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俺と魔物との戦いが決まった後、暫くしてから魔物の軍勢が殲滅されたと報告が入った。その頃にはすでに日が沈みかけており、昼食を食べずにいた育ち盛りの俺達は夕飯を大量に食べた後、明日の事について少し打ち合わせをしてから自身の部屋に戻っていった。
「はぁ~…」
「本当に大丈夫なんですか?今ならまだ無かった事にできると思いますが…」
自室で明日の事を考えてため息をついていたら、メイドのサシャが心配そうに話しかけてきた。
「んーまぁ。大丈夫だとは思うんだけどね…」
「しかし、明日はゴブリン三匹との戦闘なんですよね?戦闘経験もないのに余りにも無謀ですよ!?」
「いや、それはどうでもいいんだけど、その後がね…少し不安なんだよ」
「どうでもいいって…」
俺は常に成長する男だ。既にサシャとは問題なく喋ることが出来る。目を輝かせながら人の服を剥ぐ奴には、緊張も遠慮も勿体無いというものだ…少し腹が立ってきた。だがもしかしたら、俺を落ち着かせようとしたサシャなりの好意なのかもしれない。
「それはそうと…お休みになられる前に、お体をお拭きください」
そういえばお湯が入った桶とタオルを持ってきていたな。
「そうだな…じゃあ体を拭いたらすぐ寝るから、もう大丈夫だよ」
言外に部屋から出ていけと込めてそう言う。
「いえ、お手伝いさせて頂きます」
ニッコリと笑って一歩も動かないサシャに俺も笑顔になって…
「出てけ」
「嫌です」
傍から見れば俺とサシャの視線がバチバチと空中で衝突しているように見えるだろう。
「良いから出ていけ」
「…分かりました」
勝った…そう思った瞬間だった…
「自分が脱ぐのだから私にも脱げと、そういう事なのですね」
「は?なにいって…」
そう言いサシャはメイド服の長い丈のスカートをゆっくりと捲り上げていく。普段見えないその綺麗な足がゆっくりと見えていくその光景は酷く幻想的で、蠱惑的で、男心を燻ぶるものが…
「って違うから!!そんな事一言も言ってないからね!」
「え?でも、凄く嬉しそうな顔をしていましたよ?」
「気のせい。気のせいだから」
「そうですか…私には魅力の欠片もありませんか…」
俯き悲しそうな声を上げるサシャ。そして反射的に出てきてしまった謝罪と言い訳の言葉。
「い、いや、そう言うわけじゃないんだ!そ、その…ごめん」
「謝るぐらいなら脱いでください。さぁほら」
さっきまで悲しそうにしていた姿はどこにもなく俺の服に手を掛けてきた。しかも、何故かズボンから脱がそうとしてきた。俺は咄嗟に左手でズボンを押さえ、右手でサシャを突き放そうとした。決してワザとではない、しかし、俺の手は気が付けばサシャの胸の上に置かれていた。その手は沈み服に皺を作っていた。サシャがゆっくりと俺の右手に視線を落とす。俺はこの時冷や汗が止まらなかった。
「あの、サシャ…さん、えっとですね、こ、これは…」
「…」
サシャが無言で俺から離れ、俺をじっと見つめ、自分の胸を見た後、また俺の顔を見つめたと思った時だった…
「皆に報告しなくちゃ!!」
ニィという効果音が聞こえてきそうな笑みを作り、勢い良く部屋の扉に向かっていくサシャ。俺はこの時無意識に使った。この世界では唯一、麗華だけがしっている俺の特殊能力を…。
翌日の朝、目を覚ました俺は皆と朝食を食べた後、メイド達の案内で訓練場にやって来ていた。因みに昨夜、サシャとは取引したとだけ言っておこう。決して負けたわけじゃない…が、サシャには当分逆らえない。今の現状とその事を思うと涙が出てきた。俺の涙を戦いに怯えていると誤解したのだろう、楢崎が俺の横まできた。
「白鷺…やっぱりやめた方がいい。本当に、お前が何らかの力を持っていたんだとしても戦いはそんなに甘くない。今からでも間に合う。自分で言うのが辛いなら俺から言ってやるから」
「ああ、ありがとう…」
楢崎は優しいな。でもな…
「じゃあ…」
「違うんだよ。俺は怖いんじゃない。ただ悲しいんだ…。この世界はなんて理不尽なんだと、そう思ってたら自然と涙が出てきてな…」
「し、白鷺?大丈夫か?」
今の現状…理由は全く分からないが、何故か麗華に鬼の形相で睨まれている。怒りたいのは俺の方なのに、理不尽すぎる。だが今からは戦いだ。この理不尽に対する怒りをゴブリン共にぶつけてやる!
