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カルマの焔  作者: れっちゅん
第一章 カルマの焔
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第二話「帰路」

「あいつ遅いな」


「尾伊良先生に捕まったんだから、そりゃあねぇ」


卒業の文字がどこか寂しい看板が突っ立つ正門に三人はいた。


「先生らからしたらわしらと次また会えるか分からんからのう。長話しとうなるのもわかるじゃろう」


「地元離れる奴もいるしな」


「結局うちのクラスも結構散り散りになっちゃったからねぇ」


理系大学は文系大学に比べて数が少ない。本来なら同級生の大多数が同じ大学へ進学することも珍しくないのだが、どうやら三組は学力や進路のばらつきが大きかったらしく久兵衛の言うとおり個々が散り散りに巣立っていく形と相成った。


「雪も降って寒いのにこんなところで何してるんですかーっと」


三人が井戸端会議をしていると校舎から二人の女性がやって来た。


「あっ、護井(ごい)先生」


「うふふーっ。私もいますよーん」


集野(つどいの)先生もいたんですね」


護井(ごい)琴葉(ことは)は国語の先生だ。理系である三組はあまり接点を持たないが歳も若く落ち着いていて男子生徒からの支持は熱い。


「卒業式も終わって長話したくなるのも分かるけど風邪引きますよーっと」


護井は独特の間延びした声で彼等の帰宅を促した。


「長話垂れとるんは尾伊良先生じゃあ。在悟と待ち合わとるがあいつは今も先生に捕まってもうとる」


「在悟君ならさっき見かけましたよーん」


「えっ、まじで?」


意図せず得た英語教諭集野(つどいの)芽衣(めい)の情報に杏也と久兵衛は驚いた。


「じゃあもうすぐ来そうだね」


「あいつは人待たせて油売るような奴ではないだろ」


「中庭で縁際君といましたよーん」


「えぇー……」


「在悟じゃなかったらしばいとるのう」


「ちょっと様子見てくるか」




曇天模様の空の下、粉雪が拐われ風に舞う。


「こんなところで何してるの?縁際くん」


「聞いて大園さーん!この敵全然倒せないんだじょー!絶対チート使ってるじょー」


予報によると今日は季節外れに寒くなる一日だった。だのにこの少年、縁際希空は一人中庭でゲームに興じていた。


「えへへ。えっと、よく分からないけどこんなところに一人でいたら風邪引いちゃうよ?」


「あでょー!さっきまで誉多先生と喋っていたんだじょー」


「誉多先生?珍しいね。いつも音楽室で音楽の研究に没頭してるのに」


誉多(こんだ)志希(しき)は音楽教諭だ。音楽にしか興味のない彼女の授業は生徒の自主性こそ謳っているがもはや放任のそれに近い。それをよく知る纏にとって誉多がましてや縁際と話しているという事実は不思議以外のなんでもなかった。


