謎の男と依頼
ナツ様の企画参加作品。記念すべき、オリジナルの一話目です。
藍色一色だった空がだんだんとその色を淡くし、陽の出の訪れを報せる。
凍てつく朝の空気。だけど、澄んだ空は何よりも美しい。
地平線から溢れ出す白い光がこの街全てを覆い尽くし始める僅かな時間を見ている人はどれだけいるのだろう。
「ううぅ……、寒い…」
寒さに震える体を抱きしめ、僅かながらでも熱を得ようと両手で体をこする。口から出る息は白く染まり、鼻の頭のてっぺんまで顔を赤く染めながら眼下を見下ろしているのは今日十八歳の誕生日を迎える「リサ」という女性だ。艶やかな長い金髪は今マフラー代わりに首元にまかれ、左右で色の違う瞳は寒さのせいでうるんでいる。ガーネットのようだと言われる右目に、エメラルドのようだと言われる左目。普段は瞳の色の違いをごまかすために掛けている淡く色のついた色眼鏡はかけていない。
「ハッピーバースディ、リサ。これから一年、よろしくね」
この街で一番高い建築物である時計塔から見える、一番大好きな景色をみながらリサはそう自分に向けて言葉を送る。
リサ。
彼女は夫マネと妻シレの老夫婦の元で養女として生まれた時から暮らしていた。彼女の父親は行方知れずで、母親は彼女を産み落とすと同時になくなった。その為母親の両親が彼女をひきとり、娘の死を嘆きながらも形見の孫娘を大切に育てた。しかしそんな優しい二人も五年前にマネが、一昨年にシレがそれぞれ老衰で亡くなった。孫娘の成人する姿が見れないのが唯一の心残りだと言い残したマネは、まるで残して逝く二人を安心させるかのように穏やかな笑みを浮かべ息をひきとった。そしてシレは、「お父さんにあなたと二人っきりで過ごした三年間と、無事にあなたが成人したことを話しに言ってくるね」と、最後にリサの頬を撫でて静かに息をひきとった。
リサは二人の死を一日思いきり悲しんだ後は、二人から受け継いだ『 時計屋・チェネッロ 』の仕事にとりかかった。
チェネッロは、オリジナルで作った様々な時計を売ったり、全ての時計の修理を請け負ったりする街で唯一の時計屋だ。小さいころから傍で見ていた二人の働く姿が大好きで、手先も器用であったので自然といつの間にか二人の手伝いをし始め今ではこうして二人の大切な時計屋を守れるまでの腕前となった。
「さて! そろそろ家に返って朝ご飯食べて、お店の開店準備もしないとね!」
時計塔から景色を堪能したリサは、そう意気込み長い螺旋階段を元気よく降りて行った。
もうすぐ朝の五時を報せる鐘がここから鳴り、街中に鳴り響く。
重く透き通った鐘の音は、眩いほど美しい朝の訪れを歓迎しているようだ。
♠ ✡ ♡ ✡ ♣ ✡ ♢
準備が整いお店の扉に掛けてある札を『 OPEN 』にし、カウンターの裏側で椅子に座って二年前にシレが亡くなる直前に渡されたハンターケースの懐中時計とにらめっこを始める。
壊れているようには見えないのだが、何故か蓋が開かず時計の針が動く音も、機械音も聞こえない。クォーツ式であれば電池切れの可能性もあるのだが、それらしき場所がなく。外側はどこにも接合部分やネジがない。手巻きの場合であれば、巻くための部分があるが。それもどこにも見当たらない。今までに数回だけ、時計の中心部分にそれがあるのを見たことがある。
ともあれ蓋の開閉はできず、壊れているのか電池切れなのか、理由が判別できず二年経った今でも全く進展がない。
「うぅ。全くわからないのが悔しい……」
( シーママは〝理解る時がきたら自然に時計は動き出す。〟って言ってたけど、何のことだかサッパリ )
――これは、貴女を護ってくれるお守り。いつも肌身離さず持っていてね。
理解る時がきたら自然に時計は動き出す。
それまでも、時計が動き始めてからも、大事に持っていてね。
その言葉通り、今まで入浴時以外は決して離すことなく身に着け続けている。
「はあ……、その時っていつくるんだろう」
大切な両親のお店と、もう一つの形見。それがなんなのか、どんなものなのか知りたくて手を尽くすけれど。まだまだ先は長い。思わずため息を零し、弱音を吐いたその時、カランカラン…っと扉に取り付けたベルが来客の訪れを店内に知らせた。
「いらっしゃいませー!」
慌てて笑顔を作り、元気よく扉の方に向って声をかける。
店に入って来たの一人の男で、至る所に汚れがついた臙脂のマントで身を隠すようにし。目深にかぶったフードからかろうじて見える口元は、マントとは違い無精ひげも見当たらず整っていた。
そんな些細な違和感を覚えながらも、カウンターに近づいてくる男には笑顔を向け続ける。
