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「パルナスティーク・メラドの、魔法ぅー講座ぁー」
ふふん、とドヤ顔しているパルナ母さんを体育座りで見上げる俺。
パルナ母さんは魔法教本を片手に人差し指を振り上げている。形から入るタイプのようだ。
それでも、ようやく魔法について学べるので真剣に聴講しようと集中していたのだが、パルナ母さんは不満そうだ。どうした?
「……拍手はぁ?」
ああね、はいはい。
パチパチと一人分の拍手じゃショボさ全開にもかかわらずパルナ母さんは満足そうだった。
ちなみに、エナは俺の斜め後ろに座っており、魔法に興味がないのか、せっせと花冠を鋭意創作中である。
自分で被るんだよね? 勿論だよね?
背後を陣取るメイドに戦々恐々としながらもパルナ母さんの話に集中する。
パルナ母さんは俺の前に立っていたのだが、お屋敷への往復ダッシュで疲れたのか腰を下ろし、両手で教本を黙読し始めた。
しばし読みふける母親。熱中するメイド。
天気は穏やかで暖かい春の日差しが射している。雀のような鳥が二羽地面に降りてきて、コロコロと転がるような不思議な動きを見せ、緩やかな程よい冷たい風が火照る体に心地良く眠気を誘う。例年より少し早い春の訪れに草花もより早い開花を見せ、風に花弁が踊る。
うん。そうじゃない。
「……へー、そうなんだ。…………あー、懐かしいー! ……ふむふむ…………」
教本を百面相で読んでいるパルナ母さんには悪いが、俺も魔法について知りたいんだよね。子供じゃないんだから自ら口を開くまで待ってよう、それが大人の余裕だと思っていたのだが、なげえ。
少しばかり催促してもいいよね?
「母さん。あと魔法を使うまでにクリアする条件ってなんですか?」
「……へ?」
パルナ母さんはそこでようやくこちらに気付いたが、何を言われたのか分からないといった顔をして首を傾げた。おい。
「パルナスティーク・メラドの魔法講座中です」
分かりやすく端的に状況を説明してみせたつもりだったが、何故かパルナ母さんは頬を膨らませた。
「お母さん呼び捨てにしちゃダメでしょ?」
そこじゃねぇだろ。
やべえ。どうする? これじゃあ、いつまで経っても魔法を教わるとか無理だ。あの教本は後で貸してもらうとして、今の内に分からない事は聞いておかねば。せめて基礎だけでも。
仕方ないのでパルナ母さんの隣に移動して教本を覗きながら、分からないところを聞いていこうとしたら、
「よい、しょ」
膝の上に抱っこされた。
「いや、い、いいよ。隣で」
これは恥ずかし過ぎる。子供を膝に乗せて本を読む母親。と考えたら普通なのだが、俺の意識では、年下の女の膝の上に座る中年だ。見れたものじゃない。
ジタバタと暴れて膝の上から降りようとしたのだが、そこは子供の力。ガッシリと拘束されてしまう。
「こーら、暴れない。ご本読んであげないよ?」
それは困る。
俺はこの五年で培った羞恥に耐える固有スキル『我慢』を発動させた。俺は五歳だから普通。俺は五歳だから普通。
「できましたぁー!」
そこへ花冠を完成させたエナが歓声をあげて寄ってきた。
「あらー、綺麗ねー」
「でしょう? 奥様。きっと可愛いと思うんですよぅー」
「そうねー。似合うと思うわー」
エナにだよね? もしくはパルナスさんにですよね?
