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別室に移動中、王女とビスマルクの下に伝令役の兵士がやって来る。
「ミラシール殿下、魔物の軍勢の数凡そ三千。構成は下級が主で、中級が10数体、上級以上は現在確認されておりません!」
「そう、ご苦労様。では赤と黒に殲滅を、白にはそれの支援を。緑と青は王都周辺の魔物の分布状況を調べさせて。黄には、防衛は騎士団に任せて民の安全に気を配ってと伝えてください。」
「はっ」
なんか指示するのが慣れてるな。王族だから当然といえば当然だが。因みに王女が言っていた赤とか黒というのは、戦士団の名称だ。戦士団にはそれぞれ色で分けられていて、赤、青、緑、黄、白、黒がある。その戦士団とは別に騎士団もあるみたいだ。しかし何故王女が指示を出すのだろうか?ここは戦士団の統括であるビスマルクが指示を出すのが普通ではなかろうか。それとまだ見ぬ国王様は何をしているのだろうか?疑問が尽きないが、歩く速度は緩めず進んでいく。そうすると着いた場所は俺達が最初に召喚された神殿だった。そしてビスマルクが神殿の扉を開いて中に入っていく。皆が入ったのを確認すると王女が告げる。
「皆さん、少し退屈かとは思いますが外の魔物達を倒すまではこちらでお話でもしていましょう」
「えっと、王女様。…大丈夫何ですが?」
楢崎が王女に問う。言葉にしていないが、そんな呑気にしていていいのか?そんな意味が含められているのだろう。顔に少し焦りがあった。
「ええ、全く問題ありませんよ。あの程度、よくある事なので」
よくあるんだ!思ったよりこの世界は危険がいっぱいな気がする…。
「そ、そうなんですか…」
それを聞いてクラスの皆も不安気だ。それはそうだろう。なんせ今はまだだが、この先自分達も戦いに参加することになるのだから。クラスメイト達の不安気な顔を見て王女が少し焦り気味に言う。
「あ、大丈夫ですよ?皆様ならきっとすぐ強くなれますから!そうすれば笑顔で魔物の千や二千ぐらいすぐに倒せるようになりますから!」
それはそれでどうなんだ?笑顔で魔物を蹂躙するクラスメイト…怖いな、おい。クラスの皆も顔が引きつっている。
「そういえば何でここに来たの?」
ふと疑問に思ったのだろう、六道がそう質問する。
「ここは皆様の召喚の為にモラリス様が直々に結界を張ってくださっているのです。ですので魔物は絶対に入ってこれないのです。万が一、魔物が王都に侵入してもここなら安心です」
「なるほどね」
皆を安心させるためにここに来たんだろう。しかし俺は安心していられない。何故なら俺にはやばいスキルがあるからだ。これをどう隠していくか、そのことについて考えようとした時だった。王女が忘れていた事を思い出す様にあっと言った。
「そういえば…」
王女が申し訳なさそうな顔をして…
「色々あって皆様のお名前をお聞きするのを忘れていました…」
王女は自分の失態が恥ずかしかったのか、手をもじもじさせ少し顔が赤くなりながらもそう言った。俺は内心ため息をつく。まだ心臓がドクドクと早い鼓動を打っている。正直俺のステータスについて聞かれると思っていた。そして王女のその仕草が面白かったのか笑顔を取り戻したクラスメイト達が自己紹介を始めた。足立君が口を開かないので、楢崎が紹介するはめになったりと少々の問題はあったが、順調に進み、俺の番となった。
「俺は白鷺力と申します。これからよろしくお願いします」
奇をてらった自己紹介など出来るはずもなく、精一杯の笑顔で定形文を述べる。それぐらいしか出来なかったが良く出来た方である。
「はい、これからよろしくお願いします。あ、そういえば先程…力様のステータスだけ見ていませんでしたね?良ければ見して頂けませんか?」
俺の顔が笑顔で固まる。ど、どうする。良ければと言っているが、これは断れる雰囲気ではない。ここで見せないでいたら怪しすぎる。かといって見してしまうと終わりだ。…詰んだな。
「どうされましたか?」
首をこてっと横に倒して王女が聞いてくる。うん、可愛いよ。だけどね今はそんな事どうでもいい。あぁ、もうここはいっそ開き直って堂々と見せてやろう。皆とはここでお別れだな。ボッチだったとはいえ少し悲しいな…。そんな思いを内に秘めながら王女に鑑定紙を渡した。
「こ、これは!!」
「どうされましたか?ミラ様…!!」
王女のあまりの驚き様にビスマルクが横から覗き見る。しかし、ビスマルクも同様に驚愕し、固まる。俺はここでビスマルクがいきなり襲い掛かってきても仕方ないと思っていたが、何やら雰囲気がおかしい。こちらを見て何やら悲しいような憐れんでいるような、そんな目をしている。そして、何を思っているのか分からないが、俺のすぐ傍までやって来た。俺は何時でも逃げれるように心構えをするが…
「大丈夫だ。君は俺が守ってやる。絶対に…絶対にだ!!…だから安心して欲しい」
んん?えっと、どういう事だろうか?俺を捕まえる気はないってことかな?