「準備はいいか?」
先に来ていたビスマルクがそう言うので首を縦に振って肯定する。ビスマルクが離れた場所にいる兵士に合図を送ると3つの檻が運ばれてきた。中には赤黒い肌をしている人型が二体と緑の肌をしている人型が一体入っている。しかし、どちらも目を血走らせながら俺を見て暴れまくっている。正直に言うとちょっと怖い。
「二体いる方が通常のゴブリン。レッサーゴブリンとも言われていて、ゴブリン種の中でも最弱の魔物だ。緑色の肌をしている方はウォーゴブリン。ゴブリンよりも一回り大きいので突進を受けるとそれなりに厄介な存在だから気を付けるように。」
ハッキリ言って俺は舐めていたようだ、手が震えていた。
「見た目が小さいからと言って侮るなよ。ゴブリンはその体の小ささからは想像が出来ない力を発揮する。ウォーゴブリンに至っては、訓練を受けていない大人の男と同等の力で襲い掛かってくる。油断したら一気に形勢は決まるからな」
ウォーゴブリンは150㎝もないしゴブリンに至っては更に小さい。腕も足もか細い、それなのに大人と同等の力を持っているとかどんな体の構造してんだよ!そんな思いは浮かんだが、声には出さなかった。それを言い出したら俺はどうなるのだろう、そう思ったからだ。
「本当にいいのか?今ならまだやめれるぞ?」
ビスマルクが心配して聞いてくる。しかし、俺は首を横に振る。ここまで来てやめれるわけがない。決して、後ろから睨んでくる麗華が怖いとかそんなんじゃない…。
「…分かった」
そう言い、ビスマルクは訓練場の端に視線をなげる。そこには木造りの屋根ががあり、その下にはいくつもの椅子が並べられているが、数人が座っていた。その中には王女もいるようだ。そして、中央にいる一際豪華な椅子に座っている気弱そうなおっさんが頷いた。
「力殿以外は離れているように!準備を!!」
俺と3つの檻、そして檻の鍵を外す兵士たちを除き、離れていく。
「では始めるぞ…外せ!」
その号令と同時に檻の鍵が解き放たれる。鍵が開くとすぐさま飛び出してくる三体のゴブリン。俺の心臓がドクドクと素早く鼓動をする。体格が小さい分素早いのか、二体のゴブリンが先行して襲い掛かって来る。それを見て俺は腕に力を入れて…傍と気づく。武器を貰うの忘れていた…。
「あ、武器を渡すの忘れていた…」
ビスマルクのそんな呟きが聞こえるが、今はそんな場合じゃない。左右から飛び掛かって来るゴブリン達。俺は右腕に力を込め、近い方…俺の右手から襲い掛かって来るゴブリンに拳をぶつけた。俺は焦りと恐怖で少し混乱していたのだろう。全力を込めてゴブリンを殴ってしまった。バキバキという音とブチブチという音が同時に聞こえたと思ったら、ゴブリンの頭が胴体から離れ飛んで行ってしまった。そして高速で飛んで行った頭が、左手から襲い掛かって来るゴブリンの顔面に命中する。そしてそのまま動かなくなってしまった。
「「「…」」」
皆が呆然としていた。俺もあんな事になるとは思わなかった。今まで全力で何かを殴るなんてしたことがないからだ。暫し動かなくなったゴブリンを見つめていたら、何時の間にかウォーゴブリンが目の前まで接近していた。それを見て、吃驚して反射的に下から掬い上げるような蹴りが出た。その蹴りは全力で走る為、身を低くしていたウォーゴブリンの下顎を見事捕え、パキンと何かが割れる少し甲高い音が鳴り響いた。蹴りの威力で、ウォーゴブリンの体が宙を舞いドサッという音と共に地面に倒れ伏した。見ると首が千切れかかっており顎が完全に粉砕されていた。
「「「…」」」
この戦いを見ていた全ての人が呆然として、誰も物言わぬ空間と成り果てた場所で俺は唯々、立ち尽くすしか出来なかった…
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