出できそうなことに安堵する。

 次の瞬間、彼女から手渡された衣類をみて唖然とする。何故かというと、渡された衣服がレースのあしらわれた女性物の下着と白いワンピースだったからだ。


「なんで女性物なんですか?」


「え、当然だろ? 女の子なんだから」


 彼女は惚けているのか、首をかしげながら疑問に満ちた表情を浮かべる。


「僕は男です。元の体に戻してください」


「それは無理な話だ。私は死んだ少女の魂を呼び寄せただけで、生前の体など知らん。それに男なんぞ屑だ! ゴミだ!」


 文字通り全裸で訴えたにもかかわらず、はっきりと要求の全てを否定された。この人の言う通り、既に死んでいるとするならば、死因はどうあれ元の体に戻ることは事実上不可能だということなのだろう。

自身の僅かな記憶にある世界には、召喚という言葉は日常的に聞く言葉でもないし、撫子色の髪の毛をした人物はコスプレ以外では考えられない。

そうやって、微かに思い出される記憶とも呼べない感覚が、体の内から呼びかけてくる。


「諦めてそれを着るんだな。さもないと、永遠に裸でいてもらうことになる。それでも私は構わないのだが……」


「着ます。着るから後ろを向いていてください」


 彼女はなんて恐ろしい事を言うのだろう。もし、今手元にある服を奪われでもしたら一生全裸で過ごさなくてはいけないかもしれない。

どこかもわからない場所に連れてこられ、その上全裸で過ごすことになることだけは避けたいと思うのは至極当然の事だろう。

現状、目の前の人物の言う事を聞き受ける事しか出来ないのだと悟ったのだ。


「えー、目の前で着替えてくれてもいいのに」


「恥ずかしいのでやめてください」


「でも……仕方ないから10秒だけ待ってやる」


渋るルミエーラを説得し、彼女が後ろを向くと急いで着替え始める。もたついていると、こちらの事などお構いなしに振り替えるに違いないと感じたからだ。

 ワンピースを素早く着用すると下着に手をかける。女性物の下着を身に着けることには抵抗はあったが、他に身に着ける物が無いので渋々着ることを決めた。


 片方の足に下着を通している途中に、視線を感じて顔を上げてみる。

いつの間にか、後ろを向いているはずのルミエーラが、こちらに振り返っているではないか。彼女の視線は片方だけ通された下着に釘付けになっていた。


「い、いつから見てたんですか?」


「10秒たったからね」


 膝までしか通してなかった下着を素早い動作で身に着ける。不敵な笑顔を見せるルミエーラの言葉に疑念を抱かずにはいられない。

 体感では、10秒経過しているとは言い難い。恐らく、着替えに集中している間に振り返ったのだろう。


「まだ10秒経ってません」


「おかしいな。もう過ぎたと思ったんだけどなー。細かいことは気にするな」


「気にします」


 いくら元の体ではないとはいえ、服を着る様子を見られるのは恥ずかしいに決まっている。それが初対面の相手なら尚更のことだろう。記憶は思い出せなくても羞恥心が消えたわけではないのだ。



 落ち着きを取り戻していくと、少しずつ状況の整理を開始する。今、解き明かさないといけないワードは『生前』、『魂』、『契約』の3つだ。彼女が最初にした口付けも、これらに関係があると踏んだ。

