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カルマの焔  作者: れっちゅん
第一章 カルマの焔
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第八話「銀狼と翡翠色の剣閃」

「鬼平!」


「きょーきょっきょ!黒き炎に焼かれて死ねェ」


狂った高笑いが谺した。奇術か魔術か、儀式めいた装飾を衣装の随所に散りばめて女は現れた。


「アクセントがいまいちデスねェ……」


怪訝そうな表情を浮かべ懐から単語帳を取り出した。


「やめろ桜邊!」


「“many(メニイー) fire(ファイアー)”」


宙に舞わせた一枚のカードをライターで燃やすと現れた黒い炎は飛燕の如くのたうつ鬼平目掛けて飛来した。


「ぐぎゃあああ!」


無数の黒炎の弾幕は全て直撃した。炎は全身に燃え広がり彼の所持していた火薬に引火して暴発を巻き起こした。


「グーーーッドッ!!非常に良いアクセントデス!」


「野郎……ッ!!」


堪忍袋が限界に達した居相が金属バット片手に立ち上がる。


「ジ・バースト、『ライオンハート』!」


怒りをそのまま狂暴性に変えて力を引き出す居相のバーストが血に濡れた彼の身体を無理矢理に立たせた。我流の構えを取って間合いを推し測る。


「きょーきょっきょ!死ね!死ね!死ねェ!」


「ヤンキー殺法……」


桜邊の眼中に居相は写ってなかった。居相は勢いよく地を蹴り飛び出した。


「“獅子(しし)フルスイング”ッ!!」


力任せにバットを振り切った。鉄塊がひしゃげるような衝突音が鳴り響いた。


「やったか!?」


「この……ッ、化物が!」


居相の一撃必殺は止められた。突然現れた歪な金属の塊がバットの進路を阻んだのだ。


「ほう。なかなかに強烈な一撃。さすがに今のをまともに喰らえば危なかったデスねェ」


突き返された反動はバットを伝って彼の体で乱反射、一時的に無防備な時間を作り出した。


「吹き飛べ!“many(メニイー) iron(アイロン)”!」


再び取り出したカードを小さな鉄芯で貫くと鈍い衝撃が居相の体を突き抜けた。


「が、ハ……ッ!?」


桜邊の放った鉄芯が増殖を繰り返し一つの巨大な鈍器となって居相をぶっ飛ばしたのだ。


「黒魔術“火々葬陽(かかそうよう)”」


「ぬっ?」


花南が放った地を這う炎が走って弾け桜邊を爆炎で飲み込んだ。


「今のうちよ!地轍君を連れてって」


「恩に着る!」


まだ傷の浅い納東が飛び出し鬼平を抱えて抜き去った。


「ママぁー!ママぁー!」


火傷と打ち身に悶える鬼平の容体は深刻だった。


「こりゃひどい傷じゃん。(ゆい)ちゃん、治せるか?」


「すぐに感知は分からないけど……やってみる……」


納東は地轍を廃屋の陰に身を隠し治癒に特化したバーストを持つ雪昴(せっこう)(ゆい)に彼を預けた。


「我慢してね……少しの間だから……」




「何匹か逃した鼠がいるようだぬぁ」


「くそ……!」


尾伊良は相変わらず在悟の頭を踏みつけたまま辺りを見渡した。


「まだ活きの良いのが一人、二人……三組も思ってたより優秀じゃないくぁ」


ジャリ、と地を踏む軸足を擦る音がした。在悟はすかさず体を捻り尾伊良の重心をずらしてバランスを崩した。即座に手放した愛刀“刃秤(はばかり)”を拾い斬りかかった。


「させるか!」


「愚かぬぁ。そのまま逃げていればほんの少し長生きできたものを」


尾伊良の眉間に刃が触れかける。


「微分導術“闇蛍(やみほたる)”」


「!?」


刃が尾伊良の額に触れる直前、男の体は陽炎のように揺れて消えた。


「どぁーるまさんぐぁー……」


戦慄――無機質な悪寒が背筋を走る。


「後ろか!」


「くぉぉぉろん、どッ!!」


尾伊良から発せられた衝撃が爆風となって在悟の上半身を飲み込んだ。


「うぐぅあぁ!」


「在悟に何するけん!」


穂入が花井を引き連れて駆け付けた。


「執刀剣術“ガンマナイフ”!」


「ぬるいぬぉ」


尾伊良はその場から動くこともなくぬるりと上半身を仰け反らせてナイフを避けた。身体を起こし厭らしい笑みで笑窪に深い皺を刻んだ尾伊良の頬に時間差で切り傷が走る。


「ほう。カルマか」


穂入は走りながら腕を伸ばして袖から無数のナイフを取り出した。


「次は当てる!縫合剣術“アリアドネ”!」


数十本のナイフが一気に投擲された。全てのナイフに尾伊良を斬り裂くためのカルマが仕込まれていた。


(“修則(おさのり)ちゃんインパクト”は間に合わんか。ならば……)