「――これの修理を頼みたい。期限は一月後。修理ができたら一月後の正午丁度に中央広場の噴水の中にこの袋の中に入れて噴水の泉に沈めてほしい。修理ができなければどう処分してもかまわない。報酬はこれで」
そう淡々と男は述べ、錆びついた直径五cm程度の懐中時計と報酬と言ってさし出してきた小さな皮袋をテーブルに置いた。その時に皮袋のほうは重く、ジャラっという音がしたということは硬貨が入っているのだろう。
「――手に取ってみてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
男の了承を得て、まず懐中時計に手を伸ばす。
やはり見た目からしてかなり錆びついているソレは、かなりザラザラとしており文字盤も殆ど見えていない。かろうじて隙間から見える時計の針と文字の一部が、これが時計だということを伝えている。
「修理、ということですのでこれを動くようにすればよろしいのですね?」
「ああ。動けばいい。錆たままでもいいから、とりあえず動くようにしてほしい。ただ、一月しか時間に余裕がない。その間に直らなければ、そちらで引き取ろうが処分しようが好きにしてかまわない。報酬は成功如何に関わらず前払いでコレを受け取ってもらう」
「では、ご注文を再度確認させて頂きます。
・お客様が持ち込まれたこちらの時計の修理。
・修理の対象は、この時計を動かすこと。
・期限は本日より一月後の正午。
・修理後、一月後の正午に中央広場の噴水の泉の中にこちらの袋の中に時計を入れて沈める。
・修理が不可能の場合、時計の扱いはこちらに委ねる。
・報酬は注文時に前払いで、修理が不可能の場合でも返還を求めない。
以上の内容でよろしいでしょうか?」
「ああ、それでかまわない」
「ではご注文を承りますので、こちらの書類に書いてあります注文内容と注意事項を確認の上、了承いただけましたらこちらにお客様のサインもしくは拇印をお願いいたします」
注文内容を述べている時に同時にタイプライターで作成していた紙を男に渡す。男は紙に目を滑らせたあと名と押印の両方を書き押した。
「はい、ありがとうございます。では、確かにご注文を承りました。では一月後の正午に、ご指定通りの方法でお渡しいたします」
「――頼んだ」
そう一言言い残し、男は帰って行った。
「ご来店、ありがとうございました」
扉の方に向ってお辞儀をし、そう言葉をかけて扉が完全に閉まったのを見届けてから椅子に座り時計を再度手に取る。
「ふぅ……。久しぶりにここまで錆びついた時計を見たわ」
男が預けたひどい、と言ってもいい状態の時計を見て腕が鳴る、と考える気持ちもあるが。大仕事だ……と、ちょっと腰が引けそうになる気持ちもある。
「あ、いけない。そういえば報酬の方の確認を忘れてた」
初歩中の初歩のミスを犯してしまい、己の愚かさに落ちこみながら小袋を引き寄せる。
「軽い音だったし、そんなに入ってないだろうなぁ。良くて銀貨が五、六枚ってところかな~」
そんな風にこれだけの錆具合から報酬を予想しながら紐を緩めて袋をあけた。
「な、なななな、なにこれ!!!」
リサは驚きのあまり椅子から立ち上がり、その椅子の足にかかとをひっかけ後ろに転んだがその痛みも今は気にならなかった。何故ならその〝報酬〟の小袋の中に入っていたのは金貨、しかもパッと見ただけでも十枚前後は入っているようだったためだ。
ここでの通貨は、小銅板、銅貨、小銀板、銀貨、小金板、金貨、王金貨となっている。
庶民の平均的な暮らしは、家族四人が一月暮らすには銀貨が一枚あれば余裕だ。一人暮らしなら、銅貨が十枚(小銀板が一枚)あれば一月暮らしていける。そんな生活環境下で、金貨が使う機会が訪れるわけもなく。金貨を使うのは商人、それも主にAクラスの商人と貴族、王族ぐらいだ。そんな大金が急に大量に転がり込んできたのだ。リサが驚き慌てふためくのも道理だろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ。これはいくらなんでも多過ぎよ」
リサは急いで小袋を締めてから掴みとり、カウンターから出て店を飛び出した。そして男の姿を探すために街を走って周るも、男の姿は既にどこにもなかった……。
後から報酬の金貨の枚数を数えてみると、何度数えてみても十枚だった。
詳しい通貨の説明については設定資料集を参照ください。
ちなみに金貨十枚は、日本円に換算して一千万円です。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。