「ところで荘地たちを見かけなかったか?」


それとなく在悟が尋ねた。


「さっきみんな見かけたじょー!どこに行ったかは知らないけどどっか行ったじょー!」


「そうか。たぶん正門だな」


在悟はさっと踵を返した。纏もそれに付いていく。


「じゃ、在悟さん、大園さん!ばいばーい!」


縁際は満面の笑みで手を振った。いっそ清々しい見送りに在吾と纏は足を止めた。


「ばいばいって……縁際は帰らないのか?」


「このゲームクリアーしてないからまだ行かないじょー!」


在悟は楽しそうにゲーム画面とにらめっこする縁際の顔をじっと見つめた。


「……縁際が俺のことをどう思ってるか分からないけど杏也や久兵衛とは仲が良かっただろ。」


「在悟?」


纒は嫌な予感がして在悟の顔を覗き込んだ。


「そのゲームは今しかできないことなのか?今やらなきゃ後悔するものなのか?」


「いや!暇つぶしだじょー!」


縁際は忙しく指先を動かしながら他意に答えた。


「今日は卒業式だぞ」


「知ってるじょー」


「高校生活は今日で終わりなんだぞ」


「知ってるじょー」


「三年三組は今日で終わりなんだぞ」


「知ってるじょー」


「もうみんなと会えないかもしれないんだぞ」


「知って――」


「……なあ、縁際」


在悟は縁際が返事をしきる前に言葉を繋いだ。


「お前は何のために生きているんだ?」


「あでょー!」


束の間の静寂の後ゲームオーバーを告げる憐れなエフェクト音が流れた。




「にしても在悟君と縁際君はなに話してるんだろうねぇ」


先程通った帰路を辿って三人は中庭を目指した。


「あいつら仲は悪くないけど性格的には水と油だからな。へりぞーが一方的に喋ってるとこしか見たことないや」


「なんじゃああの人だかりは」


紋人が話の腰を折って校庭を指差した。


「今日はエネルギッシュ早乙女(さおとめ)の卒業ライブに来てくれてどうもありがとうだゼーーーット!」


「うおおおおおおおッ!!」


盛り上がる人だかりに囲まれて木に竹を接いだようなお立ち台の上で奇抜な格好の学生が熱唱していた。


「あれは隣のクラスの早乙女か。たしかバンド部の奴だろ」


「文系のエリートクラスである二組の面子の中でも頭が良い方らしいけど人は見た目じゃ分からないねぇ」


「にしても凄い人気じゃのう」


紋人はどうも理解しがたい趣向だと言わんばかりに眉をひそめた。


「うちのクラスの奴もいるぞ。ほらあそこに延跳(えんばね)もいるし」


杏也が目を遣った先には群衆に混じって熱狂する延跳(えんばね)(ひかり)のほか何人かのクラスメイトの姿も見受けられた。


「ネルギッシュ!ネルギッシュ!」


沸き立つネルギッシュコールを三人は呆然と眺めていた。


「盛り上がってるねぇ」


「うん。特に延跳はああいうの好きだろうな」


「あっ、あそこに一組の百京(ひゃっけい)くんもいるよ。学校全体で見てもトップクラスの成績だったから意外だなぁ」


「受験も終わったしはっちゃけたい気分なんだろうな」


三人は勝手に納得し頷いた。


「あっ!在悟くんの所に行かなきゃ!」


突然久兵衛が大声を上げた。狂騒に埋もれて中庭に行くことを忘れていたのだ。


「そうだ、すっかり忘れてた」


「わしらが入れ違ってしまっては本末転倒じゃのう」


三人は小走りでその場を後にした。すると、また紋人が急に立ち止まった。


「いてッ!急に立ち止まるなよ」


「いや、あそこに誰かいるんじゃあ」


「あそこ?」


杏也は紋人の陰から身体を反らして体育館裏の人影に目を向けた。


「あれは……古郷(こごう)先生じゃないかな?」


さらに杏也の後ろから顔を覗かせた久兵衛が言った。


「古郷先生?学年主任のあの人がなんであんなところに」


古郷(こごう)郎延(ろうえん)は国語教諭であり学年主任も担う教師である。年齢よりも活力溢れる印象の初老の男で、そのニヒルな風貌と落ち着いた貫禄のある喋りで生徒からの人気は絶大だ。


「誰かと話してるみたいだねぇ」


向こうはこちらの気配に気付いていないようだったが、古郷が誰と話しているかは建物が死角で良く分からなかった。ただ、古郷の表情を見て下らない立ち話をしているようではないことはなんとなく察した。


「告白かのう」


「バカ、先生幾つだと思ってるんだよ」


「でも人間的に魅力的な人だからあり得ないこともないけどねぇ」


「お前までなに言ってんだか……」


三人が夢中で聞き入っていると、


「なにしとんじゃあああああッッ!!」


鼓膜が破れるような怒号が校庭に響き渡った。慌てて振り替えると上下を真っ赤なジャージで揃えた男が竹刀を片手に歩いていた。


「やべっ!群青(ぐんじょう)先生だ」


杏也の顔から血の気が引いた。男の名は群青(ぐんじょう)(すすむ)、体育教官兼生活指導部長。弛んだ生徒に鉄拳を、緩んだ風紀に鉄槌を下す熱血漢だ。決して悪い人間ではないのだが恐怖政治さながらに振るわれる群青の愛の鞭がトラウマで彼の姿を見ただけで震え上がる生徒も少なくない。


