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魔女の従者と永劫の契約と  作者: 華月瑞季
一章 金色の魔女と従者の契約と
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12話 『ミルクと紅茶の香りと』

 浴室から出るとタオルを持ったアイリスが待機をしていた。先ほどと同じ服を着ているように見えるが、同じデザインの服を何着も持っているのかもしれない。


「部屋着をお召しになりますか? それとも先ほどまで着ていた服と同じ種類の服を着ますか?」


「部屋着にするよ」


 トリシャは質問に返答しながら腕で体を隠そうとするが、直ぐにアイリスに捕まり全身をタオルで隈なく拭かれてしまう。

 ふんわりと柔らかい生地のタオルで全身の水気を吸い取られて行く。恥部を隠すことも出来ずに、かといって自分で拭くことも出来ない。

 羞恥に耐えるしか無いのである。


 濡れた体を拭い終わると、今度は着替えを手伝ってもらう流れになる。

 もちろんトリシャに拒否権など無く、ここまで来るとアイリスの気が済むまでやってくれ、と投げやりな気持ちになっていた。

 こう何度も着替えを手伝ってもらうと、吹っ切れてくるものだ

 真っ先に下着を着用することで、羞恥心がある程度緩和される。ブラジャーを身に着けるのは当然慣れていないので、アイリスに全てを任せるしかない。


 トリシャが目を瞑って恥ずかしさをごまかしていると、肌に衣類が触れる。まだ服を身に着けていないのに足やお腹に触れる生地の感触を不思議がるトリシャは薄目を開けるのだ。

 すると、目の前にはアイリスの首筋が見えるではないか。

 どうやら、前方から抱き着かれるような形で、ブラジャーのホックを着けられるみたいだ。

 驚くトリシャは当然、全身を硬直させることしか出来ないのである。

 アイリスの腕が背中に回り、肩に少女の息がかかるのを感じた。心臓の鼓動が早くなる。その鼓動が彼女に伝わっていないか心配になるも、どうすることも出来なかった。


 ブラジャーのホックをつけ終わると、アイリスは顔を上げる。その際、目の前に少女の顔が来てしまうのは当然で、目を開いていた所為もあり視線が重なってしまう。

 藍色の瞳は、暖色の光を受けて宝石の様に煌いて見える。その美しい眼差しに視線を逸らす事もせずに、数秒間見つめ合ってしまった。

 少女はにっこりと微笑みを向けると、着替えの手伝いの続きへ戻っていくのだ。

 これから毎日このようなお世話が続くと思うと先が思いやられる。明日からはせめて浴室にいる時だけでも一人にしてもらえるように頼むことが必要だと感じたトリシャであった。


 下着を身に着け終わると、今日購入した袖がなく肩にフリルが付いたシャツと、裾にレースがあしらわれたキュロットを身に着ける。

 ぱっと見はスカートに見えるキュロットもズボンの様に二股に分かれており、ショートパンツみたいな感覚で履くことが出来る。手足の露出は多い気がするが、部屋ではこのくらいの方がくつろぎ易いだろう。

 本来なら自身の手で着替えたい所だが、アイリスの押しに負け結局、最後まで着替えを手伝ってもらう事となるのであった。


 服を身に着けると、アイリスと一緒に浴室を後にした。入浴も着替えも終わり、さっぱりしたので部屋に戻ろうとしたら、部屋の扉の前でアリアの姿を見かける。


「夕食の準備が整いました。食堂へお越しください」


 入浴している間、アリアは食事の準備をしていたみたいだ。

 ちょうど部屋に呼びに来たところだったのだろう。アリアの姿が視界に入った時は、部屋をノックしようと手を挙げた所だったのだ。

 トリシャは自室に戻る事なくその足で、アリアの後に付いて食堂へと赴く。

 食堂へ入ると、既にルミエーラの姿があった。つまり、今食堂にはトリシャが知る限りの全ての住人が出そろう事となる。


「長風呂だったな。今度はアイリスとイチャイチャしてたのか?」


「していません」


 相も変わらず人をからかうのが好きなようだ。机に肘をついて笑みを浮かべながら言う様は、意地の悪さが滲み出ている。

 トリシャは彼女の問いを間髪入れず否定すると食卓に着く。

 すると、アリアの手により美味しそうな匂いと共に料理が運ばれてくる。そして、机の上に料理が出そろうと、食前の儀式ともとれる行動をとるのだ。

 湯気と共に立ち込める香りに食欲をそそられながら、食事を口へと運び始める。


「アイリスとは仲良くできそうか?」


 最初の一口を口内へ入れたところで、ルミエーラは話題を振ってきた。その落ち着きのある口調は、まるで娘を心配する親の様に感じた。


「心配はいりません。仲良くやっていけますよ」


 彼女の心配を払拭するように、トリシャはきっぱりと言い切る。横目でアイリスを見ると、その表情は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「それは良かった。アイリスだけじゃなくアリアとも仲良くしてやれよ。じゃないとアリアが寂しがるかもしれないぞ」


