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BLACK D●T  作者: 笹舟
六月十日 くもり 時々 ●。
8/87

向かった先は

 北大路の横道を曲がり、少し歩いた。

 

 こんな店があったんだ、と思った時には、もう中谷会長は店内に足を踏み入れている。

 入り口付近に並べてあるものが気にはなるけれど、入って一番始めに思った感覚で言えば、ここは小さな喫茶店のような店だった。店員の姿のあるカウンターと、客用だろう三つの丸テーブルがある。奥には階段も見えていた。


「ヨウちゃん居る? あのジッパー、また壊れちゃったんだよねぇ」

 ようやく私の手を離した中谷会長は、親しげな口調でそう言うと肩から下げるスポーツバッグを漁りだした。ずるずると中から引き出してきたのは、あの雨合羽だ。


「中谷なら居ないぞ。お前の好きな芳香剤を受け取りに行った」

 カウンターの奥で本を読んでいたらしい店員が立ち上がって答えた。


 その店員を見た瞬間に私の頭に思い浮かんだのは、あの日本アニメの巨匠の作品に出てくる黒くて丸い煤の塊のキャラクター(金平糖好きな設定だった気がする)、だった。ただし、そのキャラクターに描かれる大きな眼だけは違う。

 この店員の眼は、とてもボリュームのある黒髪で隠れ、ほとんど見えていなかった。その眼には銀のフレームが光る眼鏡をかけているから、視力が悪いのかもしれない。――それは髪型のせいなんじゃないだろうか。


 中谷会長は「月雨シリーズ出んの?」とうきうきした様子でカウンターに近づいていった。どうするべきか分からないまま、私もとりあえずその後をついていく。

 その私に、タオルを差し出した店員が気付いた。ほぅ、という声が感慨深げだった。


「三十分、いや、二十分くらい雨宿りさせて」

 受け取ったタオルでがしがしと頭を拭く中谷会長に、店員は大きく頷いた。

「もちろん。それよりも雨里。俺は、お前は色恋に興味が無いものだと思ってたよ」

「ん? あ、紹介する?」

「あぁ、ぜひ頼む」


 ……何だか絶対に誤解されてる。


 私は中谷会長が口を開く前に、店員に名乗った。

「笠見颯子です。一年で、中谷会長の後輩です」

 私の声色に、店員は何となく悟ったらしい。苦笑しながらよろしくと頷いた。

 すぐに私にもタオルを差し出してくれたので、ありがたく鞄を拭き始める。立ったままそうしていると、カウンターの席を勧められた。私は近くの椅子に腰を下ろす。

 私の隣に座った中谷会長が、今度は私に店員を紹介する。


「この人は古場圭太さん。ヨウちゃんと一緒にこの店をやってる人。今は妙にもっさもっさしてるけど、ほんとは清潔で爽やかなお兄さんだから」


 清潔で爽やか。――へぇ。

 私の視線に、その古場さんが再び苦笑した。自分の髪を一房つまんで、「湿気に弱くてね」と困ったように肩をすくめる。


「で、何にするんだ?」

 古場さんがぞんざいな口調で中谷会長に尋ねる。その後で、「笠見さんも、何がいい?」と、何かメニューのようなものを渡しながら、私に柔らかく尋ねた。

「あ、酷い、男女差別だ」

「笠見さんはお客さんだろう。区別して当然だ。それで、何にするか決めたのか」

「あーちょっと待って。ちなみに今日のお茶請けは?」

「紅月さんの『月むすび』」

「じゃあ、ほうじ茶で。薄めね、薄め」


 短く「はいよ」と答えた古場さんが、「決めた?」と私に向き直る。

 ……いや、「決めた?」と言われても――。

 困惑している私を見て、古場さんが気付いてくれた。「月むすびー♪」と喜んでいる中谷会長に、お前……と呆れたような声を出す。


「何の説明もせずに、ここまで連れ込んだんだな?」

「連れ込んだなんて語弊を招くからヤメてよ。招待したの、俺は」

「で、説明はしてないんだな」

「せつめい?」


 心底きょとんとした顔をする中谷会長に、古場さんはわさわさと髪を揺らして首を振る。


「やっぱり、お前に色恋ごとはまだまだ無理だ」


 中谷会長の恋人となった人は、気苦労が絶えないだろうな。

 『雨宿りサービス』、と書かれた値段の無いメニューを手に、私は心の中で思う。



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