苦手なこと、得意なこと
ちくちくと刺さる視線に、私のイライラは最高潮だった。
「…何か言いたいことがあるなら、声に出して言え!小牧!」
「授業中だよー?コーコちゃん」
「だからこうして最小限に怒鳴ってるんだ!!」
「……全然最小限じゃないけど」
隣から刺さっていた視線より、ザマス眼鏡をかけた先生からの視線のほうが痛くなってしまった。
ペコペコと頭を下げ、食いつくようにノートに目線を戻すと、またしても隣から笑いを堪える声が聞こえた。
「…うるさい、小牧」
「っ、くく…」
これが大抵の授業風景である。
そう、隣の席の迷惑なヤツによって真面目で優等生だったはずの私の評判は、どんどん崩れてきている。
これではダメだ。
わかっているのに……。
ちらりと隣を見ると、バッチリ合った目線。
ドクリと騒いだ心臓に疑問を持ちながらも、慌ててノートに戻る。
…わかっていても、ペースを崩される。
いつの間にか、小牧のペースに巻き込まれている。
この現状が、激しく嫌だ。
「――では、今日はここまで。あとで学級委員長は小テストを返却していてください」
誰も立候補のなかった学級委員長。
長引くHRに堪えきれず、半ば勢いで手を挙げたら…隣からも挙がっていて、その瞬間手を下ろしたくなったのは言うまでもない。
つまり、このクラスの学級委員長というのは…
「仕事押し付けられちゃったねー」
隣で何でもないような顔をしてへらりと笑う、小牧と私のことだ。
「…今回の小テストこそ、お前に勝ってる自信がある!」
「…数学、一番苦手なくせに?ああ、英語もだっけ?あとはー…」
「うるさいうるさいうるさーい!!」
…元から、勉強はあまり得意ではなかった。
それを頑張って、この高校を受験して、そこそこの学力はキープ出来ていると思っていた。
し、か、し!
ほぼ満点に近い点数を毎回取るこいつは、いつもフッと人を小馬鹿にしたように笑う。
それが嫌すぎて、そこからはどんなテストでも気が抜けない。
「そらみろ!」
満点まであと一点だったのは悔しいが、中々の高得点で勝ったと思った。
でも、ヤツが私の目の前に掲げた小テストは……
「っ、満点…!!」
「…フッ、惜しかったねーココちゃん」
そう、この余裕の笑みが心底ムカつく!
友人談によれば、この笑みが極上らしく…向けられたら即昇天ものだという。
ありえねー!
「くっそ…!」
次の授業こそ…そう思っていたが。
「…調理実習かよ」
しかも、チョコレートケーキ。
簡単なものといえど、中々この学校はいいものを作るな。
「え、ココロ…めちゃくちゃ手際いいねー」
「ん?そうか?普通じゃない?」
「いや、なんかもう、動作に無駄がないというか…美しい!」
「そ、そう…?」
目をキラキラさせる女の子達に苦笑を返す。
家で甘党の弟のために散々作ったからなー…こういうのは慣れだろう。
「へー、ココちゃんお菓子作り得意なんだ」
耳元に寄せられた声に、またしても悪寒が走る。
「っ、わざわざそうしないと喋れないのか!」
バッと距離を取ると、ニヤリと楽しそうに笑う小牧。
「だって、反応が可愛いから」
「!?」
不意打ちでそんなことを言われ、脳みそが軽く沸騰した。
手が汚れているのに、思わず顔を押さえて小牧から反らすと、すぐさま向きを戻された。
顎を指で掴まれ、振り向いた先の小牧は思っていた以上に近くて。
「…そういう反応されると」
「―――っ!!」
「もっといじめたくなる」
周りが黄色い声で沸き立った。
一方私はそれどころではない。
皆には、かなりの至近距離で囁かれたようにしか見えなかっただろう。
実際は、違う。
こいつは…私のチョコで汚れた頬を、ぺろりと舐めたのだ。
生暖かい感触に一瞬意識をどこかにやったが、次の瞬間には。
「っ、離れろこの変態野郎が!!」
きちんとお見舞いしてやりました。
そしてケーキの出来上がりも上々。
先生からお褒めもいただき、このケーキは是非ともユイ先輩に食べてもらわなければと思った。