「おいこら、お前ら卒業式や言うて調子こいとったらいてまうど!」


どうやら群青は体育館横に併設されてる体育教官室から卒業ライブの馬鹿騒ぎを聞きつけ激昂し怒りのままに飛び出してきたようだった。


「うわあああ!群青先生だ、はやく逃げろ!殺されるぞおおお!」


「待てこら、逃がさんどおおお!」


竹刀をぶんぶん振り回しながら駆け寄る群青を前に群衆は蜘蛛の子散らすように逃げ出した。


「……って、だからこんなことしてる場合じゃないって!」


久兵衛がまた叫んだ。


「そうだ、在悟!」


三人は我に還って顔を合わせた。今度こそは道草をしないようまっすぐ駆け出した。


「お前らだけはまったく若いくせに忘れっぽいのう」


「お前のせいだよ!」




「俺にはお前の考えていることがてんで分からない。教えてくれ。お前の生き甲斐は一体なんなんだ?」


「ちょっと在悟!」


纏は気まずそうな表情で在悟を叱咤した。在悟は別に縁際が嫌いなわけではなかった。だが二人の間には億万光年ほどの感性の差があった。在悟は縁際を認めつつもその距離にはもやもやを感じていた。だから聞かざるを得なかった。彼との違いはなんであるか。その答えを今日尋ねなければ永久に訊けない気がしてやまなかった。しばらくの沈黙のあと縁際が唇を開いた。


「おでのハッピーは……」


縁際が言いかけたその時、


「おーい、在悟ーーーっ!」


誰かが在悟を呼ぶ声が谺した。


「お前いつまで待たせるつもりだー!日が暮れちまうぞー!」


「荘地くんだ」


遠くで手を振り在悟を急かしていたのは先に校門で待っていた杏也達だった。


「って在悟、もしかして荘地くんたちに何も伝えずずっと立ち話してたの?」


「やべ、悪いことしたな……」


罪悪感とやってしまったという感情で在悟からの頭からさっきの質問は吹っ飛んでしまった。


「悪かった!今行く!」


「はやくしろよー!」


能天気な縁際は画面に視線を戻して再びゲームを始めた。


「急に変なこと言ってごめんな。俺はもう行くから落ち着いたらまた会おう!」


「うん、分かったじょー!ばいばいだじょー!」


一度だけ大きく手を振って在悟は三人のもとへ駆け出した。


「在悟さーーーん!」


「?」


どんどん離れていく在悟を縁際が呼び止めた。


「在悟さんは今幸せだじょー?」


唐突な質問に一瞬、在悟の思考が停止した。


「俺は……」


数秒考えた後在悟は息を吸い込んだ。


「在悟ぉぉぉーーーッ!!」


「い゛っ!?」


今度は紋人が大声で張り上げた。


「ええ加減にせえ在悟!わしらをなんぼほど待たせるつもりじゃあ!」


「実は僕らも寄り道してたんだけどねぇ……」


破天荒ではあるが普段は穏和な紋人ががなり声を立てたのだ。察するに相当なフラストレーションが溜まっているに違いない。


「ああー……悪い!やっぱりまた今度ゆっくり話そう」


「ほいほーい!ばいばいだじょー!」


在悟は大手を振って見送る縁際に数度手を振り返し今度こそ彼らのもとへ走り出した。縁際は逆光が眩しい彼らの背中をもの哀しげに眺めていた。


「……ばいばいだじょー。在悟さん」




「ごめんね、みんな」


「纒ちゃんが謝ることないじゃろう。悪いんは阿呆の在悟じゃあ」


紋人の鋭い視線が刺さってちくりと痛い。


「本当に悪かった。これからは気を付けるよ」


「そういえば」


久兵衛が話題転換のために口を開いた。


「縁際くんは僕らと一緒に帰らないの?」


「ああ。ゲームで倒せない敵がいるからまだ帰らないらしい」


皆縁際希空という人間をよく知っていたのであまり驚かなかった。


「友達よりゲームを取ったか」


「薄情もんめ」


縁際を卑下する二人を見て在悟達は苦笑いを浮かべた。だが彼らこそが心では誰よりも縁際のことを気に掛けていることを在悟は知っていた。


「俺はこっちだ」


曲がり角に差し掛かったとき在悟が言った。


「そうだな。またみんなで集まる時は呼ぶから絶対に来いよ!」


「そんなこといって誰も集まらなかったら承知しないぞ。三組は風来坊の集まりだからな」


在悟が茶化すと温かい笑いに包まれた。


「それもそうだな。努力するよ」


在悟は何も言わず微笑み手を振った。


「じゃあなー!また会う日まで!」


「またね。在悟」


こうして在悟の高校生活は幕を閉じた。話し足りないこと、遊び足りないことたくさんはあるが今はそっと胸の奥に閉まっておこうと思った。


「今から楽しみだな。同窓会」


薄暗い空に想いを馳せて在悟は一人帰路を歩いた。




つづく...



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