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アイドルの着信音

 あれ、俺ってもしかしてキープ君なのかもって思ったのはあいつの携帯を見てしまったから。

俺の部屋に泊まりに来たあいつがお風呂に入ってる時、あいつの携帯がだっさい男性アイドルグループの音楽を鳴らし始めた。俺はこのグループ大嫌い。ダサいし可愛くないし歌もあんまり上手くない。でもあいつがメンバーのゆうくんが好きなので黙ってた。

で、あんまりうるさいから早く鳴りやんでくんねぇかなって思って携帯をちらって見てぎょっとした。あいつの携帯って閉じても時間とか分かるような液晶がついてて、電話とかかかってくるとそこに相手の名前とか表示されるのね。まあその時はメールだったんだけど、液晶にね「件名:昨日は楽しかったねハート」って出てるのが見えたんだよね。もうびっくり。だってさその"昨日"って俺がデートに誘ったけど、残業あるからって断られた日だった。あれ、嘘、なにこれ、って思ったよ。

でも俺、もしかしたらあいつの上司がお茶目な人で「昨日(の残業)は楽しかったねハート」っていう事かもしれないって、俺の思いすぎかもと思った。だけどよく考え直したらあいつ、上司が仕事に厳しくて辛いってよく愚痴溢してた。仕事に厳しい人がそんなふざけたメール送らないよね。だから俺、これ浮気だ! って思って震える手でパカッとあいつの携帯開けた。それでこっそりメール見た。もうね、驚いたなんてもんじゃないね。メール、こう書いてあった。

「昨日は三年記念のプレゼントありがとう! めっちゃ嬉しかった! ディナーも美味しかったし、最高だったよ。いつも辰己には迷惑かけてばっかしだけど、俺これからはもっと辰己の事支えられるように頑張る。愛してるよ」

三年!? って思わず叫びそうになった。だって俺とあいつ付き合ってまだ一年。慌てて、他のメールも読んでくと相手の秀二ってやつ売れない小説家らしいってことが分かった。そこまで分かった時、あいつが風呂から上がる音がしたからこれまた慌てて、さっき来たメールを既読から未読に変えといた。あいつに携帯鳴ってたよ、って素知らぬ顔して言った。でも内心心臓バクバク。

その後はあいつの夜の誘いを体調悪いからって断ってさっさと寝ることにした。そんで朝あいつをさっさと帰らして、俺いつもより10分早い通勤電車に乗りながらよく考えた。

読んだ他のメールを思い出して整理すると、あいつと秀二は付き合って三年。秀二は貧乏だから大体あいつの奢り。というかあいつお小遣いまであげてる。あいつ、秀二に夢中っていうか貢いでた。それに比べて俺とはいつも割り勘。というか俺が全部払うこともある。別に割り勘はいいんだけどさ、秀二ってやつには奢ってんのかって思ってしょげた。他にも俺には週一しかメールしないのに秀二には毎日バンバンメールしてるとか、色々死にたくなるようなこと沢山あった。浮気相手は俺じゃんっていうね。しかも俺の勤め先って出版社。やんなっちゃうね、全く。

キープなの"かも"っていうかキープ決定。というかキープ君ですらなくて、ただのセックス相手? なんかそんな感じだよね。そのうちあいつから知り合いに小説家がいるんだけどお前見てくんない? とか言われちゃったりしてさ。あいつの本命の小説家を紹介されちゃうの。あーもうやだね、本当。泣いちゃいそう。でもここ電車の中。



