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カルマの焔  作者: れっちゅん
第一章 カルマの焔
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第九話「巡り合う」

体勢を崩す最中、桜邊は思考を巡らせていた。否、正確には畏怖していた。


(見えなかった……!油断していたとはいえ並みの攻撃に反応が遅れるワタシ達ではない……しかし、桜函くんの今の一太刀は我々の反応速度を確実に上回った!)


「太刀筋に技と呼吸の乱れがない。良い一撃や」


「質問に答えてください!」


鍔迫り合いから一転、在悟は郎延の押し返しを刃の交点を軸に受け流し距離を取って着地した。


「あなたは俺に……いや、俺だけじゃない。あなたと関わった全ての北辰生に生き方を教えてくれた。文の道を生きるあなたと理の道を生きる俺では歩む道も住む世界も違うけど、俺はそんなあなたに憧れた。なのに何故ッ!?」


「何故……というのは、こういうことを問うてるんか?」


そう言うと手にした指示棒を下に突き立てた。鋒はすでに事切れた津宇の体をいとも簡単に貫いた。刹那、在悟は身体中に電流のような何かが駆け巡る感覚に陥った。


「貴様ァぁッ!!」


「待て」


激昂した紋人の進路を手で制したのは在悟だった。一瞬紋人は怒りのあまりその制止すら振り切ろうかとも考えたが、初めて見る在悟の横顔に戦慄にも似た寒気が走り、結果としてその畏怖が彼に理性を取り戻させた。


「ほう、意外と冷静やの。怒りに任せて突っ込んでくるか思うたけどな」


これは郎延が在悟に投げ掛けた言葉だった。しかし当の在悟は俯いたまま無言だった。数秒が経過し周囲の者が首を傾げかけた時、在悟は口を開いた。


「決闘だ」


「あ?」


意外な言葉だった。


「俺と決闘をして下さい。一対一で、です」


「俺とお前がか?」


「はい」


隣で聞いていた尾伊良が馬鹿笑いした。


「ぶわぁーはっはっは!桜函、お前決闘って、相手を分かっているのくぁ?古郷先生は俺や桜邊先生のような“三将”とすら一線を画す帝国最強の三人、陛下に届きうるの男の一人だずぉ!?」


在悟は尾伊良の忠告紛いの横槍を意にも介さずただじっと目の前の男を睨んでいた。


「あなたを越えられるとは思っていない。ただ、今のあなたになら勝てると思っています」


郎延はうんともすんともいわず煙草をくわえ火を着けた。


「……しけてやんな」


小さな溜め息を吐いたあと雨のせいでだめになった煙草の殻をぽいと放り捨てた。



「挑発にも言葉を選べよ。そう死に急ぐ歳でもあるまい」


指示棒を地面と水平に、腰は深く落とし左手は鋒に軽く添えていた。

在悟の刀を握る掌が汗ばんだ。郎延が臨戦態勢に入ったのだ。


「後悔するなよ。“銀狼”の牙は貴様の骸に死してなお消えぬ恐怖を刻み込むことだろう」


「津宇の仇、取らせてもらいます」


両者共に構えた位置から動かない。静寂は緊張に形を変えて周囲の者にも否応なく伝達していった。


「ヤバイぜ、あの雰囲気」


「在悟……!」


纏をはじめとした退避組も固唾を呑みながら走っていた。


(伊達や酔狂じゃあぬぁい。他を寄せ付けない孤高の強さから与えられた異名は“銀狼”。古郷先生は陛下も認める実力の御人。勝負は見えたぬぁ)


雨に打たれて燻し銀。一糸乱れぬ郎延が差し出す指示棒の鋒に伝った雨粒が音もなく滴り落ちた。刹那、極限まで研ぎ澄まされた二人の体感時間でどれほどの針が刻まれたのか。スローモーションで落下する雨粒は足元の水溜まりに混ざって跳ねた。


「「いざ、参る!」」


二人はほぼ同時に飛び出した。


「うおおおおおおおッ!!」


果敢な雄叫びを上げて在悟は長い刀身を突き立て駆けた。


「ほな行くでェ!」


最初に動きを見せたのは郎延だった。蹴った地は烈破し圧縮された大気が音を置き去りにして波及する。一気に間合いを潰した郎延は眼光鋭く指示棒の狙いを素早く定め胴体を捻って息を吸う。


「チェりゃあッ!!」


一閃のもと爆撃でも起きたかのような轟音が響き渡った。


「在悟ぉ!」


近くにいた紋人は失血でふらつく身体に鞭打ち立ち上がった。が、その進路に厄介な二人が立ち塞がる。


「おーっと、邪魔はさせませんよ?あなたの相手は私達がしてあげましょう」


「……まったくあんたらはほんに邪魔ばっかしよるのう!」




「さすがに速いな……ッ」


間一髪と言ったところか。在悟の頬に郎延の突を掠めた。


(俺の突をかわしたか。こいつもうカルマによる強化を使いこなし始めているのか)


