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カルマの焔  作者: れっちゅん
第一章 カルマの焔
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第七話「奇襲する牙」

「遂に来たつって!皇帝を乗せた車が来た来た来たキタァァァーーーッ!!」


派手な装飾をきらびやかに光らせて凱旋車は巨大な道路を徐行していた。縁際との距離が近付くほどに比例して鼓動が高鳴った。


「作戦決行ラインまであと十メートルでござる!」


鬼平は双眼鏡を手に凱旋車と指定のラインまでの距離を確かめていた。


「おい!地轍てめぇ絶対にタイミングしくじんじゃねぇぞ」


「ひっ……ひぃ!荷揃殿、作戦決行はもうすぐなんだからどやさないでほしいでござる」


そうこうしてる間に凱旋車はかなり近付いていた。


〈あと三メートルでござる!〉


それぞれの無線に鬼平の割れた声が届いた。緊張は闘志に形を変えて一同の目付きが鋭いものに変わった。


〈三ッ!!〉


「やったるけん!」


〈二ィッ!!〉


「覚悟せぇいやぁ」


〈一ッ!!〉


「覚悟、縁際」


鬼平は大きく息を吸った。


「作戦開始ィィィーーーッッッ!!!」


鬼平は床に転がしていた鉄筒を空に構え引き金を引いた。




「何事だ!?」


隊を先導していた上級偏差値隊が異変に気付いた。破裂するような銃声が届いた方向を見上げると薄桃色の狼煙が上がっていた。


「今だ!掛かれえええ!」


在悟が放つ奇襲の合図が通りに張り上がる。


「うおおおおおおお!!!」


凱旋車の前後には大勢の偏差値隊が砦を成していた。不測の事態にたじろく隊列に機関銃を片手に鬼平が大声を上げて突っ込んだ。続いてメスを手にした穂居や杖を手にした花南が躍り出る。


「者共!出会え出会えーッ!」


偏差値隊もまた指揮官の指示を受け雄叫びを上げて迎え撃つ。

戦闘班の応戦により凱旋車への活路が開かれた。


「在悟おおおッ!!今じゃけえええええッッッ!!!」




「出番じゃん、在悟!」


在悟は屋上の柵に脚を掛けた。次の瞬間、床を踏みしめる脚に力を込め宙に蹴上がった。


「なっ!なんだあれは!?」


上級偏差値隊は思わず空を見上げた。落下する在悟の握る刀の鞘の隙間から翡翠色の光が煌めき零れ尾を引いていた。


「キキィーッ!!」


「オラァッ!」


有象無象の下級偏差値隊の頭蓋を金属バットで叩き割る虎徹に小柄な少年が近付いた。意図的に背中を預けたのは花井風衣だった。


「こてっさん、あれを!」


花井が見上げる先にはエメラルド色に尾を引きながら落下する在悟の姿があった。まばゆく垂れる輝きの軌跡に目を細ばめながら虎徹は誰にいうでもなく一人呟く。


「……人ってのは誰しもが生まれ落ちたその時から唯一無二のオリジナルだ。二つとない世界でただ一つの輝きは秘めたるカルマによって不可能を可能にする奇跡の力となって具象する」