「剰余体術“加速度(かそくど)カルスロット”」


「なに!?」


尾伊良の体を蒼いカルマが包み込んだ。尾伊良は矢継ぎ早に飛来するナイフをすべて紙一重で避けきったのだ。


「カルマによって強化できるのは相性の良い武器と己の肉体というのは常識だるぉ。まあ俺自身は強化にはそこまで秀でてはいないがぬぁ」


首を鳴らす尾伊良はプレッシャーを発しながら足を踏み込んだ。しかしその時、尾伊良は緊迫した穂入の口元が綻ぶのを目撃した。


「言ったはずじゃけん。次は当てるって……!」


何かを手繰り寄せた穂入はそれを一気に引っ張った。


「くぉれは!」


目に見えぬほど繊細な糸が尾伊良の身体を縛り上げる。


「ナイフの一本一本に特殊な縫合糸をくくりつけておいたんだ。もう逃げられんよ」


尾伊良は上を見上げた。周囲には無数のナイフが刃をこちらに向けていた。


(これだけの数のナイフをここまで繊細に操るくぁ!このカルマ操作の巧致性、恐るべすぃ!)


「くたばれ!“集中血領(しゅうちゅうちりょう)”ッ!!」


「ぬおおおおおおおッ!!」


身動きの取れぬ尾伊良のもとにナイフが一気に迫る。

無数のカルマの衝突による爆発で土煙が巻き上がった。


「やったか!?」


物陰から様子を窺っていた荷造が呟いた。


「今のが他の幹部ならやられていただろうぬぁ。だが俺に挑んだのがお前の失策どぁ」


「う、うぅ……」


煙の中から現れたのは黒焦げの穂入と彼の胸ぐらを掴む尾伊良だった。


「穂、入……!」


無造作に穂入を投げ捨て胸のハンカチで手を拭う。何気なく空を見上げた尾伊良は呟いた。


「時間どぁ」


津宇の頬にぴとりと冷たい何かが落ちてきた。


「雨……?」


「そろそろデスね。急がねばなりまセン」



いつの間にか尾伊良のもとに桜邊がやってきた。二人は周囲の三組生達を意にも介さず帝国の牙城へ目を遣った。


「お遊びはここまでだぬぁ」


二人はざっと三組の方へ再び体を向けた。


「我々も時間がぬぁい。三分以内に片を付ける」


「~~ッ!」


二人の双肩からゆっくりと湧き出たカルマが揺らいだ。


「このカルマ……マジで今までの戦いは言うのかよぉ……」


いつもは剽軽な邦松も今度ばかりは息を飲んだ。二人が放つカルマは暴力的なまでに圧倒的だった。

じりっと尾伊良が一歩踏み込んだ。一同はそれに合わせて無意識に一歩後退する。

桜邊がぬうっと腕を差し出しかけたそのとき。


「ぬっ!?」


タイヤが破裂したような音とともに尾伊良と桜邊の上空を何かが通過した。


「水誠!」


誰よりも先に納東が叫んだ。二人を掻い潜り先へ進んだのは津宇だった。


「僕のバースト『湖畔守(こはんも)りの加護(かご)』は水に“触れる”能力っす。雨が降った今、ここは僕のコートっす!」


落下する雨粒を蹴り上げ加速して進む津宇を幹部二人は脇目も振らず追い掛けた。


「津宇だとぅお!?完全に油断していとぁ、正直奴のことは眼中にもなかっとぁ!」


「これは危ういデスよ。彼は今私達の能力の射程圏外にまで進んでいマス。ここからではどうしてって追い付けませセンよ」


「分かってるぁ!だから焦ってるんどぁ!」


「うおおおおおおおッ!!」


津宇は一本の矢となりて直進した。


「行けえ水誠!お前だけでも行くんじゃあ!」


「津宇くん頑張って……!」


「ママぁー!マぁぁぁマぁぁぁーーー!」


皆が津宇の進行を応援した。思い思いの言葉で満身創痍の身体から声を振り絞っていた。


「もうすぐだ。もう少しで城に着く!」


津宇には皆の声が届いていなかった。彼の眼には王のおはす戦威キャンパスしか映っていなかった。


「水誠!無理をするな!」


皆が津宇を声援するなか納東だけは引き返すように声を荒げた。二人は共に水泳に青春を捧げた親友だった。


「もう少しで城に届く……!」


津宇は目一杯手を伸ばした。城の正門が目前まで迫った。


「届――」


