錆びた時計の行方 ―前―
男が持ってきた錆びついた小さな懐中時計。
リサは受け取ってしまった報酬のことは横に置くことにして、とりあえず錆と汚れを落とす作業に入った。時間をかけ丁寧に少しずつ錆を落としていく。無事に全てが綺麗にとれたのは、半月が経ってからだった。残り半分で修理をしなければならない。だが不思議なことに綺麗に元の美しい姿を見せた時計は、あれだけ汚れて錆びついていたのに傷一つない状態だったのだ。それに触ったり見たりする分にはおかしなところは見当たらない。機械式と判断したリサはぜんまいを巻いて動作させるために、突起部分に触りゆっくりと巻き始めた。巻く間隔にも違和感はなく、普通。いつもの感覚のところでとめ様子をみるも、一向に動き始める様子はない。
「えー……、何でだろう。おかしなところもないし」
あれやこれやと時計をいじくりまわすが、何も変わらない。
「とりあえず解体して中もみてみよう。もしかしたらかなり細かいところが故障しているのかも」
そう結論付けて、今度は時計の分解に取り掛かる。そーっと、ゆっくり蓋を外し中をじっくり観察する。色々な部品が複雑怪奇に並ぶように見えていたのも、昔の事。今のリサにとっては、だいたいの構造は頭に入っているし多少変わった作りだったとしても推測し判断することはできる。
「うーん、変なのはココとココだけど、そういう仕様なのかもしれないんだよね……」
違和感を覚えたところを重点的にみるが、壊れているのかそういうものなのか判断が難しい。それでも色々と手を加え、観察し、組み立て直し、またバラし。ずっと根気よく繰り返していく。
「え……、これ? ――いや、違う。そもそも、これは何なのよ」
ぶつぶつと、独り言をもらしながら手元の時計に集中する。
この日は他の来客がなかったため、リサは夜の帳を報せる鐘がなるまで集中してしまい昼食抜きでヘロヘロになりながらなんとか夕食をとって就寝した。
その日から持ち込まれる時計の修理や、時計の販売などの仕事をこなす傍ら時間がある時は持ち込まれたあの時計をいじることに費やした。元々お客自体あまりこない為、今までは形見の時計に充てていた時間を修理に充てることになっただけで今までと何も変わらない時間が流れる。
「―――な、直った―――!!!」
約束の期日の前日。それも日付がかわるまで、あと三十分……という時。やっと、なんとか時計が直った。
「ああ、よかった。本当に良かった。あんな、法外な報酬を受け取っておいてから直りませんでしたー。なんて、詐欺にしかならないもの」
本当に、本当に心の底から安堵し。
「――でも、絶対にこの時計を作った職人は根性ひん曲がってるわね。こんなひと癖ふた癖どころ以上に、癖のある時計仕掛けを作ってるんだから。しかも、意外と落ち着いて見れば簡単な仕組みって。無駄に手が込んでる天才肌よね……」
今までにない大仕事を終えて、やっと人心地つけたリサは思わず今まで作業中に溜まりにたまっていた時計の製作者への愚痴を漏らす。
「ああ、でも。本当に、直って良かった――――」
そう、深く安堵し。リサは作業台で、そのまま眠りについた。
リサが目を覚ましたのは、いつもより一時間遅れの午前七時。とっくに陽は昇っている。が、それでも疲れは残っている。
しかし今日が約束の日である事実は変えようがなく、リサは支度をして午前中だけ時計屋をOPENさせて午後からは臨時休業の旨を貼りだすことにした。
そして無事に直った時計をリサは男から渡された袋に入れて、落とさないようにしっかりと握りしめ指定通り中央広場の噴水へと向かった。袋には報酬として受け取ってあった金貨のうち八枚を一緒にいれている。二枚でも十分破格すぎる報酬だが、夢への投資資金として一枚多めにもらうことにしたのだ。
指定の場所についたが、男の姿は見えない。もうすぐ約束の正午がきてしまう。
「――本当にいいのかな」
( 水の中にいくら水を通しにくい素材でできた袋の中にいれているとはいえ。危ないことに変わりはないし )
かといって依頼人が指定してきたことは護らなければならない。もちろん、注文書の注意事項にも書いてあった通りリサ自身の身体に害がない範囲で。
しばらく悩んでいたが、時計塔の鐘が正午を告げた。
「――時計さん。なんとか持ち主の手に渡るまで頑張ってね」
意を決したリサはそう時計に声をかけて、ゆっくりと、慎重に時計に入った袋を沈め名残惜しい気持ちを押し殺して店へと帰ることにした。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。