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カルマの焔  作者: れっちゅん
第一章 カルマの焔
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第六話「曇天下の衝突」

あれから二週間が過ぎた。

隠密に攻撃を仕掛けていた政治家達は開き直って物量に物を言わせた攻撃を仕掛けた。しかし総攻撃はことごとく退けられ派遣された隊は全滅、僅かに生き残った者も拉致された。

特筆すべき事といえば痺れを切らした官僚達が一瞬にして都市一つを更地にする破壊力を持つ弾道ミサイルを使用したことだ。だが問題はそこではない。重要なのは帝国がそのミサイルをそれ以上の技術で作られたミサイルで迎撃したことだ。その後帝国に向けてミサイルを発射した基地は無数の弾道兵器によって跡形もなく消し飛ばされたそうだ。一見ふざけたように見える帝国だが、単純な白兵力だけでなく高度な技術も有していたのだ。

この事件を皮切りに全国各地に“偏差値隊”と呼ばれる帝国の尖兵が一斉に放たれた。帝国に洗脳された主に学生から成る一般人で構成された偏差値隊は偏差値狩りを行うことで鼠算式にその数を増していた。

こうして帝国の兵力は急増し支配勢力は一気に拡大、空港等のいわゆる水際を破壊し尽くされた日本に逃げ場などなかった。


そして迎えたのが今日という日だった。


「とうとうこの日が来たな」


「ああ」


廃墟と化した校舎の一角に割れた窓から日が射した。誰もが思い思いに武器や道具の手入れをしていた。


「そろそろ行くぞ」


時計の針は午前十時を指していた。在悟が教室を後にすると一人、また一人と廊下へ出ていった。空の教室の黒板には白い文字で大きく「世界に明日を取り戻せ。革命の志士ジ・サード」と書かれていた。




陰鬱とした郊外とは打って変わって帝国の都市部は活気に満ちていた。


帝国は一時的に本部を天啓キャンパスから閃偉キャンパスに移すことを発表した。皇帝縁際がおはす閃偉キャンパスへ続く道路の脇を足枷の無い奴隷達が埋めていた。まだ偏差値の残された民達や皇帝に陶酔しきった者達がひしめき合っている。今日は帝国が建国記念に盛大なパレードがある。