 まず聞かなくてはならないのは『契約』についてだ。この場所へ来る原因と密接に関わっているのではないかと推測する。


「もういいです。それより、契約って何ですか?」


「あーそうそう。ひとまず契約は完了したが――名付けを行わないとな」


 質問をしたはいいが、求めている返答は返ってこなかった。

 名付けと言われて、自分の名前を思い出そうと考え込む。しかし、いくら考えたところで名前を思い出すことはなかった。

 自分の名前すら忘れているのだ。自分が過ごした場所や家の断片的な記憶はなく、自分が何者であったかという核心を突く記憶に至っては皆無だった。

 考え事をしていると、いつの間にかルミエーラが近づいて来ていた。それに気が付くと、反射的に一歩、後退してしまうのである。


「ちょ、ちょっと待ってください。何故近づいて来るんですか?」


 身の危険を感じると、思わず身構えてしまう。それもこれも、初対面でいきなり口付けをしてきた彼女の行いの所為だろう。


「なぜ近づいちゃいかんのだ。理由など最後の仕上げをする為に決まっているだろう」


「その契約ってなんですか? まだ答えてもらってないですよ」


 彼女の目的も契約についての説明も受けていないのだ。警戒心を解くことは不可能に近いといえる。


「教えたところで、どうせするんだ。わざわざ答える必要はないだろう」


「契約内容がわからないのに契約する人なんていませんよ」


 そうだ。悪徳セールスや詐欺の可能性だってあるのだ。安易に契約して後から無理難題を押し付けられてはたまったものじゃない。

 こんなに怪しいのに契約を結ぶ人がいたら、それは大馬鹿者かお人好しのどちらかだろう。


「契約はもう終わっている。仕上げをするだけだ」


「なら、今から何をしようというんですか」


 理不尽にも先ほどの口付けで契約というやつは終わっているらしい。最後の仕上げと言われても、はいそうですかと、言われたままに首を縦に振ることはできない。


 部屋の中をぐるぐると、ルミエーラの進行をかいくぐる様に逃げ惑う。何かもわからない物が各所に置かれている広い部屋の中を、彼女の魔の手から必死に回避する様に走り回る。

 小さな体は逃げるのには適していたが、広いと言えど部屋の中に逃げ場など無いに等しく、捕まるのも時間の問題だ。


「口づけをもう一度するから逃げるんじゃない」


「逃げるに決まってます!」


 ありえない。この人はまた、口付けをしようといているのだ。

この人はキス魔か、キス魔なのか? どこの世界に口付けが必要な契約があるというのだ。

 いくら拉致されたといっても無抵抗でなされるがままということはさせない。理不尽な境遇にあるのなら僅かでも抵抗をしてやると、意気込むのであった。

 しかし、そう思ったのも束の間、痺れを切らしたルミエーラによってあっさりと捕まってしまう。


「そう怒るなよ。かわいい顔が台無しじゃないか」


「か、かわいい?」


 性別が変わってから鏡なんて見ていないのだ。自分の顔の良し悪しなど知る由もない。

仮にルミエーラの様に美人に生まれ変わっていたとしても、今の自分にはどうでもいい事である。


「ちゃんと気持ちよくしてやるから。力を抜きなさい」


 両手を抑えられ壁に体を押し付けられる。一度捕まってしまえば、この小さな体は不便で、身動きが取れなくなってしまった。

 薄着の美女によって捕らえられ、抵抗すればするほど、目の前で揺れる乳房に動揺してしまう。どこにこれだけの力があるのか、徐々に体の自由が奪われ押さえつけられていくのだった。

 