「…ぐすっ。わだしは…いえ、我が国はぜったいにあなだをお守りじます!」
えっと…何で王女様泣いてるの?わけが分からないんだけど…
「えっと、その、どういう…事なのでしょう?」
クラスメイト達も急な展開で困惑しているし、俺もわけが分からないから素直に聞いてみる。
「そ、そうですよね…ぐすっ。皆さんは何も知りませんから当然ですよね。ではご説明します。」
それから王女はまず魔王のスキルについて説明してくれた。遥か昔、今では伝説になっている【鑑定】のスキル(今ある鑑定の石板より上位のスキルでスキルの効果も見れるらしい)を持つ者が、【魔王】のスキルを鑑定した。その結果、判明した【魔王】の効果は絶大だったらしい。全てを飲み込む深淵魔法やどんなものでも塵にする破壊魔法、何物にも負けない肉体にする昇華魔法、その他にも様々な能力を持つらしい。しかし、その数ある能力には悪影響を及ぼすものまであったのだ。それが3つ…いや4つか。一つ目は魔物を惹きつけるという能力。これは【魔王】のスキルを持っていると自動で発動する。しかも敵意剥き出しで襲ってくるというのだ。二つ目は自我を保てれば死なないという能力。一見凄そうに思えるが、三つ目の能力と合わせるととんでもない悪影響を齎す。その三つ目がスキル所有者のレベルが上がった際に能力を大幅に向上させるが、レベルが上がりにくくなるというものだ。この上がりにくくなるが問題で、過去、【魔王】のスキルを持った者のレベルは上がったことがないらしい。そして極めつけは四つ目、これは能力というより三つ目の能力の弊害と言った方が正しいかもしれない。魔法には魔力というものを使う。ゲームで言う所のMPである。そして【魔王】によって使える数ある魔法はどれも物凄い量の魔力を使う。その為、魔力が足りなくて使えないのだ。普通ならばレベルを上げれば、魔力量も増え使えるようになるのだが、そのレベルが上がらないため一生使えない。こんな理不尽で使えないスキル、なんの意味があるのだろうか?