 言われなくたって仲良くするつもりだ。涙ぐむ程に心配してくれたアリアに寂しい思いなんて、させるつもりは毛頭ない。


「既に仲良いので大丈夫です」


 トリシャの言葉を聞き、アリアは照れ混じりの表情で嬉しそうに身を捩る。

 何故、アリアとアイリスが自分に良くしてくれるかはわからない。しかし、良好な関係を築けるというのなら、そんな理由なんて些細な事なのだろう。

 トリシャは自身の理解者を求めてなのか、アリア、アイリス双方と良い関係を築こうと考えていた。


「私とは仲良くしてくれないのかねぇ」


 ルミエーラはため息交じりに呟く。

 トリシャは彼女と険悪な関係を望んではいない。最初は従者と聞いて最悪、奴隷の様な扱いを受けるかもしれないと考えていた。

 しかし、実際にそんなことはなく今では養子になった少女の様な扱いを受けている。彼女の造り出した魔人とも良好な関係を築けそうな今、彼女とのわだかまりも解消した方が良いに決まっているのだ。


「仲良くしてあげても良いですが、従者として僕は何をすればいいんですか? それが知りたいです」


 従者と呼ばれたのに彼女は何も要求してきたことは無い。アリアやアイリス、2人は従者として買い物の手伝いや食事の用意、護衛といった役割を与えられている。

 しかし、トリシャに命令する事は無く、部屋や服を与えられたり、護衛兼お世話係の少女をつけられたりと、その待遇は従者とは到底言えない。

 彼女の目的、自分が何のために存在、造り出されたのか知らなければ、先へは進めるはずもない。


「何も」


「え?」


「私はお前に何も要求するつもりはない」


 予想外の回答に驚く。要求することが何もないなら、何が目的で従者にしたのか、造り出されたのかが謎となる。

 死者の魂を呼び起こしてまで叶えたい何かが存在しているはずだ。トリシャはそう思わずにはいられなかった。


「何もないなら従者の契約をする必要あるんですか?」


「契約の意味はあるさ。その体に魂を定着させないと分離して失敗となってしまうからな」


 詳しくはわからないが体に魂を定着させるための契約という事だろうか?

 それと従者や口付けに何の関連性があるか分からない。契約の内容が重要なのではなく、トリシャが知りたい情報は、彼女が自身を何故従者としなのか、その目的なのである。


「昨日は曖昧にされたけど、そろそろ目的を教えてくれてもいいんじゃないんですか?」


「そうだなー」


 ルミエーラは食事の手を止め考える。本来の目的を話すつもりはないが、話さない事にはトリシャは納得しないだろう。

 はぐらかすのは簡単だが、言わなければ少女が心を開いてくれる事もないのだ。


「君を呼び寄せたのはその体に入れる為、というのじゃ納得しないよな?」


「あたりまえです」


「しかたない……子供が欲しかったんだよ。こう見えて私は結構歳をとっているんでな」


 子供? 子供が欲しいから一から生命を造り、死者の魂を呼び寄せたと言うのか?