笑顔の悪魔たちが花冠を俺の頭に乗せようとするのを、ギロチンに頭を差し出す死刑囚のような面持ちで受け入れた。
へへへっ、こいつら笑ってやがる。
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何にもなかったよ? 俺の尊厳を汚すようなことは何もな。
さて、ようやく聴講の時間だ。エナも一仕事終えたからか、興味はないが聞く姿勢をとっている。
パルナ母さんの隣で覗きこむように。俺もそのポジションがよかった。
パルナ母さんが軽く咳払いをして話し始める。
「えとね、まず魔法を使うためには三つの段階を踏まなきゃダメなの。一つ目が、魔力の認知。これはもうファンくんは出来るね」
「えっ、坊ちゃま。そんなこと出来るのですか!? まだ幼いのに……」
いや、さっきの一連の出来事の流れを考えれば分かるだろ。こいつ、何も見てなかったな? お目付役じゃないのかよ。
「うーん、そうだねー。ファンくんにも分かりやすく説明するためにも、エナちゃんにも協力してもらおうかなー」
「きょ、協力ですかぁ? 痛いことだったりします?」
思わず涙目になりそうになるエナにパルナ母さんは気楽に微笑みながら手を振る。
「大丈夫大丈夫。害はないし、上手くいったらエナちゃんも魔法が使えるようになるよー」
「わ、私がですか?」
「そうだよー。じゃあ手を出してー」
エナは半信半疑の表情で手を差し出してくる。
それにパルナ母さんが手を重ねる。さっきの俺と同じ流れだ。
さっきと違うところはパルナ母さんの手から出た紫の靄が徐々にエナの手を登っていくというところか。
他人の魔力を体に入れられると魔力を認知できる、ということだろう。じゃあもっと魔法を使える人がいてもいいと思うんだけどね?
……なげえな。俺の時はもっと一瞬だったような?
紫の靄は既にエナの肩辺りまで達している。
我慢しているんだろうか? だとすると凄いな。あれ、結構拒否感パないからな。
「どうかなー?」
パルナ母さんが聞くと、エナは首を傾げた。
「ど、どうと言われましても? あっ、なんか少し腕が重たいような?」
んん? どういうことだ?
あの魔力を流しこまれる感覚というのは、背筋に焼きゴテをあてられるような、冷水を体の中に流しこまれるような、凄い異物感があるんだが? 痛くはないけど。
俺が首を傾げている間に、パルナ母さんから出た紫の靄はエナの首の辺りまで来ていた。
これ以上は意味がないと判断したのかパルナ母さんが手を離すと、紫の靄は空気中に溶けるように消えていった。
「エナちゃん、見えるー?」
これまた俺の時と同じようにパルナ母さんが手を掲げ、手から魔力をほとばしらせる。
「はい? えっと、奥様の手ですね?」
どうやらエナには魔力が見えていないようだ。なんでだ?
俺の疑問に気づいたのか、パルナ母さんが魔力を消し説明を始める。
「魔法を使うには、まず魔力を感知しないといけないの。それでー、魔力を感知するには、魔力に慣れないといけないの。この、慣れる方法は意外といっぱいあるわ。今みたいに魔力を扱える人に頼んで体に魔力をさらしたりー、魔法を毎日見続けたりー、とにかく日常的に魔力に関わるようにするの。そしたら、魔力を感知できるようになるわー。大体、目視出来ることが……あー、目視って目で見えるってことよ?」
いくつだと思ってんの? どちらかといえば、俺を拘束していない方の手でブチブチむしっている花をなんの用途に使うのか教えて下さい。なんで髪に差すの? 俺のライフはゼロなのになんで追い討ちをかけるの?
「そう、目に見えるようになったら『魔力を感知できた』ということになるわー。これには本人の資質も関係してきたりするの。魔法を使える人の家系は割と魔法を覚えるのが早かったり、一般的な人でも何年か魔力に慣れたら使えるようになるわー。この前お外に出かけた時に魔力量を調べたでしょ? 持ってない人の方が稀だもの、魔力を持っていれば魔法を使えるようになるわ。遅い早いがあるけれどー」
「てことは奥様。私もいずれ魔法が使えるということですかぁ!」
嬉しそうに声をあげるエナにパルナ母さんは困ったような顔をする。
「うーん。あまりオススメはしないなー。冒険者や騎士様のように日常的に魔法を使う機会があるならともかく。エナちゃんの場合はー、少なくとも二年ぐらい? 魔力を浴びなきゃいけないと思うし、魔力量が少ないと小さな火しか出せないだろうしー。一般の人が魔法を覚えないのは、じゃあ火打ち石でいいや、みたいな考えがあるからなんだけどー」
「あ、じゃあ全然。全くもって大丈夫ですぅ」
パタパタと手を振るエナにパルナ母さんは苦笑いを浮かべた。