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カルマの焔  作者: れっちゅん
第一章 カルマの焔
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第三話「集結する"III"」

「はッ、はッ……」


あれから一年の月日が流れた。あの時とは違い季節は少し進んで夏。辺りはうっすら暗く夕方特有の涼しさが街を包む。


「見えてきた……」


汗をしたらせた青年が自転車に跨がり風を切った。遅刻したのか寝坊したのか、どうやら青年は急いでいるらしい。目的地に到着するやいなやその青年は自転車から飛び降り慌てて建物の中へ駆け込んだ。


「間に合った!」


「おお、来たか在悟!」


在悟が慌てて飛び込んだ場所は居酒屋だった。店内の入り口で一年振りに見る杏也が膝に手をつく在悟の背中を懐かしそうに叩いた。


「うわっ!お前汗でびちょびちょじゃねぇか!その服で行くのか?」


「はあ、はあ……いや、一応ばたばたするのは分かってたから着替えは持ってきてるけど」


「そうか。じゃあみんな待ってるからはやく着替えてこいよ。ちゃちゃっと髪も整えてな」


杏也はそう促して店の奥へと進んでいった。最後に彼は付け足すようにこう言った。


「今日はせっかくの同窓会なんだからさ」




「お待たせ。少しばたばたして遅れちゃった」


店内はいかにも大衆居酒屋といった雰囲気の趣向で在悟が予約の部屋の襖を開けると歓迎の声が沸いた。


「おー在悟!久し振りじゃけん。元気にしてたか?」


「穂入か。俺は見ての通り元気さ」


座敷に上がった在悟が適当な座席を探しているとちょうど有井(ありい)穂入(ほいり)の隣に空席があったのでそこに腰を降ろした。


「穂入の方こそ最近はどうなんだ?」


「おいは一浪した末になんとか地方の医学部受かったけど四苦八苦だよ。受験も地獄だったけど大学に入ってからの方がやばいけん」


「やっぱり医者になるのは大変なんだな」


「周りはエリートばっかだし学費も高いから留年なんてできないからもう必死よ」


穂入は一頻り喋り終えると大きな溜め息をついた。だが苦難しながらも夢のために必死に現実に食らい付く穂入の姿勢には深く感心するところがあった。


「頑張ればきっといいことあるって」


「うん。ありがとう」


在悟は二、三度穂入の背中を叩いて激励の言葉を贈った。


「みんなー!静粛にー!」


懐かしい顔ぶれで賑わう中、一人の青年の声が皆の視線を注目させた。声の主は勘治(かんじ)三四郎(さんしろう)だった。


「集まったのは三十三人中、二十九人か。ほぼほぼ集まったな」


三四郎は座敷を見渡し呟いた。四人のうち二人の不在の理由はすでに本人達から連絡を受けていた。


「そろそろ乾杯の音頭を取るゾー!みんなグラスを手に取ってー!」


一同は促されるままにグラスを手にした。未成年の者もいるので最初の一杯は全員ソフトドリンクだった。

三四郎は雰囲気を出すためにわざとらしく咳払いをしてグラスを掲げた。


「それでは、三年三組の再開を祝して……乾杯ッ!」


「乾杯!」




「そしたらさぁ、医学書だけでウン万するんだぜ?もうやってらんねぇよぉ」


「ははは、それは災難だったな。それよりも飲み過ぎじゃないか?まだ同窓会始まったばっかりだぞ」


「いいんじゃあ!飲まんとやってられんけん……」


在悟は酒の勢いで次から次に出てくる穂入の愚痴に付き合っていた。在悟自身、皆の話を聞いて回りたかったので彼の吐露を聞くのは苦ではなかったのだが、図らずして献身的な在悟の姿勢が穂入のアルコールのペースを早めてしまっていた。


「ほんっろにもークラリるロマイひむ……」


「あ、寝た」


穂入は意味不明な言葉を言い残してから同窓会開始早々に熟睡してしまった。在悟が後処理に困っていると陽気な笑い声が聞こえてきた。


「おぃおぃおぃ、穂入ぃ~っ!もぉーバタンキューかよぉ~?」


「穂入、酒弱かったんだな」


「延跳に黒澤じゃないか。ちょうど良かった。穂入どかすの手伝ってくれ」


延跳(えんばね)(ひかる)黒澤(くろさわ)(あゆむ)。延跳は見た目通りノリの軽い陽気な男で誰とでも仲良くできる奴だ。黒澤は身長が高く寡黙な男だ。紋人もかなり大柄な体格だが身長は黒澤の方が大きい。余談だが黒澤は十九歳だ。


