狸と蛇
里はまだまだ春の陽気で賑わっていた。
朔はなぜか随分と懐かしく感じながら里を歩く。
「いまなら結構みんな安くしてくれるからー、食べ物と何かおやつでも・・・」
そんな事を言いながら歩いていると曲がり角から誰かが突然走ってきた。
「ど、どけ!」
男は走りながら片手に小さなナイフをこちらに向けてくる。
反応は迅速だった。朔は男に左手を向け能力を発動する。男の動きが遅くなったところで肉体を三倍に加速させ男の腹に蹴りをぶち込む。
「かひゃ!」
男は何か妙な声を出しながら数メートルほど飛んだ。
「おら!捕まえろ!」
そこを数人の男が倒れた男を抑えこむ。
「・・・あーやりすぎたかな」
殆ど反射で行動していた。普段の三倍も早く蹴ったせいか脚が痛い。
もっとも、その程度ならすぐに回復するのだが。
「ありがとうな少年」
声がした方を向くと黄緑色の羽織を着て丸メガネをかけた女性がいた。
「いやはや少しばかりぼーとしておったらいきなり物を盗られてもうての。少年が止めてくれなければそのまま逃げられたかもしれん。感謝する」
「あ、はあどうも」
女性を見てどこか既視感を朔は覚えた。初対面のはずなのに何処かで見たような気がするのだ。
「儂は二ッ岩マミゾウじゃ。お主の名前はなんじゃ?」
「津後森朔です、マミゾウさん」
「そうかそうかありがとな朔」
ニコニコと話しかけてくるマミゾウは、ふと思い出したような言う。
「っと、時間がないのじゃった。今度会った時お礼をさせてもらおう」
「お気になさらずに。もう盗られないよう気をつけて」
「あぁ。お主も気をつけろ」
マミゾウは歩き、朔とすれ違う瞬間にポツリと呟く。
「・・・己の快楽にのまれぬようにな」
「っ!」
振り返った時にはマミゾウは既に消えていた。
朔は一人頭をかきむしって舌打ちし、何処かへと歩いていった。
それを遥か上空でマミゾウは見ていた。
「・・・やれやれ。あの時の小僧が、な」
「懐かしいのか?狸」
そのマミゾウの後ろに濃い紫の髪の蛇のような瞳を持つ男がいた。
マミゾウは振り返らずに言う。
「お前は何をするつもりじゃ?」
「・・・何も。ちょっかいは出すが最後に決めるのは妖怪でも仙人でも妖精でも幽霊でも神でもない。全ては人の手により世界は回り、全ては人の手によって動かされるべきだ」
マミゾウは首を動かし顔を男に向ける。
「そういうお前はなんだ?人か?妖怪か?それとも神様のつもりか?」
その目は先ほどとはまったく違う威圧感があった。
「俺か?俺は蛇だ。全てを喰らい、世界の理を超越し、奴らをぶち殺す蛇。それ以外はいらない必要ない」
ニタニタと笑う男は、突然姿を消した。代わりに声だけが残る。
「気になるならお前も舞台に上がればいい。お前ごときいようがいまいが世界は変わらないのだから」
「・・・ふん」
ぽんっと音がしてマミゾウを煙が包み込む。
煙が消え、空には誰もいなくなった。




