帝さん!
帝さんが約束の時間に遅れてくるのはいつもの事だった。何をしているのかは知らない。だけど、どうして、遅くなったのか……聞いておくべきだった。聞かなきゃならないんだけど、何も知らないふりをしていたんだ。
時間は今から六時間ぐらい戻った頃。時間帯で言えば午前十時。
相変わらず、約束の時間には間に合わなかった。この日は大学の授業を後に控えていたため午前中の二時間だけ、少し話すだけのデートだった。そして、私から彼を離すための。お兄ちゃんはもう、大丈夫。帝さんの興味の対象にはならないから。
帝さん。貴方は私の中で兄の敵であり、いいお兄ちゃんでした。でも、私もお兄ちゃんたちを自分から手放さなければならないんだよ。だから、今日はけじめの日。髪は切らないけど私は大切なモノを今日捨てます。
帝さんから出会う前に兄から貰った小さな人形を。私は捨てます。帝さんと取った写真も帝さんの部分だけ燃やします。
「ミルちゃん!」
「すず先輩?」
急に後ろから抱きしめられたと思った瞬間にすず先輩の声がして思わず反応してしまう。
「なになに? 学校サボって彼氏と遊ぶ用事?」
すず先輩、はっきり言うな。でもそこが彼女らしいんだけどね。
「サボっていませんよ。しっかり教授にはレポート出していますし」
「エライエライ! 睡眠時間削って出しているんでしょ? 相変わらず」
別に睡眠時間はそんなに削っていないけど……削っているとしたら帝さんとの一緒の時間かな。いや、何気にお兄ちゃんとの時間も削られていて最近イラって来ていたりもするんだけどね。
「すず先輩!」
ニコニコ笑顔で私の言いたいことを待っていてくれている。
「本当にありがとうございました」
「何そんな、最後のお別れみたいな挨拶」
あ、そうですね。これじゃ、私どこかに旅立つような感じがしますね。引っ越しとかするわけじゃ無いからまた、会う可能性は少なくないのに。
「いえ、何だか帝さんとのことでいろいろと迷惑をお掛けしたなって思って」
「あぁ、別にいいよ。私もミルちゃんのお兄ちゃんに酷いことしちゃっていたから」
うーん。そのことについては許していないんだけどね。でも、すず先輩とは今の関係を崩したくないからそのまんま。
「それじゃ、私は追跡があるから」
そう言って、少し話したんだけどすず先輩は何か探しに行きました。とりあえず、そろそろ帝さんが現れてもいいと思うんだけどな。
「あら、珍しいわね。こんにちは、道瑠ちゃん」
「夏恋さん! 遊園地ぶりですね」
今度は夏恋さんか。なんか、今日は知り合いによく合うな。
「まだ、帝くんと?」
「はい。でも、それも今日までにしようと思っています」
さっきまでの笑顔よりもっと素敵な笑顔になった。
「ついにヤるのね!」
暴力沙汰ですか! いや、この人なら彼氏をふるときやりかねないからな。
そういえば、お兄ちゃんと夏恋さんはいつ別れたか私のデータにないんだけどいつ別れたんだろう。
「いえ、ただ、言葉だけでですけど……」
「なーんだ、つまらないな。もし絞めるんだったら手伝うから」
それ、殺していませんか? 気のせいですか?
「あぁ、それと前のお話だけどごめんなさい。私すでに結婚しているの」
え、今ですか? 前、何だか任せてもいいような感じじゃなかったですか?
「えっと、おめでとうございます?」
うーん、なんか違うな。
「これでも五年夫婦やっていて二人の子どもも居るの。だから、前の話は無かったことにしてくれるかしら」
断ったら何をされるかわかりませんから! わかりませんからいいですよ。
「こちらこそ、結婚なさっていることに気づいていなくて、図々しいお願いをしてしまって申し訳ありませんでした!」
恥ずかしい。とにかく頭を下げる。二三度下げたところで本当にどうしようもないけど。
「そんなことないわよ、あの時は指輪なんてしていなかったし! 楽しんでいただけどこちらこそって感じで」
軽いな。ほんとうに軽いなこの人。人生楽しんでいるって感じがして。
「まぁ、私もこれからママ友との会があるからこのへんで」
夏恋さんに軽く挨拶をして別れる。
ママ友との会か。私も結婚して子ども作ってそしたら、参加するんだろうな。でも、相手は居ないからしかたがないか。と、そこに電話が入った。帝さんからの電話かと思ったけどこの着信はお兄ちゃんからだ。
素早く電話にでる。
「もしもし、お兄ちゃん何か会った?」
『道瑠、帝がどこ行ったか知らないか?』
何で私に帝さんの居場所を聞くんだろう。本人の連絡先知っているだろうから本人に連絡すればいいのに。もしかして、何か会ったとか?
「今、帝さんとの待ち合わせの場所にいるけどまだ来ていないよ。どうかした?」
慌てている様子もないし忘れ物かな。
『あいつ、財布と携帯を家に忘れていったんだよ』
財布と携帯ってどうやったら忘れるんだか。とりあえず、帝さんが来たら家に帰ろうか。歩いて帰れない距離ではないから。
「わかった。帝さんが来たら家に一旦戻りますね」
お兄ちゃんは、あぁと言って電話を切ろうとした瞬間、黒板をひっかくような、しかしその中に何か大きなものが自動車とぶつかったような音がした。どうやら交通事故のようだ。
昼間ということもあり人も多少なりとは居る。人が集まり、騒ぎ始める。野次馬という訳ではないが何か、嫌な予感がしたのでその現場を見る。
黒い髪をした成人を過ぎた男性。パーカーの下にYシャツを着ている。中途半端な格好のその男性。近くには泣きじゃくっている男の子が一人、そちらは膝をすりむいているだけのようだ。でも、炎症をおこしたらマズイ。近くに公園があるのでそこで土や埃を洗い流しておいたほうがいいかもしれない。
人混みの中をすり抜けて泣いている男の子を慰めようとしたが、そうも言っていられなくなった。
だって、この事故にあった男性って……今、何一つと行って身分証明ができるものを持っていない人だったから。どちらを優先するべきか。
冷静に考えろ、冷静に。……冷静に――
「帝さん! 帝さん大丈夫ですか!」
あまり動かさないほうがいいのは分かっているけど、このまま、何も出来ないのなんて。もし、何かしら望みがあるのだったら私にできることは今までの彼女として彼に呼びかけることだけなんだから。
「帝さんしっかりしてください! もう少しで救急車が来ますから」
誰かが救急車を呼んでいた気がした。ただ、気がしただけだったのかもしれないけど、それ以上のことはあまり覚えていない。私は彼に連れ添うように救急車に乗って今に至る。
何これ、敗北感? 何で帝さんは事故にあったんだろう。何で身分証明書の一切を忘れてきたんだろう。何で私が彼から離れようとしたときに彼は事故にあったの。そして、これは私が殺したことになるの?
お兄ちゃんもすぐに病院にきた。もう私の復讐もここで終わりなんだ。
私がしてきたことに意味なんか無かったのかもしれない。もともと、ううん。付き合わなくてもきっと彼はこうなっていたから。私の目的は全て果たせた。でも、すっぱりと彼との交際をやめることは出来なかったから。だから、私と彼は永遠の恋人なんだろうな。もう、私は結婚も恋もできないのかな。それって、彼からのイタイお仕置きみたい。私がしてきたことだから仕方ないけどね。ごめんなさい、帝さん。
次で最後です。