「縁際さんの怖いところは本人も分からぬうちに相手の心を痛みなく腐らせていくとこッスね」


帝国は領土の整備に腐心していた。だが急ピッチに進められていたのは例えばこの壮大な大通りのような帝国にとって利のある交通網や建造物だった。

その大通りの脇に立つ廃ビルから双眼鏡片手に民衆の様子を窺っていた津宇が言った。それを聞いて鬼平が唸った。


「にしても意外でござる。いくら武力が抜きん出ていると言っても肝心の指導者が縁際殿、整備の崩壊は免れぬと思っていたでござるが……」


迷彩柄の服に身を包んだ鬼平は津宇の隣で肉眼のまま目下を見下ろし呟いた。


「違うつって。縁際にそんな真似出来るかってんだ。裏で上手く糸引いてる奴がいるんだつって」


荷揃(にづくり)譚慈(たんじ)が唾を吐き捨てながら言った。


「だとしたら縁際さんの要望に沿いながら統率を図れるなんてとんでもない策士ッスよ」


「だがその支配を叶えるための政略で多くの血が流れたんだって」


津宇は双眼鏡を覗いたまま黙り込んだ。


「上手く行くといいッスよね。作戦」


「馬鹿野郎。上手くいかせるんだつって」




王国へ真っ直ぐ続く道路は広かった。道路と歩道の境にはよく教育の行き届いた偏差値隊が配列されており厳戒体制が敷かれていた。


「パレードが始まるまるで一時間を切ったわ。街頭では祝砲と花火が打ち上がってる」


混み合う民衆の中でコートを纏った少女が携帯に語り駆けた。


「あっ、ごめんなさい」


花南が通話に集中していると帽子を深く被った男と肩がぶつかった。男は何も言わず去っていきやがて雑踏の波に呑まれて消えた。


〈花南さん聞こえる?〉


「ええ。それ以外に特に異常はないわ」


〈分かった。花南さんはそのまま大通りの情報をよろしく〉


路地裏の杏也が応えた。久兵衛は集中しているのか隣で壁に凭れ一点を見つめていた。

花南は通話を切り空を見上げた。


「……曇ってきたわね」


空はいつの間にかどんよりと雲行きが怪しくなっていた。




「今のところ異常は見受けられないそうだぜ」


「の、ようだな」


とあるビルの非常階段を登りながら男達が会話をしていた。在悟と潮、そして邦松(くにまつ)(じょう)納東(なとう)雄生(ゆうき)の四人だ。


「縁際の乗ったパレードカーがこのビルの前を通ったのを合図に一斉に地上の雑踏に紛れた奴等で一気に囲む。俺達はビルから車に飛び乗り縁際を叩く。いけるなこれは」


潮は言い聞かせるように呟いた。


「いざとなれば俺が援護してやらぁ。俺の弾は百発百中、なんたってぇ……」


「だが問題は縁際の取り巻き達だぜ。分かっているだけでも七人、やべえ奴らが三人いるじゃん」


邦松の一人語りを無視して納東が投げ掛けた。しばらく、話を聞いていない邦松の一人語りだけが階段の闇に響いては吸い込まれた。


「そのためにみんながいる。」


「……それもそうだな」


いつの間にか邦松も黙っていた。緊張と不安で胸が一杯なのは在悟も同じだった。だがその感情を決して口には出さなかった。強く揺るぎない信念と信頼が彼の決意を支えていた。沈黙したまま屋上を目指していると携帯に電話に着信が入った。


〈もしもし!在悟くん!?〉


(すばる)さんか。どうした?」


電話越しに聞こえてきたのは(すばる)小春(こはる)の慌てた声だった。


〈急いで配置について!〉


「どういうことだ?パレードまではあと一時間はあるだろ」


〈縁際くんの気紛れで今からパレードが始まるのよ!〉


「なんだと!?」


〈理由は分からないけどアナウンスで予定の前倒しを呼び掛けているの。上級偏差値隊による行進も始まってるみたい……って、もしもし?在悟くん?〉


在悟は血相を変え急いで階段を駆け上がった。


「どうしたってんだ在悟!外でなにが起きてるんや?」


在悟に追い付かんと全力で蹴上がりながら潮が尋ねた。


「もうパレードが始まったらしい。帝国の隊はすでにキャンパスを立ったようだ」


「それはやばいな!まだ配置に着いてない奴らもおんのに」


「建国記念の祭典を予告なしに前倒しかい。なかなかやってくれるねぇ」


「さすが縁際ってとこじゃん……!」


あまりにも突然の展開に一同は思わず苦笑いした。最後の踊り場を横切り屋上の扉を勢いに任せて押し開ける。


「はァ、はァ……なるほどな」


息を切らして空を見上げた在悟は一人呟いた。空を覆う雲は先程より重みを増しており湿った風が吹き抜けた。


「天気の気紛れに誘発されたか」


「雨で前倒しって……気持ちは分かるが国を挙げての祭りだぜ、こりゃあ」


「おいおい、お二人さん。立ち話してる暇なんてなさそうだぜぇ」


道路に面した側の柵にもたれ掛かった邦松が下を見下ろし呼び掛けた。潮と二人も柵に手を掛け下を見下ろした。


「見ろよあれを。偏差値が低いはずの偏差値隊が規則正しい隊列を組んで行進してやがらぁ」


「先頭を切る偏差値隊にはバッジが三つある。上級戦闘員じゃん」


双眼鏡――ではなく、ゴーグルを掛けた納東が言った。


「前倒しにこそなったが流れとしてはこの行進の後に間隔を少し空けて縁際を乗せたパレードカーが凱旋することになっていたはずだ」


在悟は半分周囲の三人への最終確認も兼ねて呟いた。


「少し焦ったが他の連中の配置も間に合いそうじゃん」


「言うてる間にやな。決戦のときは」


「ああ。そうだな」


気が付くと風が強くなっていた。沸き立つ民衆の声は怨嗟か祝福か。そういえば此処に来る前にも今と同じような心境になっていたなと在悟は思った。


「縁際。お前は一体……」


空の心でぽつりと呟きかけたその時、在悟の懐でまた携帯が震えた。着信画面を見ると假屋崎(かりやざき)梵土(ぼんど)の名前が表示されていた。


「こちら桜函」


〈どー!どー!〉


通話をオンにした瞬間、携帯の向こうで慌てまくる男達の声が聞こえた。梵土の班は情報管轄に当たっていた。頭脳は優秀なのだが癖の強い連中が固まっていたので不測の事態が起きてパニックになっているのかもしれない。