「分かりますか?【魔王】の効果で常に魔物に狙われて、しかし魔物に対抗する為の魔法は使えず…レベルは上がらない。そして…楽に死ぬ事も出来ない…自我が完全に崩壊するまで死ねないのです!」
王女が噛み締めるように言った。それを黙って聞いていたクラスメイト達は俯き言葉を発せないでいる。当の本人の俺はというと、魔物に狙われる?そんなの俺にとっては些事である。人間に狙われなければ特に気にすることはないと思う。そんな事を考えていた。
「そして、【魔王】のスキルを持つ者達の絶望と苦しみの悲劇が各地で起こったのです。ある者はダンジョンに引き摺られていき食われ続ける日々を、ある者は魔物を倒すために囮とされ食われ続ける日々を、ある者は一部の下種な者達に捕まり拷問を受け続ける日々を…」
それらを想像してしまったのだろう。クラスメイトの何人かは吐き気を催して口を押えている。
「【魔王】のスキルを持つ者達の言葉では表せないような絶望の日々は100年以上も続きました。しかし、そんなある日に事件は起こったのです。魔物が大軍勢で各国を襲ったのです。その規模は何千万という途轍もない数だったらしく、人類は滅亡の危機に陥ったと古い文献にはありました。しかし、それを救ったのは【魔王】のスキルを持つ者達だったのです。自ら囮になり魔物を惹きつける、その間に魔物を倒せと、力ある者達に言い残して…。そして、魔物達は幾ら攻撃されようとも【魔王】のスキルを持つ者に群がり続けたのです。それから一年が経ち、漸く魔物達を倒し切ったのですが、その時には囮となった者たちの姿はなかった…と文献には記録されています」
凄いな、過去に【魔王】の所有者達は!食われると分かっていて、自らその中に飛び込んで行くなんて真似俺には絶対に出来ない。いや、誰にも出来ないのではなかろうか。
「それからすぐに世界各国である協定が結ばれました。それは【魔王】のスキルを持つ者に対して危害を加えない。発見次第、丁重に保護すること。これを破れば如何なる理由があっても死罪とする。そして、もし国が主導して危害を加えた場合は各国による軍事制裁が加えられるという取り決めが締結しました」
最初はこんなスキルを持って最悪だと思ったが、案外これで良かったのかもしれないな。楽しい異世界生活が満喫出来るかもしれない。
「協定が結ばれて600年経ちましたが、それは今でもしっかりと効力を持っています。ですので力様、ご安心なさってください!」
「分かりました。しかし俺はこれからどうすれば良いんですか?皆と戦うと決意したばかりですが…」
俺達はこの世界を救うため、戦う為に召喚されたはずだ。しかし協定で保護しなければいけないとある、矛盾している。この場合どうするのか。まあレベルが上がらないんじゃあどうしようもない。お城で悠悠自適な生活しか俺には選択肢がないだろう。ぐふふ。
「それはもちろんこの城にいて貰わなければなりません。息苦しく感じられるかもしれませんが、外に出てしまうと魔物に襲われてしまうかもしれませんから…。」
そうだろうそうだろうと心の中で首を縦に振っていると、後ろから綺麗な声が発せられた。
「力くんなら大丈夫ですよ、王女様。力くんは凄く強いですから」
おいぃぃ!お前何言っちゃってんの!?麗華さん、昨日言いましたよね俺。話すつもりなら覚悟しろって!その思いを目にのせて睨みつける。しかし返ってきたのは微笑みだけだ。
「強いと言ってもそちらの世界の話ですよね。とても魔物と渡り合えるとは…」
そうだそうだ。もっと言ってくれ王女様!そう心の中で応援していたが、またも麗華がとんでもないことを言う。
「力くんは特異体質で、私達なんて比にならないくらい強いですよ?ですが、王女様の懸念も分かります。ですので提案があります。」
「提案、ですか…」
王女は訝しげに麗華を見る。しかし、麗華は平然と臆せずに言う。
「はい。ビスマルクさん」
「は、何でしょうか?」
突然呼ばれて困惑するビスマルク。
「戦士団の皆様のお力があれば弱い魔物を無傷で捕獲出来ますか?」
「それは可能です。というよりも皆様の訓練の為にすでに何体か捕えています」
「それは良かったです。ではその魔物と力くんを戦わせてみたら分かると思いますよ」
「おい!お前何勝手な事を言ってんだよ!!」
溜らず口を挟んだ。このままでは俺の満喫お城ライフが台無しになってしまう。
「力くん、このままじゃこの先ずっとお城で軟禁状態ですよ?私達の世界に帰れなければ何年も何十年も…それでも良いんですか?」
「うっ…」
確かに【魔王】のせいで城の外には出してくれないかもしれない。それを1年ぐらいならまだしも、何年もとなると流石に厳しいな。それに特異体質の方だけならまだ大丈夫だろう。そう思えば麗華は俺の為に言ってくれたのか?今一信用できないが…。
「…分かったよ」
「宜しいのですか!?」
王女が吃驚して確認してくる。クラスの皆も口を開けて驚いている。
「やれるだけやってみますよ…」
「分かり…ました」
麗華の口車に乗せられて魔物との初戦闘が決まった。俺はため息を吐き、天井を見上げた…
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