「せーのっ」


泥のように眠った穂入は近くの壁際にほっぽかされた。何やらぶつぶつと寝言を垂れながら時折涎を吸い上げる音を立てた。


「ん~、むにゃむにゃ……オメぴゅラろおりゅ」


「さっきから何を言ってるんだろなぁ~あいつ」


「たぶん薬の名前かなんかじゃないか?可哀想に……夢に出てくるほど参ってたんだな。そっとしといてやろう」


在悟は穂入に備え付けのタオルケットを被せると自分の席に戻った。在悟達は気を取り直して三人で乾杯した。


「俺、二人の進路あまり知らなかったんだけど何してるんだ?」


在悟が尋ねた。やはり黒澤よりも先に延跳が答えた。


「俺はフリーターよぉ~」


「詳しいことは知らないけどたしか大学には合格したって言ってなかったか?」


「合格はしたさぁ~。でもやっぱり俺のやりたいことは此処にはないと思ってさ……辞めちゃった!」


延跳はけろっとしてるが大学を退学するのは大きな決断だ。何か大きな転機があったに違いない。


「それで今は何を目指してるんだ?」


「そりゃあおめぇ……模索中だよ」


「そ、そっか」


在悟の予想は外れていた。少し肩透かしを喰らったような気分になった。


「でも、」


延跳は言葉を続けた。


「俺はやっぱり俺にしか出来ないことを追いかけたいと思う。だから、今やるべきことは板書したりレポートに追われたりすることじゃないって思ったんだ」


在悟は正直驚いた。延跳が思っていることは少なからず自分の理念と重なる所があったからだ。彼もまた理系の意志を持つものだった。在悟は彼に垣間見えた気高さが自分のことのように誇らしくなった。


「俺のことは置いといてぇ……歩ぅ~っ!お前の近況、バシッと報告したれよぉ~」


延跳が気恥ずかしさを茶化すように黒澤の肩に腕をまわして彼の体を揺さぶった。黒澤は少し鬱陶しそうに眉間に小さく皺を寄せた。そのまま口にしていたグラスの水を一気に飲み干し口を開いた。


「大学生」


「そっか」


なんとも言えない空気が流れた。話す順番が悪かったのかもしれない。


「おぃおぃ、なんだよその面白くない答えはよぉ~っ!」


言葉とは裏腹に腹を抱えて笑う延跳を黒澤がじとっと睨んだ。


「誘ったくせに先に辞めたお前のせいだよ」


「それは延跳が悪いな」


「うひひ……いや、たしかに俺が悪かった。あの大学にしようって言ったのは俺だもんなぁ~……うくく」


「お前、反省してないだろ」


余程ツボだったのか悪びれず腹が捩れるほど笑う延跳は笑いが収まるまで一人にしてくれと言い残し何処かへ行ってしまった。取り残された黒澤は重い溜め息をついた。



「そういえばまだ来てない四人ってのは」


「ん?」


話題転換に在悟が切り出した。


(うしお)虎徹(こてつ)は用事で遅れるって聞いてたけどあとの二人は何も連絡なかったよな?」


黒澤はピクリと眉を動かし神妙な面持ちになった。わけありげに少し間を開けると空のグラスを机に置いた。


「縁際と神哭(かんなき)のことか」


「ああ」


「実を言うとな、今日の集まりの話の核はそこなんだ」


「と、いうと?」


酒の席で賑わう同窓会の席で二人の間に張り詰めた空気が流れた。


「この二人に関しては誰も連絡が取れなくてな。神哭についてはもともと一匹狼みたいな節があったからまだ分かる。一番親交の深かった花井(はない)が連絡先を知らなかったくらいだからな。問題は――」