 予想の斜め上を行く回答にトリシャは唖然とする。


「子供が欲しいなら結婚して家庭を持てば早いんじゃ――」


「馬鹿を言え。私に男と性行為をしろというのか?」


 食事中になんてことを言うのだ。直接的な表現を避け、彼女にはもう少しオブラートに包んで頂きたい。


「男と寝るくらいなら死んだ方がましだ!」


 そこまで言うのはどうかと思うが、この人の過去に何があったのかもしれない。語尾が強くなる彼女の怒りを買う様な文言は避ける事にした。


「それで一から造ったって言いたいんですか? 呆れた」


「悪かったなぁ。子供を作れば魔女の力が弱まるからな。一からでも造った方が都合が良いんだ」


 突拍子もない考えに正直ついていけなかった。

 だが、彼女を責める気にはなれなかった。従者の契約は形式的なもので実際は娘が欲しかっただけなのだと聞いてしまったからだ。

 それが真実なのか判断しかねるが、今までの待遇や言動から見ても、信じるしかない。

 お風呂にいきなり入ってきたのも親睦を深めたかったからなのだろうと今なら理解に及ぶ。裸の付き合いという言葉がある様に距離を縮めたかったのかもしれない。

 そういう事なら部屋を与えたり、服などの家財道具を買ってくれたりしたのも納得できてしまうのだ。


「ふふ、それならそうと言ってくれればいいのに。意地張っていた僕が馬鹿みたいじゃないですか」


 トリシャは思わず笑ってしまった。生前の記憶なんてないのだ。未練も何もない。初めから娘が欲しかったと言ってくれれば、今まで悩まずに済んでいただろう。


「やはり笑うと可愛いな。」


 ルミエーラは初めて自分に向けられた笑顔に安堵の表情を浮かべる。


「でも、お風呂に入ってきたりしないで下さいね。恥ずかしい事に変わりは無いので」


「そんなー。お預けとはひどいなー」


「今後も許可する予定は存在しておりません」


 落胆するルミエーラを尻目にトリシャは残りの食事を続けるのだった。




 夕食を終えトリシャは自室へ戻る。こうしてベッドの上に倒れ込む事が出来る喜びを噛みしめる。色々災難は有ったが、無事帰って来られた事に安堵するのだ。

 アリアやアイリスとも仲良くして行けそうな事も喜ばしい。ルミエーラとも歩み寄れた事は大きな進展だった。

 何よりも、自分の身に降りかかった境遇の理由を知れた事が一番大きい。

 まさか子供が欲しいって理由で生命を造る人がいるとは思わなかったわけが――


 部屋の扉をノックする音が聞こえる。ベッドから体を起こし部屋の扉を開くと、そこにはアリアの姿があった。


「今日、購入したものを持って参りました。」


 アリアの手には昼間の買い物の時に下げていた鞄を持っていた。


「ありがとう。中に入って」


 部屋の中に招くと、定位置であるベッドの上に座った。部屋の中に入ったアリアは、鏡台の側にある椅子に腰かけると鞄の中を探り始める。

 まず取り出したのは照明器具だ。大きな水晶の形をした間接照明用の物だ。青白く発光する様は、見ているだけでも癒してくれそうな優しい光を発していた。

 続いて文字の勉強用に用意した小さめの証明だ。机は壁に向かって置かれていたので、このまま勉強するには備え付けの照明では手元が暗くなってしまう。

 照明器具を一緒に設置すると、次は時計を取り付けることにした。時間がわからないのは生活に支障が出ると考えたので購入した。

 時計版には12個の数字らしき文字が書かれている。この世界でも時間の流れは変わらないのかと疑問を抱くが、変わらないならそれはそれで都合がいいので気にしないことにした。

 家具の設置が終わると次は服を取り出していく。


「服はどこに置きましょうか?」


「一先ず、ベッドの上に並べようよ」


「わかりました」


 アリアが取り出した服をベッドの上に広げていく。購入した服の数は多く、ベッドの上はあっという間に衣服で満たされてしまう。


「全部は置けないね。一つずつしまっていこうか」


「ですね」


 直ぐ着そうな服はクローゼットの中に入れていく。反対に直ぐに身に着けない衣服はタンスの中へしまっていく。

 ワンピースとブラウス、スカート、キュロットなどを用途別に仕分けていく。下着や靴下も、それぞれの種類に応じて入れる場所を分ける。

 購入した物を一つ一つ部屋に置いていくと、初めは殺風景に見えた部屋も彩り鮮やかに趣向を凝らしていく。


「今日購入した物は以上になります。飲み物を用意しようと思いますが、甘めの紅茶でよろしいでしょうか?」


「うん。砂糖3つは欲しいかな」


「かしこまりました」


 アリアは短く笑うと、飲み物を作りに食堂へ向かった。彼女は部屋を出て扉を閉める時に、中にいるトリシャに向かって微笑みかけるのであった。

 少女が部屋を出るのを確認すると部屋に備え付けられている照明を消した。何故そんなことをしたかというと、購入したばかりの間接照明の使用感を確かめたかったからである。

 ガラスの様な容器に入った水晶が青く淡い光を発し、部屋を優しく包み込む。壁や天井を青に染め、星空の様に部屋を灯りで彩る。眺めているだけで沈静と癒しを与えてくれるだろう。