「落ち着け。まずは深呼吸しろ。息が整ったら用件を言ってくれ」


〈おい達が張った赤外線感知エリアをパレードカーが通過したどー!へりぞーが作戦決行地点に到達するまで五分を切ったどー!〉


一気に緊張が高まった。在悟は全身の血液が沸騰するような体温の上昇を自覚した。


〈…………ぽにそぃ。〉


〈どー!どー!〉


在悟は根尻(ねじり)慶造(けいぞう)と梵土の理解不能のやり取りを無視して通話を切った。そして、無線を手に取り一斉送話のボタンを押して唇を近付ける。


「聞こえるか。俺だ。桜函在悟だ」


ある者は無線に耳をあて、ある者は自分の使命に集中して、ある者は同じ空を見上げながら在悟の言葉に耳を傾けた。


〈縁際を乗せたパレードカーが警戒区域を通過したそうだ。あと数分もすれば俺達が待機するこの地点にやって来る。俺がいる廃ビルの真正面を横切った瞬間、作戦は開始する〉


当然返事は返ってこない。だが緊張や不安、皆がどのような心境でこの送話を聞いているのか容易に想像できた。


「真実を知ってからたった二週間だけど、みんなが支えてくれたから俺はリーダーでいられた」


どんな言葉を投げ掛けても拭えぬ恐怖。在悟でさえ本当は今にも逃げ出したい感情だった。できれば誰か知らない第三者が全て丸く解決してくれたらいいなと思ってる。だがそれは有り得ないし在悟はリーダーだ。震える手足に力を込めて虚勢を張って立ち上がっている。


〈後から入ってきたくせに偉そうに命令したこともあったと思う。ごめんな。本当にごめん。そしてありがとう〉


「在悟……」


皆もまた在悟のことは理解していた。だからこそ今日という日までついてきた。今日という日を託した。


〈でもこれが最後の命令だ〉


恐怖と焦燥で闇に閉ざされそうな時こそ光が強く射す。今、発破を掛けるべき自分自身でさえもが絶望に飲まれそうな在悟にできることは――


「生きろ。生きて帰れ。それが俺からの最後の命令だ」


強がることだ。彼が希望の灯火になることだ。彼の勇気にあてられて皆の心にもまた勇気の火が灯る。真っ暗な闇をうっすら照らす小さな火種が凍った心を温め溶かしていった。


〈生きて帰ったら何してくれるんや?〉


潮が冗談を飛ばした。振り返ると潮はにやにやしながら親指を立てていた。無線のマイクはその言葉を拾ってしまったようだがわざと狙って声を張ったのだろう。


「そうだな。じゃあ同窓会の仕切り直しをしよう。今度は三十三人全員でだ。全部俺が奢ってやるよ」


「言っちまったぜぇ?在悟さんよぉ!」


邦松が肩を組んで揺らして茶化す。緊張した場が和んだ。


「二言はないさ。みんなも約束は守れよ!」


皆の口元に笑みが浮かんだ。それぞれが各々の役目を胸に立ち上がる。


「おい、在悟」


納東が目で合図した。


「来なすなったで。諸悪の根源が」


在悟達の瞳に一台の車が写った。派手な装飾をぶら下げ我が物顔で道路を辿る一台の凱旋車だ。巨大な運命を乗せて車輪が回り回る。

在悟の無線を握る力が強くなった。


「もう一度言う。約束は守れよみんな。間違えても命を落とすようなことはしてくれるな」


一同の気が引き締まる。遂にこのときがやって来たのだ。


「生きてまた会おう。健闘を祈る!」


激励の言葉を最後に無線の送話は切られた。


「行くぜ在悟。俺たちで未来を取り返すんや」


「ああ……」


在悟の瞳には徐々に近付く凱旋車だけが揺れていた。

そして帯刀した刃の柄に手を当てた。


「全部取り返させてもらうぞ。縁際希空ッッッ!!!」




つづく...


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