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仕方がないね

口に出せないけどね

作者:

女子高の文化祭に来ている、若い男性は割合目立つ。

佐山さんは背も高くて、強面なので余計に目立つ。

ーーー探さなくていいのは、楽なんだけどさ。


出会ってから3年という月日を重ねて、佐山さんは雰囲気のある男の人になった。(ちなみに佐山さんは美容師になるための専門学校に通っている。)無口は寡黙で落ち着いた雰囲気を、強面はふとした瞬間に見せるゆるみのギャップを出して、人の緊張を解いてしまう。


だから、私はちょっと変になる。

ーーーっ、微笑まなくて、いいんだってば。

人混みの中に私の姿を見つけて、佐山さんのまとう空気が柔らかさを増す。さすがにお迎え効果か、佐山さんが私の彼氏というのは周知の事実なのだけど、心臓に悪い。

ーーー忙しいんだから、来なくてもよかったのに。

可愛いげがないことくらい知っている。この言葉を口にしてはいけないこともわかってる。でも、何かの弾みで飛び出してしまいそう。

声をかける前に、きゅっと唇を噛んだ。口元を小さく歪めて、情けなく笑う私に、佐山さんは少し怪訝そうな色を見せた。




3年生ともなれば、校内に至るところに知り合いがいて、佐山さんと連れ立って歩くと周りから声が飛んだ。

クラスメートや部活の後輩(ちなみに家庭科部である)からからかいのような言葉を投げかけられる。

私は適当に打ち返したり、スルーしたりしてやり過ごした。本当は佐山さんに向けられる視線を、全部消してしまいたくてたまらなかった。


ーーー私、こんなに独占欲が強かったんだろうか……。


佐山さんは何も言わない。それがちょっと嬉しくて、結構淋しい。

繋いだ手から伝わるのは温かさだけで、私はワックスで整えられた佐山さんの後頭部をちらりちらりと見ながら思った。


ーーーもっと、もっとだよ。


正式にお付き合いを始めて、前と変わったのは正直関係を指す言葉だけだ。


ーーーねぇ、どうしたらいい?


付き合うなんて初めてで、ずっと佐山さんは近くにいてくれたから、それ以上なんて望む術を知らない。

問いかけたい言葉は浮かんでくるのに、舌の上で溶けて消えてしまう。口に出すなんて出来ない。




ふらりと目的もなく歩いていた私たちは、少しざわめきの遠のいた、1年生の校舎の入り口近くで足を止めた。この校舎は展示が主で、2・3年生の教室や特別教室のある校舎と比べると静かだ。

「……響?」

砂糖菓子のような甘さは欠片もないけれど、すとんと落ちてくる、佐山さんの声。


やめて。


覗きこまないで。



私を見ないで。


……恥ずかしい。




ーーー今すぐキスしたい、なんて。



考えてみたら、これは私のファーストキスで。18年生きてきて、女の子もこんな風に欲情するのだとは知らなくて。



くらくらした。



自販機の陰に隠れて、初めて触れた熱に溺れた。すがりつくように佐山さんの服を掴んで、背伸びをして。

佐山さんは私に覆い被さるように腰を曲げて。

口付けの合間に落ちてくる、熱をはらんだその声で、名前を呼ばれて、私はーーーこの人が本当に好きだと思った。





部活の当番の時間が近づき、佐山さんはアルバイトの時間が近づき、離れる時間はもう間近で。「またね」と手を振るのは、やっぱり淋しい。

家庭科部の販売場所である調理室裏の中庭には長蛇の列。毎年盛況でありがたいです。大量生産したクッキーを小分け袋にラッピングして売るのが毎年恒例になっているので、部員としてはしばらくクッキー作りたくなくなるけど。甘過ぎる空気に酔いそうになるし。

制服の上にシンプルなエプロンを着た私を、空いている椅子に座らせて、ささっと佐山さんは髪をまとめてくれた。そのお礼のような形で取り置きしていたクッキーを渡すと、頭を撫でる代わりにきゅっと軽く抱き締められた。


ここ、調理室横の準備室なんですけど……!

嬉しいけど、嬉しいけど、誰かに見られたら恥ずかしすぎる……!


そうして、佐山さんは最後に柔らかく笑って、アルバイトへ向かった。



「大丈夫ですか?三上先輩。顔、赤いみたいですけど」

「へ、や、う、ん。何でもない!」

「そ、そうですか」

思い出して赤面していたらしい。うぅぅ。佐山さんの馬鹿。天然。ちくしょう、大好きだ。





「ひーちゃん」

「はれ?水澤さん?と……何でここにいるの?お兄ちゃん」

水澤さんはわかる。絶対行くね、とこの前会ったときに言っていたから。でも兄は東京にいるはず。今は休みの期間でもないだろうに。

「いや、や、休み?」

私に聞いてどうする。

ため息が出た。

「……水澤さん、あんまり甘やかさないでくださいね。ただでさえすぐこっちに戻ってきたがるんですから」

「ほっほほー、そんなこと言わないのー。あたしのわがままわがまま。ねぇ?」

長いこと見てきてわかったのは、水澤さんが自分で言うほど兄に甘えているわけではないということ。兄は兄で、水澤さんの無茶に振り回されているようなフリをして、自分が厄介ごとに巻き込ませているということ。

「って、わかりましたから、売り場の前で暴れないでくださいっ。ほこり!ほこり!」


部員から失笑が漏れたのは、決して私のせいではない、はず。


あ、佐山、しゃべってない……。

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