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『さあ、みんなでやってみよう!
まず最初に、二本の足で大地に立ち、目標に向かって手を翳そう。
注、ほんとに発動したら危ないので建物や人に向けないように。
お次は、魔力を練り上げよう。
注、ここが最も重要だ。よい子のみんなは真似しちゃダメだぞ?
最後に、元気よく呪文を唱えよう!
注、恥ずかしがらずに!!』
「おやじぃぃいいい!!」
「ぼっ!? ふぁ、ファドニクス様、どうかされましたか!?」
思わず坊ちゃま呼びに戻りそうになったエナが慌てて駆け寄ってくるのを手で制す。
なーに、黒髪オールバックのイケメンにイラッときただけですよ。イジワルを愛情と勘違いしてる野郎に体で理解してほしくなっただけです。
やーろう。年上を敬うということをしないね、あいつは。
……まぁ、いいよ。五歳だし。こんなもんなんでしょ。
気を取り直してエナに大丈夫だと笑いかけ、自分の一歩後ろに下がってもらう。
大きく深呼吸をして、何もない前方に手を翳す。
ちなみに本の内容はあれで全部だ。一ページ一ページ図解が入ってて五ページしかなかった。薄い本だった時点で、もっと疑いを持つべきだった。こうやって子供は大人の汚いところを学んで大人になっていくんだな……。
遠い目になってしまった俺だが、手順は忘れていない。
もっとも、魔力を練り上げる、っていう感覚はサッパリですけどね。なんせ魔力なんてない世界からきてますんで。
よくわからなかったから、全身に力を入れてみた。ようは気だ。ハアっ! 的な?
全身をプルプルと震わせながら俺は最後の手順を実行した。
俺が知っている呪文なんて一つしかない。
赤ん坊の頃から繰り返し繰り返し唱え続けた呪文だ。赤ん坊だから仕方ない、じゃなくね?
「火よ!!!」
今まで出したことのない大声で言った。恥ずかしがらずにって書いてあったから全力で。
…………暖かい風が吹き抜けていった。
「……ぶふっ!」
俺はクルリと振り返った。
今まで見たこともない能面のような無表情でエナが立っているだけだった。
「……笑った?」
「笑っていません」
即答された。
そっか。気のせいか。吹き出したような声が聞こえたから、てっきりね。
再び前を向く俺。
おそらく今、俺の後ろではメイドがプルプルと必死になって笑い声をかみ殺しているところだろう。
お父様には、今度無邪気さ全開で「オデコ広いねぇ〜」とでも言わせてもらおう。
にしても、気ってなんだよ、気って! ようは気だ。じゃねえだろ! 二回生まれてこのかた気なんて感じたこともないわ! 魔力練り上げんのに、ようは気だ。は、ないよねー。
「……ふっ、ふぷっ」
おい漏れてる漏れてる。漏れてんぞメイド。
はあ、どうすりゃいいんだろうか? メイドさんの前で芸を晒しただけで終わっちまうよ、これじゃあ。
他にヒントはないかと、本をペラペラめくり装丁の裏を調べたりしていたら、お屋敷の方から母さんが近づいてきた。
俺の今生の母さんは初めて目覚めた時に見たブロンドの髪を三つ編みにして肩から垂らしている人だった。
名前はパルナスティーク。パルナ母さんと呼んでいる。
「はーい、ファンくん。どう? 魔法使えたぁ?」
ニコニコしているところを見ると結果は分かっているのだろう。しかしいいところに来てくれた。お屋敷で唯一魔法を使用できる人に色々聞こう。
他に使用できる人はいるかもしれないが、母さん以外が使用しているところを見たことないからなー。パルナ母さんなら間違いなく魔法を使える。
「全く駄目だったよ母さん。まず魔力を練り上げるってところが分からない」
「ふふふ。ファンくんは頭いいけど、やっぱり魔法は無理かー。そうだよね、まだ五歳だもん」
いえ三十歳です。あと頭は中の下あたりでしょうか? すいません本をスラスラ読んでるのはカンニングなんです。
ある程度自由に歩けるようになり、意志疎通に困らない程度にハッキリ喋れるようになってから本をあさっているのだが、故に才児と思われているらしい。
めちゃくちゃ後ろめたい。
置いておこうぜ。頭悪いと魔法使えないのだろうか?
「どうやって魔力を練り上げたらいいの?」
「ふふふふ」
ニコニコしながらパルナ母さんが髪をかきあげ俺の前にしゃがみこんでくる。
俺と同じ高さで視線が合うと手を伸ばしてくる。
「じゃあ、手を出して?」
言われた通りに手を出すと、パルナ母さんが伸ばしてきていた手を俺の手の上に重ねる。
「ちょっと分からないかもしれないけどー」
そうパルナ母さんが呟いた瞬間、パルナ母さんの手を通して何かが体の中に入ってきた。
やばい。
反射的に手を引いた。パルナ母さんが驚いた顔をしている。
「ふえー、分かったんだー? ああ、大丈夫大丈夫。大丈夫だよー。体に害はないから。……それで、見えるかなー?」
パルナ母さんが差し出していた手を掲げる。
その周りを紫の靄のようなものが覆っている。
おお、気だ。いや魔力か。すげぇ! 初めて異世界きたって感じがする!
「なんか、紫のやつが見える」
「えー、ほんとに凄いねぇ。ファンくんは感覚が鋭いんだね。さすがあたしの息子!」
そんでそんで? これが魔力ってことでいいかな? 魔法はどう使うの?
期待にキラキラと目を輝かせる俺は続きを急かした。
しかしパルナ母さんは困ったように笑って首を振った。
「あ〜、魔法を使うにはあと二つは条件をクリアしないと駄目なんだ。まさか魔力が見えるようになるとは思わなかったからねー」
なんですと? まさかこんなところで放り出したりしないでしょうな? これじゃ生殺しじゃよ! もうマジ頼んますお願いします! これからちゃんとお手伝いもするし言うこと聞くから!
夜更かししないしタージェさんから逃げ回ったりしないからー。いや時と場合によるな。今のは譲歩し過ぎた。
勿論、言質をとられたら困るので心の中で囁くだけに留めておいた。
実際にはパルナ母さんの腕を掴み「教えて教えて! 教えてよー!」とブンブン振っただけだ。
「う〜ん。中途半端に覚えても危ないしなぁー。よーし。じゃあ今日は、お母さんが直々に魔法を教えてあげよー。魔法を覚えても大人がいないところで、絶対使っちゃダメだよ?」
やったぜ! これで俺も魔法使いだぜ! なんせ三十歳だからな!
「それでは、…………えーと………………」
ふむふむ。まずは?
パルナ母さんは頬をポリポリかくと首を傾げた。
「なんだっけ? ちょっと教本とってくるー。ファンくん待っててー」
そのままダッシュでお屋敷に戻るパルナ母さんを俺とエナは黙って見送った。
前々から思ってたんだが、あの人、天然だよなー。