杏也は戦いの手を止め輝きの中心に向かって叫んだ。


「今高らかに謳え!無限の幻想でたった一つ手にした無双の力の真名を!その名は……」


在悟は抜刀した。翡翠色の緑光が溢れだし輝きを増していく。


「ジ・バースト!『天文理究突一閃てんもんりきゅうとついっせん』ッッッ!!!」


刀身は半透明、透き通った刃には等間隔に目盛が刻まれていた。


「……在悟のバースト『天文理究突一閃』は低偏差値特攻の力。究極のおバカ縁際と天才在悟との間に広がる偏差値の差はもはや小宇宙のスケールに匹敵する!」


「いっけえええええ!在悟ぉぉッ!!」


「うおおおおおおおッ!!」


在悟は空中で身を翻し回転、空に向かって刀を降り翳し目下の標的を睨み付けた。


「“翠閃(すいせん)”ッ!!」


鋭い緑光が縦一文字に一太刀、フードの男を斬り裂いた。


「……やられた」


刀を振り切った体勢のまま在悟はばつが悪そうに吐き捨てた。数秒遅れてフードが風に拐われた。


「おいおいおい!まじかよ。俺達が縁際だと思って戦ってたのはマネキンだったのかよーーーッッ!!つって」


乱雑に描かれた顔面の人形は三組の覚悟を嘲笑うように音を立てて崩れ落ちた。


「縁際が奇襲を予測してただと!?あいつにそんな芸当できるわけ……」


「ドタキャンだねぇ。これは」


久兵衛は半ば呆れた顔で空の凱旋車を見上げて言った。


「ドタキャン?」


「ほら、よくあったじゃん。縁際くんお得意の前触れのないキャンセル。あのキャラだから許されてたけどまさか彼の気まぐれがこんなとこで効いてくるとはねぇ……」


久兵衛はいつも通り薄ら笑みを浮かべてこそいるが忌々しそうに奥歯を噛み締めていた。


「じゃけんど、とりあえずはこの状況をどうにかせにゃあならんのう」


丸太のような剛腕で押し寄せる偏差値隊を薙ぎ払いながら紋人は言った。

在悟はしばらく突き立てた刀を眺めながら黙考したあと立ち上がった。


「正面突破だ!縁際がここにいないのなら敵の根城に飛び込むしかない!」


「キキィーッ!!」


一人の偏差値隊が勢いよく跳躍し在悟の背後に飛び掛かった。鋭い爪が在悟の頸動脈を抉らんと振り下ろされたその時、銃声と共に偏差値隊のこめかみに風穴が空いた。


「アイ・アイ・さァ~」


硝煙が立ち上る拳銃を構えたまま剽軽な口調で邦松が呟く。


「サンキュー、邦松」


「道はウチらが開けるで!」


「出し惜しみはしないよぉ?」


万暮(まんぐれ)(さやか)新田(にった)(めぐみ)の少女二人が先陣を切った。


「ジ・バースト『韋駄天走破(ランナーズハイ))』ッ!」


「ジ・バースト『ゆるふわ交響曲(こうきょうきょく)』っ♪」


万暮は足から青白い稲妻を放ち胴体を猫のようにしならせた。その隣で軽快なステップを刻みながら新井恵がラッパを吹き鳴らす。


「“ふわふわ爆砕(ばくさい)ラッパ”っ!」


「ギェエエエエッ!!」


新田の力強い一吹きと共に前方扇形に烈波が駆け巡り中央から爆裂が拡大した。爆裂に巻き込まれた偏差値隊は天高く打ち上げられた。


「とどめは任せて!“幅(はばと)水面渡(みなもわた)り”!」


万暮は電光石火の身のこなしで宙を舞ったかと思えば矢継ぎ早に打ち上げられた偏差値隊を踏み台にして爽快な足技で空へ空へ駆け上がる。最高高度に達したとき、万暮の爪先は天を突いていた。