「だが、次は避けられんぞ!」


郎延は地を踏み締めた反動を上半身に伝達させて返す刃で在悟を襲った。軌跡には在悟の脇腹、横一文は避けられない。


「!」


在悟は刀を逆手に持ち替え迫り上がる凶刃を受け止めた。そのまま郎延の刃の力を流して凌いだ。コントロールを失った斬撃は水平に飛行して並み居る建造物を両断して直進した。


「力を逃してなおこの威力……」


痺れ脱力する掌を見つめ在悟が呟いた。


「なによそ見しとんや」


在悟の足元に影が落ちた。


「上か!」


強烈な殺気に当てられて上を見上げるといつまにか刃を構えた郎延がすでに初動に入っていた。


「はや――


「もう遅い!“三段活用(さんだんかつよう)飛燕落(つばめお)とし”ッ!!」


郎延は即座に三段突きで在悟の周囲を貫いた。相手が怯んだ隙に身を低く屈め深く突の姿勢に入った。


「しまった!」


「在悟。この技を受けて死に逝く自分を光栄に思えよ。受けてみよ!唯一無二にして神速の我が奥義を!」


刹那、放たれた気迫は重厚な威圧となって在悟の全身に叩き付けられた。しゅっと鋭く息を吐くとはち切れんばかりの声で奥義が叫ばれた。


「“餓狼(がろう)五月雨(さみだれ)千本突(せんぼんづ)き”ィィィッッッ!!!」


斬ッ、と超高速の突きが間一髪在る悟の頬を掠めた。


「~~~ッ!!」


「うまく避けた!」


初動など見切れるはずもなく今こうして立っているのはただのまぐれ偶然に過ぎない小さな奇跡のはず――だった。


「……いや、違う」


「えっ?」


花井は確かに久兵衛の呟きを聞き逃さなかった。


「在悟くんはもうすでに斬られている!」


久兵衛の叫びと同時に在悟の両の腕と左足から鮮血が噴き出した。


「なっ……、に!?」


手練、在悟本人ですら自身が斬られた瞬間を認識しておらず、その真相を目撃できたのは場に居合わせた数人の強者だけだった。


「かろうじて見えた……。さっきの一突きは“一撃”ではなかった。神速の“三段突き”だったんだ!」


「ヴァァァカむェ!古郷先生の“餓狼(がろう)五月雨(さみだれ)千本突(せんぼんづ)き”の真髄は初撃に在らず!千に至る怒涛の連撃の最中に見せる更なる加速こそがその畏怖たる所以なのどぅぅぅぅぅアッッッ!!!」


「壱の突き、弐の突き、飛んで佰の突きィィィッッッ!!!」


「ぐァあああァァッッッ!!!」


矢継ぎ早、という言葉でさえ物足りない。人間の反射速度を遥かに上回る神業が瞬く隙すら与えず飛んでくる。一撃一撃が確実に、それでいて鋭く在悟の四肢を切り裂いていく。


「チェリャリャリャリャリャリャリャアアアァァッッッ!!!」


「おいおいおい、あまりに速い連撃に在悟の身体が浮いてんぜ!」


突風に煽られ宙に花弁を散らす桜吹雪のように在悟の鮮血が斬られては舞う。九百九十九発目の突きを終えたとき郎延の瞳が怪しく光った。


「これでとどめや……“烈槍爆裂千閃れっそうばくれつせんせん”ッッッ!!!」


在悟は指先にすら力の入らない朦朧とする意識の中、敵の構える刃の鋒が強く光るのを目撃した。腹部に鈍く鋭い斬撃が貫いたかと思うと永遠にも感じる数瞬の束の間に走馬灯が駆け巡った後、激痛と衝撃が全身に波及し炸裂した。


「ぐはぁァッ!!」


「在悟ッ!!」


一直線に吹っ飛んで幾つもの瓦礫を砕きながらようやく地に伏した。


「……確実に仕留めたつもりだったが……」


最後の突の姿勢を崩さず郎延が言った。乾いた音が虚しく響いた。意識を失った在悟の手から刀が落ちた音だった。


「“餓狼(がろう)五月雨(さみだれ)千本突き(せんぼんづ)”の千本目、最速の突を放つが故に生まれる一瞬の隙に自分の刀を滑り込ませて死を免れたか。末恐ろしい男や」


「在悟!しっかりするんだゾ、在悟!」


慌てて駆け寄る三四郎の声にも応じない。出血が酷い。このままでは、否、郎延の猛攻を掻い潜り即死でないことがすでに奇跡ではあるが、その微かに燻り残った生命の灯火さえが風前に晒されているに等しい状態であった。