「届かんぞ。王の玄関にすらな」


津宇の隣を中年の男がすれ違った。色黒の男の右手には指示棒が握られていた。


「斬り捨て御免」


そう言ったときにはすでに指示棒は腰に納められていた。一同は目撃した。津宇の体から吹き出す血潮が彼岸花のように咲いて散る様を。


「ガ……はあァッ!」


「水誠ィィィーーーーーッッッ!!!」


「お前ら油断しすぎや。俺が門番してなかったらどうなってたことか」


「返す言葉も御座いませぬぁ。古郷先生」


古郷郎延。男の名と声を耳にした一同の顔から血の気が引いた。


「古郷先生だって!?そんなまさか、よりによってなんだって先生が帝国に……」


かつて誰よりも信頼を得た仁徳の人、学年主任の郎延が帝国側についていたという事実は一同の心をへし折るには十分だった。


「それよりも津宇が……」


あと少し。あと少し手を伸ばせば扉に手が届く。無論そこがゴールではない。目指す玉座は眼前に聳え立つ城の遥か頂きだ。だが命を懸けて力を出し切ってスタートラインにすら立てないなんて悔しすぎる。


「あ、と……あと少……し……」


「…………」


血へどを吐きながら這いつくばり必死に手を伸ばす津宇に対して郎延は何をするでもなくただ上から見下ろした。


「みん……ご、め……あと、す、こし……届か、な……」


事切れた腕が雨に濡れた地面に落下した。日に焼け青春に生きた青年の腕だった。


「こォぉぉごぉおぉォォッ!!」


納東がぶち切れた。ゴーグルを再度着用し思いきり駆け出した。


「待つんじゃあ雄生!今のわしらが奴等に挑んでも話にすらならん!在悟の命令を待つまでもない、撤退じゃあ!」


「てめぇら他人事みてぇに、あいつに発破かけといて何様だ!あんときみんなで水誠止めときゃあいつだけ死ぬような真似にはならんなかったじゃん!」


「それはすまんかった。いんや、謝ってもどうこうならんのう。じゃが少なくともわしはあいつだけ死なせるつもりはない」


「……どういう意味だよ」


「わしが囮になる。その隙に逃げろ」




「いやぁ、それにしてもお見事!抜刀の瞬間すら見えませんでしとぁ」


「さすが帝国が誇る双牙の一人。一騎当千とはまさにこのことデスね」


「ぺちゃくちゃ駄弁っとる暇あったらさっさ片付けんかい。もうすぐやぞ」


「ふふ、御意」


怪しい笑みを浮かべて二人は再びカルマを纏った。すると桜邊は上空から飛来する何かを察知した。


「ぬおおぉおぉッ!」


「むう?あれはもしや大屋くんじゃありませんか。まだ動ける者がいましたか」


「てめえらまとめてわしが相手じゃあ!『四季巡(しきめぐ)り』奥義・夏の陣……」


紋人は落下の勢いをそのままに大きく拳を振り下ろした。


「“壊滅拳(かいめつけん)日本晴(にほんば)れ”ッ!!」


拳に込めたカルマは強烈な光を放つエネルギーとなって炸裂した。


「はあ、はあ……外したか」


息を切らして肩で呼吸する紋人の傍らで狙った二人が興味深そうに爆心地を見つめる。


「今の一撃、貴様のバーストはただの強化型ではなく肉体に多大な負荷を掛ける諸刃の刃とみとぁ」


「威力は恐ろしいデスが……扱いきれていませんね。自身のバーストを」


先の戦いでかなりのカルマ量を消耗しておりダメージも重なり満身創痍。だが大屋紋人はなお笑う。後ろに控える友を逃がすため虚勢ので闘志を奮わせていた。


「がーはっはっは!……ぴいぴいうるさいのう。御託はいらんからさっさかかってこんかい!」


「いわれずとも――」


桜邊の目尻に笑みで皺が走った。そう言いかけて服に忍ばせた単語帳に手を伸ばすと突然、二人を押し退け郎延が前方に飛び出した。

次の瞬間、甲高い金属音が響き渡った。


「血みどろでなんちゅう動きしとんや。今日は馬鹿に尖っとるやないかぁ……桜函在悟!」


「何故ですか……古郷先生ッ!!」




つづく...


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