「そういう問題じゃ……」


 言いかける途中で、言葉を発する手段を奪われてしまった。抵抗も虚しく二度も同じ相手に不覚を取ってしまう。


 輪郭から頬までを掴んだ手に誘導され、薄紅色に潤う唇へと吸い込まれていく。一度目には無かった全身を包み込む温かさに、またも思考をかき乱される。

 先ほどまで抵抗していた体の力は抜け、いつの間にか、目の前の美女に抱きしめられ身を委ねてしまっていた。

 またもや口内への侵入を許してしまうと、脳の機能は停止してしまうほかない。抵抗力を失った体の中を、先程よりねっとりと舌に纏わりついてくる。

 その動きは止まることを知らず、脳内共々かき乱されていくのだった。


「んっ……」


 息苦しさを感じた事によって我に返る。緩んだ拘束を払いのけると、すぐさま距離を取ると同時に警戒の色を濃くした。


「なんだよ、もー。いいところだったのに」


 ルミエーラは名残惜しそうにこちらを見つめると、下唇の端から端まで舌を這わせる。

その仕草に身の危険を感じ、背筋に寒気が走るのだった。


「いいところではありません! キスする必要が本当にあるんですか?」


 呼吸を整えると、彼女を睨みつける。息はすぐに整ったが、動悸はなかなか落ち着かない。

心臓は激しく脈打ち部屋中に聞こえる音で鼓動を刻んでいる様に思えた。


「まぁ、正直言うとキスである必要はないんだが、する方が簡単だからいいではないか」


「こ、今度からしないでください!」


 簡単だからという理由だけで口付けをされる身にもなってほしい。いくら美人だからといって、何をしても許されるわけではないのだ。

 少しずつ動悸が落ち着いてくると事の恥ずかしさに顔が赤くなっていくのがわかる。


「今日から君の名はトリシャ・ロゥリィスポット。今からトリシャって呼ぶから呼ばれたら返事をするんだぞ」


 この人はあれか、人の話を聞かないタイプなのか。勝手に契約を結ばれ、勝手に名前まで決まってしまった。

 しかし、名前を思い出せない時点で反論するだけ無駄なのだ。便宜上の名と割り切り、受け入れるしかなさそうだと諦めに近い感情が生まれる。


「これから各部屋を案内させるから見てくるといい」


 落ち込んでいるトリシャと名づけられた少女を尻目に、ルミエーラは左手を前にかざした。


「アイリス」


 ルミエーラがそう呼ぶと、中指にはめている指輪が輝き始めた。すると、目の前に一人の少女が現れたではないか。その不思議な光景に目が釘付けになってしまうのだ。


 灰桜色に靡く髪の毛が幻想的な事柄に信憑性を増していく。白いフリルのあしらわれたリボン付きのシャツに、紺のジャンパースカートを身に着けている。

 その可愛らしい服装はあどけない少女の容姿に似合い、より一層の愛らしさを醸し出していた。


「アイリス。そこにいるトリシャに屋敷の案内を頼む。それと適当に部屋を与えておいてくれ」


「承知いたしました」


 ルミエールから指示を聞いた灰桜色の髪の毛をした少女は、彼女にお辞儀をすると向きを変えて一礼する。


「初めましてトリシャ様。私、金色の従者アイリスと申します。以後、お見知りおきを」


 見た目の幼さとは裏腹に少女は礼儀正しく挨拶をする。いきなり口付けをしてくる、どこかの誰かさんとは大違いである。


「様なんてつけなくていいよ。新入りだから」


 新入りということは目の前にいる少女も同じように契約をしたのだろうか? そんな事が頭をよぎる。

 つまり、年端もいかない少女に対し口付けを交わしたということだろうか? もし、そうだとするならばキス魔どころの騒ぎではない。正真正銘の変態ではないのだろうか。


「よ、よろしく……」


 状況は一切呑み込めていない。だが、立ち止まって考えたところで状況が変わるわけではない。

目の前の事柄に一つ一つ対処していくしかないのだと、半分諦めにも近い感情を抱いていく。

 呼び起せない過去の記憶のことよりも、これから先に待つだろう理不尽を打破しなくてはいけない。

 目覚めて小一時間で立て続けに二度も唇を奪われてしまったのだ。警戒しない方が不自然なくらいだ。

 起きてしまった事よりこれから起こりうる災難を回避しなくてはいけないと意気込むのであった。

 

「それでは、早速ですが部屋の方を案内させていただきます。ついて来てください」


 アイリスと呼ばれた少女に促されるままに部屋を後にする。

 この子は可愛らしい少女の見た目をしていても、ルミエーラの従者と名乗っていた。となれば、警戒するに越したことはない。

 そんな事を考えながら少女と一定の距離を取り、後を付いて行くトリシャであった。


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