******



「おはようございます」


 死にたい気分だけどさ、会社でそんな暗い顔してちゃだめだから俺頑張って笑顔で挨拶する。あー俺って本当できたやつ。


「おはよう、棚森。早速だけど清水先生のとこ行ってくれない? 先生風邪引いたらしくてさー、ちょっと見てきてよ」


 来て早々、申し訳なさそうに会社の先輩が言ってくる。清水先生って俺が担当してる作家さん。


「あー、分かりました。風邪そんなに悪いんですか?」

「大したことないけど動けないから薬買ってきて欲しいってさ」

「相当悪いじゃないですか。じゃあ今から行ってきます」


 具合悪いならオフィスじゃなくて俺の携帯の方に連絡してくれればいいのになぁ、清水先生。もう面倒くさい。俺は出社したばかりの会社から出て、また駅へと戻っていった。駅前の薬局で風邪薬と冷えぴたと食料を買って、さっさと電車に乗る。通勤時間を過ぎた電車は空いていた。



******



「先生、入りますよー」


 貰った合鍵で部屋に入り声をかける。返事はない。とりあえず先生のいるだろう寝室へ向かいドアをノックする。


「先生、おはようございます。棚森です」

「………おぅぅ」


 うめき声のような先生の返事に驚きつつ、俺はドアを開けて寝室に入る。


「薬買ってきましたよ」

「あ、りがと」

「とりあえず冷えぴた貼って、ご飯食べましょうか。レトルト粥買ってきましたから」

「た、のみます……」


 熱があるのか真っ赤な顔してベッドに横たわる先生のおでこに冷えぴたを貼って、いったん部屋から出る。キッチンに行き、数えるほどしかない食器を一つ取りレトルト粥を入れてレンジでチン。その間にポカリをコップに入れて、薬も箱から出す。お粥が温まったら、全部お盆に乗せてまた寝室へ。


「先生、起き上がれます?」

「う、ぐぅぅ」


 寝ている先生に声をかける。俺の言葉に唸りながら先生は体を起こした。わぁ、つらそう。


「とりあえず食べましょう」

「う、ん」


 病院によくある、移動できる机にお粥を置いてベッドの上へ。先生、ぶるぶる震える手でお粥を食べてる。相当具合悪いんじゃないか。


「まあ、少し食べたらさっさと薬飲みましょう。はい、どうぞ。二錠ですよ」

「……」


 もう返事する気力もないのか、俺が差し出した薬を無言で受けとる先生。ごっくんって音と一緒に先生の喉が動いた。


「よしじゃあしばらくしたら熱下がりますから。そしたらまたご飯食べましょう」

「……」


 こっくりって顔を縦に動かす先生。俺はとりあえずキッチンでお茶でも淹れることにした。



******



 先生に前あげた静岡産のお茶を飲みながら、俺はほうと息をついた。あいつとどうやって別れようか。もうあそこまでコケにされてたんだからなんか言ってやりたい。あぁでも俺って優しい人間だからあいつが謝ってきたら許しちゃう気もする。だってやっぱり好きだから付き合ってるわけだし? あ、向こうは付き合ってるつもりないんだっけ。


「………しぃ君?」

「あ、起きました? ご飯食べます?」

「うん、食べます…」


 おでこに冷えぴたつけたままのちょっとまぬけな姿で清水先生がやってきた。


「じゃ、温めますね」


 さっきの残りのお粥をチンして、またポカリをコップに用意。ささっとポカリを先生に差し出し、お粥には梅干しを一つのせる。うーん、完璧。


「あ、僕梅干し嫌いだからいらないです」


 ……あらそう。じゃあいいよ。俺が後でお茶漬けに乗せて食べるよ。けっ、ワガママな奴め。これ最高級の梅干しだぞ。一粒ウン百円だぜ。隣のばあちゃんのお裾分けじゃないんだからな。


「いただきます、しぃ君」


 へぇへぇ。俺が作ったんじゃないですけどね。どこかの工場のおばちゃんですけどね。というかしぃ君って呼ぶのやめてくんねぇかな。俺真也だけどまさやって読むんだよ。最初会ったときちゃんと自己紹介したんだけどね。


「なんか買ってきて欲しいものとかあります?」

「え、あー、じゃあポカリの大きいの何本かお願いします」

「…はい。じゃあ買ってきますね」


 笑顔で言ったけどさ、あれ、重いよ。清水先生って鬼畜? それともただの馬鹿?



