10話 『無法者の集団と』
ドサッ、と物のように地面に落とされる。身体の一部に、ほんの少しの痛みを感じた。床は塵と砂埃に塗れており、服や肌に付着していく。
トリシャが荷物の様に運ばれた先は、廃墟と化した大きな建物の中だった。建物の内部に灯りは無く、辺りは薄暗い空間に包まれる。
「おいおい、商品を雑に扱うなよ。傷が付いたら価値が下がるだろ!」
「細かいこと言うなよ。これぐらいで価値が変わる訳無いじゃないか」
商品や価値などと人の事を物のように扱うな! と言いたいところだが、変に刺激して殺されでもしたらシャレにならない。
大人しくしておくことしか出来ない現状が歯痒く感じる。
よく見ると、トリシャを捕まえ、運んできた方が大きく筋肉質な体をしていた。眼光が鋭く、顎に短い髭を蓄えている。
もう一人は小柄とまではいかないものの、細身の体で中世的な顔をしている。目つきは悪く、眉間にしわを寄せることも多々あったのだ。
「お前ら、いい仕事をしてくるじゃないか」
「お頭」
奥から口元を黒い布で覆っている人物が現れる。
お頭と呼ばれた彼もフードを被り、明度の低い装いに身を包んでいる。男達の反応を見れば、この場で一番発言権がある人物なのは一目で誰でも理解できるだろう。
ここまでくれば自分の身に何が起こっているのかある程度想像がつく。
彼らの装い、言動から、人身売買を行っている無法者の集団と推測する。この廃墟の様な建物は恐らく、彼らの根城と言うべき拠点なのだろう。
商品と言っていた事からわかるに、抵抗しなければ直ぐに殺されることは無いと見受ける。
しかし、安心することはできない。人身売買で売られるとしたら、より一層絶望感が増すだけなのだから。
「こいつはヒューマンか。珍しくはないが、見てくれは悪くない。年も若いし、こいつに大金を出す奴は山ほどいるぞ」
お頭と呼ばれた男は近くに寄ってくると、トリシャの髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせた。
口元は布に覆われていて表情が読み取りにくいが、それでも笑みに満ちていると言えるほどわかりやすい反応を見せる。
男は髪を掴んでいた手を放すと多幸感に満ちた様子で高笑いをする。
「最高にいい気分だ。今夜は酒が上手く飲めそうだ」
両手を広げ、天を仰ぐ。男の笑いは反響し、建物内の隅々まで響き渡るのであった。
「それは良かったな。だったら私が今すぐ華を添えてやる」
突然の声に、その場にいた全員が驚きを露わにする。そして、声のする方向に視線が集まるのであった。
建物の入り口には金色に靡く髪の毛を携えた女性と、猫耳を頭から生やした少女の姿が存在した。
それは、逸れたトリシャを探していた、ルミエーラとアリアだった。
「トリシャ、居なくなったと思えば、変なことに巻き込まれて――今助けるから大人しく待っていろ」
ルミエーラの言葉に返事をしたくても、布で塞がれた口では返答することもできない。
そんな彼女は、堂々と正面から建物の中へと入ってくる。表情には余り出さないが、その内は怒りの感情に満ちていた。
「何だ、お前は?」
細身の男がナイフを構える。大柄の男も警戒しているようで、拳を構え敵意を剥き出しにするのだ。
「こいつは良い、その女も捕えろ。奥の女も一緒にな」
お頭と呼ばれた男の声と共に、奥から複数の男たちが何処からともなく現れる。薄暗くて3人だけだと認識していた無法者達は、その何倍もの人数でルミエーラを取り囲むのだ。
ざっと見て30人。男たちはナイフや剣などの武器を取り出し、ルミエーラに向かって身構えるのだった。
「抵抗しないなら殺さないでおいてやる」
「それはこちらの台詞だな。加減を間違えて殺されても文句は言うなよ」
細身の男が挑発をするが、それで怯むルミエーラではなかった。
「調子に乗るなよ」
一人が切りかかるのを皮切りに薄暗い空間内での戦闘が始まる。大勢の男性が刃物を持ってルミエーラを襲う。
しかし、その刃がルミエーラに届くことはなかった。なぜなら、半透明な障壁によって阻まれたからだ。
「なんだ、これは?」
それ以上前に進めない男たちは、わかりやすく戸惑いを露にする。
「覚悟はできたか?」
ルミエーラが上空に手をかざすと辺り一面に雷撃が走る。黄色い閃光がバチバチと激しい音を上げ、薄暗い建物の中を明るく照らしていく。
一瞬の出来事に目が追い付かず、十数名いたはずの無法者達は、見るも無残に蹴散らされていた。
「な、何なんだよ、お前は?」
慌てふためく者も皆、一人の例外もなく打ちのめしていく。攻撃を受けた者は辛うじて生きているものの、スタンガンの威力を大幅に超えた雷撃に、なす術も無く敗れるのであった。
「お前……魔術士だったのか? くそ、撤退だ!」
無法者のお頭は分が悪いと判断すると、倒れた者達を放置してこの場を去ろうとする。
「私が逃がすと思うか?」
一瞬の合間に、ルミエーラはお頭の退路に回り込んでいた。虚を突かれた相手は一歩後退するのである。
手下と思われる者達は、既に一人たりとも地に足を付けえて立っている者はいない。
「痛い目を見せてやる」
お頭は腰に携えた剣を取り出すと、攻撃の体制に移る。
先ほどまでの戦いを見ればお分かりだと思うが、その攻撃が通るはずもなく、透明な壁によって簡単に弾かれてしまうのだ。