「はやく結ちゃんを!そうでなくても誰か来てくれ!」


三四郎の叫びは虚しく谺しとうとう返事はなかった。代わりにあちこちから痛みや怨唆の阿鼻叫喚が飛び交っていた。


「“修則(おさのり)ちゃんインパクト”!」


「“Many(メニイー) Fire(ファイアー)”!」


「ぐわあああああああッ!!」


幹部二人を相手していた紋人の体もとうとう限界を迎え膝から崩れ落ちた。


「がはッ!!」


「はやくしないと在悟が死んでしまうゾ……」


「そこをどけ、勘治。そいつのことを思うとるんならはよ楽にさせてやるんや」


「古郷先生……!」


冷徹な瞳で迫る郎延は刃にこびりついた血で滲む雨露を振り払った。


「悪く思うなや。恨むなら力なき自分を恨めよ」


白刃が稲妻を走らせる雨雲に向けられた。

嗚呼、もう駄目だ――勘治は観念して瞼を閉じた。


「死ね」


鋭い鋒が空を斬る音を耳にした。脱力した在悟の身体を強く抱え込むように覚悟した。


その時、


「目を逸らすな。前を見てろ」


誰かが三四郎の耳元で呟いた。直後周囲を白に染め上げるような稲光と共に落雷が降り注ぎ目の前の男?女?ともかく、突如飛び込んできた誰かしらのシルエットに帯電するのを目撃した。


「喝の音“紺牡(コンボ)”」


雷を纏った男の鉢は一際強い閃光を撒き散らしながら振り降ろされた。


「うわあああああッ!!」


「きゃあ!」


「ママぁぁぁーーーッ!!」


爆風とも衝撃波ともつかぬ異様な力のうねりが周囲の者すら否応なく巻き込み轟いた。

閃光と土煙が晴れると男の一撃を柄に両手を添えて受け止める古郷の姿があった。


「……そういや三組にはお前がいたな。よもやこの戦いに身を投じるとは思わなんだ」


「あ、ああ……!君は!」


三四郎が振るえる指で指し示す先には青年の背があった。肘まで巻かれた服から露出した前腕逞しく引き締まっており、眉と瞳は稲妻のように鋭く、握る鉢は荘厳な彫刻が威圧的だった。


「“神鳴(かみな)り”の神哭(かんなき)音恩(ねおん)!」


「かん……な……き」


郎延は鉢を受け止める刃に力を込めた。神哭はその力を上に逃がし後方に跳躍した。


「音恩くん!今までは何処に!?」


驚きを隠せない花井が問うた。しかし目前の敵将を睨む神哭は落ち着いていた。


「話は後だ。今はこの状況をどうするかだけを考えろ」


「何を生意気ぬぁ!神は天上天下でただ一人、陛下だけどぅぅぅあああああッッッ!!!」


激昂した尾伊良から不可視の力が放たれる。


「鈍の音“煉蛇(れんだ)”」


神哭は見向きもせず左手に握られた紅い鉢を振るった。すると先端から放たれた猛火が不可視の力をものともせず尾伊良目掛けて勢いよく這い寄った。


「ぬぁにッ!?」


「“(どん)”」


太鼓の音と共に炎は尾伊良の足元で爆発を巻き起こした。


「あいつ……あんなに強かったのか?」


遠くから戦いを見ていた冠歴は思わず唾を飲んだ。


「大丈夫デスか?!尾伊良先生!」


「う~ぬ、フィボナッチ……」


「阿呆が。相手の実力を見誤るからや」


「余所見してる暇があるのか?」


「!」


一瞬の隙を突き一気に間合いを詰める神哭。右手の蒼い鉢には再び雷が纏われていた。


「終わりだ」


目前まで神哭の一撃が迫ったとき郎延の“眼”が変わった。そのあまりの気迫にその場に居合わせた全員から血の気が引いた。だが、神哭本人だけは別の理由だった。次の瞬間に郎延もその理由を知ることになる。


「だじょー!」


神哭の握る鉢が何かに弾かれ宙に舞い乾いた音を立てて転がり落ちた。皆が静寂した。もう理由は誰一人して違わない。


「パレードの準備できたから出てきたらみんなして面白そうなことやっててずるいじょー!」


神哭の口元が引き釣り笑う。冷や汗がこめかみを伝うのが分かった。


「相変わらず神出鬼没だなお前は……縁際希空!」


「おでも混ぜるじょー!




つづく...


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