意外ね
そしてついにその日が来た。
「まぁくん、待ちました?」
「いいえ」
「では行きましょうか!」
待ったも何も、俺が車を出して先生の家まで迎えに行ったのだけれど。やっぱりこの人ちょっとずれてる……
「じゃ、出しますね」
「はーい。あ、僕水筒にコーヒー淹れてきたんで、良かったらまぁくんどうぞ」
「え…」
「どうぞ?」
「………いただきます」
家事が壊滅的にできない先生が淹れてきたというコーヒー。
………飲みたくない。飲みたくないけど、キラキラと期待のこもった目で見つめられ仕方なく受けとる。
こんなことなら正露丸持ってくれば良かった。
俺は意を決して水筒の蓋を開けた。
「………美味しい」
あれ、なんで? なんで美味しいの?
このコーヒー、すんごく美味しいんだけど。
「うふ、僕、昔からコーヒー淹れるのだけは得意なんです。ちゃんと豆から挽いて作ってるんだよ?」
「へぇ………ありがとうございます。すごく美味しいです」
どや顔がちょっと、いや、かなりムカついたけどコーヒーが美味しいから許す。いやぁ、俺コーヒー好きなんだよね。でも最近飲めてなかったなぁ。
あいつがコーヒー嫌いで、匂いがするのもやだって言うからコーヒー飲むの控えてたんだよね。俺って健気。でもまぁ、別れたわけだしこれからはガブガブ飲もう。
「家に来てくれればいつでも淹れてあげますよ」
「………そうですか」
それってちょっといいかも……
あ、でもそんなことしたらこの馬鹿作家の思うツボだわ! 家事全部やらされるに決まってる。
まあコーヒーなくても十分、やらされてるんだけどね。家事嫌いじゃないから別にいいけど…
*********
思いの外先生との美術展は楽しかった。
「まぁくんはどの絵が気に入りました?」
「そうですね、あの果物を持った少年が描かれたやつなんか好きです」
「あぁあれかぁ。確かにいいかも」
三つ星レストランで美味しいご飯を食べながら先生と絵の感想を言い合う。
ご飯はとっても美味しいし、幸せ! しかも先生のおごり! やったね!
「僕はねぇ、あの老女の・・・」
「──真也!」
先生がそう喋り出した時だった。突然後ろから俺の名前を誰かが呼んだ。
えっ、って思って振り返るともう最悪。
すごい形相したあいつがいた。なんでいるの、なんでいるの!
「誰だよそいつ!」
先生を指さしてそう叫ぶあいつ。やめろよ、先生いきなり指さされてめっちゃびびってるじゃん。もうやだー!
「え、なに、僕?」
「――先生、気にしないでください。おい、さっさとどっか行けよ」
「真也! おまえ、やっぱりもうほかの男に」
「はぁ!? ふざけ・・・」
これまたぶっとんだ事を言うあいつにすっごいむかついたけど、ここ三つ星レストランの中。先生も不安そうにこっちを見ているし。
思わず怒鳴りそうになったけど抑えて抑えて・・・
「あー、後で話そう。俺の家にでも。な?」
「・・・」
「ここレストランだぞ?」
「・・・・・・・・・分かった」
俺が回りを見渡しながらそう言うと渋々、という感じであいつは引き下がった。助かったー!
どうやら近くの席で誰かと食事をしていたらしい。そこに俺たちが来ちゃったってわけか・・・いやぁこんな恐ろしい偶然ってあるんだね。
「先生お騒がせ」
「――まぁくん、どういうこと?」
「説明します・・・」
あ、先生怒ってる。そりゃそうだよね、知らないやつにいきなりそいつ呼ばわりされちゃったんだもん。ごめんなさい、俺のせいだ。せっかくの食事が台無し・・・
あーあ、いい感じに楽しかったのになぁ。