******



 もう疲れた。あの馬鹿作家もう疲れた。あの後ひいひい言いながらポカリ買ってきてやって、帰ってきたらキッチンが泡だらけ。洗い物しようと思って、だぁ? 病人は大人しくしときゃいいんだよ。大体洗剤使いすぎ。その後また熱上がって動けなくなるし。なんなのもう。作家って頭いいんじゃないの。


「たく、やってらんねー」


 私生活めちゃくちゃだし仕事も疲れるしもうやだー! 綺麗な男の子にマッサージでも、うけたい気分。お兄さん、お兄さんマッサージしてあげようか? 30分で千円ポッキリだよ。みたいな。片言の怪しい外国人でも誰でもいいから俺を癒してくれ。いくらでも払っちゃう。いないか。あーあ、どこかに俺の事が大好きで金持ちでハンサムで優しくて浮気しない一途な男いないかな。そんな男がいたらさっさとあいつ捨てて乗り換える。んな馬鹿みたいな事考えるからダメな男に引っ掛かるのかね。

 そんな事考えてたら携帯が鳴ってびくってした。しかも仕事用の携帯ね。嫌な予感しかしないよもう。


「はい、棚森です」

「しぃ君? あのね、僕清水です。実はね、さっき、あの、ベッドから落ちちゃってね」

「今行きます………」


 あの馬鹿作家め。今何時だと思ってんだよ!

 もう急いでタクシー乗って清水先生の家へ向かう。あぁもう結構かかるし。経費おちるからいいけどさ。マンションついたらエレベーターのボタン連打。飛び乗って先生の部屋へ。合鍵で開けて寝室へ向かうと………


「先生!」


 びっくりした。先生仰向けのまま倒れてる。慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか!」

「あはは……腰が痛くて…」


 馬鹿先生笑って言ってるけど俺は笑えない。だって先生顔真っ青。慌ててそこらへんにあったブランケットで先生を包んで湿布を腰に貼る。


「どうしましょう。先生ベッドにのせたいですけど、のせる時余計痛めるかもしれません」

「いや、大丈夫です。床のほうがつらいから」

「分かりました。じゃあ気を付けて運びますから」


 俺は先生をそっとお姫様抱っこしてベッドにのせた。あれ、お姫様抱っこって余計悪くするんじゃ……分かんない。まぁいいや。


「先生大丈夫ですか」

「………!…!…!」


 先生、無言で痛みに耐えてた。おうぅ、すみません。とりあえず布団をかけてあげる。


「今日は私泊まりますから」

「え…あ、でも悪いよ」

「いえ、先生の事が心配ですから」


 ぼっ、と先生の顔が赤くなった。やだーまた熱ですかねぇ? とりあえず今夜は痛み止めでも飲ませておくか。明日になったら病院連れて行こう。


「じゃあなんかあったら呼んで下さい。リビングにいるので」

「う、ん! ありがとうしぃ君!」


 どういたしまして、先生。お前の世話は俺の仕事だ。俺は寝室から出てリビングにあるソファーに横たわった。ひゃー、先生意外と重かったから俺がぎっくりやるとこだったよ、全く。


「疲れたー」


 先生に聞こえないように小声でぼそり。だって大変だったんだもん。とりあえず先生はもう寝るだろうし俺もソファーで寝る事にしよう。明日は忙しいぞー。なははは、やだね全く。あいつの事もどうにかしなきゃ。ああ、鬱。


「しぃ君! ちょっと来て下さい!」


 あら早速なにかしら。

 そうだ、今度こそは俺の名前は先生にしんやじゃなくてまさやだって教えないと。しぃ君じゃなくてまぁ君ですよ、先生。


「はい今行きますね」


 慌てて謝罪する先生を思い浮かべ、俺はニヤァと人知れず笑った。

以前短編としてアップしたものに、後日談を追加してアップしようとしたら上手くできなかったので、一度削除し今回改めてアップしました。

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