 青い光は目に優しく、中にある宝石の美しさに見惚れ、ずっと眺めていたい気持ちにさせる。トリシャはベッドに腰かけると、恍惚とした表情で青に広がる光を眺めるのであった。


 扉をノックする音で現実へと戻ってくる。トリシャは慌てて扉を開けに行くと、ティーポットとカップを乗せたお盆を持つ少女の姿があった。


「どうして部屋の明かりを消していたんですか?」


 トリシャは部屋が暗いままだった事を思い出す。部屋の明かりをつけると少女を部屋の中へ招き入れた。


「照明の灯りがどんなのか気になって付けてみたんだ」


「そうでしたか。てっきりご就寝なさるのかと思いました」


 アリアは持っていた物を鏡台の上に置くと、手際よくティーカップの中に紅茶を入れ始めた。彼女はトリシャの希望通り、角砂糖を3つティーカップの中に入れるのであった。


「お砂糖はこのくらいでよろしいでしょうか?」


「うん」


 少女からお皿と共にティーカップを渡されると、トリシャは机の椅子に腰かけるのであった。

 お皿を机に置き、スプーンで紅茶をかき混ぜる。音を立てずゆっくりとした動作で水面を乱すと、湯気に含まれた紅茶の匂いが嗅覚を刺激した。

 甘いバニラの香りと甘酸っぱいフルーツの香りから優しさを感じられる。

 トリシャはうっとりとした表情で紅茶を一口すすった。ミルクが入ることによって優しい風味が口の中に広がると同時に、ミルクに負けないほどしっかりとした紅茶のコクが楽しめる。

 安心感を与える甘さと温かさが喉を通るとき、より一層フルーツの甘い香りを感じ癒しと幸福感を与えてくれるのだ。


「甘いも物が好まれる様なのでミルクみ合う紅茶を選んできたのですが、お口に合いましたでしょうか?」


 トリシャの好みを考えて、アリアが入れてくれた紅茶だ。美味しくないわけがない。

 まだ目覚めて2日しか経っていないが、今までで口にした物の中で一番の好みだと言えよう。

 アリアが入れてくれた紅茶は、味だけでなく、香りや飲んだ後の余韻全てに優しさとひと時の幸せを与えてくれた。


「うん。すごく美味しいよ。また入れて欲しいくらい気に入ったよ」

 

「ふふ、お口に合って良かったです。では明日はお茶請けも用意しますね」


 明日も入れてくれると聞き、トリシャはご機嫌になりミルクの入った紅茶を飲み進める。

 アリアもトリシャの嬉しそうな表情を見ながら鏡台の椅子に座り、自身で入れた紅茶を嗜むのだった。


 ゆったりとした時間が流れる。紅茶飲み寛ぐトリシャに、だんだんと眠気が押し寄せてくる。

 ルミエーラやアリアとはぐれた時、路地裏を歩き回った疲れに見舞われたのだろう。紅茶を飲み終わるころには、トリシャの目は半分ほど閉じてきてしまっている。


「あらあら、これから文字の勉強を始めようと思いましたが、今日はやめておいた方がよさそうですね」


 紅茶の入ったカップを鏡台の上に乗せると、アリアはトリシャの側に寄ってくる。


「まだ大丈夫」


 目を頑張って開けようとするが瞼が重くてままならない。


「もう、無理をしてはいけませんよ。明日からで大丈夫ですから今日はお休みになってください」


「ごめん……」


 トリシャは立ち上がりベッドの上へ向かおうとしたが、意識が薄れ始めてきていたので立っている事すらままならない。

 アリアに支えられる形で、ようやくベッドへと移動する事ができるのだ。


「きゃっ」


 ベッドに辿り着くと同時にトリシャが前に倒れ込む。それに伴い、隣で支えていたアリアもバランスを崩してしまう。

 そして、短い悲鳴を上げると共に一緒に倒れ込んでしまったのだ。


「トリシャ、トリシャ、起きてください」


 既にトリシャの意識は無くなっており、いつの間にかに夢の世界へと移動していたのである。アリアが何回声をかけても起きる気配は無く、少女の耳元で寝息を立て始めるのだ。


「もう、ほんとに子供みたいね」


 アリアが顔を横に向けると、上に覆いかぶさる少女の幸せそうな寝顔が映り込む。それを見ていると、無理やり起こす気になれない。

 少女は、トリシャの目の覚めるまで寝顔を眺めながら静かに待つことにしたのだった。


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