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しかし俺は逃げなかった。
俺の華麗なターンを見せる観客がいなかったというのも理由の一つだが、なーに、女の子が困ってるんだから助けに入るのが男ってもんよ。へへっ。
実際、危険はなさそうだしねー。
実は絡んでいる男も絡まれている女も全員子供だもん。推定四〜七歳ぐらい。
勿論、絡んでいるのが成人男性で絡まれているのが妙齢のお姉さんでも止めに入ったけどね。マジでマジマジ。
とはいったものの、流石に子供の諍いに大人が出て行くのはどうだろう?
俺は少し観察することにした。
絡まれている女の子は、赤茶の髪に赤い瞳をしている。俯きがちで弱った顔をしているが、もしかしたら絡んでいる男の子たちとは知り合いなのかもしれない。そんな空気感が出ている。
男の子たちの方は真ん中のガタイのいい奴がイライラしているのが見てとれる。焦げ茶色の短髪に青い瞳をしている。さっき怒鳴っていたのもこいつだ。
周りの二人もイライラした顔をしているが、どちらかといえば真ん中の奴に引っ張られている感があるな。
まぁなんにしろ、子供のケンカにもならない言い争い……いや、一方的にあの女の子が言われてるだけだから、言いがかりか。しかしなー、じゃあ怒鳴ったら逆効果だと思うんだよ。脅しみたいになってるし、女の子も萎縮しちゃってんじゃん。それじゃあアクト見せてもらえないだろうよ。なんでそんなに怒るんかね? ……はっ! ピーンとキタね。あれだ。小学生特有の好きな子に構っちゃう病気だ。……しかしあれはなー、女の子からしたら迷惑だし悪印象しか残らないから、その後くっつくことはないと思うんだけど乱暴系男子はやっちゃうんだよねー。あれのせいで初恋は実らないとか言われてるんじゃなかろうか。つまりガタイのいいこいつは目の前の子が好きなんじゃね? そう思うとあれだ、切ないような可哀想なような、甘酸っぱいね、ぺっ。アクトなんて珍しいもん好きな子が獲得しちゃって遠くに行っちゃうとか思ったんか? 置いてかれる感? くぅうう!
「……なんだお前? なにニヤニヤしてんだ」
はっ!? しまった! 仄かな青春の匂いに誘われて、気付いたら男の子たちの真横まで来ていた。なんて狡猾かつ高度な罠なんだ。いや、珍しいもの見たさで、つい。
全員がこちらを向く。おそらく見たこともない奴に戸惑っているんだろう。ふっ、若い。
ガタイのいい奴の眉がピクリと動く。女の子の方を向いていた体がこちらを向く。なんだろう? 何か気に触ったのかな?
おお、マジでガタイいいな。って、あれ? なんか俺より体デカくね? …………はっ!? しまった! そういや俺子供じゃん!? いかん! 何故かこいつ戦闘態勢をとってやがる。くっ、触れるもの皆傷つける十代か! 十年早いぞ! このままじゃボコボコにされてしまう。体格が違い過ぎる! 子供のボコボコなんて全く怖くないが痛いのは困る。俺なんて特技、体内で魔力グルグルが出来る平均的なお子様だというのに! いや待て待て。何も争うことはない。非暴力不服従の精神でいこう。まずは柔らかく、相手に有益な情報をもたらすことで、相手の態度も軟化させるんだ。
俺は笑顔で問いかけた。
「お前その子のこと好きなんだろう?」
「なっ!? ちっ、ちげぇし!」
女の子が困った顔をした。それを横目で見たガタイのいい男の子がポットも真っ青なほど速く顔を赤くして殴りかかってきた。
何故だ? 俺はただ初恋を実らせるようアドバイスをしてやろうとしただけなのに。もし勘違いだったら悪いから、ひとまず好きか嫌いかを、おっと。
男の子の拳が迫ってくる。
ふっ、遅い。っぐはぁ!
あえなく殴り飛ばされ地べたを這う俺。勘違いしてもらっちゃ困るが、子供に手をあげるなんて俺には出来ないってだけだよ? 言い訳とかじゃなく。非暴力不ふく、いてぇ! てめぇ! 倒れてる子供に蹴りかかるとは何事だ! マハトマさんしらねぇのか!? いっ! ちょっと待て、やり直しを要求する。あのあれだ、ごめんなさい。
心の中で謝ったていうのに子供は蹴るのをやめない。何がそんなにカンに触ったんだろうか。不思議だ。
亀の態勢で必死に耐えた。子供の行いとはいえ少しキレそうだった。
「や、やめてぇ!」
そんな声が聞こえてきたと思ったら蹴りがピタリと止んだ。恐る恐る目を開けてみたら、赤茶けた髪が見えた。
「や、やめてあげてジィグくん……」
「くっ。……ちぃ!」
先程絡まれていた女の子が体を覆うように俺をかばっていた。
蹴るのを止めたジィグと呼ばれるガタイのいい男の子は、手振りで傍観していた残りの男の子二人を連れて去っていった。
絡んでいた男の子たちが去ると、女の子は体を起こして、心配そうな表情で尋ねてきた。
「……大丈夫?」
いやダメだ。心も体もボロボロだよ!
なんてことだっ……!? 絡まれている女の子を見つけて、興味半分に絡んでいた男の子に声をかけたら、一対一で圧倒的にボコられてしまった。しかも推定年齢一桁のガキに。
ぐはぁっ!
もうダメだよ辛いよオシマイだよ。何が一番辛いって、女の子を助けに入ったわけじゃない上、絡まれていた女の子に助けられるっつーのが情けないよ。……ん? 待てよ。そうか、……女の子だ! 俺は女の子を助けたかったんだ! きっと心の奥深いところでは。待てよ待てよ、よく考えてみよう。
迷子になったエナを捜すために裏通りに入った俺は、女の子が絡まれている現場を目撃する。女の子が危ないと思った俺は絡んでいたガキ共を挑発し自分に注意を向けさせることに成功した。挑発に乗ったガキ共にも最初は言葉での解決を心みようとしたが、道理をわきまえないガキ共は三人で俺に襲いかかってきた。仕方ないと拳を振るう俺。しかし未だ成長途上の体では本領が発揮できない上に多勢に無勢、やや押されてしまうが、諦めない俺の闘志に怯んだガキ共は逃げていってしまう。
どうだ? そうだ。なんてことだ……俺の心の底に溢れる優しさの多きこと泉の如し。ならこの場で言う台詞は決まっているじゃないか。
「怪我はないか?」
慈しみ全開で聞いたというのに、赤茶髪の女の子は戸惑ったように返事をした。どうしたんだろうね?
「……う、うん。……あ、あたしは、な……何もされなかったし……あっ……」
言葉尻が下がると同時に頭も下がっていく女の子。頭を下げたところで何かに気づいたように俺の足を見ている。
俺も気になって体を起こして、女の子の視線を追う。
どうやら女の子は俺の膝についた傷を見ていたようだ。擦りむいて血が滲んできていた。
ぐっ、あのデブめ。加減ってものを知らねぇ。これだから子供は嫌いなんだ!
「……だ、大丈夫? ……いた、い?」
女の子が傷を見つけたせいかオロオロしだした。
大丈夫大丈夫。こんなん唾でもつけときゃ、超しみる。
俺が痛みを我慢してプルプル震えているのを見た女の子が、何かを決意したように一つ頷いた。
「……じっと……してて」
赤茶髪の女の子の手が俺の患部にゆっくりと近づいてくる。
えっ、触られると痛いと思うんだけど?
俺が制止しようかどうしようか迷っていたら、女の子の手が淡い緑の光を発しだした。