「“高跳(たかと)荒鳶(あらとんび)”!」


急降下する強力な一撃は無数の軍勢を粉砕した。踵落としを受け止めた地面に地割れが走り三組一同の足元すらも揺るがした。


「なんつー威力だよ、衰えてないじゃん!」


「……当たり前だのクラッカーや!」


万暮渾身の一撃によって偏差値隊の陣形は大きく崩れ活路が開けた。


「これ以上侵攻を許すな!奴等はなんとしてもここで食い止めるんだ!」


阿鼻叫喚の戦禍の中で偏差値隊の指揮官が狼狽するのが見てとれた。三組はこの好機を逃すまいと前進を進める。


「二人に続けぇぇー!このまま帝国の包囲網を突破するぞぉぉーッ!!」


杏也が発破を掛けると皆が鼓舞して一斉に走り出した。包囲網を潜り抜けた先にも偏差値隊は幾層にも分けて配備されており何度も牙を剥いて襲い掛かってきた。


「キシャアアアッ!!」


「うるせぇ奴はモテないぜェ~!」


横から奇襲を仕掛けてきた偏差値隊を得意の魔球で弾き飛ばしながら元バドミントン部の延跳がうそぶいた。


「このままどんどん行くけんけんね!」


「…………ぽにそぃ。」


三組の進撃は破竹の勢いであった。並み居る雑魚を蹴散らし王宮目掛けて駆け抜けた。すると一同の進路に一人の影が現れた。


「そう好き勝手暴れられては困るずぉ」


一同の視界に見覚えのあるシルエットが飛び込んだ。


「ん?おい在悟、あれは」


「ああ。“奴”だ」


一同は足を止めた。


「久し振りだぬぁお前るぁ」


幾何学模様のワイシャツに黒いサスペンダーを履いた中年の男が尊大な態度で三組の行く手を阻む。男はかつて彼等の教鞭を取った北辰高校の数学教師――


「尾伊良……先生……ッ!!」


「ンどぅあ」


気付けば周囲から偏差値隊の気配は消えており道を阻むのは風雲急を告げる尾伊良ただ一人となっていた。


「……して、一応聞くがお前ら一体何しに来とぁ?」


「縁際の首を取りに来た」


尾伊良は在悟の即答に大きな溜め息を吐いてがっくりと肩を落とした。


「桜函には一縷の望みを託していたんだぐぁ、やはり所詮は三組ごときに埋もれる馬鹿の類いであったくぁ」


尾伊良はもう一度に溜め息を吐いた。項垂れた頭を上げ威圧的な瞳を睨みきかせる。ポケットに突っ込んでいた手をすうっと抜いた。


「来るッ!!」


危険を察知した万暮が喚起する。尾伊良の瞳孔が収縮しこめかみに血管が走った。


「死ぬぇッ!」


尾伊良の視線の先の空間が収束を始め歪曲する。不可視の力によって限界まで屈折した空間は苛烈な炸裂を起こして周囲を破砕した。


「……あの能力、やばいな」


「どういう理屈だぁ~ありゃあ?」


ようやく歩みを進める尾伊良のそれは獲物を狩る者の目であった。


「陛下に仇為す害虫共むぇ!鼠一匹逃さんずぉ……帝国三将が一人、数学統括長“虚数解”尾伊良修則がまとめて成敗してれるぁぁアッ!!」


徐々に歩く速度を上げ遂に走り出した。尾伊良は再び一同を捉えた瞳に力を込めた。


「散れ!散るんだ!固まれば殺される!逃げながら王宮を目指すんだ!」


在悟が大声で促すと皆が叫び声を上げながら散り散りに解散した。もちろん在悟自身も既に全力で走り出していた。


「言ったはずどぁ。鼠一匹逃さん、とぉ」


「?!」


抜き去ったはずの尾伊良がゆらりと現れ在悟の耳元で囁いた。おどろおどろしい低い声の囁きに背筋が凍り付いた。


「知らなかったのくぁ?生徒は教師から逃げられぬぁい」


在悟は咄嗟に跳躍して距離を取りながら腰の刀に手を掛けた。


「“(エックス)じ――


「“修則(おさのり)ちゃんインパクト”ッ!!」


尾伊良の怒号が在悟の抗いを飲み込み掻き消した。男を中心に広がる衝撃波が地面を砕いて打ち上げながら波及する。


「ぐッ!」


「在悟!」


身を削る烈空に身を置きながらも必死でその場に踏ん張る在悟の右手は手探りに携えた刀の柄を探していた。


「帝国の……ッ」


「んぁ?」


「帝国の狙いは、なんだ……ッ?」


「貴様らのような逆賊に聴かせてやる必要などぬぁい」


「そうか、ならば結構……ッ!」


問答で時間を稼いだ間に刀の柄を握っていた。親指を押し当て一気に抜刀する。


「させるかボケェェ!」


が、それよりも速く尾伊良の蹴りが鳩尾にめり込んだ。


「ぐはッ!」


在悟は後ろに吹っ飛んだ。臓腑に直撃した衝撃が呼吸を乱し体の自由を奪った。


「時間稼ぎの間に奇襲を仕掛ける算段を整える……と、思わせておいてその隙に仲間を逃がす。いい作戦どぁ。俺が相手でなければぬぁ」


「言ってろ、三下……ぐはッ!」


鈍い痛みが走った。尾伊良が地面に這いつくばる在悟の背中を思い切り踏みつけたのだ。尾伊良は在悟を踏みつけたまましゃがみこみ彼の髪を鷲掴みにすると仲間の進路に目を向けさせた。


「なら見てるぉ」


皆必死で走っていた。その背中を冷酷な瞳で捉えたまま尾伊良は親指と中指をくっつけ指先に力を込めた。


「やめろ!」


「“修則(おさのり)ちゃんダイナマイト”」


指を鳴らした。すぐに先行する一同の周囲の空間が歪んで炸裂を巻き起こした。


「ぐわあああああ!」


「ぎゃあああああ!」


衝撃とともに何人もの悲鳴と体が打ち上げられた。


「ヤバいヤバいヤバいでござる!このままでは全滅でござるよ!」


体力不足のため集団から遅れていた鬼平が戦慄に身を震わせていた。


「行って、地徹くんだけでも先に進むんだ……!」


「うっ……うっ……!」


地に伏した久兵衛が使命を託した。悲壮な表情を浮かべた鬼平は走り出した。


「死ぬのは嫌だ!拙者には戦えないでござるー!」


「あっ!こら待てつって!」


敵から鬼平は逃げ出した。目的のためにではなく自己保身のために逃げ出したのだ。


「くっ……まずいことになったけんね」


その様子を見ていた穂入は思わず苦虫を噛んだ。すると這いつくばる彼の横を何かが横切った。


「ぐぎゃあ!」


「鬼平!」


突然、背中を炎に焼かれた鬼平は悲鳴を上げながらのたうちまわった。


「きょーきょっきょ!逃がさぬと言ったら逃がさぬえ?小童共……!」


逆風が嵐を呼ぶ。




つづく...


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