「大丈夫ですか? いま縄を解きますね」
ルミエーラの力で既に頭以外の者は皆、頭を地面につけている。
その隙に、アリアがトリシャの四肢を拘束している縄を外していく。
「くそ、魔法使いが調子に乗るなよ」
苛立ちが露になり攻撃が単調になる。何度切り付けても刃が届く気配は一向にない。
「そこらにいる魔法使いと一緒にしてもらっては困る。なんせ私は魔女だからな」
「魔女だと? 笑わせる。時代遅れの魔女など蹴散らしてやる」
男性は急に攻撃の手を止め後退する。すると、剣を持ってない左手を前に突き出す動作をする。
「我は風の刃を以って断ち切る!」
男が呪文の様なものを唱えると同時に突き出した手の前に緑色の円形の模様が浮かび上がる。その模様は緑色の輝きを放ち、男の手元を淡く照らす。
細かい模様が見えたわけでは無いが、遠目から見る限りは飛行艇の扉が開く時に見た、円形の複雑な模様と同一の類に見える。
「魔女相手に魔法勝負とは笑わせる」
「ウィンドエッジ!」
ルミエーラが手を前方に翳すと同時に男は手に力を込める。しかし、手元を照らしていた円形の模様は光を失い、元の薄暗い室内に戻るのだ。
「何故だ! 何故魔法が発動しない?」
慌てふためく男を他所に、今度はルミエーラの手の平に円形の模様が浮かぶ。
それを見た無法者のお頭は一瞬怯むも、直ぐに刀を構えて切りかかろうとする。
「私の物に手を出した事を後悔しろ!」
前方に浮かぶ円形の模様は輝きを増すと、閃光と共に轟く雷撃が一線の光となって男に向かって行く。
その雷撃が男に直撃すると、無法者のお頭はその場に膝から崩れ落ちて行く。
縄を解かれ立ち上がったトリシャの目の前には、30名近くに上る男達が地べたに這いつくばる光景があった。
僅か数分ばかりの出来事に、トリシャは目の前の光景が夢か現実なのか分からなくなっていた。
「トリシャ、無事で良かった」
縄を解いてくれた少女が涙を堪えながら抱き着いてくる。服や手足に付いた砂埃を気にする様子もなく、その汚れは少女の服にも移ってしまうのだ。
「アリア、汚れが付いちゃうよ」
「構いません。トリシャが無事ならそれで……」
抱きしめている手に力が入る。少女の柔らかな体に抱きしめられ戸惑うトリシャだったが、助けてもらっている立場から強く拒否する事はできない。
アリアの体温を感じると、眼下に広がる光景が現実である事に実感が湧いてくる。
「こいつらは後でまとめて突き出すとして――トリシャ!」
ルミエーラは足先をこちらに向けると近寄ってくる。その表情は一目で怒気が感じられ、薄暗い空間の中でも怒りに満ちている事がはっきりとわかった。
「本来なら怒鳴りたいところだが、今回は私にも責任の一端はあるからな、大目に見てやる。それよりも怪我はないか?」
怒号を浴びせられると思っていたトリシャは、気が付けば目を瞑って身構えていた。しかし、彼女の予想とは対極の言動に面をくらってしまう。
あっけに取られるトリシャに、ルミエーラは気遣いの言葉を続ける。その彼女の気遣いに、トリシャは困惑してしまう。
「う、うん。大丈夫、怪我はないよ。心配かけてごめんなさい」
今まで敵視、警戒していた人物の思わぬ優しさに、素直に謝罪を口にする。だけど、照れが生じたトリシャは、直ぐに顔を背けてしまうのであった。
ルミエーラはそんないじらしいトリシャの頭を、満面の笑みを浮かべて撫で始める。
頭を撫でられたトリシャは、その手を払いのけることなく、なすがままに撫でられるのだ。
今まで反発していたからこそ、それ以外の行動に照れが生じる原因となる。だからこそ、助けてもらったという事実が頭を撫でられても拒絶できない要因となってしまうのだ。
しばらくは、ルミエーラの気が済むまで頭を撫でまわされる事となる。
体はアリアに抱きしめられ、頭はルミエーラに弄ばれる。トリシャは人形の様に身動きが取れなくなってしまっていた。
そんな状態でも、恐怖に苛まれた状況から脱出でき、2人と合流できた事を強く実感させてくれる事に喜びを感じてしまうトリシャであった。
その後は、アイリスに呼ばせに行っていたという、警察官の様な人たちが現れると、事後処理を行ってもらった。
この度のならず者集団に対する功績として、ルミエーラは謝礼金を幾らか頂く事となったみたいだ。
組織の壊滅、逮捕協力による表彰を提案されたが、彼女は嫌そうな顔で断っていた。その分謝礼金を上澄みしてもらったと、後で自慢話の様に聞かされる事となる。
そのやり取りの中で頻りに耳にした言葉があった。『金色の魔女』という言葉だ。警察官と思われる人たちが、ルミエーラの事を指してそう呼んでいた。
不安や恐怖から解放されたばかりのトリシャには『金色の魔女』という気になる言葉の存在よりも、唯一の知り合いである2人と合流できたことの方が余程重要だったと言えよう。
だからなのか、その場で『金色の魔女』について彼女らに聞く事は無いのである。
警察官らしき人物が事後処理をしている最中も、アリアはトリシャを離さなかった。説明や受け答えは全てルミエーラに任せていたのだが、依然として身動きが取れないトリシャは困り果てる。
しかし、隣にいるアリアが居る事実が、恐怖から解放されたのだと強く実感する事が出来る。トリシャは事なき事を得て、心より安堵するのであった。