「縁際か」


黒澤は黙って頷いた。


「あいつは馬鹿だったが交遊関係は広かった。割りとあいつを慕っている奴も多かったはずだ。だが、誰も連絡がつかなかったんだ。いや、つかなくなったという方が正しいな」


先程から意味深な発言をする黒澤に在悟は顔を曇らせた。こと縁際のことだからいくらなんでも杞憂だと思った。


「考えすぎじゃないか?むしろこれだけの人数が集まる方が珍しいくらいだ」


「理由はそれだけじゃないのよ」


突然大人びた女性の声が聞こえてきた。振り返ると少し離れたところで黒服の女が腕を組んで壁に背中を預けていた。


花南(かなん)さん!」


「久しいわね」


花南(かなん)妃奈子(ひなこ)。寡黙で歳に合わない落ち着いた雰囲気の彼女は読書が趣味で当時は図書委員を務めていた。

彼女は艶やかな黒髪をたなびかせ在悟の隣に腰を降ろした。


「最近妙な噂が立ってるの」


「噂?」


花南は返事の代わりに事の詳細を話してくれた。


「縁際君が行ってる大学、特に彼の通うキャンパス周辺で失踪事件が多発してるらしいわ。」


彼女は片手でくるくると空のグラスを回しながら視線を中の氷へと落としながら話した。


「初耳だな。そんな話ニュースでもやっていない」


「失踪だけじゃない、近隣の治安そのものが悪化しているとも聞くわ。まるで都市が無法化していくみたいにね」


「…………」


在悟はもう黙って聞いていた。にわかには信じがたいがこの話にはどこか信憑性があった。在悟の深層心理に働く縁際希空という引っ掛かりがそう彼を納得させていた。

横で静かに聞いていた黒澤が話を続けた。


「それともうひとつ。北高の先生の何人かも突然姿を消したらしい」


「なんだって!?」


これにはさすがの在悟も驚いた。北辰ヶ崎高校――北高は彼等の母校だ。そんな話は全く聞いていなかった。


「今回の同窓会、本当は小揺先生も招待する予定だったんだ。だが縁際同様音信不通でな、心配だったから直接学校に問い合わせてみたら半年前に突然姿を眩ませたそうだ」


在悟は動揺を隠せなかった。聞きたいことが多すぎてパニックになりそうだった。


「ちょっと待て、何人かってことは他にもいなくなった先生達がいるってのか?」


「今分かってるだけでも一組の尾伊良先生、二組の桜邊の行方が不明だ」


在悟は頭を思わず抱えた。水面下で想像を超えた何かが動き出していることだけは理解した。


「何がどうなってるんだ」


無知。己の不甲斐なさを噛み締めるように在悟は髪をかきむしった。


「久し振り……と、言いたいところだけどばつの悪そうな顔をしてるねぇ」


聞き覚えのある若い声が背後で聞こえた。


「久兵衛!」


「やあ。困っているようだねぇ」


小柄な体の青年が腰をかけた。常に笑いを含ませた表情を崩して久兵衛がふっと一息。


「思わせ振りで悪いけど僕から君に提供できる情報はないんだ」


「でもたしか久兵衛は縁際と同じ大学だったよな」


「キャンパスが違うんだよ。彼が違う学科に回されたのは知っていたけど離れ離れになると知ったのは後からさ」


久兵衛は遠い目で壁を見つめた。


「もう少し早ければ何かしてやれたかもしれないなぁ……」


「久兵衛?」


在悟が顔を覗き込んだ。久兵衛は目を合わさず視線を緒とした。


「でも一つ言えることがある。君もうすうす気づいてると思うけど、修基大学は間違いなく縁際くんの支配下になりつつある」


「なっ……」


二の句が繋げなかった。正直意味が分からなかった。聞くべきことは思い付くのに頭が追い付かなかった。左右で聞いていた黒澤や花南も黙って聞いていた。


「どうすればいいんだ俺達は」


予想も覚悟もなかった。置き去りにされた秀才、在悟の頭脳は自戒した。


「そのための同窓会だゾ」


隣の机の奥から勢いよく徳利を置く音が響いた。


「三四郎……?」


在悟はさ迷う焦点をなんとか彼の姿に当てる。


「左様。今宵の集まり、真の目的は救世の旗揚げこそにある」


三四郎の横で元生徒会長の密ヶみつがみね堂悦どうえつが静かに立ち上がった。周囲の皆が真剣な眼差しで彼の姿を黙視していた。


「悪漢、縁際希空は帝国建国を企んでいる!我等は今宵、その蛮政を阻止せんが為に立ち上がったレジスタンス『ジ・ザード』!この手で奴の野望を食い止めるのだ!」


彼の打ち上げられた拳に皆もまた拳で応えた。在悟は理解と把握が相変わらず置いてきぼりで合致する一体感に圧倒されていた。

皆が鼓舞の雄叫びを上げていると弾けるように襖が開けられた。


「何奴!」


遅れてきたのは居相(いあい)虎徹(こてつ)だった。その表情には焦燥が浮かんでいた。


「帝国が……動き出した……ッ!!」




つづく...


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