ジャック・ザ・リッパー
高速で何かが朔のすぐ横を通過した。
竹が勢い良く吹き飛んでいく。
「・・・あ、あ」
まずい、逃げろ。と生存本能が悲鳴を上げている。なのに身体は石にでもなったかのように動かない。
「ようやく見つけましたわジャック・ザ・リッパー」
少女は銃をこちらに向けながら言う。
「その身体をグチャグチャのグチャグチャのグチャグチャにして何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度でも‼︎ 貴方を殺してあげますわっ‼︎‼︎」
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け!!!)
何度も自分の身体に落ち着けと言ってやる。
しかし身体は恐怖に縛られて動けない。
(そうだ! 紫さんがこの状況を知らないはずはない。それに竹林の奴らは皆強いらしいじゃないか! 大丈夫だ、大丈夫だ!)
ゆっくりと、頭を動かし、鈴仙の方へ向く。
そこには鈴仙はいない。
(逃げた・・・いや、助けを求めに行ったんだろそうなんだろ!?)
「あははは」
少女が歓喜の声をあげながら、銃を掲げる。
「装填、『天界炎』」
轟ッ! と銃口から白色の炎が湧き出て、炎はまるで剣のような形を作り上げる。
その銃を、少女は朔に向かって横一線に振るう。
「っひぃ!」
情けない声を上げ、腰を抜かしてしまう。
炎は朔の頭上を通り抜け、周りの竹を切り取った。
「さあさあさあさあさあさあさあさあさあさああああ!! その身体をグチャグチャにさせてくださいな!!!」
銃を高く掲げ、呟く。
「装填、『修羅炎』」
そしてその銃を自身のこめかみに当て、引き金を引く。
途端に少女の身体を青紫の炎が包み込む。
「ばぁ」
朔が後ろから声が聞こえたと感じた時には既に朔の身体は飛んでいた。
周りの竹をへし折りながら吹き飛んでいき、途中で腹に足をくらい地面に叩きつけられる。
肺の空気が全て吐き出された。
「っかひゃっ!」
身体が酸素を求めている。それを許さないとでも言うように右足に何かが突き刺さった。
炎だ。剣の形をした炎が右足に突き刺さっている。
頭がおかしくなってきたのか、痛みはあまり感じない。
「天界炎」
炎を纏った少女が呟く。
「この人界とは別の世界に存在する炎は、性質さえ違いますわ。天界炎は物質となる炎。私の意のままに剣にも槍にも矢にもなりますわ」
ざくっ、と左足にも炎が突き刺さる。
これでもう、動けない。
「さあさあさあさあさあさあさあさあっ‼︎‼︎ お楽しみの時間ですわよジャック・ザ・リッパー。自身が殺した分の、痛みに悶えなさい」
銃を高く掲げて呟く。
「装填、『地獄炎』」
銃口を朔の頭に向け、引き金を引く。
朔の身体が橙色の炎に包まれる。
激痛。それも炎の痛みではなく、刃物で切り裂かれた痛みや高い所から落ちたような痛みが全身を襲う。
「っがああああぁぁぁぁ!!?」
「地獄炎は過去を引きずり出しますわ。過去の痛みを」
朔は転がって炎を消そうとする。しかし足が地面に縫い付けられ動けない。
「まーだ終わってませんわよ? 装填、『餓鬼炎』」
銃口から出てきたのは空色の炎。炎は朔に当たると吸い込まれるように消える。
自身の水を吸い取られるような感覚に襲われる。
「さあ、身体の痛みに悶えながら心の飢えに苦しみなさい!」
あはははと狂った声は朔の耳にも届いていた。しかし身体が動かない。意識も遠のいていきそうなのに気絶することもできない。
「なんでこんなことを」
そんな疑問も、言葉にできなければ意味はない。
このまま死ぬのか、それとも死ねないのか。と薄れた意識で考えていると、声が聞こえてきた。
殺せ。
あの声だ。頭に直接響く声は、朔の意識を覚醒させた。
殺せ、さあ殺せ。さもなくばお前は死ぬぞ?
(・・・・死にたく、ない)
ならば殺せ。それが、生き残る道だ。
(・・・殺す)
そうだ殺せ。さあ、殺せ。気に入らない奴らを殺し尽くせ。
(・・そうだな)
ドゴンッ! という音と共に少女が吹き飛んだ。足に刺さっていた剣が消える。
「っつう」
殺せ、殺してしまえ。
「・・・・・」
朔の手には、黒刃の刀があった。
少女のいる場所は、動けばすぐに届くような場所だった。
殺せ殺せ殺せ殺せ。
「・・・・・」
刀を高く振り上げ、振り下ろす。
肉を斬る音が、聞こえた。
少女は死を覚悟した。復讐をできなかった事を悔やんだ。そして同時に、ようやく解放されると喜びもした。
(ごめんなさい、みんな・・・)
そこまで思考して、気付いた。
死んだらこんな風に考えることはできなかったはず。と。
眼を開くと、そこには自身の足に刃を突き刺す男がいた。
「ってぇな、おい」
「・・・は?」
少女は信じられなかった。なぜなら相手は『切り裂きジャック』だ。なぜそんな殺人鬼が、自分を殺していない。
「・・・すまん」
なぜ謝る。なぜ。
「俺には、昔の記憶がない。だから外の世界で何をしたのかわからない。ただ、酷い事をしたんだということはわかった」
なぜ、ジャック・ザ・リッパーが。
「だから・・・すまん」
謝っている。
「・・・ふざけないでくださる?」
少女は叫ぶ。怒りとは違う感情を持って。
「あんなに! たくさん! 人を殺しておいて! なんで今更謝るのですか!? やるなら最後まで殺人鬼でいてくださいな!!」
それなのに、この少年は、申し訳なさそうに言ってくる。
「あ、ああ・・・」
本当に、この少年はジャック・ザ・リッパーなのか?そんな疑問まで出て来てしまった。
そのはずだ。こいつは切り裂きジャックだ。
『そのはず』ってなんだ?
「ああ、いや・・」
壊れていく。自分が。
これじゃあ一体なんのために。
この世に戻ったというのか。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
少女が引き金に指をかける。
殺さないと。自分が壊れる前に、殺さないと。
「ジャァァァァァクザリッパァァァァァァァァァァ!!」
その叫びはなんだか泣いてるように、少年には聞こえていただろう。
指に力が篭る。
そんな少女の背中に、冷たい何かが刺さった。




